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第八十四話

続きです

今回も話は進みません

完全な日常回です


そうこうと考えを捏ね繰り回しているうちに、食堂へと辿り着く

先程から周囲の視線が集中しているが、それがひと時外れるのを感じた


視線が集中していたのは、まず間違いなく隣を歩くおっさんのせいだろう

その視線からは、疑念と嫌悪を感じた

俺に対する嫌悪と、それを連れ歩くおっさんへの疑念だと思われる


視線がひと時外れたのは、皆そんな事よりご飯が気になるのだ

素晴らしきかな本能

空腹という大事の前では、よく判らない存在に気を配る事など馬鹿らしいだろう


「で?サトル。お前は何食べるんだ?」


そんな、本能に忠実な人がここにも一人

先程までの重く、真剣な態度は何処へやら消え失せ

今はただ、補給物資の不足を訴える胃袋部隊の求めに諾々と従う、本能の虜と化していた


かく言う俺も同様だ

確かにここに来たのは、食事以外の明確な目的あっての事だ

だが、それとこれとは話が別

香る良い匂いが嗅覚を刺激し、そしてその刺激を以て胃袋を激励し、その胃袋が理性を屈服させる

今ここに居るのは、同志の未来を憂う志士でも、家族の安全を守る衛士でもない

それら柵の一切を棚に上げた、ただ一人の人間だ


「さて、何をと言われてもな。そもそもここのメニューを知らんのだが」


「そうなのか?でも、つい先日もここで食べたんだろう?その時はどうしたんだ?」


「あの時は、ここに米原が居るって知らなくてな。で、偶然会った米原が、食休憩がてら俺の分も用意してくれたんだよ」


思えば、ここで米原が働いていたのは、当然と言えば当然だったのだが

以前の俺は、そんな事へ考えを向ける余裕は全くなかった

そして、恥ずかしい限りだが、予めの下調べもせず、ぶっつけ本番で臨んだ初食堂利用だっただけに、割とまごついたのは記憶に新しい


なので、列に並ぶのも、その途中で注文を取ってくれるのも知っているが、最も肝心なお品書きを把握していなかった

とはいえ、今見れば済む話

早速、入り口にあるお品書きを見る


「……結構品数が多いな」


隣におっさんが並ぶ気配と足音がする


「ここの食堂長は熱心な奴でな。美味い飯を作る為に、一切の妥協をしない男なんだ」


自慢げに語るおっさん

いや、自慢ではなく、その食堂長さんを誇っているのだろう

その姿に何故か、米原の姿勢を称賛する俺が重なって見えた


「……それは結構だが、こうも多いと初めての奴は戸惑うだろ」


実際、今の俺は大いに戸惑っている


「そういう時は、人のお勧めにしとくのが無難だろうな」


至極尤もな意見を述べるおっさん

ならばと訊ねる


「おっさんのお勧めは?」


よく考えれば、前回も米原にお任せにしたんだ

なら、今回もおっさんのオススメにしようと考えた


「三番肉の唐揚げだな。これをパンに挟んで食べると堪らんぞ!」


「堪らんか……唐揚げね。どこにでもあるもんだな」


まあ、肉を漬けダレに漬け込んで、衣を付けて揚げるだけだからな

割と再現性は髙い料理かもしれない

特別な技能も必要無いし、外れもそうそう無いだろう

おっさんの興奮ぶりを見れば、味は良いと確信できる


「じゃあ、唐揚げとパンにするか」


俺は特に異論を差し挿む事無く、おっさんのお勧めに素直に従う


「じゃあ、俺は四番肉の竜田揚げとパン、あと一番肉と根菜のシチューだな」


違うものを注文すると言うおっさん


「唐揚げじゃなくていいのか?」


特に他意無く、軽い気持ちで訊ねる


「ああ、最近唐揚げばかりだしな。それに、昨日から新しく竜田揚げが追加されたって聞いて、楽しみにしてたんだ」


「竜田揚げね……そう言えば、この前来た時に米原が持ってきたのも竜田揚げだったな」


かけられた甘酸っぱいタレが、また美味しかった

その後に聞かされた話で、その感想も吹っ飛んだが、思い返せばやはりそういう感想になる


「お、なんだ。サトルはもう食べたのか。まあ、お前の世界の料理だしな。とっくに知ってるか」


そう返すおっさんの言葉に、少し聞き流せない言葉を聞き取った


「俺の世界の料理?竜田揚げって料理がこの世界にも在るんじゃないのか?」


俺はてっきりこの世界に、そういう料理があって、それが俺の世界の竜田揚げと同じものだと思い込んでいた

だが、もしかしたら、という可能性に行きつき、どうしても訊ねずにはいられなかった


「ん?竜田揚げはマイバラ少年が作ったんだよ。食堂長と色々と試してるみたいだぞ」


……竜田揚げはどうやら俺が思ったもので間違い無さそうだ

そもそも、竜田揚げは既にこの世界で食べているし、そこは気にする事でもない

だが


「唐揚げは?」


そう、唐揚げがもし、俺の思う物と違ったら

唐揚げと思って食べたらサーターアンダギーでした、とかだったら目も当てられない

サーターアンダギーとパンを一緒に食べる趣味は無い

いざとなれば、おっさんと同じく竜田揚げを注文する覚悟を決める


「ああ、唐揚げもだな。しかし凄いな、お前の世界の料理は。熱した油の中に放り込むなんて、今まで誰も思い付かなかったよ」


その一言にホッと一息吐く

後に続いた言葉には、あまり思うところは無かったので


「ああ、そうか」


とだけ返しておいた

よく考えれば、三番肉の唐揚げ、なのでサーターアンダギーは無いが、それでも全く未知の揚げ物が出てくる可能性は否定できなかっただけに、やはり安堵も一入である


国境や海洋どころか、世界の壁すら跨いだ

その事は、食文化の違いという形で、友人の手により思い知らされたばかりなのだ

直後に色々と在った為に、記憶の片隅に追いやっていた

それが今、改めて顔を出した感じだ


(何れはちゃんと向き合う必要が……無いな)


よく考えて、結局のところ、どうしようもない、という結論に達する

だが、それでも飯は食べなければいけない、と考えれば、気にするだけ損をする

世の中には、白黒つけなくても良い事がある

これが正にそれだ、と決して、この問題を終わらせる


「……並ぼうか」


「ああ、そうしよう」


一切の迷いを振り切った俺は、おっさんと居並ぶ空腹の同志達の列の最後尾に付く

おっさんも、その権威を振りかざす事無く、俺に続いて列に並んだ


「……流石に、朝食の時間帯だと人が多いな」


「そりゃあな。城に部屋を持っている役人や使用人も大勢居るからな……」


「……これだけ忙しいと、この場で米原への用件を済ませてしまうのは無理かもしれんな」


「そりゃあ、難しいだろ……俺も、食堂の職員達に無用の負担を強いる命令は出来んしな」


「……腹減ったな」


「……腹減った」


「……注文もまだだな」


「……まだだな」


「……もしかして、俺やらかしたかな?」


「……それを言ったら、俺も同罪だろ」


「……腹減ったな」


「……腹減った」


「「……………………………」」


きっと、この列のあちこちで、こんな不毛な会話が為されているに違いない

空腹感が胃袋に力を与え、脆く儚い精神を蹂躙していく

逆に、全身からは力が抜けていき、無気力が総身を駆け巡る

発する言葉にも覇気が無い

正直、こうして立っている事すら億劫だった

終いには、言葉を発する事すら出来なくなり、無言の時間が続く


「……」


そんな無気力な身体を、しかし確かに駆け抜ける熱い力を感じた


「「良い匂い」」


どうやら、おっさんも同じ事を感じた様だ

当然だろう

この食欲を掻き立てる芳香は、食堂の隅から隅まで、果ては食堂の外の森まで広がっているのだから


「「…………」」


畢竟、視線が朝食に有り付いた者達へと向けられる

それは、全く無意識の行動だった

僅かに勢力を残す意識で周囲へと視線だけを巡らせたが、どうやら我が同志は多そうだ


「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「……………………………………………」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」


我ら同志の無言の圧力が居並ぶ食卓へ掛ける者達と、彼らが手にした宝物へと殺到している

だが、それを受ける者達が気付く事は無い

彼らは彼らで、ようやく手にした宝物へとむしゃぶりつく事に熱中していて、そんな些事はどうでもよいのだ


「……舞島君?どうしたんだい~?」


今更ではあるが、我ら同志の並ぶ列はしっかりと整列されている

我先にと押し寄せて滅茶苦茶に並んでは、結果的に食事に有り付くのが遅くなるからだろう

その為、最後尾も簡単に見つける事が出来た訳だが


そんな整理された隊列は、一見してまるでうねる尺取虫の様相を呈している

空間を有効活用するなら、この並び方は理に適っていると言えるだろう


さて、その列を辿って注文を取っていると、必然的に先の注文待ちの隣を通る事になる

前回、前の注文を取っていた米原が俺に気付いたのは、そうした理屈だったわけだが


その理屈は当然、今回も適用される事になる

なので、空腹感に支配されている俺を、米原が見付けても何もおかしな事では無い訳だ


「……どうしたもこうしたも、飯食いに来たに決まってるだろぉ……」


とはいえ、食堂という単一目的で利用される場に於いて、どうしたという質問は無いと思うが


「いや、今まで全く来なかったからさ~。急に来るようになったのには、何か理由があるのかい~?」


相変わらず、間延びした話し方をする奴だ

これが、もう少し前ならイラつきを覚えたかもしれないが、最早そんな気力も湧かない程に、俺は空腹の虜囚となっていた

だが、この会話の流れはちょうどいい、という事に気付ける程度には、俺の使命感は深く強く心底に根差していたらしい


「……ああ、お前に訊きたい事があってな……どうせお前の部屋に行っても居ないだろうと分かっていたから、こっちに来たんだよ……飯は、まあ序でだな」


最早その序列は明らかに覆り、空腹感を満たす方が遥か上位に君臨しているが

それでも、米原への用件を忘れないのは、我ながら天晴れだと思った


「そうなんだ~。何だろ、用事って~。あ、陛下、おはようございます~」


「あ、ああ。マイバラ少年、おはよう」


おっさんは、どうやら米原に対しては体裁を取り繕うつもりらしい

確かに、空腹に苛まれ弱気になった様など、あまり人様に見せられるものではないが


尤も、それ以上におっさんは、米原独特の調子に戸惑っているのかもしれないが


「陛下、舞島君~。二人の注文ももうすぐだから、少し待っててね~」


勿論、米原は腹ペコ野郎など見飽きているので、そんな取り繕いは全く無意味であるのだが

こと、食に関して奴を上回るのは、門外漢の俺達では不可能である


「……相変わらず、独特な感じを受ける少年だな……」


どうやら、おっさんとしてはそちらの方が気に掛かるらしい

ならば、俺もそれに合わせよう


「ああ……だが、あれで料理の事になると、途端に力が入るからな……まあ、悪い奴じゃないよ」


稚拙な言い方だが、友人の失点を補うのも忘れない

おっさんとも仲良くやっているが、米原も俺の友人だ

出来れば、いがみ合ってほしくは無いし、悪感情を抱いてほしく無い


「その辺は分かっているさ……気難しい食堂長も、彼が殊の外お気に入りだし、彼を食堂へ遣る際に面談もしたからな。ある程度為人は把握している」


どうやら、俺の気遣いは無用だった様だ

どれだけ取り成そうとも、その性情が明らかに悪性なら好感を抱きようも無い

その逆も同様だという事だろう


「お待たせ~。さあ、注文は何かな~?」


軽い雑談をしている内に、早々と注文を取った米原がやって来た

勿論、俺達の注文を取る為だ


「三番肉の唐揚げ。あとパン」


「四番肉の竜田揚げ、パンと一番肉と根菜のシチュー」


待ち惚け、いざ本番となった俺達の口は、実に短絡的だ

注文内容以外を口にする事無く、極めて単純に言葉を発する

米原も心得たもので


「はい~。……じゃあ、こちらの番号札をどうぞ~」


手に持った台帳?か何かに書き込み、腰に下げた革製と思しきポーチから金属光沢の短冊を取り出し、差し出してきた


「……あ、ああ」


「はいよ」


後者がおっさんで、前者は俺だ

慣れた感のおっさんに比べて、俺は困惑しているのがよく分かる


「……舞島君~。用事は後で聞くから、食事が済んだら食堂裏手の職員用入り口で待っててくれないかな~」


そんな俺の困惑など見向きもしないで、一方的に用件だけ伝えると、俺とおっさんを通り過ぎてその後ろに並ぶ人へ注文を聞きに行く

そんな米原を見ていると、近づく人が居るのが見えた

その人は、米原から台帳を受け取ると、代わりの台帳を渡して厨房の中へ去っていった


所謂知識チートですが、普通の高校生に大層な事が出来る訳も無く

ならば非凡な高校生なら可能か?

例えばガソリンですが、この精製には非常に高い技術が要されます

また、当然ですが石油が不可欠ですが、石油はどうやって出来ているのか不明です

同じ物を別の世界で用意可能か?


考え出すとキリが有りません

そうなると、属物的な知識では無く、属人的な、或いは更に深く精神面に属する知識なら、例え全く別の世界に行こうが、十分に再現可能でしょう

何せ、必要なのは心を持つ生き物だけですから


とはいえ、そんな事をパッと思い付く筈もなく

しかして、それでは大事な本作のお題の一つを消化できない

と、考えて至ったのが、料理です


唐揚げは普通に小麦粉を衣で使いますが、竜田揚げは片栗粉を使います

この様に、同じ様な調理工程でも、別の似通った素材を用いる事は、料理の世界では特段珍しくも無い発想です

ならば、別の世界でも創意工夫を働かせる余地は十分にあるのではないか

その様に考えました



次回投稿は5月29日です

唐揚げ食べてて思いついたことなんだが、こうしてまとめてみると、割とまともな考えしてるっぽい

因みに、揚げ物というのは一部地域以外では、近代以降で無ければ存在しない調理法らしいですね

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