第三話
後一話、主人公視点の日常をお送りします
何時も変わらずそこに聳える、というほどしっかりした構えでもない、普通の民家の門扉だが、出かける住人を見送り、帰ってきた住人を迎えてくれる
そう思うとなんだか感慨深いな、などと益体もないことを考えながら門を抜け、家の鍵を開ける
「ただいまー」
母さんは仕事でこの時間、家には居ない
が、たまに叔母さんが掃除しに来ている事もあるし(その場合でも鍵はかける)、そうでなくても、家を出る時帰ってきた時に挨拶する、というのが母さんの教えだ
挨拶が返ってこないところを見ると、今日は叔母さんは居ない様だ
俺は手洗いうがいを済ませ、晩ご飯の米を洗って漬けおき、冷蔵庫から牛乳(生乳低温殺菌)を取り出しコップに注いで一気に飲み干す
「はぁ~…胃に染み渡るなぁ、この腹壊しそうな脂肪分の刺激がいいよね」
牛乳はいい
牛乳は俺に活力をくれる
学校で受けたストレスも、牛乳に溶け込んで流れ落ちていく様な気さえする
牛乳に癒しと活力を貰った俺は、自室に戻りさっさと着替えを済ませる
テレビ台の収納スペースから引っ張り出すのは、勿論ゲーム機だ
今攻略しているのは、レトロなアクションゲーム
未だにコアなファンが多く居る事で一部では有名なゲームだ
「これはゲームそのものも素晴らしいけど、BGMもこれがまたいいんだ」
レトロゲームらしいカセットタイプのROMを、不要とは知りながらも端子の接点両方に、ふーっ、と息を吹きかける
「これってついついやってしまうよな~。様式美ってやつかな」
カセットを少し黄ばんだ本体に挿し、これまたレトロな雰囲気を漂わせるスライド式の電源スイッチを、パチッ、とONにする
「最初はオープニングムービーを飛ばさないのが、俺のポリシー」
ポリシーの部分を、ポリスィー、とネイティブな発音を意識しながら(実際の発音かどうかは知らない)、メーカーロゴ、ムービー、タイトルを見てスタートする
「ここでセーブ消えてたら笑える」
レトロゲームに付き物の、セーブデータ消滅も起こらず、無事に昨日の続きからプレイを再開する
「このゲーム、BGMがまたいいんだ」
このゲームの制作会社が作ったゲームは、BGMにもやたらと力が入っていることで有名だ
某有名メーカーの大人気RPGシリーズのBGMを、この制作会社が同時期に発売するゲームのBGMを聴いて、作り直した、なんて逸話があるほどだ
主人公が槍1本で、様々なアクションを繰り出しながらダンジョンで魔物を撃破する
横スクロールではなく、見下ろし視点のアクションなので、文字どおり縦横無尽に八面六臂の活躍で魔物を撃破していく
このゲームは特にお気に入りで、新しいゲームがない時には、ちょくちょくプレイしている
なので、特にダンジョンで迷うことも、魔物に苦戦することもなく、ボス戦に辿り着く
「このボスのBGMも、また盛り上がるんだよな~」
さっきから独り言が多いが、これは癖だ
普段から家族と一緒に居て、喋る相手に事欠かなかった生活の名残で、プライベートな空間でずっと口を閉じていることができないのだ
今は、百合も部活に友人付き合いにと忙しいし、牡丹は中学三年生、どうも目指している高校があるらしく、日々受験勉強に明け暮れている
今時分なら、百合は帰宅して風呂で汗を洗い流し、牡丹は塾で勉強中だろう
余談だが、ウチの高校は極めてレベルが高く、スポーツ推薦組の百合(脳筋)はともかく、その中でもトップクラスの成績で特待生(各種優遇有り)の俺は、当然だが、頭がいい、嫌みでも自慢でもなく、事実だ
牡丹もそれは知っているはずで、塾に通いたいと言い出した時、
「塾行かなくても、俺が教えるぞ?」
「それは嫌」
と、すげなく断られ、妹同然の娘の冷たい態度に少し落ち込んだのは、今思い出しても泣ける
家族の為なら、貴重なプレイタイムを削るもやむ無し、と思っていたのだが…
そんなことを考えていたら、玄関の扉が閉じる音が響いた
常に施錠しているので、鍵を持っている叔母さんが百合と一緒にやってきたのだろう、いつものことだ
すぐに、バタバタと足音をさせながらこちらに人が近づいてくる
その人物は、不躾にもノックもせずに、俺の部屋の扉を開け放ち、
「ただいま!」
と力強い挨拶をしてきた
「はいおかえり~」
溌剌とした百合とは対照的に、俺はテレビ画面から目を離さず、脱力感に満ちた挨拶を返す
そんな端から見れば、軽く流している様に見える俺の返事も、百合にとってはいつものことなので、特に気にも留めず、
「あ、またこのゲームやってるの?理これ好きだね~」
テレビ画面を見ながら、そんなことを言ってくるので、
「定期的にやりたくなるんだよなー、なんでだろ?」
「面白いから?」
「その理由だと、今までクリアしてそれっきりのゲームが面白くなかったみたいじゃないか?」
「なつかしいからかな?」
「ああ、それはあるかもな。これ、俺が一番最初に自分で買ったゲームだし」
やはり、そうした理由で特別なのだろう
とにかくやり込んでいるので、もしかしたら目隠しでもプレイできるかもしれない
今も、半自動的に攻略は進んでいる
ゲームも中盤、ホラー感溢れる、みんなのトラウマステージに差し掛かっている
「ここのBGM、やっぱり怖いわ」
独り言故か、半ば定型文と化した言葉が口をついて出る
百合はあぐらを組んだ俺の脚を枕に、だらーっと寝転び、テレビ画面を見ている
自室でゲームをする様になったすぐ後に、百合に尋ねた事がある
見ているだけで退屈じゃないか?と
「楽しいよ~」
百合はそう返してきた
百合は、いい加減な事や誤魔化しは言わない奴だ
だから、その百合がそう言っているのなら、退屈しているわけではないのだろう
それ以降、俺がゲームをしている間は、百合は適当に過ごしているか、一緒に遊べるゲームをするか、そのどちらかだ
そうこうしている内に、ご飯が出来たと、叔母さんが呼ぶ声が聞こえてくる
俺と百合は、それに応じて居間に向かうべく腰を上げる
そこに、計った様なタイミングで玄関が開き、母さんが帰ってきた
「ただいまー!」
いつも変わらない、ハリのある明るい声で帰宅の挨拶をする、スーツ姿の母さん
「おかえりー」
「おかえりなさーい」
(おかえりー、手洗いうがいしてきてー)
俺と百合が挨拶を返すと、台所から叔母さんの返事も聞こえてきた
「はいはーい」
母さんは俺たちの頭をくしゃくしゃ撫で回し、叔母さんの母性溢れるお節介に返事をして、洗面所に入っていった
作中で出ているゲームにはモデルがあります
具体的な名前は出していませんが、判る人には判るのではないでしょうか