56.0 礼拝堂と孤独
轟音が室内を満たす。輝くレーザーが入り乱れ、衣服を掠めていく。
「クソ、結局こうなるのかよ!」
俺は悪態を吐きながら必死に弾幕を回避する。隙を見つけてお札を投げてはみるが、まるで来るのがわかっているみたいに躱されてしまう。いや、比喩表現抜きで心を読まれているのだから当たるはずもない。
しかし、弾幕ごっこにおいて心を読まれているというのは厄介極まりないな。回避はもちろんのこと、先を読んだ攻撃が飛んでくるため反射神経を頼りに躱すしか対処法がない。
魔理沙がよく言っている『気合い避け』ってやつだ。今の所は何とか被弾はしていないが……集中力切れたらヤバい。何とか攻勢に出たいが……
『北斗さん!皆さんから文句が出てますよ!心を読まれようが躱せない攻撃するんです!』
「そんな実力あったら苦労してないって!って、えっ!何処から声が……って危なっ!」
俺は突然聞こえてきた文の声に動揺して、レーザーに当たりそうになる。いや、おそらく裾は当たっていたんじゃないか!?
『あれ、言ってませんでしたっけ?この陰陽玉、遠くの人とお話しが出来るんですよ!ほらほら!私のキュートな声で元気百倍でしょう?』
「そんなキュートな声で被弾しかけたけどね!」
そういえば、最初にテレビ電話みたいなものだと言ってたっけ?今まで全く喋らないから忘れてた。あとそんなこと気にする余裕もないし!
『あややや、思わず動きが止まるほど嬉しかったですか!それなら素直に言ってくれれば……って、ちょ、輝夜さん!押さないでくださ……』
『北斗君!守ってばっかりじゃなくてこう……もっとガンガンに行きなさいよ!見ててつまんないわ!』
文の戯言が聞こえていたと思ったら、次は輝夜さんの声が耳に届く。見世物じゃないんだけど……てか、暇そうにしているならこっちに来て助けてほしいんだが!?
「随分余裕ね」
さとりさんは弾幕を止めると皮肉めいた口調で言う。その顔は氷を張り付けているかのような冷たい無表情。だがそれは逆に……俺に対する感情を押し殺しているように見えた。なら……俺は一息吐きながら、さとりさんに向き合う。
「余裕なんてないのは俺の心を読めば分かるでしょう?」
俺もさとりさんに皮肉を返すが、それにも反応はない。一方的に言葉を飛ばしはするが、会話をするつもりはないみたいだ。理不尽だな!覚り妖怪という種族の性か、言葉を聞く意味を感じないのかもしれない。ただ単に俺が嫌われているだけかもだが。
『もう!やられ放題だから好き勝手言われるのよ!反撃しなさい!』
輝夜さんがヒートアップして捲したてる。随分熱くなっているが……言っていることは同感だ。攻撃しないと勝てない。さとりさんが俺を気に入らないというなら、勝って認めさせるしかない。
俺は腰から封魂刀を抜き、さとりさんへ向かって真っ直線に飛ぶ。
「近付けるかしら?『想起「レイビーズバイト」』」
さとりさんが右手を躱すと狼のアギトのような弾幕が目の前に迫る。以前は避けられなかった弾幕だが、ギリギリのところで真横にステップして凌ぐ。
連続で牙の弾幕を放ってくるが、俺はそれも避けながら近付いて行く。以前より落ち着いて弾幕を対処出来た。弾幕ごっこ自体に慣れることができている!
『北斗さん!修行の成果を見せる時です!』
陰陽玉から妖夢の声が耳に届き、俺は咄嗟に刀を両手で握りしめる。攻撃を読まれるなら、読まれても回避出来ない攻撃をすればいい……だっけか!
「『剣偽「紫桜閃々」』!」
宣言の同時にまるで時間の流れがよどんだように弾幕がゆっくり見える。
決して咲夜さんのように時間を操っている訳じゃない。これは妖夢の能力の影響の力だ。妖夢の瞬間的な集中力、そして瞬発力の副産物であって決して長く持たない。俺は空中を高速で何度も蹴り加速しながらさとりさんへ迫る。
強く、速く、駆け抜け、斬る。
俺は何度も刀を振って身体に覚え込ませた斬撃をすれ違いざまに放つ。しかし、手ごたえはない。これだけのスピード、動体視力の差をつけておいて、それでも心を読まれ、太刀筋を見切られたのか!?俺は自分の未熟さに、歯軋りする。きっと妖夢ならあれは当てられていた。
が、反省する時間すらない。さとりさんと背中合わせになったのはほぼ一瞬、彼女は即座に振り向き、距離を取りながら攻撃を仕掛けてくる。だが先の超加速の反動で足が動かない。俺はせめて防御の方法を考えながら、これから来る痛みに覚悟を決めていると……
「『反火「金鑽バックファイア」』」
背後で火の粉が舞い散った。振り向くと、そこには火依が翼を広げていた。そして、さとりさんが立っていた場所を炎の嵐が吹きすさんでいた。茫然と目の前の炎を見つめていると、火依が俺に向けてピースサインを突き出す。
「……北斗の心は読めても、刀の中の私の心は読めなかったみたい」
その言葉に俺はハッとする。そうだ、今回は火依も連れていたんだった……霊夢との戦いやフランちゃんや妹紅さんとのやり取りで自分一人で戦っている者だと思い込んでしまっていた。存在を忘れてたなんて本人には言えないな。
だが、そのおかげで奇襲が成功したようだ。もしかして、始めからそれを狙って刀の中で大人しくしていたのだろうか?……まさかね。
『まだです、北斗さん!』
と、妖夢の忠告で俺は我に返り、刀を構える。さとりさんは衣服をボロボロにしながら空中に浮かんでいた。
どうやら致命傷は避けたみたいだ。火依の炎のせいで礼拝堂に火が回り始めている。しかし、さとりさんはそれを気にする様子もなく、自分の腕を抱きながら俺を見下ろしていた。
「……本当に、貴方の周りには大勢の人がいるのね」
「ええ……そうですね。本当に俺には勿体無いって思えるほどの縁ですよ」
俺は目の前の火元に封魂刀を突っ込み、炎を吸わせながら言う。
ようやく、さとりさんとまともに会話を交わせた。そのこと自体は嬉しかったが……さとりさんの今にも泣き出しそうな顔を見たら、浮かれた気持ちではいられなかった。
さとりさんは更に強く自分を抱きしめ、呟く。
「輝星北斗、貴方には人を引き付ける魅力がある。それは少なくとも、地底の者には甘い甘い劇薬だわ。そして……そんな貴方にこいしは救えないわ」
「……どういうこと?」
火依が俺の背後に回りながら尋ねる。それに対してさとりは両目を瞑り……首を振った。
「こいしは……人の心を見たくないから、目を閉じた。心を読んで人を傷付け、心を知って傷付く事が嫌になった!孤独を自ら……望んだのよ!」
「………………」
「だのに……孤独じゃない貴方が、他人の心を受け入れた貴方が、あの子を救うなんて……そんな残酷なことしないでよ!」
さとりさんは髪を振り乱し、悲痛な声で礼拝堂を満たす。きっとこの人は……傷付く妹をずっと傍で見てきたんだろう。その思いを共有できる唯一の姉として。
残酷、その通りかもしれない。俺は決して孤独に戻れない。俺には心の弱さを知ってなお、傍にいてくれるみんながいてくれるから。そんな俺がこいしを救おうだなんて言うのは……天から手を差し伸べているかのように傲慢な姿に見えるのかもしれない。
けど違うんだ……さとりさんは、大きな勘違いをしている。
こいしは孤独を望んでいない。
こいしはこの異変を……さとりさんのために引き起こした。さとりさんが傷付かない様に、日の当たる場所に連れ出すために。それは無意識なんかじゃない、紛れもなくこいしの意志だった!
心が、身体が、孤独を欲していても……想いだけは、孤独を拒んでいたんだ。
ならその想いを助けてあげないと駄目なんだ。孤独に溺れてしまう前に。それは俺でなくてもいい、けれど……無意識に埋もれて、こいしが見えなくなる前に……!
「もう……放っておいて!『脳符「ブレインフィンガープリント」』!」
涙と共に逃げ場のない弾幕が迫る。それは一瞬だけ姿を消すが、その地点で連続の爆発を引き起こす。その爆心地の中心で俺はスペルカードを胸の前で握りしめ、そして掲げる。
「俺は……こいしを助ける!そのために!」
叫びは爆発に飲み込まれる。そして、俺に手を伸ばす火依の姿と身体を抱き涙を流すさとりさんの姿は光に消えた。




