第十四話 憑依
目が覚めると、蛇の瞳を持った蛾の化物が片方の翅が切断されていた。
意識が戻ったのだと思い、腕を動かそうとするが動けない。
その時に気がついたのだが、私が見ているこの光景は、誰かの視界を映画やテレビのような媒体を通して視聴しているような感覚である。
そんなことを思っていると、天井から発生したたくさんの氷柱が片翅が捥がれた生物に向けて全てが命中する。
氷柱は氷の一種。ということは、私が無意識に発生させているのだろうか?
私の身体は敵の生存を確認せず、すぐに遠ざかる。この行動から、私は二重人格である可能性が少なからずあるのだろう。
その時に気が付いたのだが、ここは巨大赤ん坊がいた場所である。なぜそのようなことがいえるのかと言うと、彼等が食していた人の姿が見える肉団子や、周辺に幼くて大きな頭部や四肢が散り散りになっているからである。
裏狸は毒や爆破の発生を危惧していたというのに……。この有様は私がやったものだろうか?
そういえば、彼女の姿が見えない。もし、この赤ん坊達を切断する際に起こった何かで、彼女の身に何かが起きていたら、この人格を怨んでやる。
すると、氷柱が一瞬にして蒸発したのだろうか、蒸気を上げながら攻撃を受けた生物は穴が開いたまま起き上がり、捥がれたはずの翅が再生していた。
「くそ狸がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
狸?
だとすれば、敵の雄たけびは私のものではなく、裏狸に向けられたものである。ということは、彼女が私を憑依したらしい。だから、彼女の存在が確認できないのである。
私が操作出来ない氷を容易く扱える裏狸は、憑依した生物の潜在能力を宿主以上に発揮できるようだ。
「まだかよ……」
私の口から発せられたはずなのに、彼女の声色に変化していた。声は私のままだと思っていたため、意外である。
裏狸は何かを待っているらしい。彼女に時間制の弱点でもあるのだろうか?
「私のモルモットを全滅し、毒を無効にした挙句、私の全身風穴状態にするとか、絶対この手で殺して、細胞レベルで解体して、研究してやるよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
その瞬間。敵の腹部に黒炎で纏った一本の矢が貫くと、瞬時に全身がその炎で包まれる。
「うばばぁぁぁぁぁ」
聞きなれない苦しみをあげながら、敵は苦しむ。
「エマ。遅すぎ」
裏狸はエマ様を待っていたらしいが、なぜ彼女がここに来ると分かったのだろうか?
「結界を破壊するのに手間取ってね。アレ? お気に入りの人形壊れたの?」
いつの間にか、隣に移動していたエマ様は、裏狸と親しげに話す。
「うん。モフモフが死にかけたから、私が憑依して命保ってるってわけ。意識が戻っているかもしれないけど、私が出てたら多分彼が痛みに耐えられないほど身体を酷使したから、治療するまで入るけど、良いよね?」
裏狸が憑依していないと、私は死んでいた可能性があるのか。治療が済んだら、彼女に礼を言わないとな。
「ええ。でも、まさか“蚕”の第五研究所院長サデーナがいるとは驚いたわ」
自称ただの女性研究員は結構な地位を上り詰めた女性であった。だとしたら、ここは第五研究所なのだろうか。だとしたら、何で、牝馬町の地下にあるのだろうか?
「でもさー。第五研究所って、結構遠いよね? 何でここにいるの?」
「“蜂”と“蜻蛉”がこの間襲撃して第五研究所は壊滅。行方を眩ませたのはこの女ただ一人。友好的だった、“天牛”にいる誰かに頼んで、この町を狙ったのでしょう。時期的にも合致するsh――――」
その時、敵は射抜かれていた矢をエマ様に投げるが、それは瞬間移動したかのように消失する。
「私ハマダ死ニタクナイィィィィィィ」
敵はそう言いながら、エマ様に飛び掛る。
「バイバイ。魂ごと消滅しなさい」
エマ様は左手を敵に向けると、彼女は塵となって消えたのであった。
私達が苦戦を強いられていた敵をこうも容易く消滅するため、彼女の力はとてつもなく凄まじいということになる。
「さて。この場所も消すから、これで帰って頂戴」
エマ様が差し出されたのは緑色の藁で出来た綱である。
裏狸がそれを握ると、牝馬町の丘に瞬時に戻ったのであった。
「おやおや、ボロボロですね、アルゲンさん。まあ、私も人のことが言えないのですがね」
シーさんは、私の体の精神が裏狸に取り憑かれているとは気付いていないらしい。
目の前にいるシーさんは服の大部分が破損しており、彼の皮膚の一部が炭の状態である。カサブタとなっている箇所であろうか?
何がともあれ生きいて良かったと思う。
「チリオッチャン。私は裏狸だよ~。ふふふ」
そのギャップが受け入れきれないのか、シーさんは唖然とする。
「…………そうでしたか…………。わざわざすみませんね。私が不甲斐無いばかりに裏狸様どころか、エマ様まで手を煩わせるとは……」
シーさんは反省の顔を浮かべながらこっちを見る。
「気にするな。私等もそこまで厄介だと思っても見なかったからな。まあ、この町も少しは過ごしやすくなったからいいだろう?」
自身の顔が見えないが、何となくドヤ顔で言っているような気がした。
「そうですね。では、エマ様が来たら“蜘蛛”に帰還しましょう」
すると、それに呼応するようにエマ様がこちらに凛とした表情で戻ってきた。
「行きましょう」
彼女を先頭に、“蜘蛛”に戻ったのであった。