第十五話 医療施設
“蜘蛛”に戻った後、私は裏狸に憑りつかれたまま医療施設に連れてこられた。
医療施設は人間の世界と同じように白を基調とした建物であり、中は清潔を保っている。
裏狸は受付を済ますと、すぐに部屋に案内された。扉を開くと、三メートルくらいの大きさをしたカプセルが大量に置かれており、その中に透明な液体が満タンに入れられていた。目の前にある使用されているカプセルの中にいる大男は意識があるらしく、私と眼が合う。
「見ない顔だな」
野太い声で話しかけてきた。カプセル内にいても普通に話せるらしい。
「…………」
裏狸は男を無視して、空いているカプセルの方に向かう。
彼は多分、私の意志で行動していると思っているだろう。彼が相手に対してちょっとしたことで根に持つ相手だとしたら、挨拶くらいしてもらいたいところなのだが……。
「良い度胸じゃねえか。テメェのツラしっかりと覚えたぜ」
相手は喧嘩する気満々である。果たして、私は彼に勝てるのだろうか?
そんな不安を持ちつつ、裏狸の意思でカプセルに入ると、彼女が私から出ようとしているのか、意識が朦朧としていき、いつの間にか意識を失ったのであった。
両方の瞼を開けて、周囲を見回すが私は未だにカプセルの中で治療をしているのである。
液体の中にいるのに、呼吸器がないため、焦ったものの、普通に呼吸ができているのである。
どういった原理で治療しているのかは分からないが、この治療方法は初めてなため、どうなったら完治するのかが分からないのである。それに、身動きが取れず、周囲に書物や映像などをはじめとする娯楽すらないため、この部屋の出入り口を眺めたり、睡眠をとるくらいしか時間を潰せないのである。先程の大男が私に話かけたくなる気持ちが分かる。そういえば、彼は治療が済んだのであろうか。まだなのなら、同じ時間帯に完治しないことをただただ祈るばかりである。
そんなことを思っていると、突然。私の前から現れた機械の腕によって、両耳にヘッドホンが装着された。
『患者番号8831。アルゲン・ルプスさんですね?』
その問いに頷くが、反応がない。そのため、声を出して返事をする。
『タクヤ様と、ヒカリ様から伝言があります。再生致しますか?』
牝馬町にいた“牢夢”の少年と“咎人”になった少女からか。一体何の用だろうか?
私は了承の返事をすると、私の目線に合わせて、前にあるガラスがスクリーンになったらしく、そこに光と拓也が映し出されていた。
『アルゲンさん。私達はこの“蜘蛛”の一員になりました。私達はアルゲンさんとは違って、人の名を棄てず、罪を償うという意味で人名を使い続けたいと思い、名を変えませんでした』
実際のところどうなのだろうか?
彼女達は私のように好んで人を辞めたわけではない。内心は人に戻りたいのかもしれないからではないのだろうか。まあ、私は私。他者は他者。他者が決めた事を詮索するのはやめよう。
『アルゲンさんのお蔭で私達は生きていると思うし、牝馬町が解放されたのだと思います』
私はただ彼女達を“天牛”に毒された住民達から遠ざけるために、一緒に逃げる手助けをしただけにすぎない。感謝しすぎなのは気のせいだろうか?
『これから、先程にも申した通り、私は自分の罪を償うため生きていきます。この社会は人の負の部分が結構目にすると聞き、不安でありますが、精神を保って生きようと思います。両親の犠牲を無駄にして、人を辞めさせられた私ですが、今後ともよろしくお願いします。では、またいつか』
そう言って、二人は手を振るところで映像が終わる。
彼女の罪は理不尽なところがあるが、彼女以上に理不尽な目に合ってこの社会に生きている者がいるのかもしれない。そう考えると、自身の意志でこの社会に入った私は精神的な苦痛は少ないのかもしれない。
『伝言は以上です。完治まで約二分かかりますのでしばしお待ちを』
機械音声がそう言うと、ヘッドホンが外され、目の前のガラスが元通りになった。
完治まで残り二分らしいが、どこが悪いのだろうか?
全身を一通り動かしてみるが、どこも痛みが感じないくらい、どこが癒えていないのだろうと思った。
そういえば、このカプセルの中に入ってどれくらいの時間が経過したのだろうか?
彼等が私に伝言してくるくらいだから、半日は経過していておかしくはないだろう。だとすると、あの大男の怪我はそんなに大きくはなかった気がするので、とっくに完治してこの部屋から出ているだろう。
そんなことを考えていると、カプセルの下部から勢いよく私が浸かっていた液体の吸引が開始されたのである。どうやら、治療が終わったらしく、内部にある液体が全てなくなると、目の前のガラスが上部に移動した。私はここから出て、そのまま出口に向かう。
ふと、先程目をつけられたであろう大男がいたカプセルを見ると、そこには誰もいなかったため、少しだけ安堵した。
特にすることが思いつかないため、部屋を出て、そのまま医療施設を後にしたのであった。