第六話
さて、事の発端云々と言いながら、長々と回想したが、肝心の場面はこの食事中の会話にある
「理くんも私達と同じ小学校に通うの?」
「そうよ、百合ちゃん。しかも同じクラス。理のこと、よろしくお願いね?」
「百合、理君ほこんな時期に転校することになって大変だと思うわ。面倒みてあげてね?」
「うん!まかせて!!じゃあ、理くん。明日一緒に学校行こうね!」
「う、うん。よろしくね、百合ちゃん」
「百合って呼んで?友達になるんだし、従兄弟どうしなんだから!」
「わ、わかったよ、…百合」
「うん!よろしくね、理!」
「お姉ちゃんばっかりズルい!ね?お兄ちゃん、あたしも牡丹って呼んで?」
「うん、よろしくね、牡丹」
「うん!!よろしく、お兄ちゃん!!」
「…あのさ、さっきからお兄ちゃんって呼んでるけど、俺は牡丹の従兄弟なんだけどな」
「あら、理。そんな細かいこと言って。いいじゃないの、可愛い妹が出来て」
「そうねぇ。理君、手の掛かる子だけど、お兄ちゃんとして面倒みてあげて?」
「う、うん、分かったよ、お母さん、叔母さん」
「叔母さんかぁ、なんだかいいものねぇ」
「あらやだ、老け込むにはまだ早いわよ?」
「そんなんじゃないわよ。娘に、お母さん、って呼ばれた時みたいな、感慨深いものを感じたの」
「理、モテモテだね!」
「そんなんじゃないよー」
「ね?お兄ちゃん。牡丹も一緒に学校行っていい?」
「ん?百合とは一緒に登校してないの?」
「お姉ちゃんは関係ないの!お兄ちゃんと登校したいの!」
「ちょっと、牡丹!」
「ね?いいでしょ?」
「もちろんいいよ。心配だし、一緒に行こう」
「わーい!ずっと一緒ね!約束だよ!」
「ちょっと、理!私は!?私も一緒!!」
「わ、解った、解ったよ。百合も一緒に行こう」
「私もずっと一緒だからね!!」
お分かり頂けただろうか?
私達はずっと一緒に学校に行く、と約束した
子供の些細な口約束、されど約束は約束だ
高校に入ったばかりの頃、こんな事を理が言い出した
「なあ、もう登校は別々にしないか?」
はあ?と思った
唖然とした、間抜け顔をしていたことだろう
「なんで?」
かなりキツイ口調だった自覚がある
仕方ないじゃないか、朝の登校時間は私の一日の活力源なのだから
「いや、俺らももう高校生だろ?牡丹も一緒じゃなくなるし、何時までも連れ立ってっていうのも、なんか周囲に誤解を生みそうじゃないか?」
牡丹の事は反論できない
今までずっと一緒に登校してきた
私達が中学に上がっても、小学校の側まで一緒に登校したのだ
でも、高校は家から遠く、中学校ともまるで方向が違うので、牡丹と一緒に登校する事は出来ない
だから、この期に登校を別々にしよう、と言われてしまうと、頷くしかない
だが、誤解を生むとはなんだ
そんなモノ、とうの昔からされとるわい
初めこそそんな噂も恥ずかしかったが、自分の気持ちを自覚してからは、寧ろ嬉しかったもんだ
そう、私は従兄弟の理が好きだ
友愛でも家族愛でもなく、異性として好きなのだ
朝の登校時間は、そんな想い人と一緒に過ごす、貴重な時間なのだ
それも、こう言っては牡丹に悪いが、邪魔者が居なくなって、二人っきりの美味しい時間になるのだ、なる筈なのだ
それをそんな理由で、止めにしよう、なんて言われて納得できる訳が無い
ああ、納得できないとも、そんな事
私は当然拒否した
「いや!牡丹も一緒に行けなくなるのに、理まで行けなくなったら、私一人で登校しなきゃいけないじゃない」
「もう子供じゃないんだし、一人でも別に問題ないだろう?」
「それ、一緒に行かない理由にはならないよね」
「う……」
理は頭が良いのに、こういう口喧嘩は滅法弱い
頭の回転も速い筈なのに、なんでなんだろう
そんな抜けてるところも愛らしいのだが
あばたもえくぼ、ということなのだろうか
結局その話は流れた、と思っていた
その次の日、なんと理は早起きしてさっさと一人で登校してしまったのだ
これには、私も怒った
肩を怒らせながら、急いで登校し、教室で寛いでいた理を引きずり出し、人気のない体育館裏で責め立てたものだ
理は時折、こうした姑息な手段を用いることがある
口喧嘩で負けて意見を押し通された時に、こそこそと自分だけで行動を起こしてしまう
妙に頑固なところがあるのだ、理には
そうして、いつも私を怒らせている
しっかりと叱っておいたはいいものの、今までの経験から、恐らく理は譲らないだろう
そんなに私と登校したくないか、と思うとかなりへこむ
だが、そこは恋する乙女、前向き思考には自信がある
理は人付き合いにおいて淡白なところが目立つが、実は人情味溢れる人間だ
今回の件、私が嫌がる事は予想できていたことだろう
理は人情に厚い、優しい人だ
そんな理が、私が嫌がると解っていて、それでもなお言い出したからには相応の理由があると考えるのが自然だ、私の中では
では、その理由とは何か
はっきり言って分からない、頭が良くないのだ、私は
以前、こんな事があった
私は空手をやっている
自慢だが、中学の頃は全国大会の常連だった
会場に通っていた訳じゃないわよ、選手としてよ、選手として
で、そんな空手部の期待の星の手を煩わせている、理が居なければ私はもっと上を目指せる、大人しく身を引いて私の傍から居なくなれ、と宣ったお人がいらっしゃったのですよ
まあ、当時の空手部の部長だったんですが
そんな意味不明な事を言われた理は、あろうことか学校で私から距離を取り始めたのだ
本人が言うには、
「家ではいくらでも一緒に居られるんだし、学校でまで一緒に居なくてもいいでしょ」
とのことらしい
私はこの言葉と、理から無理矢理聞き出したさっきの話を聞いて、激怒した
必ず彼の無知蒙昧な部長を除かねばならぬと決意した
有名な一節を捩ってしまうほどに、冷静では無くなっていた
文字通り、怒髪天を衝いていても何ら不思議ではなかっただろう
ここからは下らないので省略するが、結果として部長は理に平伏し謝罪した
この件で、私は理が好きなのだと自覚した
ちょっと離れることも許容出来なかったのだ、自分で言ってて恥ずかしい
こんな前例があるのだから、この話もきっと私の利益を考えてのことなのだろう、そうに違いない
しかし、理は甚だ勘違いをしている
先に述べたことだが、私にとって理と過ごす時間の全てが精神的な活力源なのだ
それを奪われれば、当然の帰結としてやる気が失せる
以前、こんな事があった……さっきも言ったな、これ
まあ、理との思い出話は、私にとっては自慢話同然だ、何度だって言いますとも
理が父方の祖父母、前宮の当主夫妻に呼び出された事があった
私やお父さん、お母さんは、伯母さんや理の味わってきた事をある程度知っていたので、そのことに憤慨したものだが、理は嫌がらなかったし、伯母さんもたまにはおじいちゃんおばあちゃんに孝行してきなさい、とかあり得ない事を言って理を送り出していた
私がそのことで如何に怒ったかは、この場合は関係ないので脇に置いておく
要は、理が長期に渡って私の傍から居なくなったのだ(実際には3日間だったのだが)
当時は既に理への感情を自覚していたので、私の落胆っぷりは相当なものだった
初めこそ、私の萎れた様を笑っていたお母さんと牡丹だったが、日に日にモチベーションが低下し、殆ど動かなくなった私を見て、最終的には笑えなくなってしまった様だ
二人してかなり慰め、なだめすかしたらしい、よく憶えていないが
お父さんは、自分も学生時代はそうだった、とか言って思い出に耽っていたらしい
愛娘の窮状への対応がそれでいいのか、父よ
結局は理が帰宅するまで、私が回復する事はなかった
そして、三日後に帰ってきた理を窓から見たら即全快し、何食わぬ顔で理を出迎えた
その様を見て、お母さんと牡丹は安心したのか笑っていた
そしてお父さんは、どこか遠くを見つめて、思い出の世界を彷徨っていた、だからそれでいいのか
後に知った事だが、お父さんも学生時代にお母さんと引き離されて(実際は全寮制で別の寮に入れられただけらしい)、その時の私の様に萎れた事があったんだそうだ
ちなみにお母さんはそのことは知らないらしい、お父さんが口止めをしたと言っていた
それはさておき、理は知らない事だが、その様に私にとって理は、健全な生活を送るのに必須の存在となっている
ビタミンとかアミノ酸とかみたいな栄養素と、何ら変わらない
栄養素系男子なのだ、私にとっては
さて、そんな必須栄養素を摂取する為には、手段は選んでいられないと息巻いて、その次の朝は6時に理の家の前にスタンバイしていた
その日、理が出てきたのは7時
7時45分で十分間に合う事を考えれば、相当に早い時間だと言えるだろう
本音を言えば、もっと早い時間だと思っていた
その様に予想したからこそ、5時30分に起きて、諸々を超特急で済ませて、6時なんて、4月の今はまだ肌寒い時間に待機していたのだ
正直な話、何度も家の中に入ろうかと考えた
でも、理を驚かせたい一心でその誘惑と、やや冷える外気に耐えたのだ
その甲斐あって、理はとても驚いていた
なんで?とか口走った時は、そんなことも解らないのか、とか、こうすることは十分予想出来たでしょ、とか言いそうになったが、不敵にニヤリと笑うだけに留めた
別に怒りたい訳じゃないのだ、この後の時間を気まずく過ごすのも嫌だし
そのまま理を誘って一緒に登校した
が、これで終わりとは思っていない
ここから始まるのだ、私達の長い登校合戦が
結論から言えば、合戦は私に有利な形で停戦を迎えた
この合戦の名残が、伯母さんによる毎晩の理の目覚まし時計チェックで、その成果を伯母さんから受け取り、朝にそれをお母さんが確認する、という日課だ
長くなったけど、今朝の理の起床時間から推測される出発時間前に理の家の前で待機する
最近は、門にもたれて腕組みして待つのがお気に入りだ
コーラシガレットなんかくわえても良いかもしれない
予想した通りに理の声が、玄関扉の向こうから聞こえてきた
こうして予想が中るとついつい嬉しくなってしまう
私はそれくらい理の事を理解しているのだと
朝の挨拶を交わし、二人で、大事なことなのでもう一度、ふ・た・り・で、登校する
妹には申し訳なく思うが、やはり心は躍ってしまう
見た目平静を装っているが、内心はウキウキドキドキワクワクで、バス停に向かうのだった