真夏の恋は一瞬の夢
比較的都心に近いとは言え住宅街の真っ只中にある私の家からはコンビニまで徒歩10分くらいかかる。なにしろ駅前にしかコンビニがないのだ、不便なことこのうえない。うだるような暑さの中やっとの思いでコンビニにたどり着いたときは「ここは天国か」と真剣に思ってしまったほどだ。
夕方まであと少し、昼の日差しを避けてコンビニに来た人は思ったより少ない。みんな家から出ないんだろうなあ。
私はペットボトルのオレンジソーダと、レジ脇で売っているフライドポテトをひとつ買い、イートインコーナーへと向かった。イートインコーナーにはテーブル席とカウンター席があって、けっこう充実してる。ありがたい。
ここでクラスメイトのトモエと待ち合わせをしているのだ。
4人座れるカウンター席には先客がひとりいた。20代くらいの若い男の人だ。
背が高くて足が長くて、すらっとしていてかっこいい。黒のスリムパンツに白のボタンダウンシャツなんてどこにでもある格好なのにどこかイケメンオーラが漂っている――――とはいえサングラスと帽子で顔は見えない。店内で帽子とグラサンとか、芸能人か。
そう思いながらもじろじろ見るのも申し訳ないので私は先に来ていたトモエが座っていたテーブル席に腰をおろした。
「宿題の進捗はどうだね、やっこ君」
トモエが担任のおじさん教師の真似をして言い出したからつい吹きだしてしまった。
「似てる似てるよトモエちゃん。文化祭で物まねショーやったらどう」
「先生の物まねショーとか、内申点がマイナスになるわ。やるわけないじゃん――――ね、それより見た? 羽連夢のニュース」
「見たよ! もう私それで朝からご立腹なんだから」
今朝の情報番組、その芸能コーナーのトップを飾っていたニュースのことだ。
『日本アカデミー賞受賞作にも出演していた大物女優花岡霧江〈56)若いツバメと熱愛か』
花岡霧江、っていうのは誰でも知っている超有名な女優さん。「名女優」と言えば誰もが五本の指に入れるだろう。国内国外を問わず数多くの映画に出演し、50歳を過ぎた今も日本のマドンナとして世界を魅了し――――
っていうのはニュースサイトの解説だけど、まだ高校生の私もそれくらい知ってるくらいに有名なのである。
問題は「若いツバメ」の方。
その人の名前は羽村雄飛。22歳。
アイドルグループ「羽連夢」の一員で、泣く子も黙って失神するカッコよさ。飛ぶ鳥を墜とす……じゃない、落とす勢いの超人気アイドルなのである。ゆうくん(雄飛くんはファンからはこう呼ばれている)は少しキザっぽいがメンバーの中では色気たっぷりフェロモン担当、ちょっと腹黒王子的立ち位置だ。
そのゆうくんが、花岡霧江と?
そしてそのコーナーは「後輩アイドルグループKira☆(きらぼし)の人気沸騰に焦りを感じたか、大女優を踏み台にする売名行為」と、ゆうくんを悪く見えるような論調を展開させていた。
「――――もうね、腹が立って腹が立って」
「だよね! 許せないよね!」
思わず声に出てしまっていた。やばい、カウンターに座ってるあのお兄さんがイラッとしたような雰囲気でこっち見てる。ごめんなさい。
とにかく、ゆうくん呼びでわかるように私はゆうくんの大ファンなのだ。もちろんファンクラブにも入ってるし、コンサートだって行ってる。ゆうくんグッズで部屋は溢れ、親からもトモエからも呆れられている。
その私の大好きなゆうくんが、花岡霧江を踏み台に?
「ふざっけんな、って感じだよ」
あ、また声が大きくなっちゃった。でもこの怒りは抑えきれないのだ。申し訳ない。
慌てて声を小さく落とし、話を続ける。
「だってさ、私の羽連夢が落ち目だなんて!」
「そこかい」
「当たり前でしょ? それにゆうくんも花岡霧江も否定してるって言うのに、なにあの追求の仕方」
「あれはひどいよねえ」
夕べスタジオから出てきたゆうくんを各局の記者が取り囲んでたんだけど、いくらゆうくんが「違います」って否定してもなんとかそういう方向の証言をとろうと重箱の隅をつついて曲解しようとする記者の姿勢に反吐が出た。
「とにかく! あんなにいつでも真剣にパフォーマンスやってるゆうくん達なんだから、人気取りのためにそんな真似する必要なんかそもそもないんだよ。あんなニュース、でっち上げに決まってるじゃん」
「ネットの意見は両極端だったけどねえ」
「あ、り、え、な、い、の!」
「はいはい。本当に羽村雄飛大好きだねえ」
トモエがあきれ顔で肩をすくめた。
とりあえずその胸くそ悪い話はそこで一旦終わり、私はトモエに貸す約束をしていた塾のノートを手渡した。一昨日の講習、トモエは熱を出して休んでいたのだ。
「ありがとうね」
「いえいえ。もう体調はいいの?」
「うん。だからこれからタカシと会うんだ」
「あらま、ご馳走様」
タカシはトモエの彼氏。そうかそうか、これからデートか爆発しろ。
借りるものを借りたらとっととコンビニを出て行ってしまったトモエを見送りつつ私は残っていたポテトを食べながらスマホに視線を落とした。今日はニュースサイトを回るのはやめよう。絶対ゆうくんのニュースが目につくだろうから。
そうして少しした時だった。
私の目の前、テーブルの上にことん、と小さなボトルが置かれた。ミルクコーヒーのペットボトル、ここのコンビニで売ってる奴だ。何が何だかわからなくて視線を上げると、さっきまでカウンター席に座っていたイケメンっぽい男の人がテーブル脇に立っていた。
「え」
「お礼」
「――――は?」
男の人は指先で自分の頬を掻きながら続けた。
「アンタが信じてくれてうれしかったからさ。もらってくれるとうれしいな。ああ、気持ち悪かったら捨ててくれても構わないから」
その人はそういってかけていたサングラスを外した。その素顔は見覚えがあって、でも頭の理解が追いついていない。
固まって動けない私ににっこりと笑いかけるともう一度サングラスをかけ、彼は店を出て行った。
待って。待って、今の、今の人。
ゆるゆると追いついてきた理解に私は勢いよく席を立つ。机の上に残っていたものを全部コンビニのビニール袋に押し込め、大慌てでその人を追いかけた。
ゆうくん――――ゆうくんだ!
私が彼を間違えるわけがない。あれは確かに羽連夢の羽村雄飛くん、ゆうくんだった。
なんで彼みたいな有名人がここのコンビニにいたのかはわからない。でも、間違いない。
まだ午後の日差しもきつい中歩いている背中に私は必死に追いついた。
「あっ、あの!」
思い切って声をかけた。彼はちらりと振り向いて「なに?」とだけ言った。
「お、お礼! これの、お礼、言ってなかったから」
この暑い中走ったから息が上がる。
「あ、ありがとうございます。これからも、がんばってください!」
なんとかそれだけ言ってぺこりと頭を下げた。
お礼を言えたから満足だ。もらったペットボトルは家宝として孫子の代まで大切にしよう。
ゆうくんは忙しい人、これ以上足止めさせちゃ悪い。もちろんお話もしたいしサインも欲しいし写真だって撮って欲しい。でも完全にプライベートみたいな雰囲気だし、せっかくのお休み中を邪魔したくない。
私は元来た道を振り返った。
「それじゃ!」
それで帰ろうと歩き出した――――んだけど。
「待って、それだけ?」
ぐいっと腕を掴まれた。もちろん掴んだのはゆうくんだ。
「だってこれからお仕事じゃないんですか? そうじゃなかったとしても、せっかくのオフを邪魔したくないですから」
ファンの鑑でしょ、と胸を張って見せたらゆうくんはぽかんとしてそれからにっこり笑った。
「なあ、あんた暇?」
「暇っちゃ暇ですけど――――」
「どう? これからカラオケ行かねえ?」
「はあ?!」
「アンタともうちょっと話したい。俺も5時までしか時間ないけど、どう?」
時計は午後3時、カラオケにはちょうどいい時間が残ってるわけだけど、いくらファンと言っても初対面の男性と密室になるカラオケボックスに行く?
行きますとも。
「よし、行くぞ」
言うが早いかゆうくんは私を引っぱって歩き出した。
わかる? 引っぱったんだよ?
手、手、手が、手がああああっ!
手、繋いでるうううう?!
このようにパニックしていたため、多少の不安はどかんと払拭されてしまい、私は手を繋いだまま駅前のカラオケボックスへ行く羽目になった。
ゆうくんの足は迷いがなく、どうやらこのあたりの地理をわかってるっぽい。
「あ、あの、このあたり詳しいんですか?」
「ああ、ばあちゃんちが近くてさ、よく来てたから」
「へえー!」
なんと新たなゆうくん情報ゲット! ファンからはとしては鼻血噴きそうなご褒美だ。
いやそれ以前に手を繋ぐなんて鼻血どころか脳の血管がプチンといってしまいそうなレベルだけど。ああもうこのまま昇天しても我が人生に一片の悔い無しなんだそりゃ。
とアワアワしてるうちにカラオケボックスについてしまった。さっさと手続きをしたゆうくんはに連れられて、気がついたら部屋で二人になっていた。
「あ、あの、ゆうくん」
「あん?」
ゆうくんが帽子とサングラスを外してこっちを見た。ふんわりとゆるい天然パーマの黒髪が揺れる。
――――やばい、かっこいい。手を合わせて拝みたいくらいにかっこいい。
「なんだよ」
「あっ、あの、なんでここに連れてこられたのかなあと思って」
「もうちょっとアンタと話したかったからって言っただろ」
そう言ってふわりと微笑んだ顔はもう滂沱の涙を流しつつ五体投地したいほどにかっこいい。さっき感じたわずかな不安なんてどうでもいいですありがとうございます!
「なあ、アンタあのスキャンダルは誤報だって信じてくれるわけ」
「もちろんですよ! だって、腹立つじゃないですか。まるでゆうくん達が落ち目みたいに」
朝の情報番組を見ていたときの怒りを思い出し、たまらず私は語り始めてしまった。
「羽連夢は落ち目だなんて、誰も信じないですよ! 第一、花岡霧江さんとは共演経験がないっていうけど、花岡さんが羽連夢のファンだっていうのは有名な話じゃないですか」
「でも、俺達がテレビで見せてる顔は営業用で、素はすんげぇ悪人かもしれないって思わないのか?」
「思いません。だっていつ見たって真剣な顔で歌ったりしてるの、知ってるから。私はあんな悪意だらけの報道より自分の目で見たゆうくんを信じます」
そうだよ、だから私は揺らがない。ゆうくんがはっきり「そうだ」と認めない限り、私はゆうくんを信じる。
じっとゆうくんを見つめてそう言い放ったら、彼は顔をそらして被っていた帽子を目深に下げた。ありゃ、じっと見過ぎて失礼だったかな。
室内でずっと帽子を被っているから暑いのか、その時揺らがないの赤くなった耳が目についた。
「その、さ、アンタいつから俺たちのファンやってるわけ」
「もちろんデビューからですよ! と言えたらいいんですけど、2年くらい前に親戚のお姉さんにコンサート連れて行かれてからです」
「2年前」
「はい。アイドルのコンサート行ったのって初めてだったんですけど、あんなに歌って踊って汗だくなのに最後まで笑顔でお客さんを楽しませようとしてる、そのかっこよさに一目惚れでした」
「――――そりゃあその親戚のお姉さんに感謝だな」
「はい。大好きなものに出会わせてくれて」
「そうじゃなくてさ。もしその時俺たちのじゃなくて他のアイドルグループのコンサートに行っていたら羽連夢じゃなくて他のグループのファンになってたかもしれないじゃんか」
「む。そんなことはありませんよ! 私は一途なんですよ、浮気なんかしません」
「――――!」
ゆうくんが両手で頭を抱え込んでしまった。
「そーいうこと、よく口に出せるな」
「だって、私にとっては羽連夢が一番、ゆうくんが一番なんですから!」
なめちゃいけませんぞよ、ファンの熱い愛を!
「――――俺、ひょっとして口説かれてる?」
「くど――――……」
その、膝に肘を突いて手で顔を半分覆って、上目遣いにちらっとこっちを見る赤い顔。
ああ、神様――――! 私、今日死ぬんでしょうか! だからこんなご褒美を?!
本気で鼻血噴きそうです!
言葉も出せず真っ赤になってぴるぴる震えてしまう。これを「萌え」というのだろうか。
「ま、それは冗談としても」
ゆうくんがむくりと顔を上げた。あ、冗談だったのね。
よかったような残念なような。
「ありがとう」
「え?」
急に真顔でまっすぐお礼を言ってくるゆうくん。なにかお礼を言われるようなこと、したっけ?
「あの報道、デマだって信じてくれて――――その、かっこわるい話なんだけど」
ドリンクを一口飲んでゆうくんは続けた。
「花岡さんは本当に先輩として尊敬してるしかわいがってもらってる。もちろん愛や恋とは全然違う次元の話だし、俺だけじゃなくて羽連夢の他のメンバーも同じようにかわいがってもらってるんだ。あの記事が出て以来、SNSじゃすっかりあの記事を鵜呑みにした反応しか見えなくて、花岡さんにも申し訳ないし、ファンもみんな俺の言うことなんて信じてくれないんじゃないかって気分になってたんだ」
「そんなこと!」
「ああ、そうだな。アンタはまっすぐに信じてくれてた。さっきコンビニでそれに気がついて――――救われた気がした」
「ゆうくん……」
「だからアンタと話したかったし、お礼もしたかった」
「やだ、そんなつもりで」
「わかってるよ。だから」
すっとゆうくんの白い手が隣に座る私の手をとった。さっきまで握られていた手の大きさ、熱さがまた直に伝わってくる。きっとまた私の顔、真っ赤なんだろうな。
その手をすっと持ち上げて、手の甲をゆうくんのおでこにこつん、とくっつけられる。
ひぃえええええ?!
王子様? 王子様ですか?! そしてやめてその笑顔! がりがりとHPが削られていくようおうおうおう……
「なあ、アンタ名前は?」
手を持ったまま王子様が聞いた。そういえば名乗ってなかったな。
「やこ、です。藤巻やこ」
「やこ? やっこ?」
「や、こ。夜の虹って書いてやこ、って読みます。友達にはやっこ、って呼ばれるけど」
「夜虹。夜の虹、か。オーロラのことかな――――あ、思いついただけだけど」
「すごい! うちの親はそのつもりみたいですよ。珍しいから一発で覚えられて重宝してます」
「だな。こりゃ忘れねえや。夜の虹、俺が夕日だからお似合いかもな」
「ぐはっ! サービス過剰ですよ!」
「はは! 変な奴。まあいいや、俺もやっこちゃんって呼ぼう」
ゆうくんは笑い出した。今までのどこかシニカルな笑い方じゃなくて、満面の笑みで。
ああこれが素のゆうくんなんだなあ。この笑顔、今は独り占めだ。もう明日死んでも悔いはない、ってくらいに胸が一杯だ。
やだ、本当にドキドキする。
羽連夢を好きなのとは別なところがドキドキしてる。
「本当にありがとうな、やっこちゃん。で、ここからはお礼」
そういってゆうくんは立ち上がった。マイクと曲をリクエストするタブレットを持って、私にタブレットを手渡してきた。
「今日はあと1時間ここを押さえてある。その間、やっこちゃんのためだけにライブやるよ」
「え……ええっ!」
「さ、好きな曲入れてお姫様。今だけは俺がやっこちゃんの恋人な。彼女のために歌うんだ、おかしくないだろ?」
いいの? 本当にいいの?
何度も確認して「くどい。聞きたくないの?」とまで言われてやっとリクエストを入力した。
最初に入れた曲は羽連夢の曲の中で私の一番好きな曲「ヴィーナス・ハート」だ。
「へえ、俺もこれ好きな曲だ」
そう言いながら体がリズムを取り始めているゆうくん。アップテンポの明るい曲だけど、羽連夢の曲はちょっと大人っぽい曲が多いから珍しい曲だ。だからこそコンサートで歌われることが少なくて私的には残念。
そのレア曲を目の前で! 本人が!
アイドルスマイル全開で!
もう地獄に堕ちても後悔はない! いや、地獄は絶対嫌だけど!
着ている白シャツをジャケット代わりにしてターンしながらバッと肩を脱いだりのダンスも披露してもらえた。いつもテレビで見てるけど、体に一本芯が通ってるみたいに綺麗なターンだ。そこに甘い美声が――――!
私のテンションは上がりっぱなし、とてもじゃないが落ち着くなんてできそうにない。
そうして結局5曲も歌ってくれたのだ。
そして夢のような時間は終わってしまう。
「さすがにそろそろ戻らなきゃな」
ゆうくんが時計を見て言った。
「そう言えば、ゆうくん仕事は?」
「抜け出してきた」
「ええっ! まずいでしょ?」
「収録の待ち時間が元々長かったんだよ。あの記事のことで落ち込んでるのわかってたみたいで、メンバーが気晴らししてこいって出してくれたんだ」
あ、なるほど。みんな心配してたんだね。
「8時から生放送なんだ。見てくれよな」
「もちろん! ビデオの予約だってバッチリしてあります!」
「さすがファンの鑑」
くしゃり、と前髪を手で乱される。心臓が大きく跳ね上がった。
「ほんとありがとな、元気でた」
「――――私の方こそ夢みたいな時間でした。ホントにありがとう」
「またな」
またな、なんて言って次はもうないでしょうに。
記者の目がある可能性もあるので二人一緒に出ることはせず、私は一足先にカラオケボックスを後にする。部屋を出るとき、ガラスの扉の向こうに少し寂しそうなゆうくんの笑顔が見えた。それにそっと手を振って、私は勢いよく走り出した。
店の外はじっとりとした暑さがまだ強く残る夕方、汗がどんどん出てくる。
わかってる。夢の時間はもう終わってしまった。
ゆうくんはアイドル、テレビの向こうにいる人。ほんの少し道が交わっただけ、もう会うことはないんだ。
わかってるから大丈夫、私はいちファン、夏の熱気に心をつかまれてしまっただけ。これからもかわらず羽連夢を応援していくし、ゆうくんを応援していく。
そうだよ、真夏の夢だから諦められる。胸の奥で芽生えた気持ちにそっと蓋をする。
「――――バカだな、私」
夕方の空に一番星。それがにじんで見えた。
「あ、羽連夢だ」
夜8時、私はテレビの前にかじりついた。もちろん例の生放送を見るためだ。
ダークカラーのステージ衣装を着込んだ羽連夢は今日もとびきりかっこいい。
『今日はどうよ? 羽村君、ちょっと騒がれてるみたいだけど』
司会のタレントさんがゆうくんにど直球な質問を投げかけてきた。アシスタント役の女性アナウンサーが「それ聞いちゃいます?」みたいに茶々を入れる。羽連夢のメンバーはぎょっとしたみたいだけど、ゆうくんは落ち着いて堂々とそれに返した。
『お騒がせして済みません。ですが花岡さんは純粋に尊敬する大先輩です。報道されたような事実はありません』
『そうなの? SNSとかでもずいぶん騒がれちゃって大変だねえ』
『ええ、でも俺のファンならきっと俺の言葉を信じてくれるって。そう思ってますから大丈夫です』
そこで突然カメラ目線のゆうくんがアップに映し出された。その瞬間彼の唇が小さく「やこ」って声を出さずに動いた気がするけど、さすがにそれは自意識過剰だよね。
その後の歌も最高だった。私はただただ画面に釘付けで、食い入るように羽連夢を、ゆうくんを見ていた。
夜、ベッドに入ってもなかなか寝付けなかった。
自分の中に芽生えた初めての、そして芽生えた途端に蓋をしなければならないこの気持ち。
大丈夫、明日からは元通りゆうくんの大ファンに戻るから、今夜だけはこの花開くことのない初恋のために泣かせて欲しい。
だからスマホに来たラインも無視してベッドから夜空を見上げていた。
けれど女子高生のお約束、ラインの通知がうるさい。音を消してしまおうとスマホを取り上げたとき突然電話の着信を告げる着メロが流れ出した。
表示は見知らぬ番号。誰だろう?
おそるおそる電話に出た私はその場で固まる羽目になる。
『俺、雄飛。やっこちゃんだよね?』
後で聞いたら私の「夜虹」っていう特徴的な名前からファンクラブの名簿をこっそり検索したらしい。そういえば電話番号登録してたな、と後から気がついた。
勝手に電話番号を調べたことを散々謝った後で、ゆうくんはおそるおそるといった様子で切り出した。
『また――――会ってもらえるかな』
「で、でも、どうして」
『俺がやっこちゃんに会いたいから。それに別れ際に「またな」って言っただろ』
「だ、だって」
『俺の言葉信じてくれるって言ってたのに、信じてなかったのか?』
夢は夢で終わらないらしい。
私は思いっきりほっぺたをつねって、あまりの痛さに電話口で泣きながら笑い出したのだった。




