第百二十話
続きです
些か中途半端な感が否めない
「………何故、俺が人を殺した事があると?」
震える声で、それだけを絞り出す様に問うおっさん
己の失言を何とか取り繕おうと考えていた俺は、せめてその問いに真摯に答える事にした
「……おっさんが俺に殺意をぶつけて来た事があっただろ?」
俺がまだ足掻いていた頃の事
俺が無理を承知で頼んだ迷宮入り
恐らくおっさんが俺の決意を試したのだろう時の事だ
俺は直ぐに理解した
これは人を殺した経験がある奴の放つ気配だと
「だが、恐らくその殺人は、追い詰められた結果の事じゃないのか?」
俺の問い掛け
だが、俺は確信していた
おっさんの放つ殺意の気配は、中途半端だった
あれは、自ら決意して得た結果ではなく、どうしようもなくなって、その末の何かの残骸だ
「……俺は、父を殺した」
殺した
それよりも、俺が引っかかりを覚えたのは、父親という言葉
そこに籠もる感情が、どこか共感を覚えるものだったからだ
「俺の父親はクズだった」
血を吐くどころか、穢れ切った臓物までも吐き出せとばかりに吐露される過去の罪業の告白
「だから殺した?」
だが、俺はそんな事を、それほどに苦しませてまで聴くつもりは一切無かった
既に、おっさんの痛みは十分に伝わって来ていた
「……ああ。そうするしかなかった」
「そうか……なら、良いんじゃないか?」
聴く人によっては、適当に流されたと感じるかもしれない
或いは、軽く扱われたと感じるのだろうか
きっと憤慨するのだろう
だが、俺の意味するところは全く違う
(もし、それを打ち明けたいというのなら、こんな場当たり的では無く、確りと心構えをした上でが良いだろう)
勿論、俺の心構えではない
友人の愚痴ぐらい、何時でも聴く心構えは出来ている
「………良いか?」
「ああ、良いよ」
「………そうか」
おっさんがこちらに背を向ける
怒った訳ではないのは、放つ雰囲気が如実に物語っていた
俺は、おっさんが落ち着くのを待つ事にする
無理に訊き出す事も、無断で離れる事も
どちらもすべき時では無い
「……さて、つまらない与太話に逸れてしまったな」
「そうか?おっさんの弱みを握れるかと思って、楽しみだったんだがな」
「俺の弱みを握ってどうする?……まさか、俺の身体が目当てか!?お、俺には最愛の妻が…いやん」
「気持ち悪い」
いい歳した三人の子持ちのおっさんが、自分の身体を抱いて「いやん」とか抜かす
予想外にキツイ精神攻撃を受けてしまった
「ごほん!さてさて、話を戻すが」
「誤魔化しやがったな」
「ああ煩い煩い。それでだな、お前のレベルアップ方法なんだが、お前には一つの選択肢がある」
もったいぶって話すおっさん
まあ、こういう時に場の空気に酔ってみたい気持ちは解らないでもない
なので、俺も少し乗ってみる事にした
「ほう……そう勿体つけるからには、何か事情があるんだろう?」
「察しが良いな。一つ目は、お前が言った様に迷宮に入る事だ。お前の身体能力値や俺との戦いの結果を考慮すれば、かなり高難度の迷宮にも挑めるだろう。何なら、俺が休日に入っている迷宮に挑んでみるか?」
そう言えば、おっさんは休日に迷宮に入っているんだった
それを聴いた時の口ぶりから察して、やはりかなり難度が高い迷宮の様だ
「近いのか?」
休日にちょっと、という感覚なら、場所はかなり近いのだと推測出来る
そう考えると、この王都の立地はかなり良いのではないか
超初心者向けの迷宮が在り、加えて高難度の希少な産品が入手できる迷宮も在る
そう言い表すと極端だが、俺のこれまでの仕事の経験では、中間帯を埋める豊富な数の迷宮も、割と近場に在る筈だ
「近いぞ。王城内に在るからな」
「近すぎだろ」
想像以上に近場だった
というか、ご自宅内ですか
「俺、結構城の中をあちこち回った筈なんだけど」
「ああ、直ぐには解らない様な場所に在るからな。ギリギリ城壁内に収まる位置だし」
それって要は
「内に入る様に城壁を造ったんじゃないか?」
「さあ?でも、多分そうなんだろうな」
何故そうしたのか
その真意は当時の人に訊ねなければ解らないが、想像は出来る
「そこってそんなに難しいのか?」
「難しいぞ。単純な戦闘型の迷宮だが、魔物はオールド以上しか出ないからな」
オールド
確か、魔物の成長過程の三段階目だったか
幼生体、成体、老熟体と来て、最後に長老体
それらは、ジュニア、シニア、オールド、エルダーと呼称される
例外的に成長過程が存在しない魔物も居るが
スライムはその代表格だ
「俺は成体までしかやり合ったことが無いんだが、実際どれくらい戦力差があるんだ?」
「成体とやり合ったのか?まあ、詳しくは訊かんが、そうだな………一般的には、幼生体100匹で成体程度の戦力と言われているな」
「ふうん」
とてもそうは思えなかったが、あくまで戦力評価だと考えておく
「オールド、老熟体は成体300匹の戦力というのが通説だな」
「その換算が先ず以て理解不能だな」
そもそも、300匹分の強さだから、300倍強いのか?
だとしたら、この世界の人間では絶対に狩れないだろう
そもそも、成体が幼生体の100倍という評価なら、成体すら狩れない事になる
「まあ、身体能力的には老熟体を相手にするには、攻防の身体能力値が7000辺りは無いと厳しいな」
「初めからそっちで説明しろよ」
「ははは、スマンスマン。公式に用いられる見解だからな」
「それで理解出来てるのかが、心配になってくるな」
「その辺はなんとかなってるよ。どちらにせよ、実地に経験した人間の言葉に勝る訳では無いからな」
「つまり、結局は経験者に訊ねるのがいいって事か」
「そういう事だ」
百聞は一見に如かずとはよく言ったものだ
ならば、その格言に従って、目の前の経験者に訊ねてみよう
「その老熟体ばかりが出るから難度が高いのか?」
「いや。さっきも言ったが、オールド以上が出現するんだよ」
「エルダーも出現すると?」
「一般的に戦闘型の高難度迷宮は、エルダーと切っても切れないからな」
一先ず、この話はこの辺で切り上げて良いだろう
「じゃあ、もう一つはどういう方法なんだ?」
先に真っ当な手段を提示したのは、単に時間稼ぎに過ぎないと理解していた
誰の為の時間稼ぎか、と問われれば、それはおっさんの為だ、と答えるしかない
では、何故時間稼ぎが必要だったか
俺は一つの確信を持って、この二つ目の方法の異常な解答を導き出してた
故に、方法を問うた先の言葉は、単に話の先を促す為の建前に過ぎない
「…………」
そして返って来たのは沈黙
これも俺は予想していた
つまり、俺の解答が正解であるという証左が一つ増えた訳だ
「おっさんが躊躇うのも解らんでもない。だが、そういうのは割と慣れっこでね」
「どういう意味だ?」
「必要なら殺す。それだけだよ」
「…………」
おっさんの目に僅かに疑惑の色が浮かぶ
だが、それは直ぐに消え去った
おっさんも骨身に染みて理解しているのだ
俺達、社会の上位に位置する者は、否応なく血に塗れる運命だと
「それで?俺に誰を殺してほしいんだ?」
正直、積極的に殺人に走るつもりは毛頭ない
殺人を忌諱しないが、快楽殺人者でもないのだ
「…………アイギナを襲った連中の、その首魁が入国している事が判明した」
俺は黙って聴きに徹する
「手引きした者が居るのは確実だ。そちらは、諸事情からまだ手が出ないが」
「首魁に関してはそうではないと?」
「そうだ。奴は世界的に有名な殺人者でな。各国でもその動向を常に追っている相手だ」
……少し話に違和感を覚えた
だが、まだ明確な形の無い段階で、言葉には出来なかった
「首魁だけでなく、奴の周囲には殺人者が多く集っている。そして、組織的に殺人行為を請け負っている訳だ」
「暗殺集団か」
「あんさつ?というのは解らんが、奴らが人殺しを生業にしている異常者だというのは確かだ」
暗殺が理解出来ない?
そういう言葉が無い……つまり、そういう考え方が無いという事か?
(暗殺者なんざ、王侯貴族なら人生の伴侶の様なもんだと思うがな)
まさに、死がふたりを分かつまで、だ
割と冗談ではないところが笑えない
「そいつらを殺せばいいのか?」
意外と単純な仕事になりそうだ
二年余りのブランクはあるが、身体的には当時より充足している
気負いはない
「そうだ」
返す言葉は少ない
こんな話で盛り上がるのもおかしな話なので、そこはそれでいいと思っている
「それで?」
だが、まだ話は終わっていない
これが仕事だというなら、それなりに細部を詰める必要があるし、今回は依頼仕事だ
当たり前だが、依頼者の意向の確認は必須となる
それに、一番大事な事に確証を貰っていない
それだけは、確認しておかなければならない
魔物に関する設定は最初期に定めたものです
正直これを使う機会は無いんじゃないだろうかと考えていますが、折角なのでここで挙げてみました
モデルは鋼殻のレギオスの汚染獣です
英語名に関しては、実はこちらの方が先に決定し、それに合わせた形で上位二つの和名を決定しました
順序で言えば、幼生体と成体→英語名四つ→上位二種の和名(老熟体、長老体)となります
結構頭を捻って、幾つかの候補も並べた上で決めた設定だったんですけどね
多分使う機会無いです
因みに、長老体を相手にするにあたっては、攻防の身体能力値(攻撃、防御、魔法、抗魔)の値が12000以上必要であるとしています
高難易度の迷宮に於いても、長老体複数を相手にする場合はこの限りではありません
つまり今の理では荷が重いという事ですね、実際は不明ですが
話の主筋からして挑戦もしないでしょうから、本当にお飾りの設定になってしまいました
魔物に関しても、結構練っておいたんですがね
どこかで使いたいとは思ってます
何度も何度も暗に示唆して、もうそれ隠れて無くないか?と思われているであろう、おっさんの父親殺しが遂に告白されました
とはいえ、そこに切り込むにはおっさんの心構えがまだまだ出来ていません
状況も温まっていないので、この話は一旦棚上げにします
次回投稿は1週間後の1月22日です
安心してください予約投稿してますよ
まだ書き上がってない場合はここで報告する事にしましょうか
次々回以降がストック切れ状態なので、次々回の後書きの最後は読んで頂きたく思います
では、また来週にお会いしましょう




