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ゲーマーが往く、異世界チート発見!  作者: ヤタガミ
第一部 家族と日常
9/130

第九話

上手いこと分割することが出来ず、倍近い長さそのままで投稿します


 鞄を背負い、教室を出る

美樹は既に部活に向かった

陸上部は外れにある陸上競技場を使うので、私とは教室で別れる


 空手部の活動場所は、体育館の三階にある第一武道場だ

柔道部は、同じく三階の第二武道場を、剣道部は一階奥の剣道場を使う

体育館は三階建てで、一階に玄関口と靴箱、奥に剣道場がある

二階が体育の授業で主に使用し、バレー部とバスケット部がローテーションで使用している体育場が、三階に空手部と柔道部がそれぞれ使用する、第一、第二武道場がある

また、それぞれの階には男女別の更衣室も備わっている


 私は三階の女子更衣室に向かい、空手部に割り当てられているロッカーの中から、私が確保しているロッカーに鞄を放り込み、鞄の中から道着を取り出し着替え始める


「先輩、お疲れ様です」


「おう、舞島。お疲れー」


更衣室には、既に部活の先輩が来ていた


「舞島。今日は調子はどうだ?順調か?」


「体の調子は万全ですよ。お通じも快調ですし、筋肉痛も残ってませんし」


「あー、あたしはお通じは最悪だよ。もう一週間も音沙汰無し」


「大丈夫ですか?胴突きしたら中身飛び出した、なんてことにならないで下さいよ?」


「なるか、ボケ!」


 ちょっと下品なボケの応酬をして、着替えを済ませ道場に向かう

先輩と道場に一礼して入ると、既に男子部員は勢揃いしていた


「よ!相変わらず着替えんの速いな、男共は」


「女子が遅いだけじゃないか?他の連中は?」


「更衣室では見てないから、まだ来てないんじゃない?」


「担任の話が長引いているのか?先生もお見えにならないし…」


「先に柔軟始めとく?」


「ふむ…そうするか」


 先輩方が雑談混じりに相談をして、部員に指示を出した

ちなみに、最後の、「ふむ…」の人は、ウチの部長だ


「よし、皆!適当に散らばって柔軟するぞ!」


「「「「「「押忍!!」」」」」」


 空手部の挨拶は「押忍」だ

女子も男子も皆「押忍」と言って返事をする


 部長の合図で散らばった部員達は、それぞれ手慣れた調子で柔軟体操を始める

私も他の人とぶつからない場所を陣取って、背伸びから始める


 めいめいに始めた柔軟が終わったタイミングで、顧問の先生と残りの女子部員たちが、一礼して道場に入ってくる


「すまん、遅くなった。柔軟は済ませたみたいだな」


 そう言うと、先生は遅れてきた女子部員たちに柔軟をするよう指示する

後は面白味も無い、突きや前蹴りを繰り返して体を温めて、型稽古、模擬試合、といつもの繰り返しだ

私としては楽しいが、部外者が見ても何も面白くないだろう、妹もそう言ってた


 全身汗だくになりながら、終わりの挨拶をし、一礼をして道場を出る

そのまま更衣室に向かい、同輩たちと雑談に花を咲かせる


 やれ、今日の反省点は、今日もキツかった、だの、空手部員らしいことや

誰それが付き合いだした、誰が誰を好きか、だとか、女子らしい話が汗と制汗剤の匂いに満ちた女子更衣室を飛び交う


 そんな中、着替えを済ませ、帰り支度もササッと済ませた私は


「すみません、先輩。お先に失礼しますね。お疲れ様でした」


「おー、舞島、お疲れちゃん」


「舞島さん、お疲れ様。気をつけて帰ってね」


「はい、では失礼します」


「皆、お先〜」


「百合、おつ〜」


先輩達と同学年の部員たちに挨拶を済ませ、小走りで帰路を急ぐ



 百合が去った後の更衣室では、


「舞島、相変わらず一途だねぇ」


「ホントにねぇ。お相手は、噂の天才君でしょ?」


「そうそう、従兄弟の天才君。ウチの部に是非欲しい人材だって、部長言ってたよ」


「へー、よく知らないけど、そんなに凄いんだ」


「みたいねー。あたしもよく知らんけど」


「舞島さん、彼にぞっこんだものねぇ」


「彼と同じ高校通う為に、スポーツ推薦受けたって言ってたからね」


「ラブラブですねぇ」


等と、残った部員たちが百合の恋バナに興じて居たのだった



 更衣室を出た私は、駆け足で体育館を抜け、校門を出、坂道を下る


「ハッ、ハッ、ハッ…」


息切れしているわけではない

長く走り続けるには、一定の姿勢で、一定の速さ、呼吸を維持しなければならない

これから私は、毎朝バスで通う通学路を走って帰るのだ

だから、こうして本格的にマラソンする体勢で帰路を走っている


 何故、バスを使わずに走って帰るのか?

当然ながら理由はある、それも誰もが納得せざるを得ない、とびっきりの理由が


 その理由を告白する前に、私達の使う通学路について、軽く説明しよう

私達の住む家は、市内の高級住宅街の一角に位置している

その住宅街から少し出た所に、小さなバスロータリーが在り、私達を含め、近隣の住民は大抵そのロータリーからバスに乗る

さて、私達が通学に使うそのバスなのだが、ロータリーのすぐ側を通る片側三車線の、それなりに大きな直線道路を進んで終点に向かう

私達の高校はその途中に在るという訳だ


 この直線道路

直線と言いはしたが、当然のことながら実際はしっかりと湾曲しており、私達の住む住宅街の在る一角の外周に沿う様に道が走っている

自宅を基点に、バスが件の道路に出る場所が南側、高校は若干北寄りの東側に位置している

つまり、バスで登校するよりも、住宅街の中を突っ切る方が距離は短く済むのだ

ちなみに通学の時間は、バスの待ち時間を計算に入れないでバス通学が20分、自転車では25分かかる


 とはいえ、登校時はゆっくりと理との会話を楽しみたい

その為にバス登校を推し進めたのだ、理との時間を少しでも有意義に過ごしたいが為に


 さて、では下校時の今、何故鞄を背負い翻るスカートに意識を割きながら、苦行の様な持久走を決行しているのか?聡い人ならもうお解りだろう


 当然、少しでも早く帰宅し、理との時間を多く確保する為だ

誰もが納得せざるを得ない、とびっきりの理由だと思わない?思うでしょう?私もそう思う

ちなみに、走って帰宅した場合の所要時間は20分ほど

朝と違い、バスの待ち時間に合わせる事が出来ない以上、バスで帰宅した場合は20分を軽く超える

しかも、帰りのバスが着く停留所は道路を挟んだ向こう側、待ち時間が長い信号を渡らなければならない

信号を待っている間に、バスが出発してしまい、もう一本待たなければならない、なんて事も起こるのだからやってられない


 そんな訳で、バス通学を始めてからはずっと、帰りはこの持久走を続けている

美樹は、走る距離が違う、なんて言われたが、これを入れて計算したら、割といい線いくと思うんだけど、どうだろう?まあ、どうでもいいか


 そんな苦行の果てに自宅に帰り着いた私は、急いで部屋に向かい、汗に塗れた服を脱ぎ捨て、速攻で身だしなみを整えて、脱ぎ捨てた服を洗濯物入れに放り込み、隣の家に行く


「ちょっと待ちなさい、百合。アンタ、鍵持ってないのに、どうやって入るつもり!?


「お母さん、早く!」


台所から出てきたお母さんが、手にした買い物籠に食材を持って付いてくる

理の家は、基本的にいつも鍵が掛かっていて、お母さんの持つ合鍵が無いと、私は家に入ることが出来ない

以前は私も合鍵を持っていたのだけど、中学生の時に失くしかけたことが原因で、お母さんに取り上げられてしまった


 そうした理由で、お母さんが鍵を開けるのを、今か今かと待ち、開くや否や家の中に飛び込む

勝手知ったる親戚の家

断りも入れず、まるでそこの住人であるかのように家にお邪魔し、そのまま、迷うことなく理の部屋に行き、ノックもせず入室する


 当然のことながら、部屋の中には理が居た

理はこちらに背を向け、いつも通りテレビに向かってゲームをしていた

時折独り言を口にするのもいつも通り


 そうしたいつも通りを目にし、やはり私は理のことが本当に大好きなんだな、と再確認する

眼前のいつも通りが愛おしくて堪らない、好物の山を見つけた子供の様な心持ちだ


「ただいま!」


そう元気よく帰宅の挨拶をする私に


「はいおかえり〜」


理はこちらを振り返りもせず、気怠げに返事をする

これぞまさにいつも通り

理は別に、百合を邪険にしているわけではない

要は、色々慣れ切った熟年夫婦の様なものだ、そこには確かな信頼関係が構築されている

この程度で自分たちの関係は揺らがない、そういう信頼だ


 実際、倦怠感の滲む返事だが、その声色は親愛に満ち、こちらの帰還を歓迎してくれているのが伝わってくる


 その後は、部屋でゴロゴロしながら、理と過ごす時間を心の底から楽しんだ


 しばらくそうしていると、扉の向こうからお母さんが夕飯が出来たと呼ぶ声が聞こえてくる

私達は、半ば条件反射の様に、その呼び声に返事をし、一緒に居間に向かう


 ちょうどそのタイミングで伯母さんが帰ってきた

いつも思うが、これって絶対お母さんと共謀して、タイミング合わせてるよね?

そう尋ねたこともあるが、


「いやねぇ、偶然よ、偶然。ねぇ、姉さん」


「そうよ、百合ちゃん。そもそも、そんなことする理由ないじゃない」


「「ねぇ?」」


なんて、息ぴったりに返されるもんだから、逆により疑わしく思えて来てしまう

そりゃあ、意味なんてないかもしれないけど、しない理由になってないじゃない、その言い方だと

お母さんも伯母さんも、二人ともイタズラが好きというか、私達を驚かせるのに労力を惜しまないところがあるから


 そんな事を考えながら、理と一緒に台所で手を洗い、食卓に着いた

食卓にはお母さん自慢の手料理が四人分、大皿に載せて並べられていた

私達は、お母さんの音頭で


「「「「いただきます」」」」


と、食事の挨拶をする


 これはお母さんと伯母さんの方針で、これ以外にも、朝起きた時、出掛ける時、帰ってきた時、寝る時には、必ず挨拶をすること、と教えられている

もちろん、それに対して必ず返事をする様に、とも教えられている

特別な事情なく、これを破ると怒られる

そして、お母さんは怒るととても怖い

この年になって、お尻叩きは勘弁してほしい、それもわざわざ理が居る時にするのだ

あれほどの屈辱はない

お母さんが言うには、


「痛み無くして反省は無い、屈辱を与えるのも効果的」


とのことだ

まさにその通りだと思う


 そのおかげで、今ではしっかりと挨拶するし、朝はちゃんと起きる、洗濯物を脱ぎ散らかさない、ご飯を残さない、夜更かししない、我ながらかなりの良い子に育ったと思う


 厳しい親と思われるかもしれない

実際に、友達にこのことを話したら、厳しすぎと言われたが、大体お母さんの躾は常識的なことばかりだし、それ以外はかなり自由にさせてもらえるので、ちょうどいい感じにまとまっていると思う


 この前も、部活の先輩に借りたちょっとエッチな本が見つかったことがあったが


「まあ、アンタくらいの年なら、こういうのにも興味あるわよね」


と、苦笑いで見逃してくれた

ウチのお母さんは、割と寛容だと思うのだ

夜更かしさせてくれないのは、少し不満があるけど

理と夜更かししたいなぁ…なんて


 食事時の食卓は、女性陣の天下だ

今も伯母さんの愚痴やらお母さんが昼間見たワイドショーの話が飛び交っている

かくいう私も、学校での話をお母さん達に聞いてもらっている

そして、現在食卓を囲む中で唯一の男子、理は黙々とおかずとご飯を口に運んでいる


 時折、お母さんが理に、


「理君、今日のご飯はどう?美味しい?」


と尋ね、


「はい、今日も美味しいです」


理が笑顔を浮かべ、返事をする


「うん、理君は一杯食べてくれるから、作り甲斐があって叔母さんも嬉しいわ」

理が食事中に口を開くのはこれくらいだ

この時、口に食べ物が残っていると、伯母さんのお叱りが入る

私の場合はお母さんのお叱りだ


 そんな、女性陣にとっては、楽しい夕食も摂り終わり、食器の片づけをする

これは私達、子供の役割だ

初めに言い出したのは牡丹だったと思う

あれはいつだったか…まだ理と逢う前の事なのは確かだ

切っ掛けも忘れてしまったけど、ある日牡丹が


「お母さん、洗い物はあたしがするよ」


と、そんな事を突然言い出した


 そして、ホントにそのまま洗い物を始め、たどたどしい手つきながらもちゃんと洗い物を済ませた

おそらく、そんな妹に触発されたのだろう

私も程なくして、妹の食器洗いに参加し、そのまま定着した、という訳だ

今、理も参加しているのは、私達に付き合ってくれた、その延長

とはいえ、今は牡丹も塾通いをするようになって、夕食の後片付けは理と二人でやっている

まるで新婚夫婦みたいじゃない?とは、お母さんたちの言葉だが、私もそう思う


 そんな極楽な時間も、手慣れているおかげですぐに終わり、私とお母さんは自宅に戻る

小学生の頃は、一緒に夕飯を食べ、そのまま理と牡丹の三人でお風呂に入り、同じ部屋で雑魚寝したものだ


 だが、私達が中学生になって、お母さんから待ったが掛かった

流石に中学生にもなって一緒の風呂に入るのは、一緒の部屋で寝るのは、それは不味かろう、と

初めは私達も抵抗していたのだが、お父さんと伯母さん、それにあろうことか理までもがお母さんを支持し、私達は中学以来、一緒に風呂に入ることも、同じ部屋で、もっと言えば同じ布団で寝る事はなくなってしまった


 そんな理由で、私は夕食の後片付けを済ませた後は、すぐ自宅に帰る

自宅に帰ったら、すぐに風呂に入る

早目に入らないと、塾から帰ってきた牡丹と、入浴時間がかち合ってしまうし、それを逃してしまうと今度はお父さんの入浴時間と重なってしまう

我が家では、夜更かしは厳禁だ

そしてお父さんに入浴時間を譲ると、確実にその決まりに抵触してしまう

それを防ぐ為に、お父さんは私に先に風呂に入る様に言うのだ

仕事で疲れて帰ってきたお父さんに、要らざる労を負わせるのは流石に心苦しい


 そういう訳で、夕食を済ませ、帰宅したらすぐに風呂に入る

着替えも事前に用意してくれている、お母さんが


 正直、お風呂ですることなんて、そう多くない

私は頭から洗い、その後体を洗う

身体は右腕、左腕、首回り、胴体、腰回り、右脚、左脚、背中、の順に洗う

その後がまたしんどい

洗顔だ

化粧水云々のスキンケアはその存在意義を疑うくせに、洗顔だけはしっかりと気を遣って念入りに行う

それというのも、私はどうも洗顔をサボると直ぐにニキビが出来てしまう性質らしく、逆にしっかりと洗顔している内は全くニキビが出来ない


 以前、お母さんにこんな事を言われて脅かされた事がある


「ニキビっていうのはね、どうしても気になってついつい触ってしまい、更には潰してしまったりするものなのだけど、ニキビを潰すとあばたっていうデコボコがお肌にできちゃうの。そうなると悲惨よー、どんなに化粧を盛っても誤魔化しきれない。一生付いて回るの、お肌のデコボコが」


正直怖かった

十にもならない子供に聞かせる話じゃないんじゃ、とも思うが、その脅しが功を奏したのか、私達姉妹も理も、ニキビを潰してあばたを作る事は、今に至るまで無かった


 洗顔だけはしっかりと済ませ、お風呂から出る

洗顔は念入りに行うのだが、この風呂上りにするスキンケアだけは、やはり馴染まない

なにせ、これを怠っても肌が荒れたり、ニキビが出来たりする事はないのだから


 不承不承、スキンケアをパッパと終わらせ、お母さんにお休みの挨拶を済ませ、部屋に戻る

今は夜8時30分、流石にお休みには早いのでは?と思いもするが、もうこれ以降朝起きるまで部屋を出る予定はないのだから問題ないだろう、うん、問題ない問題ない


 部屋に戻った私は、お風呂に入っていい感じに柔らくなった身体を更に伸ばし、柔軟性を高めるべく柔軟体操に勤しんでいた

そうして少し経つと、玄関が閉まる音が家に響く

どうやら牡丹が塾から帰ってきたみたいだ

本当なら私かお母さんが迎えに行くべきなのだが、牡丹のたっての願いで、迎えには理が行っている

このことを美樹に話した時、こんなことを言われた


「舞島くん一筋ラッブラブなアンタが、妹とはいえ女と二人きりを許すなんて意外ね」


そりゃあ、本音を言えば面白くない、たとえ相手が妹だとしても

ただ、勘違いして欲しくないのだが、私は理と一緒に居たいのであって、理を独占したいわけではない


 その辺りは、お母さんからこの様なお言葉を頂戴している


「いい?百合。本当に相手の事が好きなら、その人の望む事を邪魔してはダメよ。叶えてあげろとは言わないわ。でも、邪魔だけはしちゃダメ。もしも、その望みがその人のためにならないと思ったのなら、正直に真正面からそう言うの。いいわね?」


これを私は、理への想いに気付いた翌日に言われた、即バレだった

アンタも母親になれば分かるわよ、とのことだが、正直自信ない、普通分からないだろう

起き抜けにこんな事を言ってきた


「百合、アンタ好きな人出来たの?」


いや、お母さん、その日はまだ理のさの字も口にして無かったんですが、あなたはエスパーですか?


 まあ、そんな次第で、私は理が他の人が好きなら、それを応援するつもりだ

ただ、そう決めた代わりに、理と一緒に居られる今をめいいっぱい満喫させてもらう

決しておかしな考えではないはず、そう確信している


 だから、理が牡丹を迎えに行くのにも、ホントならくっついて行きたい

でも、牡丹の気持ちも分かるのだ、お姉ちゃんは


 私の妹 牡丹は、昔はとても明るく溌剌とした女の子だった

しかし、中学生に上がってしばらくしてから、急に笑わなくなり、表情が乏しくなった

初め、私と理とお父さんは、学校で苛めにあっているんじゃないかと心配して、牡丹のクラスに偵察に行ったり、牡丹の友達に話を聞いたりと、色々としたものだ


 結局、苛めの事実は確認出来ず、更にはお母さんと伯母さんの鶴の一声で、それ以上の詮索は出来なかった

私が、牡丹の考え、想いを知ったのはそれから少しして、私達が進路を決めた時だった


 当時、私は理が近くにある超有名進学校に進学するつもりである事を知った事で、丁度来ていたその学校からの推薦話を受ける決意を固めたところだった

理ならば、全国から受験生が殺到する超難関校にも合格間違いなしだろう

そう考え、理と一緒の学校に通うには、この推薦話は、正に渡りに舟を得た思いだった


 そんな時のこと、牡丹が急に勉強を頑張り出したのだ

今までは、そんなに頑張って勉強なんてしていなかった

部活に友達付き合いにと、典型的な学生生活を謳歌していたのに、本当に急に勉強を頑張り出して、テストの成績も急に伸びたのだ、あれには両親共に驚いていた

最もお母さんは直ぐに、何か得心が行ったようではあったが


 事ここに至って漸く牡丹の奇行が一つに繋がって、その全容を理解することが出来た

要は私と同じ、理と一緒に居たい、それだけのことだったのだ

牡丹の抱く感情が私と同じかどうかは分からない

今も続く仏頂面もそう

あれは単純に不機嫌なだけ、恐らく理を独り占め出来ないことからきているのだと思う


 とすると、腑に落ちない事がひとつ

私と理が高校一年生、牡丹が中学二年生の今現在、牡丹は日々塾通いをしている

塾通いをしている理由は分かっている、私達と同じ高校に入学するためだ、と思う

ただ、正直言って塾通いするより理に勉強を見てもらう方が、絶対に成果は上がるはずだ

それについては、私達自身で証明していることなのだ、疑う余地はない

何より、勉強を見てもらっている間は、理と二人っきり、実に美味しい時間が過ごせること請け合いだ


 理は普段の飄々とした態度が嘘のように、勉強には厳しい

自身が手を抜く事も許さない性質だが、教える側に立っても遊びを許さない、よそ見や私語なんて以ての外なのだ

そんな状況で、尚且つ教え方も非常に上手なので、それはもうメキメキと成長する

実際に、あまりにも成績が悪く赤点だらけで、お母さんの怒りを買ってしまった時には、最低でも平均点は取れるようにと教えを乞い、次のテストで残らず平均点辺りの点数を取れた事もある

牡丹は、欲しいものを買ってもらう条件に、テストの成績を持ち出され、同じように理に教えを乞い、見事にゲットした過去がある


 そんな、安心と信頼の理ゼミナール(甘い時間付き)を、牡丹が何故選択しないのか、それが分からない

何か見落としているのだろうか、お母さんなら解りそう、いや、既に理解しているのだろう

何せ、理が申し出た牡丹の家庭教師を、最終的に断ったのはお母さんなのだから


 と、そんな事を悶々と考え込んでいたら、大分時間が経っていたらしい

玄関の閉まる音が響いた、時間から考えて牡丹が帰って来たのだろう


 牡丹が帰ってきても、特に何もしない

わざわざ迎えに出ていくほど、溺愛しているわけではないから

いや、仲は良いよ?ベタベタくっつく様な関係じゃないってだけ


 牡丹が帰ってきてから少し経ってから、牡丹が私の部屋に訪ねてきた

そして扉越しに声をかけてきた


「お姉ちゃん、お兄ちゃんがお姉ちゃんにヨーグルト買ってくれたよ」


その言葉に即座に反応した脳ミソが、就寝モードになってだらけていた体に喝を入れる

慌てて部屋の扉を開け、部屋の前に立っていた牡丹と相対する


「はい」


牡丹は左手にぶら下げたコンビニのビニール袋を私に差し出した

右手にはクリームたっぷりのプリンを持っていた、おそらく理に買ってもらったのだろう、こういうことは抜け目なく、そして平等だから


「ありがと、一緒に食べよ?」


そう言って、二人して居間に向かう

食器棚からスプーン二つを取り出して、一つを牡丹に手渡しテーブルに座る


「あ、プレーンだ。やっぱヨーグルトはプレーンが一番だねぇ」


 余談だが、私はヨーグルトが好きだ、それも砂糖が入っていないプレーンヨーグルトが大好きだ

別に甘いものが嫌いな訳でも、甘いヨーグルトが嫌いな訳でもない

寧ろ、甘いものは大好きだし、甘いヨーグルトだって普通に食べる

だが、やはりプレーンが一番だ

プレーンの何がいいか

ヨーグルト本来の味を楽しめる、当然それも大きな理由だ

だが、最も大きな理由は、自分の判断で味を付ける事が出来る、というところだ

砂糖を加えて、単純な甘みを楽しむも良し、果物系のヨーグルトソースを加えて、果実の甘酸っさのヨーグルトを味わうも良し、勿論、そのままヨーグルト本来の酸味に舌鼓を打つのも一興だ

これが、初めから甘いヨーグルトだったなら、そうはいかない

砂糖を加えれば甘すぎる、ヨーグルトソースを加えれば、強い甘みで果実の甘酸っぱさの絶妙なバランスが崩れてしまう


「お姉ちゃん、プレーンのヨーグルト、よくそのまま食べれるね」


「ふっ…この味が分からないなんて、牡丹もまだまだお子様ね…」


謂れなき揶揄いに、演技じみたニヒルな感じで言葉を返す

この後続く牡丹の言葉はこうだ


「「はいはい、お子様舌でごめんなさいね」」


ね?


「もう!私の言葉を盗らないでよ!」


「いや、そういう問題?揶揄われたことには何もなし?」


「お姉ちゃん、そういうのいつもじゃない、いい加減に慣れて、反応も出来なくなってきちゃったわよ」


「ぶぅ…つまんないの」


「はいはい、拗ねないの、ほら、一口あげるから」


そう言って、薄黄色いプリンをスプーンに乗せて私の口の前に差し出してきた


「……クリーム乗ってない…」


「我儘言わないの、もう殆ど食べちゃったんだから」


そう返して、私の口にスプーンを突っ込んできた


「……美味しい、これどこの?」


「ここの」


グイっと目の前にプリンの蓋が突き出される…すごく近いです……


「ちょっ!近い近い!!」


そう言うと大人しく少し離してくれた…初めからそうしてよ


「へー、ここのだったんだ…買ったのは?駅前のコンビニ?」


「うん、いつものとこ」


「ふーん、私のも食べる?」


「いや」


「えー、何でよー」


「さっき、よく食べれるね、なんて言ったよね?そんな物寄越さないでよ。もしくは砂糖入れて」


「うーん、今日は砂糖抜きな気分」


「知らないよ…どんな気分かなんて……」


……何故か妹に呆れられてしまった

プレーン、美味しいんだけどな


 姉妹で女子トークしている間に、お互いにヨーグルトもプリンも食べ尽くし、容器をゴミ箱に放り込んで、スプーンをサッと洗い、部屋に戻る

私達の部屋は隣同士なので、部屋の前で、お休みと挨拶して別れた


 部屋に戻った私は、明日の準備を済ましていない事に気付き、サッと確認する

…鞄の中、良し

…制服と道着は洗濯かごに出した、良し

…明日のお弁当のおかずの準備、忘れてた、良くない


「お弁当の準備忘れてた…」


もうすぐ寝る時間だけど、仕方ない、パッと終わらせよう

そう考え、台所に行き、冷蔵庫を漁る


「うーん、何作ろうかな…あんまり手間かからないのがいいよね。あっ!冷食のカツ発見伝!ピーマンがある、確か牛肉があったよね…醤油と砂糖で炒めるか…卵…卵焼き、お出汁あったかな?」


冷蔵庫の中身と相談の末、明日のお弁当は冷食カツ、出汁巻き卵、なんちゃってチンジャオロースに決定した


「冷食はお母さんに言って置いといてもらうとして…時間のかかるチンジャオロースから作るか…」


 中華鍋を取り出し、火にかける

油を多めに注ぎ、暫し待つ

その間にザクザクと洗ったピーマンを刻み、脇にどけてから細切れの牛肉を更に細長く刻む

十分に熱したフライパンに刻んだ牛肉を放り込み、やがて火が通ったら、同じく刻んだピーマンを突っ込み炒める

そして、ピーマンがしんなりしてきたら、醤油、砂糖、酒を混ぜた調味料を一気に流し込み汁気をある程度飛ばし、なんちゃってチンジャオロースは完成だ


 次はもっと簡単だ

卵をかき混ぜ、市販の出汁を水で薄めて、溶き卵と一緒に混ぜる

卵焼き器を熱し、溶き卵を薄く流し込み、火が通ったら反し丸める

後はその繰り返し、途中で思い付き焼きのりを巻き込んだ

海苔巻き出汁巻き卵も出来上がった


 後は粗熱を取り、皿に取り分けて、ラップをして冷蔵庫に入れれば終了だ

勿論、使った中華鍋なんかは洗って水切りネットに置いてある、後はお母さんに任せよう

残った分は、お父さんの晩御飯に饗される

お父さんも喜んで食べてくれる、私も少量に調節する苦労をしないで済む

正にwin-winの関係だ


 後はお母さんに、冷食のカツを取って置いてくれる様に頼み、ミッションコンプリート

ついでに、道着と制服を洗ってくれる様頼んで、本日の業務は全て終了、お疲れ様ー


 と、そうはいかない、まだやり残していることがある、とても大事なことが

部屋に戻って、机の上に置いてあるスマホを取り、電話を掛ける

相手は勿論理だ

ヨーグルトの件、しっかりとお礼を言わなくちゃね、これも挨拶の一環

そのうえ、お休み前に理と話をする理由にもなる、正に一挙両得ってヤツだ


電話はすぐに繋がり、理が電話に出る



「もしもーし、どうしたー」


「ヨーグルトのお礼ー、美味しかったよ。やっぱり、ヨーグルトは無糖が一番いいね」


「どういたまして、悪いがそれには全く共感できん」


「甘くないと食べられないって?薬も糖衣錠かオブラートとかゼリーに包まないと飲めないとか?理、味覚がお子様だねぇ」


「やかましいわ」


「さて、乳酸菌様に、明日の朝のお通じ、よろしくお願いしてお休みしましょうか」


「そういう下な事、異性に言うってどういう神経してんだ、とツッコミたいが、今日のタイム計測がダルかったから、正直もう寝たいのでスルーします」


「真面目に返さないでよ、恥ずかしいじゃない。え、男子って今日計測だったの?」


「そうだけど?」


「じゃあ、私らは明日かなー?うわ憂鬱ー」


「百合、お前脳筋なのに、走るのは苦手ってどういうことなんだよ」


「脳筋言うな。仕方ないでしょ?遅いものは遅いんだから。持久走なら寧ろ大好きよ、日頃から走り込んで鍛えてるんだから」


「それでも俺より遅いけどな」


「そりゃあ、理が凄すぎるのよ。なによ、頭もいい、運動神経もいい、身体能力も凄い。勝てる訳ないでしょうが!」


「そりゃあ、俺様は天才だからなぁ、何なら走り方を指導してやろうか?俺様、教えるのも天才だぞ?」


「……」


理の天才発言に、少し思うところがあり、黙り込んでしまった


「ん?どうした?へそ曲げちゃったか?」


「ん…いやね、理ってさ、その天才云々っての、他の人の前では言わないよね?それってなんで?」


「え?あ、いや。なんでって言われてもな…」


「……ま、良いわ。ただの思い付きよ、気にしないで」


「あ…そ、そうか……」


「そーよ。じゃ、そろそろ寝るわ、ヨーグルトありがとうね。お休みー」


「お、お休み」


電話を切り、画面を見ると"通話終了"と表示されているのが見えた

耳を付けて画面が汚れていたので、寝間着の袖に擦りつけて拭う


「はあー…要らない事聞いちゃったかなぁ。理、なんか言葉に詰まってたもんね」


スマホを充電器に繋げて机の上に戻し、ベッドへ倒れ込む様に飛び込む

その後は、あー、とか、うー、とか何とか唸りながら、知らぬ内に眠りに入っていた



牡丹ちゃんに関する理と百合の考察は当たり半分ハズレ半分、といったところです


百合ちゃんの乙女パワー炸裂で、予定以上に長くなってしまいました

次回、落っこちます


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