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映画恨

作者: たかぴょん


おしること映画はどっこい、どっこいだとわが憧れの太宰治さんはある記事に書いていた。たしかにどちらもおいしい。

職場のわたしは真面目人間で通っており、仕事はあまり出来ないが誠実である。そんな水風呂と白濁温泉を、またぎ浸かっているような童貞男の人物評価。くわばら。生活の柱から冷たくされるより嫌悪なことはない。渋谷東急シネマ会館の前を通るときも、映画が放つ?シトラスブルー?のような香りに鼻を引っ張られる。が、目線は反対車線の一杯百八十円の喫茶店へ食い込まれている。左右正反対。どちらにしようか。もちろんわたしの血液型はABである。



映画からは足を洗った。わたしは銀幕のヒーローを窓越しに見るのではなく、そいつを鏡に化学変化させてやろうと誓った。幼児期から深夜テレビで『青春とは何だ』の再放送に夢中であったし、あらゆるサスペンス劇場、洋楽・邦楽、もちろん激しいベット・シーンまで釘入るように見ていた。だが教科書曰く〈骨盤付近に毛が生えるようになってから〉八面鏡が欲しくなった。つまりわたし自身が現実の社会で、わたし自身の人生を銀幕ヒーローのように生きたくなる。夢を追い、恋をし、人を愛そう。果ては地面に膝を付いて泣こう。わたしは中村雅俊だ。今晩寝る前に眉毛を抜いて整えよう。

化学用語で『慣性』というのがある。人間はある程度の欲求を満喫したあとは、それ以上の刺激を受けなければ満足しなくなる。




わたしは小さいころ、テレビCMに流れる映画広告が悪魔だと信じていた。次回の放映予定後、淀川さんが「新作を映画館でみましょうね。ではさよなら、さよなら」などと葉っぱをかけられることを立腹した。わたしの家には映画へ連れて行ってくれる人もいないし、またそんな金もない。あまりにも惨めで家族の居ない間にこっそりと泣いたこともある。子どもの癖に学校そっちのけで金のかからない映画が好きたった。鑑賞後の充実感が好きだった。有料チャンネルなど論外であった。




映画館は五回しか行ったことがない。一人で行ってもつまらない。暗闇の中でこっそり、隣に座った愛する人の心の行方を探りながら、明るい前方を見つめるのが優越だ。電車では優先席というものがあるが、こちらは人生の優越席といったところ。映画は一人一人の心と、現実との狭間にフェンスを敷いている。飛び越えるのも、破るのも、潜るのもあなた自身にかかっている。















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