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第十三話 蚕起食桑(かいこおきてくわをはむ)

 瞬間移動して辿りついた場所は暗くてジメジメした場所であり、地下室というよりも、洞窟の中って言われたほうがしっくりするような構造であった。

 「くぎゅああ」

 「だぁぁぁぁ」

 と言った様々な呻き声が響いているのである。

 「モフモフ。もう私から離れていいよ。まあ、怖いからしがみ付いているのならそのままでもいいけどね」

 確かに、少しだけ怖いが、彼女にしがみ付く程ではないのですぐに離れる。

 「で、この声は何?」

 「赤ん坊の泣き声だよ。まあ、どんな赤ん坊って言われたら回答に困るから先に言っておくね」

 回答に困る赤ん坊。それほどまでに赤ん坊は改造されているのだろう。さすがは人工生物のエキスパートという異名を持っているだけのことはある。

 すると、裏狸が歩き始めたので、私は彼女の横に並んで歩く。

 「今の目的は結界を解除することだよな?」

 「うん。でも結界を解除するだけかどうかは、直に見て判断しないとね。下手したら人間界に騒ぎが起こる可能性があるだろうから、先にこっちを偵察しないとね」

 しかし、気のせいだろうか。前に行くにつれて腐臭が強くなるのは?

 そう感じていると、急に裏狸は右腕を私の前に出して進行を遮る。

 「罠があるし、これ以上は進めない」

 その先には土で出来た通路しか視界に入っていないのだが、何かがあるらしい。腐臭と関係があるのだろうか?

 「モフモフには見えないだろうから、私の背中に手を置いて目を瞑って」

 私は裏狸の言うとおりにすると、想定外のものが脳内のイメージに入り込んだため、少しだけ吐き気を感じた。

 「今日は五月二十一日。何の日か知ってる?」

 私はそういった記念日を一々覚えていないため、答えようがないのである。

 「蚕起食桑かいこおきてくわをはむ

 「…………蚕が起きて桑が何だって?」

 ってか、それが記念日の名称なのかよ。

 「モフモフって、二十四節季って知っている?」

 「メジャーなやつしか知らないけど、立春とか立夏とかいうやつだろ? そういうのが二十四種類あるんだよな?」

 「うん。その二十四節季の一つを三分割したのが“七十二候しちじゅうにこう”。気候や動植物の様子を表したもの。その中の一つに蚕起桑食があるの。意味はそのまま。蚕が桑を盛んに食べ始める季節」

 成程。裏狸が言いたいのは、今見ているものと何ら変わりないということだろう。

 赤ん坊が蚕だとして、桑が人や獣が混じった肉だとすれば、今見ている光景がそのままだということになる。

 私が見ている赤ん坊の見た目はある箇所を除いたら恐らく生後半年~九ヶ月くらいであろうが、体長が中学生程度あり、人の姿をしたものを平気で食べているのである。このエサとなっている人はどこから調達したのかは分からないが、私がこのまま進んでいたら、ここに落ちて、彼等のエサになっていた可能性がある。それに、赤ん坊は五十人程度おり、私以上の身体能力があったら逃げれる自身がないのである。

 ここに来て嗅いだ腐臭は人の死骸であることは間違いないだろう。

 「で、この巨大赤ん坊は成長したら巨人にでもなるのか?」

 「さあ? まあ、仮にそうだとして、彼等を人から見られないようにするには苦労するだろうね。だから、この町を狙ったんだろうね。田舎の山奥で、町を混乱させれば人は住民は出て行くだろうし、怪奇現象が広まれば近付く輩は減るからね」

 「で、赤ん坊を全て殺すのか?」

 「そうしたいけど、奴等のことだから、殺害方法を誤ると毒散布や爆破が起こり得るし、そもそも、敵が来る前までに全滅ってのはどのみち厳しいよ」

 すると、彼女は透視を辞めたらしく、私の脳内に送られるイメージが消えたため、私は両目を開けて彼女から手を離す。そのとき、気がついたのだが、裏狸は黒い糸の様なものを手に持っていた。

 「私達じゃ手に負えないから、サンプリングを持って帰って、新たな結界を張って帰るか」

 そう言って、彼女は来た道を引き返す。

 「確かに私達では手に負えないけど、新しい結界を張るってどういうことだ? 結界を破壊しに来たんじゃないのか?」

 裏狸は溜息をつく。

 「結界壊しただけだと、あの赤ん坊達が人の目に止まるでしょ? だから、私が新しい結界を張って彼等を閉じ込めるの。その後に“シルム”の結界を壊せば良いのだけど、当事者を倒さない限りまた張られるだろうから、結界はそのままにして、性能を書き換える」

 裏狸は突き当りまで突き進むと、両手で壁に触れる。すると、壁から黒い文字が浮かび上がる。それらはそれぞれ意思があるみたいに、ウネウネと動くため、気持ちが悪い。

 「“魅知文字イグム”。で出来ているだと……」

 どうやら、想定外のことが起こったらしく、“魅知文字イグム”という生きた文字は裏狸の皮膚の上に移動していく。

 どうしたら良いのか分からないが、裏狸に移動している“魅知文字イグム”を取り剥がしたほうがいいと思い、彼女の皮膚に触れようとする。

 「馬鹿か。今直ぐに私を置いて逃げろ」

 大声で怒鳴りつけると同時に、突風を発生させて、私を怯ませる。

 「逃げるって、どこに? そもそも私だけで出られるのか? それに、仲間の危機に瀕しているときに、逃げ出すほど腐ってない」

 すると、私の背後から拍手する音が聞き取れた。それなのに、生物の臭いがまるっきり感じとれなかった。腐臭で充満しているからだろうか。いや、私の嗅覚は近くにいた生物でも僅かに嗅ぎ分けることが出来るはず。

 「これが、友情というやつかしら? まあ、私には全くもって理解できないのだけどね。それよりも、侵入する輩がいるとは思ってもなかった。ってか、誰にも気付かれないと思っていたのにどうして分かったのかしら?」

 振り返ると、白衣を着た三十代前半の艶めかしい女性がそこにいた。

 「お前は?」

 私は体毛を逆立てながら、敵を睨み付ける。

 「そんなに怖がらなくてもいいのに。私は名乗るほどの者ではないから、“シルム”のただの科学者。と認識して頂戴」

 ただの科学者だと。ふざけているのだろうか?

 私はワーウルフになって、嗅覚が発覚してからこそ分かる。どの生物にも個々の臭いがあるということ。いくら香水などで抑えたりしても消えないものだ。それなのに、この女は何も臭わないのである。それは異形な生物だという証拠でもある。

 「イグちゃんが騒ぐから結構な数が入ったのかと思っていたら、たったの二人か。ちょっと拍子抜けしちゃったし、わざわざ来なくても良かったって感じかな?」

 私は人や虫などの生物を殺害したことはあるが、化物を手にかけたことは一度もないし、まともな喧嘩すらしたことがない。それに、この女の余裕な表情から、私なんか相手にならないと思っていそうだ。

 (アルゲン、このまま何も口に出すな、動くな。お前の言うとおり、奴はヤバイ)

 私の体内に裏狸の声が響く。テレパシーというやつだろうか。というより、彼女から初めて名前を読んでもらった。それほど、緊迫しているということだろう。

 (そうだ。一度しかチャンスはない。お前は何も動かずに、敵に悟られないようにすればいい)

 それは、それで難しい気がする。ってか、そういうものは、何も知らさせてない方が成功しそうなものだが。

 「さてさて、威嚇するだけで攻撃を全くしてこないワーウルフはどうしましょうか? 銀毛は確か、氷の能力が得意で、大雪原だと身体能力が倍以上に伸びるという文献があるけど、ここにいるそれは、それを行おうとしない。それは、何故だろうか? 考えられるのは――――」

 敵は私を解説しているだけで、攻撃をしてこない。誘っているのだろうか?

 というより、彼女の台詞が本当なら、私は氷の能力が使えてもおかしくはないらしいが、どうやればいいのか分からない。それに、わざわざ思考を口にしているのも白々しい。彼女の考察を聞いて、私が動くとでも思っているのだろうか。それとも、彼女の言葉による私の些細な反応で何かを探っていたりするのだろうか。

 「――――OK。もうこれしかないわよ」 

 敵がそう言った途端。両袖から落ちる試験管が地上と衝突して破損すると、その液体がゼリーのように固まって蛇のような姿になった。その時、私の胴体を何かで瞬時に巻きつかれると、私の全員はそのまま上昇して宙に浮く。

 最初は蛇の仕業だと思っていたが、それは地面の上で私を見上げているため、それではないことに気付く。胴体を半回転させて天井を見ると、青紫色の狸が天井の上に立って、私を引っ張り上げているのである。

 ふと、裏狸がいた場所を見ると、そこに彼女がいるものの、首元の皮膚が剥がれている箇所から錆びた金具のようなものが一瞬見えたが、彼女に取り込まれた“魅知文字イグム”によってそれは修復されてしまう。

 「“憑依体”だっただと……。クッ…………」

 敵の女の瞳が蛇のように鋭く冷徹に変貌すると、背中からはねが生える。その時、地にいたはずの蛇が私の足を噛むと、私の視界が大地震が起こったかのように視界が揺れて、吐き気がした。

 「このマヌケがああぁぁ」

 裏狸の声が天井から聞こえる。どうやら、彼女の正体はあの青紫色の狸で、狸憑きの性能もあるらしい。

 「キ、エ、ロ」

 私の視界にいきなり入り込んだ敵の両目を見た途端。私は気を失ったのであった。


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