第十九話 疑惑
六畳の和室に置かれてあるのはテレビやテーブル、物置棚といったどこの家庭でもありそうな家具が設置してある。本当に派出所の中だろうか?
「ワーウルフ。何ボーとしてるの? もう派出所の中に入ってるから気をぬかないで」
薄紫色の少女が冷ややかに突っ込まれる。彼女が我々をここまでテレポーテーションをしたのだろう。ということは、ここは警察官の休憩所の場所だろうか?
「ったく。面倒だな。俺は夜勤続きだってのに、部長は人使い荒すぎ」
若い男性の声が聞こえ、徐々に足音が大きくなる。
「まあ、今日は彼女からn――――」
その男性と、我々は目が合ってしまう。
「き、君t――――」
その途端。黒色の服を着た少女が彼の鳩尾に殴打させると、そのまま音を立てずに肩の上に載せる。
「リィール。派出所内に今何人いる?」
黒色の少女が問いかける。薄紫色の少女がリィールなら、こちらの黒色の少女はアールナということになる。
「表に二人。でも、こいつ入れて社員は六人らしいから、あと三人いるよ。その内一人は非番で、今日は来ないと思う」
リィールの方を振り向くと、瞳が紫色になっている。彼女も“咎人”という何でもありの生物なのだろうか?
「それはそれで面倒だな。コイツ操って誘いだす?」
「うーん。この人は非番の人と仲が悪いみたいだし、不審に思われると思う。だから、表にいる中年男を操るのが適任かな。ココで一番の偉い人だから。女の方はあまり好きではないみたいだし中年男でOKだね」
リィールはそう言うと、目が元の黒色に戻る。
「じゃあ、ワーウルフ君は女の方をよろしく。好きにしていいから、なるべく気付かれないようにね。私は中年男をやるから」
そう言って、彼女は足音を立てずにこの部屋を去ろうとしていたので、私も彼女と同様に静かに和室を去った。
表にいる二人は、デスクで仕事をしており、互いに背を向けあって仕事をしているため、両者ともに背後から忍び込んでも相手に気付かれる可能性は極めて低いだろう。
そんなことを思っていると、アールナさんは既に中年男の背後まで辿り着いていた。彼女は早く女の後ろに行けと言わんばかりの視線が送られたため、私は足音を立てずにそこまで辿り着く。
私は人体のどこを強打すれば気絶するのかどうかが分からないため、右手で直接彼女の首を捥ぎ取ると、そこから大量の血液が噴射したのであった。
「ああーああ。派手にしすぎでしょう。掃除面倒なんだよね~。流血させる殺害は」
和室から出ていたリィールさんは、溜息混じりに呟く。
「確かに、好きにして良いって言ったけど、そこまで豪快にやるとは思ってなかったかな。気絶して、食らうと思ったのに。巡回している警察が戻ってくるまでに綺麗にするのは結構難しいよ」
アールナさんは中年男を担いで、言い放つ。
双方共に絶不評らしい。
「…………すみません。こいうこと初めてなものでして…………」
謝罪するしか言動が思いつかない。
「仕方ない。私が誤魔化すから、リィールは非番の警官の始末。ワーウルフ君は和室にいる男性を殺しなさい。生かしても利用価値がないし、住民は奥までには来ないだろうから女のように好きに血を噴射させてもいいぞ」
アールナさんがそう言って地面を叩くと、和室にいた男性に変貌しデスクにあった女性の死体はなくなっていたのである。
「リィールは私の“幻光夜供”を見破れるだろうから、遺体を奥にやってくれる? 私はこの部屋にいないと細工にボロがでるから」
アールナさんの声が和室の男性になっている。声まで似せることが出来るらしい。
「分かった」
リィールさんは両手を肩の高さまで上げると、アールナさんが背負っていた中年男性と私が殺害した女性の遺体が宙に浮かぶ。彼女のこの技は幻を見せるだけであり、実在しているものを書き換える技ではないらしい。
「多分、一人だと、怪しまれると思うから“模写”能力者一人連れてくるね」
「ありがとう。リィール」
「どういたしまして。さて、ワーウルフ君も私と一緒に来なさい。血まみれの男がいたらおかしいでしょ」
私は注意されて彼女と一緒に和室にまで行くと、その光景を見て絶句した。
なぜなら、先程気絶させた男性がまるで体内から爆破したかのように、内臓や骨が散り散りになっていたからである。
「内部犯。外部犯。どっちなのかしら?」
リィールさんは再び瞳が紫色になる。どうやら、この瞳になると過去が見られるらしい。
「……体内に時限式の爆弾でも仕掛けられていたのかしら? 誰にも接触することなく散っている」
そう言って、瞳の色は元通りになる。
「幸い。この部屋に窓がないことが救いだったわね。誰かに見られていたら野次馬が来る可能性があるから」
リィールさんは宙に浮かせていた二つの遺体を土足のまま血まみれの畳の上に立たせる。そして、彼女は彼の頭に触れた途端。独りでに動き始めたのである。そのまま、中年男性は和室から退出しようとすると、再び爆発したのであった。
「な…………」
リィールさんは何が起こったのか分かっておらず、ただ呆然と立ち尽くす。
「なんだ。この爆発は? 私達の計画を邪魔する敵が現れたのかい?」
アールナさんは中年男性の姿を保ったままコチラにやって来ると、周囲の状態を見て唖然とする。
「…………ねぇ。もし、奴等が化物の力の手を借りているとしたら、この出来事に辻褄が合うと思うのだけど……」
リィールさんは、今回フェータさんが一番殺害したい連中が“蜘蛛”以外の連中と関わっていると言いたいのだろうか?
「奴等が人以外の生物に手を借りると思う? 考えられるのなら、全生物駆除傭兵軍団の“黄昏”だろうね。その実態はエセ宗教団体で、幹部は化物を身体に取り込んだ普通の人間。確実に“黄昏”だという証拠はないから何とも言えないけどね」
この社会にも人というのはいるらしい。私達のようなものを体内に取り込んでいるらしいが、人の世だけではなく、こちらの社会も支配したいのだろうか?
全く、人という生物は一体どこまで自分達のものにしたいのだろうか?
「“黄昏”って傭兵軍団で、私達の力を悪行の限りに取り込んでいるのは知っていたけど、宗教染みたことをしているのは知らなかったなー。ん? だとしたら、杏姉ちゃんが亡くなったのって――――」
リィールさんの発言に何かを気付いたのか、アールナさんは唇を噛み締め、眼光が鋭くなる。
「奴等の仕業か。だとしたら、フェータ爺に知らせねぇとな。奴等にハメられたってな」
「だとしたら、リアは全て知っていたのかな? あー、でも知っていたら、リアの性格上私達をここに来るのは無駄だって言うだろうし。もしかして、自分で自分の記憶を一部封したのかな? あまりに辛い過去だもんね」
自分の記憶を封しただと?
私のものを勝手に見て、忘却した私の幼児期の出来事に対して思わせぶりの発言をしてたくせに、嫌な記憶と向き合わない人に言われていたのは、正直歯がゆいのである。
しかし、記憶の封印はリィールさんの憶測であり、事実ではない。そもそも、私には彼女とこの町の関係性について何も知らない。ただ彼女について来ただけのワーウルフに過ぎないのである。彼女のことは彼女から何らかの話があると同僚として信じることにしよう。
「じゃあ、私はそのまま死んだ警官を演じるから、リィール達は戻って現状を知らせて」
「分かった」
私はリィールさんと一緒にフェータさん達がいる隠れ家に戻ったのであった。