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ケイトは鏡に向かってポーズを取り、微笑みかけたり、じっと見入ったりする。彼女のそうした様子を眼にするたび、ジューンは美しい女性というものはきっと、鏡を見ることが楽しいのだろうな、と考えた。
「大丈夫よ」
ケイトは両手で長い髪をかき上げ、背中へと払いながら答えた。
「では、次はドレスですね」
ジューンは天蓋付きのベッドに置かれたシルクシフォンのイブニングドレスに目を移した。新調したばかりのそれは、ふわふわしたピンク色の毛皮の動物が、丸まって寝ているように見えた。
「あなたもわたしも、世間的にはいつ結婚してもおかしくない年齢だわ。どうして結婚があり得ないの?」
ケイトは振り返り、興味深げにジューンを見つめた。
「どうしてって……」
ジューンはドレスを取り上げ、造りを確認しながら、頭の中で答えを探した。ただの友達だからというのはもう話した。詐欺師かもしれないからというのは、ジョンの名誉のために言わないほうが良さそうだ。
「不釣り合いだからでしょうか。彼はわたしには過ぎた人なのです」
自分で言っておきながら、少し悲しくなった。
「そうなの? わたしにはよく分からないけど……」
ケイトは拍子抜けしたような、何かがっかりしたような様子だった。
「けれど……早いものね、あなたがこの屋敷に来てもう九年になる。ずっと一緒に居られるような気がしていたけど、いつかあなたはお嫁に行ってしまう……。その時のことを思うと複雑なの。もちろん祝福するわ。けれど寂しくて……」
ケイトは今日がその時であるかのように、感慨を込めてジューンを見つめた。ジューンはドレスを手にしたまま立ち尽くした。
流れるような金の髪の美少女が、姿見の前で、下着姿のまま、潤んだ青い瞳でこちらを見つめている。これは絵画なのか? ジューンは美しさに胸を打たれた。
「ケイトさま、なんと勿体ないお言葉です」
ジューンは恐れ多いやら敬服するやらで、その場にひれ伏したいような気持ちだった。
「わたくしはお嬢さまのお許しがある限り、ずっとおそばでお仕えさせていただきます。お嫁には……行かないと思います」
ジューンはドレスに意識を戻すと、スカート部分のドレープをまさぐり、かぎホックやスナップを外して身体を入れるための開きを作った。
「そうなの? ジューンはかわいいから、プロポーズする男性はたくさん現れると思うけど」
「いやいやいや、まさか、ご冗談を」
ジューンは力なく苦笑いしつつ、スカートの内側に取り付けられたフープを重ねて持ち上げ、背伸びをしてケイトの頭からかぶせた。
「まあ、ご謙遜ね。本当にかわいいのに」
スカートの真ん中から上半身を現したケイトは、肩にかかった髪を後ろへ払いながら言った。
「ご容赦くださいませ」
ジューンはへつらい笑いを浮かべながら軽くお辞儀をした。褒め甲斐がないとでもいうように、ケイトがため息をついた。
少し気まずかったが、仕方がないとも思う。ご自身の美しい顔を毎日鏡で見ているケイトさまが、ジューンをかわいいだなんて、お世辞にもほどがある。
ジューンは自分の容姿が平凡だということを知っていた。実のところ、それを知ったのは最近のことだった。
外見が醜い人間にとって、鏡というものは、できるだけ目を背けていたいものなのである。とはいえ、最低限の身だしなみのために、全く見ないわけにはいかない。ケイトの着替えや髪結いのときには、ジューンも鏡に映りこんでしまう。
そんな時にも、なるべく見ないように視線をずらすのが習慣だった。ところがジョンに会う日、ジューンは自分の姿を確かめたくなった。そして生まれて初めて、真剣に鏡を見たのである。
小柄で華奢で、全体的にすべてが小さい身体だった。多少は女性らしい曲線があるものの、年齢の割には幼児体型で、色気のようなものはまるでない。顔も幼い丸顔で、陰気な切れ長の眼をしていて、小さな丸鼻の上には、そばかすが帯のように覆っていた。
直視してみれば、なんということはない。拍子抜けするぐらい、普通の顔である。ジューンはそれまで自分のことを、地獄の悪鬼みたいに見るに堪えない、もっと醜い顔をしていると思っていたのだ。
スカートの次に上着を着せて、ホック類をすべて留め、新調したばかりのイブニングドレスはケイトの身体にぴったりと収まった。
「はい、出来ましたよ。とても素敵です!」
ジューンはケイトのドレス姿を前にして、感嘆の声を上げた。




