第一話 私は……人間辞めて、化物になります
私はどうして生きているのか分からなかった。
もうすでに十三年ほど生きているが、生きている理由が見出せないでいた。
幼い頃はテレビに出ているヒーローや異世界の主人公のようになりたかったが、そんなものは時間が経過して成長することで、そんなものにはなれないと分かってしまう。
役者を目指し、そのような役を貰うことでそれを演じること自体は可能なのだが、そこまでして幼い頃の夢を叶えたいと思うことはなかった。
小学校になると、校則を破ったり、宿題をしないない人は先生に叱られるというので、それに従い過ごしていた。
低学年のころはクラス全員が友達といっても過言ではないほどの仲良しなのだが、中学年や高学年になるにつれてその仲は薄れていった。
クラス全員とわざわざ友達にならなくても良く、全員に対して仲良くしなくても良いと思ってしまったからであろう。
どうして、その考えに至ったのかはよく分からない。
それと同時に、今まで見ていたテレビや本などにも興味が薄れていった。
そうして、中学生になった私は入学した一週間後にはイジメられ、一ヶ月後には学年中から忌み嫌われていた。
原因は分からない。
多分、私はこの世に対してなんの興味関心も無いからであろう。
勉強する気もなく、遊ぶ気も無く、運動する気も無く、現実逃避をする気も無い。
ただ毎日、何となく食事と水を口にして睡眠して起床して生きているだけ。
それに、イジメられているのも苦ではない。というより、痛みを感じたり、自分の体から流れる血を見ていると私は生きているのだと感じてくれる時間だ。
急にイジメられなくなると、私はどう思うのだろうか?
「生きている理由は何ですか?」
という質問をされると回答に困るほど私は目的を持って生きていない。
「自分が一番大切なものは何ですか?」
といった類の質問も正直困る。
ほとんどの人は命やら家族と答えるのだろうが、私はどちらも大切だと思っていない。
命を大切にするということは生きるということ。だが、私は生きる気はない。
死のうと思えば、今直ぐに高い場所に行って無表情で飛び降りることができるだろう。今居る場所は丁度、学校の屋上。今直ぐ飛び降りるべきか?
そうすれば、マスコミ達はイジメについて言及するのだろうか?
それはそれで私は嫌な気分になる。
私はイジメを受けてつらいと思ったことはない。
間違った爪痕を残してこの世を去りたいとは思わなかった。
そうなると、私は世間に間違った事を広めないように生きているというのだろうか?
なんとつまらない理由なのだろう。
この世に何の興味関心も無いからって自分自身の価値観を貫こうとしているというのか。
多分、私は私が大好きなのだろう。だからこそ、他のものに興味関心を示さない。
私はとんだナルシストだったのか。
それを知ってしまった私は少しだけ恥ずかしい気持ちが胸から溢れ出た。
「うわー。マジか自分はそういう人だったかー」
私は思わず口から自分の気持ちが漏れだしていた。
「あっ」
ふと、この学校の女子生徒が、遅れて校内に入るのを見かけた。
どこのどいった人物かは全く分からないが、女子生徒を見たためか、この地域に伝わる都市伝説を思い出した。
数十年前。女子生徒がイジメを受けて自殺した後、彼女は人間を模した化物となり、彼女をイジメていた人物が全員が行方不明になった。その後、彼女はたびたびこの近辺に現れ、イジメを受けて自殺や、社会復帰不能なまでに精神が破壊された人物は、彼女と同様に化物になって復讐すると。
私が今自殺したら本当に化物になるのだろうか?
そもそも、都市伝説は本当に実現するとは限らない。噂や偶然が折り重なって真実と一致するものが少なからずあるらしいが。
化物。
それは、人間に虫や動物といった生物だと認められない未確認生物。幽霊や妖怪もそれに該当すると私の脳内にある辞書にはそう記されている。
人間をやめて化物になれば、私は生物としてやっていけるのだろうか?
化物になったらなったらで、人間に戻りたいと思うのだろうか?
それならいっそのこと自殺するのがいいのか?
「フッ……」
私の背後に突然、女性のクスリ笑いが聞こえたため真っ先に振り返った。
そこには、この学校の制服に似た物を着た、肌が真っ白く、綺麗な長い黒髪をした少女が突っ立っていた。
彼女の眼は長い前髪によって隠れているため、よく見えなかったが、その髪の向こうにある瞳が人とかけ離れたものであっても別に驚きはしない気がした。
というより、彼女が化物ならなぜか、生きる理由を見出せそうな気がしていた。
「……君は?」
「名を名乗る程ではないわ。けど、アナタが思っていた都市伝説の少女とでも言っておこうかしら?」
少女は薄笑みを浮かべながら答える。
都市伝説の少女。
この学校の制服に似ている。数十年前の出来事なので、制服は現代とは少しだけ異なるのかもしれない。ということは、事件はこの学校で起こったことになる。ここにこうして現れたということは、彼女は自縛霊の一種なのか?
すると、少女は怪訝な表情になる。
「私が自縛霊? 私が下等な霊に見えるとでも?」
少女は冷酷な瞳で私を睨む。
「……まあ、良いわ。私の正体は後の楽しみにとっておきましょう。それよりも、私はアナタに聞きたいの。人間を辞めるのかどうか」
彼女がそう言うと、弱い突風が発生し、彼女の髪がなびく。
それによって、彼女の瞳の角膜は血に塗られたかのように真っ赤であり、その周りの強膜が水色であることが分かってしまった。
人間とかけ離れた眼をもった彼女は都市伝説の少女である可能性は高いであろう。
しかし、最新のコンタクトレンズを使って私をおちょくっているのではないかと少しだけ疑心を持っている。彼女が私の疑心を晴らすような出来事があれば良いのだが。
すると、少女は突然溜息をつく。
「何が最新のコンタクトレンズよ。最近の子どもはあの手この手と考えて信じないのかしら? それとも、君が疑り深い性格なのか」
「…………」
あれ。さっきの思考、口に出していたっけ?
「いいえ。まったく」
彼女は私の思考を読んで返答している。
すると、彼女は何かを思いついたかのようにゆっくりと口角が上がる。
「アナタは、他人から自身を痛みつけつけられることで生きている実感を湧かして、何の目的も楽しみも無く惰性に生きていて、命はいつでも投げ捨てられるナルシストな中学生……だったかしら?」
彼女の答えに背筋が凍りついた。
いつから彼女が私の思考を読んでいたかは分からないが、屋上に到着した時から全てを読んでいたとするなら、流石にいい気はしない。私は彼女とは初対面。だから彼女がどのような性格かは分からない。
もし、他の生徒に言いふらすような人なら、どうする?
彼女を襲って童貞を捨てることで、生きがいが見つけられるか?
だが、私はどうすればいいのかいまいちよくわからない。性教育の知識を入れておくべきだったか?
「あらあら、生殖行為がよく分からないのは、流石に困ったかもしれない……。いや、動物界はわざわざ教えてもらえなくてもやっていることだから、関係ないか……」
彼女はやはり私の心を読んでいるらしく、勝手に分析して呟いていた。
「とりあえず、私はアナタに一つだけ質問をしたいわ。私が望んでいない答えを出した場合は、私と会った記憶はなくなる。私はアナタの思考でいうところの化物だからね。そのようなことは容易にできるの」
彼女はそう言って、屋上の隅にある汚れた空き缶を見つめると、それは瞬時に潰されたのであった。
どうやら、彼女は見ただけも空き缶を圧縮できるほどの握力を発生できるらしい。そう思うと、思わず固唾を飲み込んでいた。
「そんなに緊張しないで、私はアナタを殺しにきたわけではないの。ただ質問をしに来たの。アナタは人間を辞めたいのかどうかというね」
彼女はいつの間にか私に近付いて、優しく頬を撫でる。
女性にそのようなことをされたことがなかったため、恥ずかしくて顔を赤らめてしまう。
「や、辞められるの?」
「ええ。承諾すればね」
彼女は優しい笑みを浮かべながら私の問いに答えた。
「人間を辞めることで寿命が縮まるとかそういったデメリットはあるの?」
「さあ? どのような化物になるかはアナタ次第。だから、アナタがデメリットだと思っているものが付与するとは限らない。これ以上の質問はやめましょうか。私はアナタを人間を辞めてほしいと思っているから。人間を維持したいと思わないようにね。最後に一つ言うのなら、これが最初で最期のチャンスだということ。これを拒否して後から化物になりたいと思っても遅いというのは言っておくわ。さあ? どうする?」
彼女は私の右手を両手で優しく握って質問をする。
化物になるのは正直怖いが、このまま惰性に生きていても面白くないのは明白だ。
これまでの生活ができる保障はないけど、生きがいができる可能性があるのはとても良いことだと思う。
生きる意味や楽しさが得られるのなら――――。
「私は……人間を辞めて、化物になります」
すると、彼女は口角を上げながら私の頭を軽く撫でたのであった。
「よく言えました。今日の放課後にでもここに来て」
彼女はスカートのポケットから取り出した紙切れを私に渡す。
そこに記載されていたのは、身に覚えが無い住所とお店であった。
私はあまり外に出ないので、家の周囲の住所しか把握していないからだろう。お店にいたっては地下四階のお店だ。この田舎町に地下一階よりも下がある階層がある建物なんてそうそうにない。そのため、"地下二階以下の階層がある場所”という記載でも人に聞けばすぐに伝わるであろう。
昼休みにでも図書館に行ってその住所を調べようと思ったが、目の前にこの住所を知っている人が居るため、彼女に訪ねようと思った。
「あのt――――」
私が彼女に質問をしようとするが、彼女はすでにこの場所から消えていたのであった。
彼女にいろいろな箇所を触られたが、人の体温よりも冷たく、まるでお人形のような感じがした。
私も彼女のような存在になったら低温帯の体温を維持し、いつか人間の体温を懐かしく思う日が来るのだろうか。
そのような先の話よりも、今日で私は人間ではなくなるということを思うと、とても嬉しく感じ、何年かぶりに満面の笑顔を浮かべていたのであった