「お、俺の‥○○サイダー!!」
【8月30日】夏の終わりに近づいていたが、今年の夏は例年に比べてカラッとした暑さが続くそうだ。 朝のお天気ニュースを横目で流しながら大杉武は学校に向かう準備をしていた。エナメルバックを自転車のカゴに強引に入れて家をでた。
千葉にある私立の高校。銘南高校に武は通っている。生徒数1280人 普通科、総合学科、農業科の3つで大まかにまとめている。この銘南高校は特にスポーツが盛んで地元では、けっこう有名である。
そんなスポーツ校に武はサッカー部に所属している。
中学のときもサッカー部だからそのままサッカー部に所属したが銘南校のサッカー部員は128名と県一番を誇っている。武は2年生だがまだレギュラーどころか補欠にもなれていない。周りのみんなは、必死になって練習するが武はどうでもいいみたいだ。
練習は厳しいが大好きなサッカーができるし部活友達もたくさんいる。 それに合宿や試合の応援などで、いろいろな地域に行けるからだ。オレはここでサッカーをするだけで満足だ。レギュラー達は試合前はずっとピリピリしてるし合宿はオレ達よりずっときつい練習をしている。それならいろんな地方へ行ってうまいもん食べて遊んだほうがいいや。そうやって2年間やっているうちに北は北海道から南は沖縄までと大抵の場所に行った。
そんなオレの最近のお気に入りは地方で製造された地方限定ジュースだ。例えばこの前の愛媛県に合宿に行ったときに買った‘ミカンジュース,はうまかったなぁ〜
『伊予かんで絞った果肉入りジュース!』 ビン売りで1リットル1500円もしたけどあれはすごくうまい!
他にも青森のりんごジュース‘アカアオりんご,や岡山の‘倉敷!桃タロウジュース,、大分の‘別府真ん丸カ・ボ・ス, などの有名なものからキワモノまで値段が張るものばかりだったけど色んなものを飲み干してきた。
そしてこの前の練習試合に秋田に行ったときの事だった。
そのときオレはなぜか運悪く試合のメンバーに入っていて試合ばかりで2日間なにもできない状態だった。
しかしここでめげるオレではなかった。秋田から東京行きの新幹線に30分ほどの空き時間がでたのでオレはすかさず駅のホームのお土産品のところに行ったがそこは5階建てのスーパーと合体していて、すごく広かった。
これは迷うかなぁ‥と思っていたけど幸い駅と繋がっているフロアにお土産品が置いてあった。オレは肩に背負っているエナメルバックの重みを忘れてスキップしながら品物を見て回った。
試合の疲れなど一気に吹き飛んでいた。
見たことのない地元特有の食べ物やおかしにオレは
「このためにサッカーやってるようなもんだよ。」と品物を見定めていた。
しかしそんなに時間がないことに気が付いた。
オレは慌てて特産品の飲み物を探した。
すると試食コーナーのところに小さい紙コップに水が入っているのがいくつかあった。近づいて見てみると水じゃない。
サイダーだった。
サイダーか…そういえば最近飲んでないなぁ
紙コップにあるサイダーを持って少しだけ飲んだ。
!!!!!!!!!!!!!!!!
このときオレに衝撃が走った。
口にサイダーが入った瞬間、炭酸が口の周りを浸透し洗練された水と上品な炭酸の量。
オレは言うまでもなくこのサイダーに感動したっ!!
市販で売っているサイダーや炭酸飲料水とはまったく違っていた。
残り時間があと10分近くになっていた。
オレはこのサイダーを集中買いすることにした。急いで店員さんに置いてある場所を聞いた。
商品の名前は‘似手湖サイダー,と書いてあった。300ミリリットルの小さめのビンで298円とあった。オレは迷うことなく店員に言った。
「じゃあこれ5本…いやっ6本下さい!」
容器はビンだからそんなに多くは持てれないし値段的にもこれが妥当かな。
そういうとで背の低い50前後のオバサン店員は気まずそうな顔で
「すいませんっ これ、今は2本しかないんです。地元の人にも人気なので…」
「えぇ〜 マジですか!!」
オレはショックで人がたくさん行き交うホームで大声を出してしまった。店員は取り繕うかのように他の店舗ならまだあるかもしれない。と言ったがもう時間がない。オレは金を払い急いで新幹線に乗り込んだ。
他のサッカー部の奴らはもう席について弁当を食べていた。
この1分後に新幹線は東京へと向かい出した。
オレもみんなと同じように買い置きしていたオニギリとサンドイッチを手提げバックから取り出してゆっくりと動き出す景色を眺めながら‘似手湖サイダー,と一緒に食べた。
千葉に帰ってきてからは遠征の都合により3日間、放課後の練習は自主レンとなりずっと体力調整となっている。
そして、今日から本格的な練習が始まる!!
いつものオレなら‘練習,という単語を聞いただけで、テンションが急降下する。
しかし!
‘収穫,があったときのオレは違う!
いつもと違うテンション
いつもと違う体の動き
いつもと違う先輩・監督へのアイサツ
すべてが違う!
なぜなら今オレの家の冷蔵庫の卵コーナーの下のめんつゆの隣には、あの‘似手湖サイダー,があるからだぁぁ
だからこんな日の練習はどんなにきつくても頑張れる。
その上水分は一滴も飲まない。
このこだわりが‘似手湖サイダー,をより旨くする。
練習が終わった後シャワーを浴びるのだが先輩達が使うのでオレらは部室の近くにある水道の蛇口を上にひねりスパッツだけの状態で水浴びをする。冷たいけどそこそこ気持ちいいし汗臭いまま帰るよりマシだ。
この男子にしかできない特権が終わった後は、いつもならコンビニ寄ったり仲のいいヤツらと一緒にゲーセンや買い物に行ったりするのだか今日はチャリに乗ってまっすぐ帰る。そんで制服のままで飯も風呂も後にする。オレの経験上1つの欲が満たされたら他のモノへの興味が薄れてしまうからだ。
だから家に入ったらすぐに冷蔵庫までダッシュして‘アイツ,を飲み干してやる!
よし! それが今日のプランだ。そうやって考えていると体育職員室から監督とコーチが何か話しながら生徒前にやって来た。
3年生の鈴川キャプテンが集合の合図を出し監督とコーチの前に綺麗に整列をした。
「え〜この前の遠征では新しい選手を基本としたゲーム運びをした。したがってあれを………
また始まった。監督のぼやきだ。めんどくせ〜 これあと20分は話すだろうなぁ
武は校舎の壁に貼られてある時計に目をやった。
4時50分か‥
今日は3時間練習だといいなあ。
監督のダラダラとした話しは案の定20分を超え結局5時からスタートすることになった。
メニューはいつも通りだった。
最初は軽くグランドを5周走り、リフティングとドリブル練習、ポジション別の指導練習。
ここまでは、予想通りの練習だ。
勝負は
ここからだ。
校舎の時計が7時半を回った。
キャプテンの鈴川先輩の集合の合図で始まった。ラスト30分の補強だ。
最初は3人で1グループの編成で他のグループと競走する。
負けた方は勝ったヤツをおんぶしてトラック1周を走る。
これを3セット。
このあと20メートル間隔にコーンを建てて合計80メートルを幅跳び、片足ジャンプ右左、そしてダッシュ。
3人のローテで回るから 4セット目になった時点でもう息があがっている。
だが似手湖サイダーを飲むにはもっともっと走らないといけない。
自分に気合いを入れ直し真っ暗になった空に顔を上げ
「ラスト 5本!!」 と叫びまた走った。
武が補強に夢中になっている時、後ろでコーチが呟いていた。
「どうです思います?アイツ?僕から見たら面白い人材だと思うんですが」
パイプ椅子に座って武の方を見据えて言った。
「大杉武か…ワシもこの前の遠征で気になってな、ずっと観察しよったんじゃ」
「そうですか。しかし監督がすぐに試合で使わないとなるといくつか問題点があるんですよね?」
「ウム。あの大杉武という生徒は調子のバランスが悪すぎる。」
コーチは間髪入れず聞いた。
「調子のバランスですか?」
「あぁ、奴はな試合でやるプレーの浮き沈みが激しすぎるんじゃ。
例えば1日目は3年生にも匹敵するぐらいの試合運びが出来るのに2日目になるとパスも出せないようなプレーをする。前者の力を毎試合引き出せたら奴は銘南高校の‘キーマン,になる男じゃな。」
「じゃあ監督アイツを…」
「ちと辛いがウチの特別強化選手になってもらおうか。」
監督とコーチが遠くで武の将来を話しているころ当の本人の武は補強メニューが終えてグランドを歩いていた。
「全員っ集合!!!」
「これで本日の練習を終わりますっ! 礼!!」
「お、終わった…」
武は疲れきった顔で部室に戻った。
「よし!」
顔を手のひらで叩き練習着をバックに詰め込み自転車に乗った。
「お先でーす。お疲れさまでした〜」
先輩の挨拶もそこそこに学校の門を出た。
自転車で走ると夜空に少し冷たい風が熱くなった体を冷ましてくれた。
もうそろそろだ。
この角を曲がれば家に到着だ。緊張に似た興奮が抑えきれずにいた。足早に玄関から例のお宝のある所に移動した。
冷蔵庫の前に仁王立ちして、
「よーし似手湖サイダーよ!」
「今から!オレが飲み干してやるぅぅぅ」
いい年して近所迷惑も考えずに大声をだしてしまった。
そして勢いよく冷蔵庫の扉を開けたっっ!!
「ん?」
あれっ?ない。確かに朝入れたはずなのに……
あっ!!!!!!!!!
オレはすぐさま2階に駆け上がり親父の部屋に入った。
するとそこには本来オレが飲むべきだったはずの似手湖サイダーが、パジャマを着てベッドに横たわって雑誌を読んでいる親父の手にあった。
「おぉ武か。これうまいなぁ。どこのスーパーにあったんだ? また買ってきてくれよ。」
メロスは激怒した。
否、武は激怒した。
「オヤジィィィーーー!!!!」