55.5 仙人に説教
「『奇跡「客星の明るすぎる夜」』!」
上空に光球が二つ浮かび上がり、そこから針状の弾幕が放たれた。その球体の間で浮かんでいる早苗は怪しく光る緑の目でこちらを睨み続けている。
まったく、最悪だわ……いや、先に行った三人、特に北斗がいたらもっと状況は悪化していたかもしれない。そういえば、最初は2対4を覚悟していたのだけれど……勇儀はこの状況を快く思ってないみたいで、さっきから橋にもたれ掛って酒を飲んでいた。ま、アレは名のある鬼らしいし、自分が有利な戦いはしたくないのかもしれない。正直なところ助かるわ。
「上よ!」
「わわっ!?」
私はチルノに声を掛けながら、真上から降り注ぐ光を躱す。嫉妬で我を忘れているのかどうかは知らないけれど、早苗の攻撃自体は単調で助かっている。けれど、楽勝とは言えない。それは一人だけ相手をしていればの話だ。前からパルスィが目の前に躍り出て来る。
「さあ、妬みに呑まれなさい!『花咲爺「華やかなる仁者への嫉妬」』!」
先程まで黙っていたのにも関わらず、嬉々として攻撃してくる。よっぽど早苗の嫉妬心がよかったのかしら?パルスィの放った緑の大型弾は、通った軌跡に花弁型の弾幕が残っていく。逃げ道を塞ぐような弾幕だ。早苗のサポートのつもりか。
「避けるだけが弾幕ごっこじゃないのよ!チルノ、こっちに来なさい!『神技「八方龍殺陣」』!」
私はチルノを内部に入れるように隔絶の結界を張り、弾幕群を全て防ぐ。耐えた、そう思った瞬間、目の前に華仙が躍り出てくる。
「『包符「義腕プロテウス」』!」
その言葉と共に、周囲が暗闇に閉ざされる。これは……あの包帯の右手で結界ごと握り潰そうとしているの!?無茶苦茶だ!私は全力で霊力を注ぎ結界を補強するが、ミシミシと音を立てて結界が軋んでいく。このままじゃ二人とも潰れてしまう。この状況……私一人では抜け出せるかもしれないけど……
どう打開するか、頭を回転させてるとチルノが上を指差しながら叫んだ。
「霊夢!これやめて上に行って!」
「そんなことしたら私もアンタも潰されるわよ!」
「サイキョ―のアタイに任せなさい!」
だから不安なんだけど……だが、本人がそういっているわけだし、最悪自分だけでも躱すつもりで結界を解き、同時に全力で上へ飛ぶ。その時足下で冷気が吹きすさんだ。
「いっけー!『吹氷「アイストルネード」』!」
チルノが自分を中心に氷の渦を作り出す。けど、自分が回る必要があるのかしら?
素朴な疑問を感じざるえない攻撃だけれど、なんと押し潰そうとしていた義手の包帯と力が拮抗している。私は包帯が凍りついて鈍くなった瞬間を狙って、上部の僅かな隙間から抜け出し、華仙へ向けて針を投げようとする。だが、それを見越していたかのように目の前にパルスィが待っていた。
「逃がさない……!」
「しつこい、わ!」
「ぐっ……!」
私は弾幕を放とうとするパルスィを先んじて蹴り飛ばし、追撃の針を乱れ撃つ。だが、それを遮るように弾幕が展開される。また早苗の攻撃だ。今のところ早苗は積極的に私を狙っている。理由は想像するに易いけれど……まったくもってうっとおしいわね……もういっそまとめてやっつけてやろうかしら?そんな衝動に駆られていると、腕を元に戻した華仙が私の高度までゆっくりと上がってくる。
「……霊夢!降参しなさい!そしてさっきの者達を連れて地底に帰りなさい!ここは人間がいていい場所じゃないわ!」
「そんなの……アンタが決める事じゃないわ!」
私は早苗の弾幕を躱しながら叫ぶ。しかし、華仙はいつもの説教モードに入ったようで、拳を握りしめながらクドクド喋りはじめる。
「これは忠告よ!どうしてあの男の肩を持つ!?彼がこの異変の原因なら、彼をどうにかすべきでしょう?」
「はっ!それで異変が解決できないからここに来る羽目になっているのよ!」
私はその説教を鼻で笑い飛ばす。そういえばこの仙人は事情を詳しく知らないだったわね。北斗自身ですら自分は原因だと言っているけれど……それだと辻褄が合わないのよ。
もし今回北斗が起こした異変が、『北斗の記憶を奪うことだけ』だとすれば……黒幕は別にいる。しかもそれはおそらくこいしじゃない。関わってはいるかもしれないけれど、少なくとも彼女だけではこんな大規模な異変は起こせない。起こせないからこそ、こいしは北斗に近付いたんだろうから。ま、今は分からない黒幕の事なんてどうでもいいの。
「そんなことより私は、アンタにムカついているのよ!」
「な……そんなことですって!?私は……貴方の異変に対する真摯さは認めていたのに!」
「私は異変が解決すれば、誰が解決しようとどうでもいいのよ。その点で言えば北斗は貴方よりは真摯だけれど?」
「私……?」
華仙が動きを止める。片やは私弾幕を回避するために宙を飛び続けるしかない。その動きの中で下に目をやると、チルノがパルスィを押えてくれている。
アイツ……おつむはアレだけど空気が読めるわね。私はアミュレット弾で早苗を牽制しながら、華仙に向けて言葉を放つ。
「アンタはどうしても私を地底に入れたくないから、自分が異変を解決するっていたけれど……結局、それも出来ず仕舞い。なのにアンタの我儘で北斗の異変解決を邪魔されたら堪った物じゃないわ!」
「……怨霊の異変は必ず私が解決するわ。だけど!」
「地底に地上の奴を入れるのは駄目だって言うのかしら?私はアンタがどうしてそんなに頑なかわからないけど……そういう主張はやることやって言わないとまかり通らないのよ!『霊符「夢想妙珠」』!」
私は陰陽玉を撃ち出し、接近しようとしていた早苗を押し返しながら叫ぶ。その言葉に華仙はギリッと歯を食いしばった。さらに私は説教を続ける。いつも説教される側なだけに気分がいい。別に普段の憂さ晴らしでやってるわけじゃないけど。
「あの異変だって、今は影響が少ないけれど……いずれはどうなるか分からないわ。なら、貴女はこんなところで地底の番人を気取っている暇はないと思うわよ?」
「………………」
そこまで言うと、華仙は私を睨み付けたまま黙り込んだ。ぐうの音も出ないようで悔しそうに歯軋りしている。私はそんな歌仙を半ば無視してしばらく早苗の攻撃を捌くのに専念する。ややあってから華仙が口を開いた。
「……認めましょう。私はただ地上と地底との関わりを断ちたかっただけだった。だけれど、私はまだ異変解決を投げ出したつもりはないわ」
華仙はダラリと右の義手をぶら下げ、左手で右肩を抱く。降参のポーズかと思ったのだけれど、彼女の内部から威圧感が溢れ出すのに気づき、警戒を強める。
「人が消える異変、怨霊の異変、どちらも異変同じタイミングで起こったならば、原因も同じだとは思わない?」
「……安直な考えね」
私は口では笑ってみせるが、仙人の気配が変わったのを感じる。これは……萃香や勇儀と対峙した時のそれだ。強者の、威圧。
「私は輝星北斗を地上に連れ戻す。そして、心身ともに叩き直してやるわ!私が異変は解決する!」
なんというか、修行大好きな仙人様らしい発言に私は状況を忘れて吹き出してしまいそうになる。ま、殺すとか言い出すよりはマシだけれど。それはそれとして……これ、私は生きていられるかしら?華仙は肩を抱いたまま右手をこちらに向ける。
「『「三歩滅却」』……私の最大の力で、この三歩を以て、貴方を納得させるわ」
その言葉に私の勘が危険を伝えてくる。拙い、次来るのは……!
「『宝具「陰陽鬼神玉」』!」
私は空中で一歩踏み出そうとした華仙にありったけの霊力を込めた陰陽弾を至近距離でぶつける。なんとしても阻止しないといけない、そう感じた時には身体が勝手に動いていた。だが、陰陽弾は華仙の身体には当たっていなかった。
「なっ……」
右腕一本で受け止められていた。華仙はそのまま押し返すように一歩踏む込んでくる。その瞬間、ゾクリと全身が泡立つのを感じた。この攻撃……敗北、いいえ場合によっては死に至る可能性すらある。
「霊夢!『氷塊「グレートクラッシャー」』!」
いつの間にこっちに来ていたのか、チルノが陰陽玉を後押しように氷の塊を叩きつけた。だがそれでも押し返すことが出来ない。また一歩、踏み込まれる。次は宣言の三歩目。私は終わりを覚悟したその時。
「『開海「モーゼの奇跡」』!」
陰陽弾がさらに後押しされる。三つの弾幕が激突した衝撃に、ようやく華仙が押され始める。だが、それでもなお最後の一歩を踏みしめんとしながら、全てを受け止めている。
「はあぁぁぁぁっっ!!」
華仙の声が弾幕の軋みと共に響く。延々と続くと思わせるほど長い拮抗は、刹那の、ほんの僅かな緩みで地底全体を揺るがすほどの衝撃に変わった。




