53.0 家族と一斉攻撃
「お札は持った。スペカも揃ってるし、白紙のストックもある。スマホと財布は必要ないけど……何だか落ち着かないし一応持っとくか」
俺は持ち物を指差ししながら点検する。こういう浮き足立ちそうな時は大抵何か忘れ物が出るものだからな。外の世界からの癖だ。余談だが、スマホにはフランちゃんが作ってくれた人形がぶら下がっている。大事なお守りだ。
よし、忘れ物はなさそうだ。
「後は封魂刀を持って、戸締りは……いいか。他の人達このまま宴会の準備しそうだし」
お祭り好きのあの人達のことだ、こんな状況でもせっかく集まったんだからと言い出しそうだ。命辛々帰ってきたから、もう宴会が始めている可能性だってある。
ま、暗い話を持ち帰えりたくもないし、何としてもこの異変を解決しないとな。みんなのためにも、こいしのためにも。
俺は居間の壁に立て掛けられた封魂刀を持って行こうとして、止まる。そういえば、火依の姿が見えなかった。まだ寝ているのだろうか?
「火依」
俺は刀に呼びかけるが、反応はない。やっぱり寝ているのか。
少し話をしたかったんだが……仕方なく刀を手に取ろうとすると、それを遮る様に俺の前に火依が現れた。
「なんだ、起きてたか。今から地底に行く。手伝って……」
そう言いかけるが、火依の表情を見て言葉を失う。火依はやや俯きながら、目を泣き腫らし肩を震わせていた。そして、そんな顔を腕で隠して蚊の鳴く様な声で呻いた。
「……ぅ、ごめん、なさい。北斗……」
「えっ、どうして謝るんだ!? 謝るのは、こっちなのに……」
「だって、霊夢は覚えていたのに、私、北斗のこと、忘れちゃって……」
「……だから、俺が謝らないといけないんだ。悪かった、ごめん」
俺は一歩下がって頭を下げる。しばらくそうしていると、頭をそっと抱きしめられる。そして……火依がおもむろに言葉を紡ぎ始める。
「……私、今が好き。北斗と霊夢と偶に色んな人が遊びに来て……一緒に生活して、家族みたいだって、思う」
家族。その単語に胸の内がジワリと熱くなる。火依は偶に胸の奥へスルリと飛び込んでくる様な事を言う。火の粉のようにか細い言葉なのに、それは心の中に届くと燃えるような熱量を持った何かに代わる。
そう、か。火依は、そう思っていてくれたのか。俺は込み上げてきた感情を息を吐いて抑える。そうしないと、泣いてしまいそうだったから。
「北斗も、いつかきっと、好きになるよ。だから……もう捨てないで」
「あぁ……わかった」
俺は自分の胸元を握りしめて頷いた。失ってから大事なことに気付く。何かの歌にもある陳腐なセリフだけど、俺はそれで気付くことが出来た。そして幸運にも俺は取り戻すことが出来た。だからこそ、二度と離さないようにしないといけない。心に強く誓う。
どれくらいそうしていただろうか? いつの間にか火依は俺から離れていて、手を後ろに組みながら赤く腫らした顔で笑っていた。
「それと、霊夢も結構辛そうだったからちゃんと謝ってね。早苗とフランにも!」
「あぁ……」
「それじゃ、行こう。みんなが待ってる」
元の様子に戻った火依はそれだけ言って、封魂刀の中へ消える。俺は刀を掴み、祈る様に握りしめてから腰に差した。
準備を済ませた俺は鳥居の下に集まっていた霊夢達に合流する。
小走りで駆け寄ると、真っ先に気付いた早苗が声を上げる。
「あ、センパイ! 準備できましたか?」
「あぁ、出来たけど……」
俺は付いて来てくれると言ってくれたメンバーに混じった、一団を見る。
「チルノに文……それに慧音さんに妹紅さんも。どうしたんですか?」
珍しい取り合わせに首を傾げていると、文がいつもの営業スマイルを浮かべながら、カメラ片手にパタパタと近寄ってくる。
「どもども北斗さん! 個人的に色々言いたいことがありますが、まずはこのお二人がお話があるみたいですよ!」
「お話?」
「そうよ、ホクト! あたいも付いて行くわよ!」
チルノが割り込んできて、俺の顔を見上げてくる。相変わらずの元気の良さだ。
「まさかホクトが霊夢を倒しちゃうなんてね! なかなかやるよーだけど、ライバルに実力を見せつけられっぱなしなんてしょーにさわるわ!」
「お、おう……」
それを言うなら性に合わないか癪に障るかじゃ……? まぁ、何はともあれ付いて来てくれるなら助かるけど。
困惑しながら慧音さんと妹紅さんへ視線を向ける。
「えっと……それじゃあ慧音さんと妹紅さんも?」
「いや、私はただの見送りだ。里を放っておけないからな。付いて行くのは妹紅だけだ」
慧音さんはそう言って、後ろにいた妹紅さんの後ろに回って背中を押す。俺の前に出された妹紅さんはバツが悪そうに頭を掻きながら、ボソリと呟く。
「いや、何というか……前の時の借りを返したいというか……そんな感じだ」
「借り? そんなのありましたっけ?」
「色々迷惑かけただろ!? 今回手伝ってやるからそれでチャラ、になるかわからないが……とにかく手伝わせろ!」
妹紅さんは一方的にそう言い放つと、そっぽを向いてしまった。まあ、確かにあの蓬莱人の件は色々大変だったが、そこまで気にしていなかったんだけど……まあ、拒む理由はないな。
「そういうことなら……二人ともよろしくお願いします」
「任せなさい! タライに乗ったつもりでいるんだな!」
「ふん……足手まといにはならないさ」
実力折り紙つきの二人が付いてきてくれるのは心強いが……大所帯になってしまったな。少し戸惑っていると、文が扇を煽ぎながら茶化したいのか、ニヤニヤと笑いながら顔を覗き込んでくる。
「いやー北斗さんは相変わらずモテモテですね! 両手両足に花でも余りますよ」
「足に花って何ですか。それで、文は何のようだ? 取材で付いて来るならお断りだぞ」
「ちょ、言う前から酷いです! いや、付いて行きませんけどね? 代わりにこの陰陽玉を持って行ってほしいんです」
「陰陽玉? それまた何で?」
「いいですから!」
俺は半ば無理やり手渡されたバスケットボールほどの大きさの陰陽玉を手に取る。手の中で弾いて遊んでいると、突然フワフワと宙に浮かんで俺のやや後ろに付いて来る。
「……何これ?」
「外の世界で言うテレビ機能付き携帯らしいです。こっちにも映像来ますからこれで暇つぶし……もとい情報の共有をしようと思いまして」
「絶対最初の目的の為だろ……」
「まあまあまあ!すいざとなったら増援を送ったりサポートも出来ますから!」
そう勧められると拒みにくいんだが……というか、慧音さんを見習って何かするか、帰って新聞でも作ってればいいものを。俺は溜め息を吐いてから、渋々頷いた。
「わかったよ……それじゃあ行ってくる」
「あ、それと一つだけいいですか?」
俺が飛び立とうとすると、文に呼び止められた。空中でやや浮かんで振り返ると、文はわざわざ自分も飛んで耳打ちしてくる。
「これでも私も結構怒ってるんだからね」
一瞬ドキリとしてしまい、慌てて何か言葉を返そうとするが、その前に文はスキップしながら神社の方へ行ってしまった。その背を眺めていると、霊夢に頭を小突かれる。
「ボサッとしてないで行くわよ」
「あ、あぁ……」
俺はその言葉が妙に耳に残って気になったが、霊夢の言われた通り移動を開始した。
「……あ、しまった」
地底へ通じる穴が見えた所で、俺は小さく声を上げてしまう。それに隣に並ぶように飛んでいたフランが反応して顔を覗き込んでくる。
「どうしたの、ホクト?」
「あー、大したことじゃないんだけどね。弁当でも作って行けばよかったなって」
「遠足気分か」
俺の言葉に前を飛んでいた妹紅さんから突っ込みが入る。いや、真面目な話どれだけ長丁場になるか分からないから、用意してもよかったかなと。
割と本気で後悔していると、やや後ろを飛んでいた早苗が提案する。
「それなら神社に残っている人達に作ってもらって、届けてもらいましょう!」
「出前ね! それはいいわ。朝から何も食べてなかったし」
霊夢も満面の笑みで同意する。そもそも出前って幻想郷で伝わるのが驚きだ。しかし、これから危険地帯と言われている地底に行こうというのに会話が緩いなぁ……俺から始めた話だけどさ。
そんな雑談をしている内に地底へ通じる穴の前まで辿り着く。半径20メートル以上はありそうな大きな穴だ。
「あたいが一番乗りよ!」
チルノはそう叫びながら無鉄砲に底の見えない穴へ飛び込む。もう少し様子を見ればいいのに……チルノに言っても無駄か。止める暇もなかったので、渋々俺達も続いて降りようとしたその時。
「な、何だこれベタベタする!? はーなーせー!」
洞穴の奥からチルノの声が聞こえる。俺達5人は思わず顔を見合わせた。
「……アレがいると罠がないか分かるから楽ね」
「何となくこうなるとは思っていたが……流石妖精だな」
霊夢と妹紅さんがにべないことを言いながら肩を竦める。チルノ、可哀そうに。先陣の犠牲を無駄にしないためゆっくり穴を下っていくと、途中に穴を塞ぐように蜘蛛の巣が張り巡らされていた。
「ひっ……わ、私蜘蛛苦手です!」
「わ、私も!」
早苗とフランちゃんが背に隠れるように俺に抱き着いてくる。俺だって虫が得意というわけではない。この大きさの穴に巣を張れる大きさの蜘蛛を想像したらそれはもう身の気もよだつ。
と、巣の真ん中あたりで蜘蛛の巣に引っかかったチルノがいた。それを蜘蛛の巣に立つ金髪の女性と、桶の中に入った小さな子供が覗き込んでいる。
「ちくしょー! 離せったら離せよー!」
「なーんだ、ただの妖精か。どっかの鬼がここを出入り出来ないようにしろっていうから、巣を張ったけど……こんなものしか引っかからないのかねぇ」
出入り出来なくさせた? 話も気になるし、チルノも助けないといけない。俺は二人に話しかけようする。その時、俺の背後に4つの光が弾けた。
「『神霊「夢想封印」』!」
「『蓬莱「凱風快晴 -フジヤマヴォルケイノ-」』!」
「『秘術「グレイソーマタージ」』!」
「『禁弾「スターボウブレイク」』!」
……えっ?
反射的に振り向くと、凄まじい量の弾幕が俺の眼前を掠めていく。そして背後で轟音が鳴った。俺は後ろに広がる惨劇から目を逸らしたい一心で、弾幕を放った4人に向けて叫ぶ。
「……おい、どうしていきなり弾幕放ったし!?」
「いや、妖怪だから退治しないと」
「通るのに邪魔だから焼き払おうと」
「「つい条件反射で……」」
「お、お前ら……」
あまりの理不尽さに絶句する。そしてこれから先の道中が思いやられて、思わず頭を抱えた。あと、チルノに、合掌。




