51.0 声と我儘
「北斗、それは……」
「………………」
霊夢は俺を見下ろしながら俺の左手の中で紅く輝く光剣、レーヴァテインを見つめる。自分自身も驚いていた。
恐らく威力自体はフランちゃんのそれとは違って、何でも破壊できるほどの威力はなさそうだが……それはいい。問題は……俺は地面に降りて右手の親指で自分の八重歯に触れてみる。
「痛ッ……これは……」
口に血の味が広がる。八重歯が長く鋭くなっていた。まるで噛み付くことに特化したかのような鋭利さだ。そして、気のせいか生臭い味が美味しく感じる。
初めて俺が霊夢の能力を使った時、霊夢は妖怪からの能力は使わないようにと言った。それは俺が妖怪の影響を受けて、半妖化してしまう可能性を危惧していたからだ。
「自分が何やったか分かってるんでしょうね?」
霊夢は俺を睨みつけながら剣呑な雰囲気を漂わせる。悪いことにその予想は霊夢の目の前で約束を破る形で当たってしまった。けれど、少なくとも俺にとってはフランとの絆が目に見える形で具現化したことに大きな意味があった。だから……
「……今だけは許してくれないか?」
俺は霊夢の目を見つめながら頼んだ。しばらく視線を交わしていると、霊夢が諦めたように溜め息を吐く。
「ま、いいわ。いずれは試さないといけないことだったもの。ま、夢の中だし、大丈夫でしょ」
「結構適当なんだな」
「だけど、約束破ったんだから覚悟しなさいよ? もう手加減はしないんだから!」
霊夢はまるで高の様に空中から強襲を仕掛けてくる。俺は地面を蹴り、レーヴァテインで迎え撃とうと飛翔する。が物凄い轟音と風切り音と共に視界が狭くなる。そして、一瞬のうちに向かってくる霊夢を追い抜いてしまう。
「うおおおおおおっ!?」
「ちょ、速ッ!?」
お互いに驚いてしまう。何とかブレーキを掛けて振り向くと、さっきまでいた地面にひょっとしたクレーターが出来ていた。それを見てようやく気付いた。身体の特徴だけでなく、吸血鬼としての身体能力も得ているのか。肉体まで変化しているとなると後々困ることになりそうだが……今は考えないことにする。
「とりあえずは、有効活用させてもらうか!」
俺は両手でレーヴァテインを槍のように突き出し、高速移動による突撃を仕掛ける。ジェットコースターのような加速度で霊夢に近付いていく。
「くっ!?」
間一髪のところを避けられ、また同じ様に交錯する。すぐさま反転、間を開けず何度も連続で繰り返す。しかし、如何せん俺自身がスピードに振り回されてしまっているためか、霊夢の鋭い勘のせいか、決定打を与えられない。
だが霊夢もこちらを追い切れていない。苦し紛れに追尾性の高いアミュレット弾を放ってくるが、それを振り切れるぐらいにはこっちのスピードが勝っている。
形勢を覆せる! 徐々にだがスピードに慣れてきた俺は、霊夢の前で急停止してレーヴァテインを横薙ぎに振るう。が、その身体に痺れが走り、身体が固まってしまう。周りを見ると、浮遊したお札が俺の体に纏わりついて身動きを封じていた。
「……トラップ!?」
「そういうこと! 『神技「八方鬼縛陣」』!」
霊夢が自分を中心に八方に札を設置し、祈る様にお祓い棒を掲げる。その瞬間、俺は八角状の結界が形成され、貼り付けにされる。
「がああああっ!!」
まるで全身を雷で撃たれたような痛みが走る。吸血鬼化してなかったら、失神してたか死んでたかもしれない。いや、妖怪化しているからこそこのダメージなのかもしれない。必死にこの結界から逃げようと足掻くと、何とか右腕の拘束が外れる。俺は右手で身体を縛っている札を剥がそうとするが、まったくびくともしない。
「ダメ、だ……ここで、倒れたら……何も、何も変わらない!」
『そうよ、貴女は私の友人。こんな無様な負けは許されないわ!』
俺が空に吠えると、それに応えるように耳元で声がする。相変わらず身勝手な言い様に、笑いそうになる。そういえば、あの人は自分の能力は使わないのかと不貞腐れていたっけな。今も妹の力の方だけ使われて怒ってそうだ。
なら……いまこそ力を借りますよ、レミリアさん!俺は右手でスペルカードを取り出し、宣言する。
「『鬼化「スカーレット・ブラッド」』!」
それに呼応するように右手から深紅の槍が現れる。『神槍「スピア・ザ・グングニル」』……レミリアさんのスペカの一つだ。
俺は槍を逆手に持って無我夢中のまま結界に突き立てる。槍と結界の激突の余波が身体を叩き、身体を縛る拘束が緩くなる。力任せに呪縛を引き千切り、右手の槍と同様、左手の大剣も結界に突き立てる。さらなる衝撃が襲ってくるが、俺は声にならない叫びを上げながら槍と剣の切っ先で結界を破ることに集中する。
そしてその瞬間は意外にも早く訪れた。まるで風船が割れるような音と共に、結界が消える。その中心にいた霊夢が衝撃に押し退けられるように後退しながら口を尖らせる。
「大丈夫、っていたけど……見境なしに使うなとは言ってないわよ? 別にいいけど」
「いいのか……」
霊夢の変な言い回しに、俺は乱れる息を整えながら笑っていると……
「うん……って、熱っ!? アチチチッ!!」
突然、顔やら手やらがヒリヒリと痛み出す。ダメージが残っているのかと思って手の甲を見てみると、ぷすぷすと煙が出ていた。明らかに肌が焼けていた。
「そういえば、吸血鬼は日光が弱点なんだっけ……うお、マジで熱い!」
俺は慌てて適当な木陰へ逃げ込む。フランちゃんの影響を受けた時は何ともなかったのだが、より吸血鬼のイメージの強いレミリアさんの影響を受けたせいかもしれない。そもそも夢の中で日中も夜も関係あるのかとツッコミたいところだが……
なんて考えながら自分の手の甲に息を吹きかけていると、霊夢が地面に降り立ちながらジト目でこちらを見てくる。
「ほら、妖怪になんて不便だし私に退治されるしで、いいことないでしょ?」
「あー……頷きたいけど、それはそれでレミリアさんになんか言われそうだからノーコメントで」
「あっそ。それで、休憩はあとどれくらいかかるかしら?」
「あー、ちょっとタンマ」
俺はスペカをしまい、再び霊夢の影響を意識する。そして恐る恐る日向に手をかざす。焼けていない。吸血鬼の状態から人に戻れたようだ。
しかし、レーヴァテインを出した時といい、スピア・ザ・グングニルを出した時といい、声が聞こえるのは何なのだろうか?夢の中だからなにか特別な力でも働いているのだろうか? まあ、わからないことをずっと考えても仕方ない。
俺は木陰から出ながら、腰に手を伸ばそうとしてしまう。おっといけない、今は封魂刀を持っていなかったか。その様子を見た霊夢が、おもむろに上空に手を差し出す。すると、普通の刀が一本振ってきて、霊夢の手の中へ納まる。そしてそれを俺に投げて寄越してくる。
「それ使いなさい。刃引きされてるけどね」
「俺は妖夢と違って峰打ちとかできないからその方が助かるよ」
そもそも夢の中の怪我なんだから、大丈夫な気がするんだが……ま、痛いのは嫌なのだろう。気持ちはわかる。俺は鞘から刀を抜いて、正眼に構えた。そして小さく息を吐く。
『「剣心一如」……正しい心こそ正しい剣の使い方へと導きます。北斗さん、心を以て剣を振るって下さい!』
まただ。俺だけに聞こえているのかどうかわからないが……この声は俺を後押ししてくれる。思い出させてくれる……この幻想郷で得たものを。
「行きます」
俺は正眼から右の腰元へ持って行き剣先を後ろに向ける構え……妖夢は脇構えと言っていた体勢を取る。そして低い姿勢のまま霊夢へ向かい走る。対して霊夢は軸をずらすように横へスライディングをしながら針を放ってくる。
幻想郷の住人は飛び道具を切ったり弾いたりをアッサリやってのけるが、当然俺は出来ない。だから、身のこなしだけで見切るしかない。すり足の細やかな動きで致命傷を避ける。腕や頬を掠めて、血が出るがこの程度は今の俺の実力では仕方ない。
それにしてもまったく容赦のない攻撃だ。もしかしたら約束を破ったことを本気で怒っているのかもしれない。
「……っこの!」
ジリジリとこちらだけが一方的に攻撃される状況だったのだが、焦って手を変えたのは霊夢の方だった。開いていた距離を逆に一気に詰めて、インファイトに持ち込んでくる。
ありがたい。霊夢と弾幕による遠距離の撃ち合いをすればまず勝ち目はない。おそらくどの弾幕を完全に回避されてしまうだろう。そうなると勝つ見込みがあるとすれば格闘戦のみだ。
足元を狙う様な鋭いスライディングから、天を蹴るようなサマーソルトで顎を狙ってくる。それを斜め後ろへ僅かに飛行能力を使って躱す。霊夢の履いていたローファーが耳の上側を擦る。
「はっ!」
流れるように切り降ろしから切り上げを放つ。一閃目は回避、二閃目はお祓い棒で一瞬だけ刀を叩いていなされる。苦し紛れに中段蹴りを放つがそれも腕で防御されてしまう。
この距離は組手で嫌と言うほど戦った距離だ。決定打を入れられない。お互いの癖や性格、咄嗟の反応が頭に入っているのだ。その均衡を崩すのは、今まで見せたことのない手札次第。
「潰れなさい。『夢符「封魔陣」』!」
地面に札を叩きつけた瞬間、六面体の結界が広がり壁に思いっきりぶつけられたような痛みが体に走る。吹き飛ばされそうになるが、歯を食いしばって耐えた。右足を地面に刺さるほど踏ん張る。右手を全体重を乗せたショートアッパーを……
『……紅砲!』
美鈴さんの声を引き金に打ち出す。気を乗せたその拳は結界と衝突し、粉々に砕いた。
「……殴って結界を壊すとか!?」
流石の霊夢も唖然としている。だが、右手の拳に走る激痛に顔が歪んでしまう。一瞬だけ視線を拳に移すと手の皮が裂け、骨が僅かに覗いていた。拳が砕けたか。その隙を目ざとく見つけた霊夢が陰陽弾を撃ちだす。
『センパイ! 防いで!』
回避か防御か迷いそうなところを、その声が次の行動を選択してくれる。淀みない動きで五芒星を空中に描き、護壁を作り上げた。拮抗はしない、陰陽弾は鞠の様に上空へと吹っ飛んだ。瞬間霊夢と目が合う。刹那の静寂が場を制圧する。
『……北斗!』
いや、俺には聞こえる。俺にしか聞こえない声が。突き動かしてくれる、みんなの声が! 例えそれが自分自身が生み出した妄想の類だとしても、俺はまだ捨てていなかった。みんなの思い出を、姿を、声を!
俺は自分勝手な人間だ。嫌われたくないから忘れてほしいなんて勝手に思ってしまう幼稚な餓鬼だ。だけど、だから……我儘を言わせてくれ。
「力を貸してくれ……!」
俺はスペルカードを見せつけ、祈る。願う。外来人の俺しか使えない。否定の力。それを具現化させる。
「『現想「夢葬回帰」』」
俺を起点にして周囲に人が入れるほどの大きさの、色とりどり球体の結界が七つ浮かんだ。『幻想郷の常識と外の世界の常識を別つ結界』、否定結界。それがすべて一つに集まる様に霊夢へ向けて殺到する。
避けきれないと悟った霊夢は……
「……本当、馬鹿ね」
笑いながら光の中へ消えた。




