第四話
手洗いうがいを済ませた母さんを、食卓で出迎えて、母さん、叔母さん、俺、百合が食卓を囲む
母さんの音頭で、食事の挨拶をする
「「「「いただきます」」」」
そこからは慣れたもので、やれ醤油を取ってだの、おかわりに席を立てば、冷蔵庫から水取ってきてだの、大皿のおかずを取り過ぎだ、遅いのが悪いだのと、騒々しく、雑談などを交えながら食事を進める
もっとも、俺は食事時は基本的に話をしたりはしない
というか、女連中の雑談に入っていける気がしないし、仮に入っていけたとしても付いていける訳がない
今は四人だが、予定が合えば、ここに叔父さんと牡丹が加わる
それでも、女4に男2だ
頼みの叔父さんも、俺とどっこいどっこいで、この女子会空間に切り込めない
そのため食事時には、当家の野郎どもは沈黙を金とする事になっている
まあ、叔父さんはそもそも、食事時に喋る人ではないので、どうあがいてもこの結果に落ち着くのは仕方のないことなのであるが
さて、ここで今居ない人間、叔父さんと牡丹について少し説明しよう
まず百合の妹の牡丹だが、当家の夕食は夜7時くらいに始まる
そして牡丹は現在塾通いの毎日、そもそも夕食を一緒に摂る事は叶わないのである
ちなみに、休日の昼は一緒に食卓に着いて、食事を共にしている
その場合も、やはりこの女子会空間は発生し、俺と叔父さんは黙々と食事することになる
次に叔父さんだが、これを説明すると長くなる
まず叔父さんの仕事だが、日本有数の企業で社長をしているのである
この会社、実は母さんの実家が経営する会社で、叔母さんと結婚して叔父さんが跡目を継いだ
母さんもこの会社で働いている
ここで疑問が出てくることと思う
何故妹の夫が跡目を継いでいるのか
姉の夫、つまり俺の父親はどうしているのか
俺の家族について語るのに、決して外せない、しかし口に出したくない存在がいる
俺の父、前宮 仁志だ
母さん、叔母さん、叔父さん、そして父
この4人は、いわゆる上流階級の家柄の人間で、幼馴染だったらしい
家同士が古くからの付き合いのある関係らしく、その次世代を担う子、その中でも年の近い4人で遊ぶことが多く、自然と仲良くなっていったらしい
男2人に女2人
大人達は、父と叔父さん、それぞれが舞島家の娘とくっつき、叔父さんに舞島を、父に前宮の家を継ぐことを求めたそうだ
まあ、強制では無かったらしいが
正直この話は長くなること請け合いなので、省略して話すが
叔父さんと叔母さんは恋仲となり、そのまま婚約
母さんと父は、お互いがいい年で、良い人も居ない事を理由に、大人達の思惑で婚約
同じ時期にご成婚となったらしい
これだけでは、父がどうなったかは全く伝わらないことと思う
まず前提として、父について言っておきたい事がある
あの父はクズだった
暴力を振るうことこそ無かったが、飲む打つ買うを平気でして、更には会社でも碌に役目を果たさなかったらしい
そんな父を、母さんは何故か見捨てなかった
母さんは優秀な人で、結婚してからは専業主婦となり、家事を完璧にこなし、育児もしっかりとしていた
反面、父は家でもゴロゴロして、だらけて、本当に何もしない、今思い出しても怠け者にしか見えない父だった
両親共に裕福な家庭に生まれたから、仕事にも金にも困る事は幸いなことに無かったが、家の中は父の発する空気で荒んでいた様に思う
そんなある日だ
父は外出先から電話で一言、もう帰らない、女と暮らす、とだけ言い残して行方をくらませた
母さんは驚いていない様に見えた
「いつかこうなるとは思っていたわ」
と、母さんが常らしくない、寂しそうな苦笑顔で言っていたのが印象的だった
これは後に父の両親、つまり父方の祖父母から聞いた話なのだが、父は昔から素行に問題が多く、正直、まともな嫁の宛てが無かったそうだ
そこで白羽の矢が立ったのが、幼馴染であり、親しい資産家の娘でもある母さんだ
成人を迎えても嫁の宛てが見つからないことに焦った父方の祖父母は、父と結婚してくれるように、母さんに頼み込んだと言っていた
母さんも、父の事を憂えていたらしく、家庭を持つことで更生のきっかけになるのでは?と期待して、話を引き受けたらしい
結局はただの骨折り損だった訳だが
そんな訳で、叔父さんが舞島の会社を継いだのは、母さんが父と結婚し、父の家に入った為なのだ
父が蒸発し、母さんとの離婚も成り、晴れて舞島姓に戻った母さんは、俺を養う為に舞島の会社に勤め始めた
ちょうど、5年前、俺が小学5年生の時のことだ
当時住んでいた家は売り払い、今住んでるこの家、叔父さんの家の隣に一軒用意してもらって住んでいる
叔父さん達とは、その時からの付き合いだ
そういう経緯で、叔父さんは舞島家の婿となり会社を継ぎ、母さんは叔父さんの下で働いている、という訳だ
社長さんはいつも忙しくしており、夜の8時頃に帰宅するので夕食を共にすることはほとんどない
母さんも、何やら重職に就いているらしいが、叔父さんより有能なのか、単純に叔父さんが、より忙しいのか、母さんの方が早く帰ってくる
そうした理由で、最近は4人で夕食を摂る事が多い
叔父さんはそのことを羨ましがっていたが、牡丹は淡々とした反応だったことを覚えている
夕食を済ませ、食器を片付ける
これは子供等でやる事が決まっている
洗い場に二人並んで食器をジャブジャブ洗って、次々に水切りネットに並べていく
洗い終え、暫し二人で雑談した後、水切りネットから食器を取り出し、布巾で水気を拭い去る
そして食器棚に食器を納めて、後片付け完了だ
次は風呂だ
これは当然のことながら、互いの家で入る
百合と叔母さんが帰るのを見送ってから、着替えを用意する
我が家では、風呂は母さんが先に入る
母さんが風呂に入っている間は暇なので、自室に戻り、出しっぱなしのゲームを再開することにする
母さんが風呂から上がって来たようだ、ドライヤーの音が聞こえてくる
次入ろうとしたところで、携帯に着信が入る、着信音はお気に入りのゲームのBGMだ
俺は相手の確認もせず、電話に出る
「はい、もしもし」
「塾終わったから迎えに来て」
相手はやはり牡丹だった
時間を確認すると、確かに塾が終わる時間だった
「はいよー、いつもの場所でいいのか?」
「うん、じゃあね」
と素っ気無く返事され、俺、なんか嫌われることしたかな?と落ち込む
気を取り直した俺は、母さんに、牡丹を迎えに行く旨を伝え、家を出る
目指すは、駅前の塾の横にあるコンビニだ
牡丹は、いつもそこで迎えを待っている
暴漢に遭遇することも、痴漢が御開帳することもなく、何の面白味も無いままに、駅前のコンビニにたどり着く
そのままコンビニの中に入り、外からは見えない位置でコンビニスイーツを物色している牡丹に話しかける
「なんか良さそうなの、あった?」
「このクリームたっぷり乗ったプリンが美味しそう」
「お前、相変わらずプリン好きだなー。俺はこっちのシュークリームが良いな、カスタードの奴」
「あたしと大差ないじゃない、いつもシュークリーム選ぶんだから」
「シュークリームはいいぞぉ、シュークリームは」
そんなやりとりをしながら、俺はシュークリームとプリン、そして百合にヨーグルトを買い、牡丹とコンビニを出る
「勉強の調子はどうだ?」
「順調、あそこの塾を選んで正解だった」
「俺に任せりゃ、更なる成果を出してやるのになー」
「はいはい、それはすごいですねー」
などと話も弾み、行きとは違って、楽しい帰路を行く
駅から家まで、やはり変わったことも起こらず、無事に家に帰り着く
「ただいま」
と、牡丹が言うので
「はい、おかえり」
と、俺は返す
ビニール袋に入ったプリンとヨーグルトを手渡し、
「食事済ませてから食え」
「解ってます」
「ヨーグルトは百合に渡してくれな」
「はいはい」
最近になってするようになった、感情に乏しい表情で返事をされる
以前は表情豊かで、姉に負けず劣らず明るい性格だったのだが…
(中二病かな?)
口にすれば、一発で怒らせること間違いなしな事を考えながら、隣家の門を抜ける牡丹を見送り、俺も家に帰る
帰宅してすぐに、手に持ったシュークリームを冷蔵庫に安置し、用意しておいた着替えとバスタオルを持って、風呂に向かう
さっさと風呂を済ませ、ドライヤーで髪を乾かし、冷蔵庫のシュークリームを取りに行き、そのまま、シュークリームに被りつく
「この飛び出したクリームを舐めとるのが好きなんだよなぁ」
飛び出たカスタードクリームを舐めとり、シュークリームにかぶりつきを繰り返し、シュークリームを食べ尽くす
「ここのシュークリームは結構当たりだったな」
そんな独り言を言いながら、口内の甘い余韻を押し流す様に水を飲み、洗面所で歯を磨いて、部屋に戻り、出していたゲームを片付けて明日の準備をする
明日の準備を済ませると、携帯に電話がかかってきた
通知を確かめると、相手は百合だった
「もしもーし、どうしたー」
「ヨーグルトのお礼ー、美味しかったよ。やっぱり、ヨーグルトは無糖が一番いいね」
「どういたまして、悪いがそれには全く共感できん」
「甘くないと食べられないって?薬も糖衣錠かオブラートとかゼリーに包まないと飲めないとか?理、味覚がお子様だねぇ」
「やかましいわ」
「さて、乳酸菌様に、明日の朝のお通じ、よろしくお願いしてお休みしましょうか」
「そういう下な事、異性に言うってどういう神経してんだ、とツッコミたいが、今日のタイム計測がダルかったから、正直もう寝たいのでスルーします」
「真面目に返さないでよ、恥ずかしいじゃない。え、男子って今日計測だったの?」
「そうだけど?」
「じゃあ、私らは明日かなー?うわ憂鬱ー」
「百合、お前脳筋なのに、走るのは苦手ってどういうことなんだよ」
「脳筋言うな。仕方ないでしょ?遅いものは遅いんだから。持久走なら寧ろ大好きよ、日頃から走り込んで鍛えてるんだから」
「それでも俺より遅いけどな」
「そりゃあ、理が凄すぎるのよ。なによ、頭もいい、運動神経もいい、身体能力も凄い。勝てる訳ないでしょうが!」
「そりゃあ、俺様は天才だからなぁ、何なら走り方を指導してやろうか?俺様、教えるのも天才だぞ?」
「……」
「ん?どうした?へそ曲げちゃったか?」
「ん…いやね、理ってさ、その天才云々っての、他の人の前では言わないよね?それってなんで?」
「え?あ、いや。なんでって言われてもな…」
「……ま、良いわ。ただの思い付きよ、気にしないで」
「あ…そ、そうか……」
「そーよ。じゃ、そろそろ寝るわ、ヨーグルトありがとうね。お休みー」
「お、お休み」
痛いところ突かれたな…別に隠すようなことでも無かったんだが、柄にもなく動揺してしまった
今でこそクラスで孤立している俺だが、中学生の頃は百合との関係や自身の能力の高さも相まって、クラス内でも結構な人気者だった
そんなクラスの人気者だった俺だが、先程の様に芝居がかっているとはいえ、不遜な物言いは決してしてこなかったのだ
それが何故百合の前ではそうするのか
有り体に言えば、ただの強がりだ
百合と牡丹には、出会ったばかりの時にとんでもなく情けない姿を見せてしまったから
あれは新居への引っ越しが済んで、荷解きをしている時だったか
母さんは、職場に慣れる為にも出来るだけ早く多く出勤していて、新居が出来る少し前から忙しそうにしていて、あまり一緒には居られなかったし、迷惑がられたくなくて距離を置いていた
そんな状況だったから、引っ越しの荷解きも当然一人でやらきゃいけないのかと思っていたし、実際に一人でやるつもりだった
まあ、実際問題、小5の子供一人に任せる訳は無いのだが、その時はそう思っていたんだ
で、そんな事情があって、一人で荷解きしていたんだが、小5の男子なんて、まだまだ背も低いちびっこだ
そして引っ越しの荷物は、段ボール箱に詰まって堆く積み上がっている
手が届かない、なんて事は無かったが、自分の目線位にある段ボール箱なんか、小5の細腕じゃあ普通は持ち上げられないだろう
しかし、当時の俺は無謀にもそれに挑戦し、当然の帰結として段ボールの山を崩して、その中に埋もれてしまったのだ
そんな事態に陥った小学生はどんな反応をするかと問われれば、泣き出す、と答えよう
実際俺は、寂しさやら痛みや悔しさやらで、くしゃくしゃに泣きじゃくった
それはもう脇目も振らず泣きまくった
まあ、ここまで言えばもう分かるだろう
荷解きを小5の息子一人でさせる訳が無い、しっかりと叔母さんに手伝いを頼んでいたのだ
そして、俺が泣きじゃくっているタイミングで、先に遣わされた百合と牡丹が現れた、という次第だ
百合が言うには、手伝いに行かされたら、家の中から泣き声が聞こえたから、すわ何事か!?と突入したのだとか
で、先程の号泣シーンに出くわした、と
そこからもまた、酷く情けない出来事があった
号泣しながら、百合達を睨みつけ、誰だお前らは!泥棒か!?帰れ!とか何とか言ったらしい
手伝いに来てくれた従姉妹に向かって言う言葉では無いと、今なら思う
で、俺がギャーギャー喚いて、姉妹が困り果てているところへ、騒ぎを聞きつけた叔母さんがやってきた
ここで、またもや失態を晒してしまう羽目になる
母さんと叔母さんは、一歳違いの姉妹だ
血の繋がり故なのか、二人は結構似ている
顔の造作も然る事ながら、醸し出す雰囲気が良く似ているのだ
当時、母さんとすれ違いの生活をしていた俺は、母さんによく似た叔母さんにイチコロでやられてしまったのだ
喚き散らすのを止め、崩れた段ボールの山から這い出し、叔母さんに抱き着いて再び泣きじゃくった
そこからはよく覚えていないのだが、聞いた話では、泣き疲れて眠ってしまったらしい
後片付けも荷物の整理も、全部叔母さん達が済ませてくれていた
かなり居た堪れなかったのを覚えている
その後、叔母さん、百合、牡丹に平謝りし、帰ってきた母さんに叔母さんが説教をかまして、落ち込んで俺を抱きしめて不貞寝してしまった母さんを無視して、叔母さんが夕食を作り、片付けが終わった新居の居間のテーブルで揃って夕食を摂った(叔父さんは居なかったが)
その間に、百合、牡丹姉妹とも打ち解け、その日は子供三人で居間で雑魚寝した
そんな事があったので、少しはカッコイイところを見せないと、なんて考えて、百合と牡丹の前では自身の能力を誇示する様になった、という訳だ
改めて考えても下らない理由だが、頼りにして欲しい、という思いもあったりするので、馬鹿らしい、とは思いながらもこうして続けているのだ
そんな事を考えていたら、体内時計が早く寝ろと言わんばかりに、欠伸と共に眠気がやってくる
俺は寝る前にトイレを済ませ、ベッドに入り目を閉じた
日常編はまだちょっとだけつづくんじゃ