56.5 私の出来る事
「さて……アタイ達はお前ら二人を地霊殿に入れないように言われてるんだけど……どうだい?『強行突破』するかい?」
耳と尻尾の付いた女の人が私とモコーに向けて問いかけてくる。私はどうすればいいか分からずモコーを見上げる。
しかし、モコーはチラリとこちらに目配せするだけでポケットに手を入れて立っているだけだった。女の子なのに……はしたないよ!
「……戦わなくていいの?」
私は無言で立っているだけのモコーの服の袖を引っ張って尋ねる。すると、何でか顔を逸らされてしまう。
「わ、わざわざ事を荒げる必要はないからな。それに……」
モコーはそう言いながら地底の入口の方を向く。遠くで雷みたいな攻撃音が鳴っている。まだ弾幕ごっこは終わってないみたい。
「あっちもまだ戦闘中だ。さっきは信じているといったけど……最悪の場合によっては、さっきの奴らが追ってくることも考慮しておかないと」
「……霊夢達なら大丈夫だよ」
私は不安な気持ちを抑えつけながら呟く。モコーは軽く私の頭を撫でつけて、また手をポッケに突っ込んだ。今こうしている理由はわかった。けれど、こうなったらやることないなー……
あまりの手持ち無沙汰にモコーの周りをぐるぐる回っていると、お屋敷の入口にいた黒髪の背の高い女の人が翼をバサバサさせ始める。
「ねぇお燐ー!何であいつ等と戦わないの?」
「我慢しなよお空。さとり様からはあのお兄さん以外誰も入れないようにしろ、と言われてるんだから。ここであの二人とドンパチやったせいで、別の奴を通したとなったら一週間おやつ抜きじゃ済まないよ?」
「うーん……さとりさんに怒られるのは嫌だけどー……暇だよー」
「確かにやること山積みなのに、困ったもんだよ。早く話が付いてくれればいいんだけど……」
オリンと呼ばれた猫耳の女の人が溜息を吐いて、地面に座り込む。対して、オクーと呼ばれた女の人は落ち着きなく私と一緒にウロチョロしている。私よりこの中で一番背が高いのに、一番子供っぽいわ。
そう思ってたけど……
「モコー!ヒマヒマヒマー!何か面白いことしてー!」
「無茶言わないでくれ……って、むくれても何も出来ないからな!」
「ねえ、お燐!私達なんでこんなところで油売ってるの?」
「アタイはその質問に後何回答えればいいんだい……?」
退屈過ぎて暴れ出してしまいそうなほど、暇だった。お姉様に閉じ込められていた時も退屈だったけど……それとはちょっと違う感じだ。
地霊殿の奥からは弾幕ごっこの音がしている。それでもモコーは動かない方がいいって言うから待っているんだけど……
「はぁ……」
本当は暇だからジッとしている訳じゃない。ただ心の中が不安で仕方ないんだ。だから誤魔化すように我儘を言ってみたりしているだけなんだけど……
ホクトも霊夢達もまだ戻ってこない。それなのに私達だけここにボーっとしているのは、なんだかモヤモヤする。
特にホクトは火の手が上がるほどの弾幕ごっこを目と鼻の先でしてるのに……
もう一度モコーにこれからどうするのか聞いてみようと思ったその時、突然地面が大きく揺れた。
「わわっ!?」
「何!?掴まれ、フラン!」
私は言われた通りモコーの手に捕まって、揺れが収まるのを待つ。恐る恐る片目で見ると、オリンとオクーもびっくりしていた。地底でよくあることっていうわけじゃないみたい……
しばらくして、揺れが収まったところでオリンとオクーが顔を見合わせて声を上げる。
「お燐!これは……!」
「また地下の怨霊達が変になってるのかもしれない!どうしよう……」
「うにゅ……ここを離れたらいけないけど、怨霊をほっとくわけにもいかないし……」
二人はこの地震に心当たりはあるみたい。だけど……なんだか困ってるみたい。私はモコーの手を握ったまま顔を見上げる。
「モコー……あの二人困ってるみたい」
「そうだな」
「……ちょっとお話聞けないかな?」
「……はぁ?」
モコーが変な声を上げながら首を傾げた。私は上手く説明できるか不安だったけど、モコーを揺すりながら話してみる。
「だって、二人とも私達がジッとしてたら動けないみたいだし、もしここが危なかったらホクトも危ないよ!」
「確かにそうだが……」
私の言い分にモコーは困った顔をしていたけど……ジッと紅い瞳を覗き込んでいると、堪えきれなくなったように溜息を吐いて入り口前の二人に向き直った。
「おい!随分困ってるようだけど……話だけでも聞かせてくれないか?」
唐突なモコーの申し出に、目の前二人は拍子抜けしたように顔を見合わせていた。
「怨霊が暴れ出す異変……?そういえば霊夢が怨霊がどうとか仙人に言ってたな」
モコーは空中を飛びながら何かを考えるみたいに口に手を置いて首を傾げる。それに対して私達の前を飛ぶオリンが答えた。
「ああ、その仙人なら、ちょっと前に怨霊を沈めるのを助けてもらったよ。沈めるというか、握りつぶしてたけどね……結構な数減らして大人しくなったと思っていたのに、どうしちまったのかねぇ……」
二人は私達に付いて来ることを条件に事情を話してくれた。そして今は、『チレーデン』の中庭から地下にある旧灼熱地獄っていう場所を目指している途中だ。溶岩ってこんなに熱いんだ……お姉様達は知ってるかしら?
それは置いておいて、オリンの話によると旧灼熱地獄で怨霊が合体して暴れまわっているせいで地鳴りがしてるらしいんだけど……
「どうしてそんなことが起こってるのかな?」
素朴な疑問を口にするけど、オリンは肩を竦めるだけ、オクーは私の言葉に気付いてすらいなかった。原因はわからないけど……放っておいていい状況じゃないみたい。
「とにかく、アンタ達にも手伝ってもらうよ!」
「ひとまず休戦ってやつね!」
オリンの言葉に私は頷き返し、さらに速度を上げる。ホクトも霊夢も心配だけど、今は自分のやれることをしなくっちゃ!
私は溶岩の熱さに四苦八苦しながら、なんとか目的の場所に着く。そこには……
「何、あれ……」
私はそれを見て思わず固まってしまう。
……パチュリーの持ってきてくれた本に色んな怪獣が出てきた。ドラゴンとかハーピィとかセイレーンとか。
けれど、それらを怖いとは思えなかった。どれも私の力があれば簡単に壊れるだろうなってわかっていたから。けれど……
初めて見たとき、私は気持ち悪いと感じた。そしてすぐに大きさの異常さに気付いて、恐怖が湧き上がってきた。
まるでせっけんの泡みたいに膨れていく怨霊の集合体に、私達四人は言葉を失ってしまった。




