第十二話 町の中心
「とりあえず、彼女達の案件は終わったけど、全部は解決してないんだよね~」
裏狸はホッとしている私に向かって言い放つ。
「シーさん、“天牛”、結界、光達を見張っていた連中か」
「見張っていた連中?」
裏狸は首を傾げて問いかける。どうやら、彼女は知らないようだ。
「拓也の家にいたんだよ、人でない連中が。最初は彼女達を襲った連中かと思ったけど、臭いは違うし、香水でもつけたのかと思っていたけど、ここに来る最中に、その臭いは家に残ったままだったから。まあ、彼等も“天牛”の可能性があるから、混乱するのなら忘れてくれ」
仮に彼等が光達を狙う敵だとしたら、先程のような事態が起こる前に割り込んでいるはずだろうし、ただ何もせずに見張るだけという選択肢もあるが、彼等の臭いが近くにないためその可能性は低いだろう。だから、彼等の狙いは別にあるかもしれない。
「仮に彼等が“天牛”とは別の組織だと仮定して、何を見ていると思う?」
裏狸が無能な私に答えを求めている。試しているのだろうか?
「この町の行く末……とか……?」
「ただの傍観者ってこと? だとしたら、その組織には遠隔偵察能力がいないってことになるのだけど、万が一にそなえて、“天牛”や私達に見つかったりしたら、瞬時に退却できる能力を所持している可能性もあるね~」
遠回しに馬鹿にされている気がするのは、気のせいだろうか?
「第三者がいるという情報は頭に入れて、不意打ちを受けない程度の警戒をしてればいい。そうすれば不足な事態は何も想定していない場合よりも頭は回るよ~」
そう言って、彼女は光達の方へ身体を向けるので、私も同じようにする。
不意打ちを受けない程度の警戒か……。そのような経験を積んだことがないので、具体的にどうすればいいのか分からないが、ワーウルフになって発達した嗅覚を頼りに周囲を注意しようと思う。
「さて、拓也。お前が暴走した時に閉じ込めた輩、元の状態に戻せる?」
裏狸の問いに拓也は首を横に振る。
「そっか。なら、事が済んだら、彼等を私が戻してあげるから、“蜘蛛”に戻ってて。場所はルパが案内してくれるから」
そう言った途端。裏狸の足下から、おっかぱ頭の少年の顔がモグラのように飛び出たのであった。正直、生首が地面に置いている状況と変わりないので、ここにいる裏狸以外の全員が気味悪がっている。
「そんなに、暗い顔をしないでください。私にはちゃんと胴体がありますから」
そう言って、両腕が付近の地面から生えると、両手を使って地面を支えることによって、地面に埋まっていた彼の首から下の身体が露になる。ルパさん肉体は身長が中学生くらい痩せ型であり、現代人ならどこにでもいる体型である。
「裏狸様。彼等を“蜘蛛”のどこに案内すればいいのでしょうか?」
ルパさんは裏狸を様付けして、呼んでいる。もしかしたら、彼は裏狸の“眷属”なのかもしれない。
「んーとね。牝馬町から出られないだろうから、“天牛”に見つからないように匿ってて」
「分かりました」
敬礼して承諾すると、彼は二人を案内するために先陣を切る。
「二人ともまたね~」
光が手を振りながら声をかけるので、私と裏狸は彼女達が見えなくなるまで同じように返した。
「あ……」
私は拓也が去ってから思い出したのだが、彼の父親は既になくなったことを知らせていないのである。
「それなら大丈夫だよ。彼の心を読んでいたけど、そのことについて知っていたみたいだし」
どうして知っていたのだろうか。彼の父親が死んで刑事さんの仲間が知らせるまでの時間がどのくらいあったのかが分からないが、“華奢男”に襲われる前までには知っていたと考えるのが妥当だろう。
「彼等の心配はもうしなくてもいいと思うけどね。さて、シーはどこにいるのかな~」
そう言って、彼女は両目を瞑る。意識を集中することでシーさんの居場所が分かるのだろうか?
「光の願いを叶って、契約者がいなくなった“華奢男”は発狂しているよ」
それが余程面白いのか、裏狸は勝手に大笑いする。
あの気持ち悪いノッポが発狂したらどうなるのだろうか。彼の異様に長い腕が絡まって、こけるのなら、今の裏狸のように笑えるだろうが。それよりも、契約者がいなくなってどういうことだろうか?
「ん? 光の“我意絵馬”の効力が発現したからでしょ? ちゃんと話聞いていたかな? ってか、理解出来ていないだけの馬鹿なのかな? まあ、私の説明が下手糞だったかもしれないから謝るね。ゴメンよ~」
「…………」
双方に問題があると思い、私はそのまま受け入れる。
「それはそうと、この調子だとシーがやっつけるだろうから、助太刀はいらないね。だから、私達は記憶操作している奴を探すか」
そう言うと、裏狸が五センチメートルほど浮遊する。そのまま自由に動けるのかどうかは分からないが、もしできるのなら、鍛錬すれば私にもそれが可能になるのだろうか?
「モフモフ。今から私は敵を探知するけど、相手がどこの誰で、どこにいるのか分からないぶん、逆探知される可能性があるから、逃亡と戦闘が出来るようにしててね」
「分かった」
裏狸の言い分だと、敵に気付かれたら瞬時にこちらに来てもおかしくはないらしい。彼女に言われなければ、私は裏狸をボーと傍観していただけで、敵が来たらパニックになっていただろう。先程裏狸に言われたとおり、不測の事態を常に頭の中に入れることは重要なのかもしれない。
「……成程。そういうこと」
裏狸がそう呟くと、彼女の足は地に着く。どうやら探知が完了したようだ。
「モフモフ。お前が言っていたのは恐らく“蜂”の連中。私達と反対方向から町を出ようとしている。まあ、首を突っ込まないほうが賢明だよ」
“蜂”。エマ様よりも早く私に“私的刻印”をした連中。実行した者は仲間達が殺ったらしい。その連中は何をしにこの牝馬町に来たのだろうか?
もし、彼等の仲間を始末し、私が“蜘蛛”に正式に加入してこの牝馬町に来ることまでを知っていたとしたらどうなる?
“蜂”の“私的刻印”はブラフで、私の体内に盗聴や発信できる能力を仕込んだ。もしくは、内通者がいたという可能性がある。それは何のために?
リアさんが言っていた過去に何らかの秘密があるのだろうか。それとも、ただ単に、“蜘蛛”の情報を知りたくて、たまたま私に接触しただけだろうか?
仮に私の思考が当たっていたとしても、私個人の力ではどうしようもならないし、現在の優先順位としては下位にあたるものだろう。だから、私は裏狸に従う。
「この町の中心。何があるのか知ってる?」
その問いに私は直に首を横に振る。
「暮憐拓也の家」
それを聞いたとき、背筋が凍りつく。
もしかして、彼の周辺に起こった出来事は偶然の産物ではないということだろうか?
「強盗犯が人外で家に侵入した際に何かを施したとしたら? まあ、犯人は依然と捕まっていない。それは、彼が最初に“牢夢”によって幽閉された生物だからね。出し入れできるのなら、すぐにでも出してもらいたかったけど、それは無理らしいからね。まあ、彼等もそれは想定外だったらしいし」
「拓也の覚醒はたまたまだったと? じゃあ、何で彼を利用していた?」
「それは、その方が都合が良かったからでしょ? 人という生物は悪人一人を見つければ、そいつを貶めれば事が治まると思っているからね。丁度、“天牛”が現れたから彼等を利用するのも賢いね」
その言い分だと、黒幕は別にいる言い方だ。リナさんが言っていた“蜻蛉”の連中だろうか?
「拓也の家を中心とした記憶改竄の結界を張ったのは“蚕”。人工生物のエキスパート集団。彼の家の地下で何かを育ててるんでしょう。大量の赤ちゃんがいたからね。まあ、全部人に擬態した別の生き物なんだけど」
人工生物のエキスパート。それが本当だとしたら、拓也は彼等の手で何かをされて人を辞めたのではないだろうか?
「まあ、その可能性だってある。私達に気付かれないように彼の体内に発信機や盗聴器が仕込まれていたっておかしくはない。仮にそれがあったとしても“眷属”の契約で消失しているだろうけどね。まあ、ルパが監視しているし、牝馬町周辺の“蜘蛛”の敷地には、彼が暴走した場合に備えて、戦闘が得意な者達を集めているから、大丈夫だよ」
裏狸は私の思考を読んで答える。
「じゃあ、拓也の家に行くよ」
そう言って、彼女は私の承諾を聞かずに勝手に手を握られると、明かりが点いていない真っ暗な部屋に瞬間移動される。それに呼応するように、地響きが起こるほどの爆破が発生したのである。その衝撃で外側の窓ガラスが割れる。
この爆発はシーさんが“華奢男”との戦闘で発生した爆発であろう。
裏狸はシーさんの戦闘に一切興味ないのか、横にあるツインベッドを蹴飛ばすと、その下に床下収納のようなものが視界に入る。
裏狸はそれを開けて中に入っているもの全て投げ捨てる。それらは、昨夜初めて見た玩具などがあったため、ここは彼の夫婦部屋だろう。
「モフモフ。私に掴まって。地下に行くには結界が薄いこの場所だけだから」
裏狸は若干焦り気味で言うので、私は素早く彼女に掴まるのであった。