54.0 日向の者と日陰の楽園
奇跡的に三人は無事だった。霊夢曰く、弾幕ごっこなんだから大丈夫に決まっていると言うのだが……あの集中砲火は流石にどうかと思う。
「うぅ……流石に不意打ちで5人同時の一斉射撃は酷いわ。服もお肌もボロボロよぉ……」
土蜘蛛のヤマメさんがボロボロの身体を擦りながら恨み節を呟く。傍にいた釣瓶落としのキスメちゃんも怨めしそうな視線で抗議してきているのがわかる。いや、俺は攻撃してないんですけど……
俺は振り向いて真犯人4人を睨みつけるが、全員まったく悪びれた様子がない。むしろ不思議な顔をしているのが逆に怖い。
とにかく俺がしっかり話を進めないと……俺は咳払いをしてから、一番話が分かりそうなヤマメさんに話しかける。
「えっと、突然攻撃してすみません。今、地上では異変が起こっているんですがそれに古明地こいしが関わっているみたいで……」
「ふーん、そうなんだ……それで、退治しようと?」
ヤマメさんが平然とした……むしろ柔和に見える表情で聞く。しかし、その言葉の端々が尖っているように感じる。さっきの出来事のせいか、それとも地底の妖怪の気質なのかは知らないが……俺はすぐに首を振って否定する。
「……会って話をしたいと思っています。まだ、こいしが原因とも言い切れませんし、もしそうだとしても……できるだけ傷つけたくないですから」
「ふーん、なるほどねぇ……君は中々妖怪に理解のある子みたいだねぇ」
ヤマメさんは品定めをするように見つめてくる。確かに人間としてはそうかもしれないが、ここまで興味を持たれるほどじゃないと思うが……
一通り俺を眺めると、ヤマメさんは何故か溜息を吐いた。
「けど、ここから先を行くことはお勧めしないね」
「なんて言われようと通るわよ」
霊夢が後ろからバッサリ言い捨てる。まどろっこしいことが嫌いな彼女らしい。しかし、ヤマメさんは霊夢を一瞥してからフッと鼻で笑った。
「荒っぽいねぇ……無理に止めようとは思ってないよ。勝てない戦いを挑むのも嫌だし。そもそもこれは、その男の子に言ってるんだよ」
「俺……ですか?」
個人的には俺は男の子と呼べるような顔つきはしていないんだが……それは置いといて、俺はヤマメさんに向かってはっきりと意見を述べる。
「何を言われようと俺は行きます。けど……何が言いたいのかは聞きたいですね」
「素直だねぇ。いいねぇ……いや、よくないか。本当に君は魅力的過ぎる」
「……は?」
俺は思っても見ないお世辞を言われ、一瞬茫然としてしまう。初めて言われたな。外の世界ではつまらない男とか言われていたのに。そんな中一番早く反応を返したのは早苗だった。
「ちょっと! センパイは渡しませんよ!? これ以上悪い虫が付くのは見過ごせません!」
早苗が俺の腕に抱き着きながら吠える。ここ最近の早苗は何だか独占欲が強いみたいだが……いちいちくっ付くのは恥ずかしいんで自重してくれ。
俺がやんわり早苗を引き離そうとしていると、ヤマメさんが声を上げて笑う。
「あはは、やっぱりモテモテだねぇ。けどそれが地底にはよくないんだよ。地底は行き場のない嫌われ者の楽園、日陰に突然眩しい太陽が現れたら、そこでしか生きれないものは行き場を無くしてしまう」
「嫌われ者……」
ヤマメさんの言葉で最初に思い浮かんだのはさとりさんだった。確かにどこか自分から日陰の存在であろうとしているような印象はあった。あくまで初対面の印象だが……
もしかしたらだが……こいしはさとりさんを日の当たる場所へ連れて行きたかったのだろうか? 心を読めない状況になれば地上だって自由に歩ける。こいしは、自分で見てきたものを姉にも見せようとしたのではないか?
……けれど、さとりさんはそれを拒んだ。
きっと自分は日陰でしか生きれない存在だと知っていたから。もしくは俺とこいしが行ったのはただ日の当たる場所へ……『日向を日陰にしたかっただけ』なのかもしれない。そんな勝手に作り上げたもの、すぐ簡単に取り払われて、また日陰になるとさとりさんはわかっていたから……
「今旧都は静かだけど、誰もいないわけじゃない。きっと君達の行く手を拒む者も出てくるわ。ある者は興味で、ある者は嫉妬で……理由の差異はともかく、原因は貴方が輝く太陽だから。これは紛れもないわ」
「………………」
ヤマメさんの言葉に戸惑い、俺は少し思案して言葉を探す。そして付いて来てくれたみんなの方をチラリと見遣る。
……ここで話すべきか。俺は息を吐き、背筋を伸ばしてヤマメに向き合う。
「多少の面倒事は、覚悟しています」
「あら、そう?」
「えぇ……みんなには行っていなかったですが、俺はまずさとりさんに会いに行こうと思っていますから」
その言葉に、ヤマメさんとキスメちゃん以外が息を呑んだ。
今俺はさとりさんと完全に敵対している。そして、さとりさんにトラウマを見せつけられていることをみんなも知っている。
「……わざわざ会いに行く必要があるのか?」
腕を組んだ妹紅さんが尋ねてくる。その言葉は普段の通り冷静だが、表情はやや陰りがあった。心配してくれているのだろうか?
「さとりさんは今もこいしを探しているでしょう。もしくはもう見つけているかもしれませんが……どちらにしろ、今の俺達じゃどんなに探してもこいしを見つけることはできません。必然的にさとりさんと話を付けないといけないんです」
「……話が通じるような相手だとは思えないけどねぇ」
俺の説明に、霊夢が横やりを入れてくる。フランちゃんとチルノは話に付いて行けていないのか、不安な表情を浮かべていた。
みんな心配してくれているのは伝わってくる。俺はそんな顔を払拭させるために、ワザと暢気な口調で言う。
「ま、嘘は付けない相手だから、俺の誠心誠意次第で何とかなるだろうさ」
「……なら、今ここでセンパイの気持ちを聞いておきたいです」
早苗が俺の目の前に立って顔を覗き込んでくる。真剣なその眼差しはまるで悟り妖怪のように心を読み取ろうとしているように見えた。
「センパイはどうしてこいしさんを助けたいんですか? あ 一体何を話したいんですか?」
その瞳は不安の色に染まっていた。みんなも同じ気持ちなのかもしれない。
だが応えたい気持ちはあっても、頭の中に明確な答えがあるわけではなかった。それでも俺は口を開く。
「……もちろん異変を解決したいのもある。こいしに同情しているのかもしれないし、単に俺の起こしたことの後始末をしないといけないと思っているのかもしれない」
けど、これらはこじ付けの答えでしかない。正解の範囲内、大雑把に当たっているだけの中途半端な答えだ。
「これは俺の中の予感でしかないけど……今すぐこいしに会わないと、二度と会えないような気がするんだ。まだ、この異変が終わっていないうちに、俺の心がまだこいしと繋がっている内に……」
「……ホクトは、助けたいんだね」
それまで黙っていたフランちゃんが、小さいがよく通る声で呟いた。
滑らし俺は目線を合わせるように高度を下げながら、フランちゃんを見る。普段の笑顔に溢れた表情じゃない。決意の籠った光が俺を射抜いていた。
「ホクトは危ないことをしてまで、私とお姉様が一緒にいられるようにしてくれた。今も、こいしって子を助けたい一心なんだよね」
「………………」
「だったら私は一緒に行くよ。私はホクトみたいに……その子の事、助けたいもの!」
その表情がレミリアさんのものと重なる。強い意志の塊、強烈な自我。あぁ、やっぱりあの二人は姉妹なんだな。血潮のような真っ赤な瞳の色は、この姉妹じゃないと出せない。
「さっきも言ったけど、私はアンタの気持ちがどうだろうと、私は異変を解決するだけよ」
霊夢は相変わらずの様子で言う。変わらない、それが逆に心強かった。それに妹紅さんとチルノも乗った。
「同じく、私も借りを返すだけ。今回に限ってはお前に付き合うさ」
「あたいはサイキョ―をショーメーするだけよ!」
「あぁ」
俺はそんな三人に短く頷きを返す。そして……目の前で顔を伏せる早苗に視線を戻す。なんて声を掛けようか考えていると、張りつめた空気を和らげるような溜息が聞こえる。
「……本当に、センパイは優し過ぎます」
早苗は髪を撫でながら顔を上げる。目じりを指で拭うと、困ったような笑みを浮かべた。何度も俺に言って聞かせてくれた。それを蔑ろにしようとしてした訳じゃないけど、結局毎回心配や不安にさせていることは申し訳ない。ついいつもの癖であやまってしまいそうになるが、その前に早苗が声を張り上げた。
「きっと何言っても変わらないんですよね。なら、もう覚悟しました!」
早苗は俺の胸に飛び込むように顔をぐいっと近づけて宣言する。
「私、そんなところも含めて、センパイの事が好きですから!」
「私もホクト大好きー!」
早苗の言葉に対抗するようにフランちゃんが俺の腕に抱き着く。何故か年下に懐かれるなぁ……面倒見がいいわけじゃないんだけど。と、一瞬早苗とフランちゃんの間に火花が散ったように見えたけど……ま、気のせいだろう。
「あー、うん。こっちは完璧に置いてけぼりだけど……ま、気持ちは分かったよ」
一連の様子を見守っていたヤマメさんが何とも言えない表情で頷く。キスメちゃんもなぜが渋い顔をしている。そういえば、存在をすっかり忘れていた。
俺が二人を見遣ると、ヤマメさんがバッチリウインクを飛ばしてくる。
「さ、行くなら行ってきなさい。一応、ハッピーエンドを期待してるわ」
「……はい」
ハッピーエンド、か。どうなったらそうなるか、未だわからない。けれど、それでも……悲劇にだけは絶対させない。そう決心して俺は手を振る二人に見送られながら、地底を進んでいった。
それからしばらくして、旧都の入口に掛かる木製の橋に辿り着く。俺達がその上空を抜けようとしたとき、その橋の上に3人の人影が地底の暗闇に浮かび上がっていた。
「……っ!? あれは……」
「お、おい!?」
「えっ、霊夢さん!?」
突然霊夢が急停止し高度を落とす。突然のことに早苗も驚いている。慌てて俺達もそれに付いて行くと……そのうちの一人と目が合った。
「霊夢、久しぶりじゃないか! 見ない顔の御一行を引き連れて観光かい?」
橋の上に降りると、金髪の長身の女性が霊夢に話しかけていた。額には赤い角がある。こいしと一緒にここに来たとき、地霊殿の入口に居た女性の鬼だ。それにもう一人金髪碧眼の女性もこの橋のところで見た覚えがある。
「ちょっと野暮用よ。それより……」
霊夢は女性の鬼をあしらいながら、橋の奥に立つ桃色の髪の女性を睨む。ジッと瞑想する様に目を閉じている女性に、霊夢が面倒くさそうに声を掛ける。
「……私に言いたいことがありそうね。仙人様」
仙人様と呼ばれた女性は、ゆっくり目を開けると鋭い眼光で霊夢と俺を睨みつけた。




