第十六話 勘違い
医療施設を出ると、周囲には見かけない建物しかない。ということは、シーさんと一緒に来た道ではないということだ。そもそも、病院にいるときに時間や現在場所を確認すればいいのに、私はそれをしなかったためマヌケだなと思う。
「お、裏狸様の言うとおりに病院から出たな」
聞き覚えのある声のほうへ顔を向けると、そこにリアさんがいた。そういえば、前に会った時もどこに行けばいいか良く分からないときに遭遇したことを思い出す。
「リアさん。こんにちは」
現時刻が分からないが、“こんにちは”は今日はいい天気ですね。といった意味があったはずなので、おかしくはないだろう。と自分に言い聞かせる。
「こんにちは。牝馬町で死にかけたらしいね。裏狸様が憑依したことで一命を取り留めたとか」
このような情報はどこから流れてくるのかは分からないが、彼女から若干、嫉妬心が感じ取れるのは気のせいだろうか?
「まあ、裏狸様のことだから、何か企んでいるだろうけどね。そういえば、牝馬で“蜂”と会ったの?」
「いたらしいけど、私は接触していないです。潜入捜査していたリナさんとルパさんなら接触したと思います」
「そ。ならいいや。じゃあ、行くよ」
そう言って、リアさんが歩き始めたので、私は彼女の後を追う。
「行くって、どこに?」
「次の仕事よ。いろいろあって、君と一緒に行くことになったの。まあ、私の足を引っ張らないようにして頂戴」
彼女は記憶を操作する能力があるため、私に対して何かされないか少しだけ心配である。
「どのような仕事ですか?」
また、牝馬町のような仕事だろうか?
途中で戦闘事になるのは確実に私は足手まといなのでやめてほしいものだが。
「屠留町人間の殲滅」
牝馬町を救ったと自負している私にしては少しだけ苦痛な言葉である。何か理由があるはずだ。
「人の殲滅ですか……。牝馬町の負の連鎖を止めたのに、人選間違っているのではないでしょうか?」
それを聞いたリアさんは溜息をついて、足を止めたため、私はそれに合わせる。すると、彼女はこちらへ歩み寄る。
「何か勘違いしてるんじゃない?」
「勘違いですか……?」
「ええ。牝馬町を救ったヒーローとでも思ってるんじゃない?」
彼女の質問に対して、完全に否定出来なかった。私は牝馬町を救った気でいる。光達は死よりも生きている方がましだろうと勝手に自分で判断し、牝馬町の怪奇現象を解決に携わった者としていい気になっている。でも、それらは私達がそれらを救う側として行動していたから。
依頼の内容によっては、その真逆になるだろう。私達が牝馬町の“天牛”側として活動する場面もあるのだから。
「……言いたいことは分かりました……。調子に乗っていたかもしれません」
リアさんにとって私がすぐに認めることが想定外だったらしく、しばらく黙り込む。
「まあ、分かればいいのよ。分かれば」
そう言いながら進行方向を向いて、彼女は歩き始めたので、私は彼女の横に並んで歩く。
「で? 何で、この町を殲滅するのですか?」
「ん? 野生の動物を人の潔癖でむやみやたら殺すから」
人は法律や条令で抑制がない生物の生殺与奪を握っているといっても過言ではない。
食すために、命を守るためにといったものは人の延命措置として仕方がない部分もあるが、食するために過剰に捕獲したり、何もしていないのに偏見で危険と見なして殺害したりと、度を越す殺戮の原因は様々である。
近年に経って、ようやく動物の命に関わる法律が出来たものの、無意味な動物の殺しは完全にはなくならい。他の生物と共存しようとする考えはないのだろうか。人間というものは全く持ってどうしようもない生物である。
「依頼者は動物愛護団体とかに携わっている人?」
私個人としては、この手の集団の大半は大抵度を過ぎていると思い込んでいる。
例えば、愛玩動物として海外から取り寄せ、それを販売した人達に向かって、輸入したから近隣の生態系が壊れただのと言っても、それは間違っている。動物を逃がしたのはその動物を店から飼った人間である。それなのに、彼等はそのペットショップを撤退させるようにあらゆる手を尽くす。そして、生態系を荒らした外来種には害虫のように無残に殺害する。動物を愛してるんじゃないのか?
中には本当に動物を愛して、野生の外来種や近隣のペットショップなどと上手く連携している団体もあるだろうが、そういう人達は多分少ないだろう。
「ううん。依頼者はその土地に住んでいる猫又」
それを聞いて、私は驚く。依頼者は人以外の生物も含まれるのだと。
「で、その猫又に対して何の代償を払ったりするの?」
「私達は人から何らかの対価を支払うことはするけれど、それ以外の生物には何も求めない。反人間社会の一員だからね」
ということは、牝馬町のような怪奇現象を消失させるのは稀であり、これから行うことの方が本職ということだろう。
「成程。でも、その猫又って、どこかの組織に入っていないの? 妖怪なのに」
「妖怪や化物だからって、必ずしも何らかの組織に入らなければならないという決まりはないからね。入っても大概は使い捨て要因に回されるしね」
使い捨て要因か。そういえば、私の立ち位置は“蜘蛛”の中だとどれくらいなのだろうか?
前にエマ様が“下級種”がどうのと言っていたが、私はそれに当てはまるのか、それともそれ未満なのかどうか分からないし、そもそも使い捨て要因はどのような階級すら分からない。そのようなことは今必要ないだろうから、胸の中に閉まっておこう。
「それで、屠留町に到着したらすぐに人を殺害するのでしょうか? 計画的に? それても、何らかの法則に従って?」
今回のはただの人間。殺害するのは簡単だろう。
「それは、フェータ爺に聞かないと分からない。私達は彼の依頼を受理しただけだし、多分一部の人以外は適当に殺しちゃうんじゃない?」
フェータという名は多分。依頼者の猫又のことだろう。
「殲滅するのは構わないけどさ、人が誰一人いなくなったら人間の社会が怪しまれない? 牝馬町のような騒ぎになるのもおかしくないだろ」
「人に成りすます“模写”能力を持ち、暇な者が十数程度いるから、外と関わりの強いやつは彼等に成りすますことで穏便に済ますつもりよ。向こうにもその能力を持つ者がいるらしいから何とかなるでしょう」
“模写”能力か……。そういえば、私は氷雪系を操れるらしいが、一体どうやるのだろうか?
裏狸に憑依されていた時は彼女の意志で発動出来ていたため、できなくはないのだろうが。まあ、屠留町の住民を実験として試せば良いのだろう。それが可能な殺害方法ならの話だが……。
「屠留町って弼町の二つ隣の町だよね? 徒歩で行くの?」
「いや。“蜘蛛”の敷地外は、基本的に誰にも目撃されない場所まで瞬間移動で行くから、いまからそれが可能な“光通局”に向かっているの」
瞬間移動。つまり、テレポーテーションということだが、それが可能なら“牢夢”の時もそこを使用して、テレポートすれば良かったのではないのだろうか?
「あ、そうそう。受付の際に騒ぎ起こさないでね。“光通局”内で暴れると、私達しばらく利用できなくなるから」
「大丈夫。私はそこまで喧嘩早くないよ」
このようなことを聞くということは、私はそのような性格だと思われているのだろうか?
リアさんは私の記憶を読んだため、私の父親のことを知っているだろう。だからこその忠告。私の中にあるかもしれない父親の暴力性の遺伝子が覚醒しないようにしないと。
「そう。じゃあ、喧嘩しないでよ。“光通局”はすぐそこだから」
彼女が指した場所は赤色と白色が特徴な看板をした横に長い大きな建物であった。
ふと、窓に視界が入ると、私の顔を覚えているであろう医療施設にいた大男の横顔が見えたのであった。
喧嘩をしたら利用できなくなるのは、彼も知っているであろうから、喧嘩はおそらく起こらないはずだ。それに、よく似た他者かもしれない。
そう心に言い聞かせて、リアさんと建物の中に入るのであった。