第二話
五時間目には、5分ほど遅れてしまった
幸い、五時間目担当の先生は温和な人だったので、腹を下してトイレに居たという言い訳で許してもらえた
周りからはからかわれたが、この年頃でもやはり、学校で大きい方はからかいの対象になってしまう様だ
まあ、変なあだ名を付けられなかっただけよしとしよう
六時間目は体育だった
個人的に一日最後の授業が体育だと、気分が落ちる
何を好き好んで体育で疲れた体で家路に着かねばならんのか
現実逃避はここまでにしよう
今日の体育は100メートル走のタイム計測だ
個人的には、これもまた好ましくない
実は俺は、そんじょそこらの高校生アスリ-トよりも脚が速い
それだけではなく、様々な身体能力が軒並み高水準で纏まっている
ここでは関係ないので詳しく説明しないが、飛び級を勧められた事もある
まあ、俗に言う"天才"ってヤツだ
だが、今までの振る舞い、物言いからも解るだろうが、俺という人間は面倒くさいことが嫌いだ
もっと具体的に言うなら、自身のしたい事に費やす時間を減らす雑事がとにかく嫌なのだ
そんな俺だから、否応なく目を引きやすい体育の授業は、たとえそれが一日最後の授業でなくても好きではなかった
更に、誰の目にも解かりやすい数字が出る能力測定は、大の苦手だ
特に高校に入ってから面倒事が増えて困っているところなのだ、これ以上アイツの目に付くのは御免被る
かと言って、意図的な手加減は我が家では許されていない
バレれば、母を怒らせてしまうだろう、それは良くない
そもそも、俺の逸脱した性能は学校中に知れ渡っている、隠すのは今更だろう
現実逃避は本当にここまでにしよう
どうやら俺の番の様だ
……(少年計測中)……
タイムはそれほど大きく変わらなかったが、やはりクラスの中では逸脱していた
正直、陸上部で次期エースと目されてる奴より速かったくらいだ
計測を終え、校庭に座り込んで考え事に耽っていた俺は、ふと強烈な視線を感じて辺りを見回した
……やはりアイツだ
あと、俺よりタイムが悪かった次期エース君もこちらを睨みつけていたが、目が合うと逸らしてしまったので、特に害は無いものとして放置する事に決める
問題はアイツ、波原旬だ
アイツは本当に厄介だ
思い込みが激しく、自身の意見を疑わない
それだけなら放置決定なのだが、奴はどうも百合に惚れてるらしく、それ故に百合と仲のいい俺に突っ掛かってくるのだ
初めての会話が
「お前みたいな根暗な奴は、快活で可愛らしい舞島さんにふさわしくない!」
「それで?」
だった
俺としては、それでどうしてほしいと言うんだ?、と言外に尋ねたつもりだったのだが、アイツは、それで?お前に何が出来るんだ?、みたいな挑発行為と受け取ったらしい
続く言葉が
「舞島さんは付き纏われて迷惑だよね!?」
だった
それには俺も、傍に居た百合も唖然としたものだ
そもそもアイツが絡んできた時、俺の席に百合の方からやってきて談笑していたのだが、アイツの目には不可思議な力で引き寄せて、強引に引き留めていた様にでも見えていたのだろうか
というか、喧嘩を売られたと思い込んで、直ぐに女子を味方に付けて優位に立とうとするのは、男としてはどうかと思うのだ
間近で見ていて、女子に縋っているようにも見えてしまった
実際百合も同じことを思った様だ
傍から見てもよく分かる、怖い何かが滲んだ笑みで
「本当にね?折角楽しくお話してたのに、あなたが纏わり付いてきて本当に迷惑してるよ?」
と言い放ったのだ
それを聞いて、何故かドヤ顔した波原は
「ほら見ろ!彼女が楽しく話している所を邪魔されて怒っているじゃないか!」
フフン、と聞こえてきそうな勝ち誇った顔で言ってきたのである
俺達はその的外れな言葉を聞いて、
「「これは関わっちゃダメな奴だな」」
と、図らずも同時に思ったのである
絡んでいる相手と好意を持っている女子から、そのような評価を頂戴しているとは思いもしない波原は、更に調子づいて
「大体君も自分の分際というものを弁えて行動した方がいい。いつか必ず痛い目を見る事になるぞ」
「うん、忠告感謝するよ、…えーと、名前なんていうんだ?」
「解ってくれればいいんだ!挨拶が遅れたが、僕は波原 旬。彼の波原家の次男さ!」
「いや、彼の波原家って言われても、俺、波原なんていう知り合い居ないんだけど」
「なんだい?自身の分際を知らないだけじゃなくて、僕の家、大企業波原コーポレーションの名も知らないというのかい?もう少し常識を学びたまえよ」
「波原コーポレーションなら知ってるぞ。そこの関連企業のプロバイダー使ってるからな」
「なんだ、やっぱり知ってるんじゃないか」
(なんかホッとしてる…意外と気の小さい奴なのかもな…)
ちなみに、波原の評価が固まってからこっち、百合は完全に波原を視界から外している
地味な俺と違って、見目もかなり良く、スポーツ少女で快活な百合は昔からとてもよくモテた
その人気ゆえに付き纏われることも多くあり、それに辟易していたことも知っている
そんな百合はいつしか、自分にとって邪魔な人間、有害な人間を完全に意識から外す、優秀なスルースキルを身に付けたのである
波原は、そんな百合のスルースキルの発動条件に見事に該当してしまった故に、今後百合にその言動が認識される事は二度とないだろう
穏やかで、来るもの拒まず皆仲良くと言いそうに見える百合は、その実非常にドライで身内以外には実に手厳しい
そんな事態に陥っているとは思いもしない波原は、自慢げに自分の家族の偉業を語って聞かせてくる
俺は適当に相槌を打ちながらも、思考は完全に今日のゲーム攻略に向かっていた
とまあ、これがアイツとの馴れ初め(笑)な訳だが、その後も百合と話しては絡まれ、百合は完全に無視し、それを俺のせいにし、俺は時間を取られ、…と
俺にとっても、百合にとっても、波原にとっても、3者全く益の無い状態に陥ってしまっていたのだ
そんな状況で攻略が遅れに遅れ、遂には人生初の積みゲーが出てしまった時に、俺は百合に宣言した(頼み込んだとも言う)
「学校では、必要以上に関わらない様にしようと思う」
「……なんで?」
「俺の大事な時間が無駄に消費されているから」
「それって私のせい?違うよね?」
「ち、がうけど、違うけど!俺の大事なプレイタイムが削られてるの!」
「理もあの人の事、無視してればいいんだよ。その内諦めるでしょ」
「…被害を受けてる俺が言うこっちゃないけどさ、自分に惚れてる相手に、よくまあそこまで辛辣になれるな、お兄ちゃんちょっと寒気したよ」
「お兄ちゃん言うな、別に私がそうしてくれって頼んだわけじゃない。それでも常識的な態度ならまだよかったのに、よりにもよって理を目の敵にして付き纏うなんて……」
「いや、付き纏われてるのは百合の方…」
と言いかけたところで俺は口を閉じる、百合がすごい目付きで睨んできたからだ
怖い
「で?理は私との時間よりゲームする時間の方を採るの?」
「?一緒にやればいいだろ?今進めてるのはアクションゲームで、複数人プレイも出来るから」
「……こんな可愛い女の子と一緒に居て、どこかに出掛けるでもなく一緒にテレビゲームって……」
と呆れたように言う百合だが、付き合いの長い俺にはお見通しだ
口元がにやけている、皺の刻まれていた眉間もほぐれている、足先がパタパタ振られている
やはり娯楽というのは偉大だ、人間の文化の極みだ
楽しみへの期待にすっかり機嫌を良くした百合に、俺も安堵し胸を撫で下ろした
「あ、でも、さっきの話、納得した訳じゃないからね?」
不穏な言葉は聞き流し、そそくさとテレビ台の中からゲーム機を取り出して接続する
今日の攻略は捗りそうにないな、とため息をつき、コントローラーを握りしめた
―なんて事があって今に至る訳なんだが、そんな元凶君が、今凄まじい目付きでこちらを睨みつけているのだ
正直、あれからずっと百合に無視され続けている波原は、何故かそれを俺が指図し、無理矢理やらせているのだと勘違いを重ね、空回りを続けている
そんな空回りの日々で、俺に対する感情は最早憎しみと言ってもいい状態まで達しており、かなり過ごしにくい日々を俺は送っている
唯一の救いが、アイツ自身が陰険な人間でないからか、陰湿な手段で俺を害しようとはしていないことだ
これに関しては、アイツの取り巻き連中も大人しいもので、俺としては助かっている面がある、主に百合を怒らせないで済むという意味で
では、どんな事をされているかというと、初めの会話の焼き直しの様な事を繰り返すのである
俺が百合と一緒に居るところを見られた時は、
忠告を無視して、いつまで彼女に付き纏うつもりなんだ、だの
今日みたいに、周りを圧倒する成績を叩き出した時は、
彼女と並ぶ為の努力は認めるが、そもそも彼女から迷惑がられているのだから、大人しくしているんだ、だの
それに対応して取り巻き連中も、
お前みたいなオタクは、人気者の舞島さんにふさわしくない!
好成績出していい気になっているんだろうけど、そもそも嫌われているんだから、さっさと諦めろ!
とか
この取り巻き連中も、波原に毒されたのか、揃って人の話を聞かない、或いは曲解する
そもそも嫌われているって、それどこ情報よ?
それ信じて、「お前、俺のこと嫌いなの?」とか百合に聞いて、怒らせちまったら、お前らどう責任とってくれんの?怖いんだぞ、百合怒らせると
というか家の母さんの血筋は皆、怒らせるとすごく怖い
それに関しては、叔父さんと意見が一致していて、絶対に怒らせないことを誓い、万一怒らせてしまっても、お互いに手助けする事はない、と約束している、怖いから
どうやら、今日もそんな感じの事が言いたいらしい
まるで実の無い話だったので、それらは省略する、はい解散!
ぼくはおうちにかえります
いや、実際問題、帰りの連絡を担任が済ませた後は、連中に捕まる前に脱兎安心帰宅路行と洒落込みましたよ、面倒くさい
これ以上、俺の大事なプレイタイムを削ってくれるな、頼むから
主人公ゲーマー設定ですが、それが活かされる日が来るかは分かりません