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7-2

 翌日の日曜日。午前の礼拝に、ジョンの姿はなかった。

 当たり前なのに、なんだか切ない。どこかにいるのではないかと、つい教会の中を見回してしまう。

 昨日の夜は、いつもと同じ調子で別れた。これから五週間会えないことを考えると、ジューンにはその五週間が延長して永遠に変化すると思えてならなかった。昨日、ジョンの顔をもっとよく見て、記憶に焼き付けておけばよかった。

 アダムス牧師や使用人たちに、ジョンが来ていないことを何か言われるかと思ったが、そのようなこともなく、ジューンは屋敷に戻って仕事を再開した。

 ご家族の昼食が終わり、ジューンは午後の使用人ホールで休憩していた。

 使用人ホールの白塗りの壁には、天井近くの位置に、屋敷の各所からの呼び出しベルが設置されている。ミセス・マイヤーが勧めてくれたジャムパイをかじっていると、チリンチリンとベルが鳴った。

「正面玄関ね」

 ミセス・マイヤーが仰ぎ見てつぶやいた。同じテーブルで新聞を読んでいた執事のメイフェザー氏が、応対に出て行った。十分ほどが経ち、彼は戻ってくるとこう言った。

「珍客が来たぞ」

 ミセス・マイヤーがティーポットに手を伸ばしながら平然と応じた。

「まあ大変、晩餐会の準備を始めないと。何が来たんだい?」

「髭づらの若い男だ。大工らしい」

「旦那さまはとうとうお屋敷を救貧院に改築するんだね」

 真顔で冗談を言うミセス・マイヤーの隣で、ジューンは思わず立ち上がった。白木の椅子ががたりと音を立てた。

 彼は来たのか? しかも、裏の使用人通用口ではなく、間違えて正面玄関に行ってしまったのか? それで強面のメイフェザー氏に、慇懃無礼に追い返されたのか?

「あ、あの、メイフェザーさん、その人もう帰っちゃいましたよね? わたし、ちょっとだけ外出していいでしょうか? 多分わたしの知り合いなんです」

 慌てふためくジューンに、メイフェザー氏は呆気にとられたような顔をした。

「彼なら今、図書室で旦那さまと面会していますぞ」

 ジューンは扉に駆け寄ろうとした身体を急停止させた。

「本当ですか? 旦那さまが、どうして大工とお会いに?」

 しかも、ジョンが会いに来たのはサー・ウォルターではなく、ジューンのはずなのに。

「どうしてもなにも、その大工が旦那さまに会いたいと言い、旦那さまがお会いになると仰ったのだから」

 メイフェザー氏はそう言って肩をすくめた。

「だから、改築だよ。間違いないね」

 ミセス・マイヤーがニヤリとした。

 コッツワース屋敷の図書室は、サー・ウォルターの仕事部屋を兼ねた大きな部屋で、内部は本だけでなく、書斎机や応接用のソファーやテーブルなどが揃えられている。

 今、その扉は固く閉ざされていた。

 ジューンが耳をそばだてても、中の会話は聞こえない。かわりに背後から咳払いがした。

「図書室の扉に音漏れの心配がないことなら、すでに調査済みですぞ」

 メイフェザー氏だった。縮み上がるジューンに、厳格な執事は眉毛をくいと上げて念押しをした。

「ちなみに、庭に面した窓の方も、何も問題はありませんぞ」

 ジューンは中の様子を窺うことを諦めて、使用人ホールに戻った。お茶と軽食を摂りながら、呼び出しベルを、何度も何度も見上げる。

「さっきから何の呼び出しを気にしているの? お嬢さまは奥さまと出掛けたんでしょ?」

 ハウスメイドのアミーリアがビスケットをほおばりながら尋ねてきた。

 ここでごまかしても、どうせ後で知られる。ジューンは観念して事情を説明した。アミーリアは一気に色めき立った。

「それってきっと、旦那さまに結婚のお許しをもらいに来たのよ!」

 ジューンは一瞬気が遠くなった。

「違うの、ジョンはただの友達なの。そういう関係じゃないの」

 アミーリアのくりっとした黒い瞳が無垢に輝き、叫びたいのをこらえるように口元を結んでいた。ジューンを食い入るように見つめるその眼は、「信じられません」と言っていた。

「ジューンったら赤くなっているわ! かわいいわ!」

 アミーリアが興奮しながら他のメイドに話そうとするのを、ジューンは全力で制止する羽目になった。

 その間も、図書室からの呼び出しベルは鳴らなかった。

 ジョンが来てから、一時間が経った。面会は終わらない。

 図書室の扉はずっと閉ざされたままだ。念のため従僕たちに確認したが、知らないうちに帰ったという事実もないようだ。

 一時間半が経った。ジューンは休憩も仕事も手につかなくなり、いけないとは思いつつ、図書室の扉の前をうろうろしていた。

 チェスでもしているのだろうか? そんな疑いを抱きながら、扉をじっと凝視する。

「透視の術は成功したかね?」

 やがて声をかけたのは、またもやメイフェザー氏だった。

「いえ、あの、……申し訳ありません」

 小さくなるジューンの横をすり抜けて、執事は扉をノックした。

 メイフェザー氏が中に入り、暫くして、次に現れたのはジョンだった。埃っぽい白シャツに、灰色の綿ズボンといういつもと変わらない姿だ。彼はジューンを認めると、無邪気そのものの笑顔になった。

 ジューンはつられて微笑んだが、内心は困惑しかなかった。さっきまで彼と話したくてしょうがなかったのに、いざ前にすると、何から言えばよいかわからなかった。ジョンはさも嬉しそうに胸を膨らませて言った。

「ジューン、公認になったよ。土日の休憩時間に、きみのことを訪ねてきて構わないって!」

 ジョンが振り返ると、その視線の先ではサー・ウォルターが疲れたような苦笑いを浮かべていた。





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