第十八話 皮
到着した場所は、当たり一面草木を生い茂っており、空気がとても美味しい。
リアさんが指定した屠留町で人気がない場所は、こんなにも自然が感じられる場所とは思ってもなかった。
「そういえば、さっき何か言おうとしていたけど何?」
リアさんが背伸びをしながら問いかける。
「光通局だっけ? あそこにいる受付員。全員人間で、何かを償うためにそこで働いている感じなのかなって」
「その通りだよ。中央にいる人は日替わりのローテションで彼等と入れ替わるの。途中でくたばったら、別の人を加入するだけ。電球を取り替えるようにね。臓器や骨といった内側から搾取されるから、最終的に皮しか残らないよ」
予想通りである。どのような願いを叶えたのかは知らないが、哀れな末路である。
「じゃあ、行くか。フェータ爺の所に」
リアさんが歩き始めたので、私はついて行く。
「屠留町は行った事がないんですけど、結構自然が残っているんですね」
「ここは大きな公園の中だからね。公園の外はアナタが住んでいた弼町と一緒くらいの住宅街よ」
名前は屠留自然公園だっけ。そういえば、そういうのがあったな。まあ、行動範囲が狭かった私にすれば、そのような場所の存在すら忘れていた。
「さて、着いた」
着いたといっても、猫又一匹すらおらず、周りにある木々を除外すれば、目の前にある体長一メートル弱のお地蔵さんがあるだけである。
「まさか、このお地蔵さんが猫又というわけではないだろうな?」
何らかの願いと共にお供えをしている人をこれらから殺そうとしているのは、流石に恐ろしい話ではある。しかし、誰かが屠留町を滅ぼして欲しいという願いがあったのなら、それが実現するだけの話。そう考えると、願いが叶うということは、とてつもなく恐ろしいものなのではないかと思った。
「そんなわけないじゃん。このお地蔵さんの真下に、地下通路があるの。まあ、人間が通れないように細工してるんだけどね」
そう言って、彼女はお地蔵さんの頭上を踏みつけるかのようにジャンプすると、彼女はすり抜けたのである。
正直言って驚いたのだが、このまま呆然と立ち尽くすのを人間が目撃すれば不審に思うだろう。
私は周囲を見回し、誰もいないことを確認して、お地蔵さんの上を飛び込む。すると、真下にフカフカの毛皮が敷かれており、それに弾まれて近くの地面に尻餅をついてしまうのである。
道は地中を掘ったまま舗装をしていないらしく、彼等の手で加わったものは側面に設置されている照明だけであろう。ふと、上を見るが、そこに通り道らしきものはなく、天井を触っても手はすり抜けない。どうやら一方通行の入り口らしい。
「アルゲン。さっさと行くよ。あんまり遅いと、フェータ爺から侵入者だと思われるよ」
少し遠くからリアさんの声が響きわたる。彼女は先に進んでいるらしいので、私は急ぎ足で前に進む。
それから、三分が経過しただろうか。
私はリアさんに追いつかないまま広い部屋に出た。
そこには、体長一~三メートルほどの猫たちがおり、普通の猫は白や黒などの毛色が普通なのだが、ここにいる猫たちは赤や青など、普段見慣れない毛色の猫たちもいる。それに、良く見ると、彼等の尾は二つ以上に分かれており、私が視認できる限り、尾が多く分岐しているのは五本。その猫又の体毛は桃色で大きい。彼と目が合うが、すぐにそっぽ向いてしまう。私に興味がないのだろう。
「アルゲン。こっちだよ~」
リアさんは、奥にいる白色の小さな猫又の前で、私に向かって手を振りながら声をかける。
私は、周囲にいる猫又の尻尾を踏まないように、そちらへ向かう。
遠くからは分からなかったが、目の前にいる白い猫又は年老いているのか、毛艶が悪いのである。
「これが、今回のリアの相方か。青臭いが、心の奥底には鬼でも潜んでいそうな男じゃのう」
心の中に鬼が潜んでいる?
あの腐った遺伝子のことを言っているのだろうか。やはり、ワーウルフになっても消えないものなのだろうか。
「アルゲンと申します」
私は彼に会釈をして挨拶をする。
「ワシはフェータじゃ。今回はよろしく頼むよ」
彼が屠留町の人間を殲滅しようとする依頼者らしい。
「で、フェータ爺ちゃん。どのように彼等を始末するの?」
リアさんは親しげに彼に問いかける。彼とは知り合いなのだろうか?
「実行は今夜。奴等以外の者は適当に好きなように殺していい」
「奴等って、あいつ等?」
「ああ。お前さんがよく知っている者達じゃ」
この言葉によると、リアさんはこの町の出身の可能性があり、彼女の正体が猫又の可能性がある。彼女は首領曰く、エマ様にかなり溺愛しているらしい。殺害されそうになったところをエマ様に助けられたのだろうか?
「で、どのように殺せばいいの?」
「外皮をはがして、内臓を慎重にとって解体す。目玉は潰さないように丁寧にくり貫く。そして、それらをここに来る人間の見せしめとして町の境界に展示する。悪くはないだろう?」
それを聞いたリアさんは溜息をつく。
「そうしたい気持ちは分かるけどさ、現代社会は結構どこかに繋がっているから、そんなことをしたら最悪、世界中にまで知れ渡って、マスコミや警察とかが来るから、私達の存在を人間社会から隠す手間がたくさん増えて面倒なんだよね」
「言われんでも分かっとる。だから、防腐処理をすればよいじゃろう。死臭や腐臭がなくなるだろうし、よく出来た作り物と錯覚できるだろう。それに、町長が変わって、他者の人との関わりを減らすためにそのようなものを置いたなどと言えば、そこまで広まらんじゃろう、こんな田舎で閉鎖的な町なら尚更な」
彼等が憎んでいる連中はどこの誰かは分からず、しまいに、解体された部位を腐敗させないようにする理由すら私には分からない。永遠にこの世で苦痛を与えるという意味合いだろうか?
「まあ、そこまで丁重に殺せる人員を割くのも数に限りがあるのだけど、ここにそのようなことが容易に出来る者はいるのかしら?」
確かに外皮を剥がすだけでも一苦労であろうに、内臓を綺麗に解体するのはもっと難しいだろう。どちらにしろ、私には両方出来る気がしないため、彼等を殺すことはないだろう。
「三体おるが、彼等は全部で十二人。最低でも一人につき一体ずつ采配したいが、無理かね?」
単純計算で、コチラがそれが出来る者を九用意しなければならない。
「気絶してからの解体なら条件は緩くなるけど、生かしたままの方が良いわよね? 苦痛を味あわせたいいのなら尚更」
リアさんの呟きに、フェータは頷く。
「だよね~。だったら、九は厳しいかもな~。用意できて四~五だろうね。足りない分は見せしめとして先に解体すれば良いんじゃない? 町に放置する形で置いとけば、住民達は驚いて恐怖するだろうし、そしたら警察とかがうるさいか……」
「いや。それでいこう。この町の警察官には悪いが、実行する前に占拠して、住民に怪しまれないよう“模写”すればよい。接触する人はどうせ死に逝く者達なのだからのう」
人の遺体があれば、警察を呼ぶ。それが、人の社会の常識だ。
もし、その警察官全員が殺人者達と繋がっており、その殺人者は刑務所に送られることなく、別の町で平気に暮らしていたら住民たちはどう思うのだろうか?
その殺人現場が閉鎖的な町なら、その真相を知ることなく一生を終えてもおかしくはないだろう。
警察も人間。殺人者が人生を終えるまでそれを発覚出来なかった事案も今までに何件かあるだろう。
そんな警察を信用しすぎる人が私は哀れだと思う。
「だったら、先に、その四人殺る者を決めるのか? それとも、援軍が到着してからそれを決めたほうがいいかのう?」
「志願者がいれば、ここにいる者達にやらせた方が良いんじゃない? そうすれば、積年の怨恨も晴らせるだろうしね。私もそこに入るから」
リアさんは解体死体化する一味に関わりがあるよう。私と私の父のような関係だろうか?
「それなら、援軍を来るまで待たなくてもいいじゃろう。リィール。アールナ」
フェータが呼んだ者達は、薄紫色と黒色の猫又であり、共に尾は三つに分かれて、色めかしい体毛をしている。
「そこの小僧と一緒に派出所に居る警察を襲いなさい。今直ぐじゃ」
すると、二匹の猫又は擬態したのか、顔立ちが整った少女に姿が変わる。しかし、その姿は体毛の色に連動しているのか、薄紫色の子がとても派手で目立ちすぎている。このような姿は田舎町だと浮いてしまう。
「じゃあ、行くよ」
薄紫色の子がそう言うと、私達は六畳の和室に移動していたのであった。