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第八章 晩餐会と使用人

 ウォルトが「次はクリスマス」と言った理由が二日後に判明した。今週末の晩餐会から逃げるように、彼は友人の家に遊びに行ってしまった。夏中をそこで過ごし、直接寄宿学校に戻るつもりらしい。

 ウォルトは長期休暇の終わりに、毎回同じようなことをジューンに言う。「次はイースターに戻るから、それまで風邪をひくなよ」とか、「また夏に帰るから、それまでにもっと体力をつけておけよ」という具合である。はじめは気にしなかったが、最近はなぜなのだろうと考える。ジューンは小柄だが丈夫な方であるし、勉強もしているつもりなのだが、まだ不十分なのだろうか。

 土曜日になり、コッツワース屋敷の使用人は朝から来客準備に忙しかった。本来なら休日となるはずだった午前を、ジューンはケイトの身支度と、客用寝室の準備に費やした。午前中に二組の客が到着し、サー・ウォルターと会議を兼ねた昼食会を行った。午後になると、また次々と客が到着した。荷物を運び、客を誘導し、ケイトを着替えさせ、正餐室の飾りつけをした。あっという間に、午後四時だった。裏方で晩餐会の準備に殺気立つ使用人たちをよそに、コッツワース屋敷は優美な音楽と、談笑する人々のさざめきに満たされていた。応接間ではケイトのピアノ演奏と、孤児院出身ミュージシャンによるコンサートが催されていた。

 正餐室の準備が終わり、少し手が空いたジューンは、今のうちに軽食を摂ろうと使用人ホールに降りていった。すると、長テーブルの片隅にジョンが座っていた。彼はジューンを認めると微笑みかけ、隣の椅子を引いた。

 使用人ホールでは数人の従僕たちが、せわしなく各自で軽食をしていた。みな急いでいるせいで誰もジョンに注目していない。ジョンの方は、悪びれもせず、そこに居るのが当然という顔をして座っていた。もとより、使用人ホールに部外者がいるのはそう珍しいことではない。出入りの業者が休憩したり、商談をすることもあれば、セールスマンや使用人の家族が訪ねてくることもある。今日のような来客の日には、彼らが連れてきた侍女や従者がいることもあった。

「忙しそうだね」

 気遣わし気に話し掛けるジョンに、ジューンは屋敷の状況を説明した。朝からずっと動き回っている高揚感も手伝って、なんだか無性に嬉しく、意味もなく元気が湧いてきた。ジューンが快活なので安心したのか、ジョンにも笑顔があふれた。お互いに、今日あった出来事を二つ、三つと報告し合った。そしてジューンはあたふたとミートパイを食べ、ジョンはその様子を微笑ましく見守った。

 たとえ階上でどんなに辛いことがあったとしても、使用人ホールで好きな人が待っていてくれるなら、何だって耐えられると思う。ジューンは全能感とでもいうような、満ち足りた気分だった。

 けれど、その陰で恐れもする。つまり、自分だけ法外に良い思いをさせてもらって、後でどんなしっぺ返しを受けるやらという恐れである。会えてすごく嬉しいのに、来て欲しくなかった気もする。なんとも複雑な気持ちだった。

 やがてキッチンから応援に呼ばれて、ジョンとはそれきりになった。

 以後はキッチンでの手伝いをしつつ、一度だけケイトをイブニングドレスに着替えさせるために二階へ上がった。午後八時にアダムス牧師が到着し、それから間もなく、晩餐会が始まった。

 晩餐会の給仕は男性使用人が務めるので、ジューンは料理の載った皿や、汚れた皿を運んで使用人用の裏階段を往復した。コッツワース屋敷としては最大規模の晩餐会である。スープからデザートまで、九コースの料理を出し終わると、キッチンは汚れ物でいっぱいになり、洗い場のメイドがジャバジャバと仕事をしていた。

 客たちは応接間に移動し、歓談の後に寝室へ引き上げていく。

 ジューンは正餐室の片づけと、ケイトの就寝前の身支度を終え、深夜の使用人ホールに戻った。そこでは上級使用人たちが歓談していたが、今日の仕事はすべて終了したとのことだった。ジューンは挨拶をして、屋根裏部屋の寝室に引き上げた。隣のベッドでは同室のアミーリアが寝息を立てていた。

 朝になった。今日は日曜日である。

 来客からの用事に備えて、使用人の一部は教会に行かず、屋敷に残った。ジューンは進んで居残り組に手を挙げた。ここで立候補しなければ、きっと「仕事よりも男を優先した」と陰口を叩かれる。ジョンは礼拝に来るかもしれないが、別にジューンがいなくても、そう残念がりはしないだろう。

「ジューン、ジョンが残念がっていたわよ!」

 礼拝を終えて、どやどやと使用人ホールに戻って来たアミーリアが、ジューンを見つけるなりそう言った。

「でも仕事じゃしょうがないね、だってさ。ジューンったら、ジョンが来るんなら、わたしが屋敷に残ればよかったわ。気づかなくてごめんなさい」

 眉尻を落とすアミーリアに、ジューンはぶんぶんと首を横に振って、謝る必要はないと言った。彼女の話では、ジョンは従僕たちと同じ列に座り、親し気に話していたとのことだった。

 来客たちは昼食を終えると、一組また一組と帰って行った。そして最後の一組を見送り、客用寝室の片づけをして使用人ホールに戻ると、ジョンがそこにいて新聞を読んでいた。ジューンは吸い寄せられるように隣の席に滑り込んだ。ジョンは顔を上げ、お互いに微笑みあった。

 他の使用人たちは昨日より時間に余裕があり、ジョンに話し掛ける者もいた。ジョンはとても自然で、感じ良く振舞っていた。キッチンメイドのサリーはお茶を用意したし、従僕のチャールズは反対側の隣に座って、新聞に出ていた時事問題について意見を言った。すると、今度は従僕のダニエルが向かいに座り、話し掛けてきた。ダニエルは小学校を出てすぐに親の命令でレンガ積み職人に弟子入りし、三日で逃げたという経歴を打ち明けた。建築業界特有の面白いルールや、理不尽な慣習の話題で盛り上がり、周りで聞いていた者たちも一緒になって驚いたり笑ったりした。

 一週間がたち、また来客を迎える土曜日がやってきた。今度の客はブルームフィールド夫人の実家であるバーネット家の親類たちである。弟夫妻と妹夫妻に、姪っ子が二人の六人を迎えて、豪華な昼食会を行った。

 その片づけも終わった午後四時過ぎに、ジョンがやって来た。彼はコッツワース屋敷の使用人たちにすっかり受け入れられていた。

 ジョンが使用人ホールに出入りするようになって一週間。予想に反して、ジューンは今のところ他の使用人たちから何の報復も受けていない。卑猥な言葉を投げつける従僕はいなかったし、嫉妬して意地悪をするメイドもいなかった。

 それでもジューンは、男を職場に連れ込むなんて不謹慎だという類の陰口を、自分がいないところで散々に叩かれているのだろうと信じていた。一方で、表立って攻撃されないのは、ジョンがみんなと仲良くしてくれるおかげかなと思ったりもする。

 ジョンは特に陽気でも、冗談が上手いわけでもないが、誰も警戒させない分け隔てのない感じの良さがあって、実はかなり社交的なのではないかと思う。従僕のダニエルが人懐こく話し掛けてくる様子を見ながら、ジューンはある可能性に気が付いた。

 詐欺師ジョンの真の狙いは、コッツワース屋敷の財宝だったのだ。

 使用人たちと仲良くなって邸内に入り込み、銀器セットか何かをごっそり盗むつもりなのかもしれない。

 ダニエルの冗談に笑っているジョンの隣で、ジューンは青ざめた。



オースティンは欧米では超有名ですので、映像化作品も数多く、関連作品もたくさんあります。「ブリジット・ジョーンズの日記」とか、日本でもヒットしましたね。どれも面白いです。

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