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東方影響録  作者: ナツゴレソ
番外編集
9/202

番外その七 恋心を見つけて

今回の番外編は本編第八章のネタバレを含んだ内容になっております。時間軸は九章のあたりで、こいし回です。

 吐き気を催すような淀んだ空気、鼻を突く異様な臭い、人の喧噪が嵐のように襲ってくる、視界がチカチカして不快だ。夜なのにまったく暗さを感じない。年中暗い地底の明かりとは違う、まるで弾幕の光をずっと浴びされているようだ。

 まるで幻想郷中の人が集まったみたいな人混みに私は一人立っていた。寒い、木枯らしが人混みをすり抜けてくる。寂しい、こんなに人がいるのに孤独だ。怖い、妖怪なのに人が恐ろしい得体のしれない何かに見えて仕方ない。

 ここには私が第三の瞳を閉じた理由が沢山あった。唯一の救いは……誰も私の姿を見ないことだけれど……たとえ私の姿が見えても誰も私に気付かないだろうね。

 私は、私は……一人だ。


「……やっと見つけた」


 そう思っていた。けれど、そんな……人の中でしゃがみ込んでいた私の手を誰かが取る。知ってる感触、大きくてごつごつしてるけど温かい手の感触。私はその手に引かれるまま立ち上がる。そして顔を上げるとどこにも居そうだけれど、私にとっては特別な優しい笑顔が待っていた。


「北斗……ッ!?」

「迎えにきたよ……さ、帰ろう。幻想郷へ」


 北斗の声を聞いた私は胸の奥から熱いものが込み上げてきて、衝動的に北斗の身体に飛び込んだ。例え幻想郷の外でも、こんな人混みの中でも北斗は私の事を見つけてくれるんだ……!色んな感じが混ざり合って言葉に詰まってしまう……ただ、代わりに一滴の涙が頬を伝っていくだけだった。





 私達の横を変な形の鉄の塊が走り抜けていく。私はつい身を身構えてしまうけれど、北斗を含めた他の通行人はまったく気にしていないみたいだ。私と北斗はすれ違う人達の間を縫うように道を歩いて行く。目に映る景色全てが初めて見るものばかりだ。人が少なかったらもう少し楽しめたのかもしれないけれど……


「さとりさんからこいしがずっと帰ってきないって聞いてから幻想郷中探したんだ。紫さんが外の世界に迷い込んだって聞いた時は流石に心配したけど、まさか本当にいるとは思わなかったよ……何はともあれ、大事がなくてよかった」

「……うん」

「元気ないね。やっぱり心細かった?」

「……うん」


 私は北斗に手を引かれるまま頷くことしか出来なかった。

 外の世界の服装である北斗はともかく、私は結構目立つはずなのに通行人は私達のことを見向きもしない。もしかして北斗も私みたいに意識されない状態になっているのかな?

 気遣いは嬉しいけれど……それでも今の私は北斗がいないとまた寂しさに押し潰されてしまうってくらい、自分でも分かっていた。

 北斗は迷いもせずにどんどん歩いていく。どこに行くのか、これからどうするのかまったくわからないけれど……どうでもいい。とにかく北斗に触れていればなんでもよかった。そうしていないともう二度と北斗に会えなくなってしまうような気がして……すがるように手を握っていた。

 私、いつからこんなに一人を嫌うようになったんだろう?人の心が嫌いで、瞳を閉じたのに。ずっと一人でいても平気だったのに……今は北斗から絶対に離れたくなかった。気付けば私は両手で北斗の手を握りしめていた。まるで祈る様な私の姿に気付いた北斗はふと足を止める。


「……そうだ、こいし。お腹減ってない?」

「えっ……」

「ちょっと甘いものでも食べていこうよ」


 北斗はそう言うと、道の脇に佇むレンガ造りのお店を指差した。釣り看板にはティーカップのマークが掛かれている。私が不思議そうにそのお店を眺めていると……お客さんがちょうど出ていくところだった。扉が開いた瞬間、甘い香りとコーヒーの匂いが漂ってきた。私は思わずお腹を押さえる。あんな美味しそうな匂いを嗅いだらきっと誰だってお腹が鳴っちゃうわ。

 私は顔が熱くなるのを感じながらも北斗の顔を見上げる。


「入ろっか」

「……うん」


 私は北斗の言葉に小さく返事を返し、引き摺られるようにお店の中へ入った。




 店内は外の騒々しさとは隔離された静かな空間だった。落ち着くような音楽が流れていて、それを遮るのはお客さんの僅かな談笑の声と、厨房から漏れる音くらいなものだった。私達は窓際の奥の方に置かれた席に向かい合うように座る。本当は隣に座りたかったけれど……さすがに引っ付き過ぎると北斗に嫌われてしまうかもしれないから、そこは我慢した。


「さて、何頼もうかな……」


 北斗はやけに上機嫌で、メニュー表を机の上に置いてそれを楽しそうに眺めている。帽子を隣の空いた椅子に置き、珍しくはしゃいでいる北斗を眺めていると、黒のエプロンを着た女性が話しかけてくる。とは言っても私は見えていないから北斗に、だけれど。


「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか?」

「うーん、いろいろあり過ぎて決めきれないからコーヒーとケーキのセットでお勧めのをください。あ、連れが来るんでそれを2つで」

「かしこまりました」


 北斗はさらりと私の分も頼むと、座席に背を預け大きく息を吐いた。さっきまでそんな素振りは見せてなかったけれど……大分疲れてるみたい。私は申し訳なさのあまり自分の袖を握りしめながら謝る。


「ごめんなさい……私の、せいで……」

「そんな気にする必要ないって。霊夢が言うには『こいしちゃんは無意識になれるから、意識あるものを通さないようにする博麗大結界は通り抜けられる』らしいからね。今度から気をつければいいさ」

「うん……ありがとう」

「……それに何か理由がないとこっちには行けないからな。久しぶりにこっちに来るのも案外悪くないよ」


 しみじみとそう呟きながら北斗は窓の外に目を向ける。北斗と出会ったころから幻想郷の生活に馴染み過ぎててあんまりそんな気がしていなかったけれど……こっちでの北斗を見てるとやっぱり北斗は外来人なんだって実感させられる。

 北斗が幻想郷に残り続けている理由は……私にはよく分からない。きっとこうやって外に出られているんだから、外の世界に戻ってもいいはずなのに。

 どうして北斗は幻想郷にいるの?なんて怖くて聞けなった。実は大した理由もなくて、あっさりと外の世界に帰ってしまったら……一生私は北斗に会えなくなる。私の想いはまだ微塵も北斗に届いていないのに……

 と、いつの間にか机の上にティーカップと木苺がたっぷり乗ったタルトが置かれていた。


「お待たせしました。オリジナルブレンドとラズベリーのタルトです。ごゆっくりどうぞ」

「ありがとう。さ、食べようか」


 北斗はそう言ってコーヒーに口を付ける。私、あんまりコーヒー飲んだことないんだけれど……恐る恐る呑んでみると香ばしい香りが鼻孔を抜けていく。匂いはいい、けど……


「苦い……」

「背伸びせずに素直にミルクと砂糖を入れた方がいいよ」

「むー、私、北斗よりずっと生きてるよ?」

「ずっと生きてても子供舌なんだから精神的には俺の方が大人ってことさ」


 北斗は勝ち誇ったような顔で木苺のタルトをフォークで切っていく。フランにもそうだけど、私の事を子供扱いし過ぎだと思うわ。お姉ちゃんや霊夢に対してはまったくそんなことないのに……そもそも霊夢や早苗こそ本当の年下のはずなのに、見た目で判断しすぎだわ!

 まあ、私もフランも北斗へのアプローチで割とそれを利用しているから強くは言えないけどさ……あ、そうだ!


「そんなに私を子供扱いするならケーキ食べさせてよ!」

「えっ!? いや、そんな小さな子じゃないし、そもそも子供大人関係ないような……」

「いいから、あーん!」


 私は問答無用で口を開けて待つ。恥ずかしいから目は閉じておくけれど!こうすると北斗は渋々ながらもやってくれる。とにかく押しに弱いんだよねぇ。

 そのままの格好で待っていると、溜め息が聞こえて口の中に果実の爽やかな酸味とトロリとした甘みが広がった。コーヒーの苦みを忘れさせてくれる味。つい美味しさと幸せで頬が緩んでしまう。目を開けてみると、北斗は顔を赤くして腕を組んでいた。


「はい、おしまい。一口だけね」

「えー、なんでー!? もっと頂戴!」

「いや、だって恥ずかしいし……てか、もしかして俺の分全部食べる気?」

「うん! 代わりに私の分は上げる! はい、あーん!」

「いや、俺はいいって……」


 私は顔を背けようとする北斗に向かってタルトを乗せたフォークを突きつける。北斗は人目を気にしている様だけど、そもそも私は他の人には見えないから気にすることなんてないのにねー! 私は照れる北斗に色々ちょっかい掛けつつ二人っきりのお茶会を楽しんだ。






 お腹を満たした私達は人混みから離れるように路地裏へ入っていく。あの五月蠅い喧噪ももうほとんど聞こえない。私と北斗の靴の音だけしか聞こえなかった。

 しばらく歩いていると、広い砂地に遊具と街灯が置かれた場所に着く。私は北斗の袖を引っ張って尋ねる。


「ねえ、北斗……ここは?」

「公園っていう……まあ、身体を動かす遊び場みたいなところかな。ここで紫さんと待ち合わせしてるからしばらく待ってよう」


 北斗はその『こうえん』って場所に入ると、そっと音をたてないようにブランコに腰を掛けた。私もそれに習って北斗の隣のブランコに座り、ギコギコと漕いでみる。里にもブランコはあったけれど……こっちのは頑丈だけど随分うるさい。

 私は音が鳴らないよう控え目に足をプラプラさせながら……北斗の横顔をこっそりと盗み見る。暗がりでそんなにはっきりと見えないけれど……少なくとも明るい顔はしていなかった。

 一体何を考えているのかな……こっちの世界の友達、家族、それとも……恋人の事?

 私は北斗の過去をしることはできない。そもそも北斗のこと自体、分からないことがいっぱいだ。

 ……知りたい。私は今、瞳を開いて北斗の気持ちを知りたいなんて思ってしまっている。見たら後悔するって絶対わかっているのに……知りたい。北斗のことをもっと知りたい。私のこと……どう思っているのか……


「ありがとう、こいし」

「……えっ?」


 突然囁くように呟いた言葉に私は動きを止めてしまう。ブランコが小さく軋む音からややあって、北斗がどこか遠くを見つめながら語り始める。


「こういう特別な用がないとこっちには来れないから、こいしには悪いけどちょっと嬉しかったよ。色々と見つめ直せたというか……だから、ありがとうって言わせてくれ」

「………………」


 さっきの質問がまた頭の中で残響し始める。もし北斗が外の世界に戻りたいって言ったら私は……なんて返せばいいんだろう?駄々捏ねて止める?それとも大人しく見送る?

 嫌だ、私はまだ北斗に何も伝えられてない。あの時助けてくれてありがとうって、私を変えてくれてありがとうって、私は北斗の事が……


「お待たせしましたわ……無事、見つけることが出来たようですわね」

「ええ、なんとか。それじゃあよろしくお願いします」


 ……気付けば、目の前には傘を差した紫が立っていて、おそらく幻想郷に繋がるスキマを作り上げていた。北斗はもう既にその中に入って私に手を差し伸べてくれていた。


「さあ、帰ろうこいし。幻想郷へ」

「……うん」


 私は短く頷いて北斗の手を握った。今はまだこうして一緒に居られるけど、私は妖怪で、北斗は人間だ。どんな形であれ、いつかは北斗と一緒に居られなくなる。

 もし、もしも北斗が外の世界に戻ったら……今度は私が北斗を探しに行こう。今日みたいに、絶対に北斗を見つけてみせる。その時は……もう、絶対にこの手を離さないから。

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