番外その六 ガールズトーク茶会編
今回の番外編は三部構成になっております。時間軸は十章終了後になります。ネタバレ要素はそこまでない、はずです。姦しい七人が姦しくお話をするだけのお話ですが、よければどうぞ。
ジメジメして暗い地底。朝の清々しい空気もここまでは届いてなくて、息苦しく感じる。
住めば都なんだろう、って北斗は言っていたけれど……やっぱり空が見える場所じゃないと落ち着かない。火喰い鳥の性ってやつなのかも。
だから、私はせめて気持ちだけでも明るくなろうと、適当に歌う。
「おん、せん、おんせーん、おふろふろー」
「なにその歌。そんなに温泉が楽しみなの?」
「うん、楽しみ」
私は空中で反転して背面飛行をする霊夢の問いに頷く。鍾乳洞が行く手を通せんぼしてるはずなのに、霊夢はまったく見もせずに躱しながら進んでいる。私なんかよりよっぽど妖怪じみていると思うんだけどなぁ……
なんて思いながら霊夢を見つめるけれど、それに気付く様子は全くない。器用に伸びをしながら地底洞窟を飛び続けている。
「ま、神社のお風呂は狭いものねぇ……たまには泳げるくらいの湯船で羽を休めないと」
「霊夢に羽なんてないじゃない。あるのは私の方」
「揚げ足取らないの。さて、そろそろかしら?」
霊夢がクルリと前に向き直った瞬間、私達は洞窟を抜けて広い空間に出る。そこは……太陽の光の届かない地底の中でも光を放ち続ける旧都が広がっていた。
「ようこそ地霊殿へ。待っていましたよ霊夢、火依さん」
「遅いですよ! もうレミリアさんもフランさんもこいしさんも! すっかり待ちくたびれちゃってますよ!」
旧都のその奥にある地霊殿、お化けくらい出てこないと興醒めと思えるほど怪しい館の前に、さとりと早苗が立っている。わざわざ出迎えに待っててくれたのかな。お礼の一つでも言わないとと思ったのだけれど、その前に霊夢が長い袖をたなびかせながら、ひらひらと手で自分を仰ぐ。
「私は毎日暇潰しに必死なお嬢様達と違って忙しいのよ」
「私は博麗の巫女以上に暇な仕事を知らないのですけれど……まあ、立ち話もなんですから入りましょうか」
私達はさとりに促されるまま、地霊殿のエントランスに入ろうとする。と、後ろからこっそりと早苗が近付いてきて、こっそりと耳打ちしてくる。
「火依さん火依さん、センパイはどうしてました?」
「いつもどーり。お昼から人里と永遠亭に行くって言ってたけど」
「うーん、永遠亭の方々とも仲がいいですからね。本当にライバルが多くて困ります。もうセンパイのバカ……」
早苗は一人でブツブツ呟きながら私を追い抜いていく。相変わらず北斗にぞっこんみたい。けれど一番北斗にアピールしている早苗ですら北斗攻略に苦戦している。
北斗を好きな人はいっぱいいる。どんな好きかは人それぞれだけど……
霊夢、早苗、レミリア、フラン、さとり、こいし……そしておまけの私を加えた七人でのお茶会兼お泊まり会。北斗のいないこの場でどんなやり取りがされるのか……
「今日は荒れそうだなぁ……」
私はせめてみんなで仲良く終われることを願いながら、三人のあとを駆け足で追った。
地霊殿二階のバルコニー、白いテーブルの周りに椅子が並べられていた。机の上には色とりどりのマフィンが並べられている。甘い香りに鼻をくすぐられ、お腹が鳴ってしまいそうだ。
と、先に席へ座っていたレミリアとフランが私達の姿を見た瞬間、それぞれ声を上げた。
「御機嫌よう。随分遅かったじゃない」
「本当に遅い!咲夜お手製のマフィンが目の前にあるのに、ずーっと食べられなかったんだから!」
レミリアはともかくフランはご立腹みたい。こんなに遅刻したのは私の寝坊のせいだって言いづらくなっちゃったな……黙ってよう。霊夢の背に隠れてしらを切り通そうとしていると、さとりがクスクスと笑いながらテーブルにお茶を並べ始める。
「まあまあ、みんな揃ってから始めようって言ったのはフランドールさんじゃないですか。さ、皆さん座ってください。紅茶が冷めないうちに、ね」
さとりは私にウインクを飛ばして、席に着く。どうやら私の心を読んで、フォローしてくれたみたい。ありがとうさとり、けどペットにはならないよ。
私達もさとりに習い、テーブルに着く。丸いテーブルに私を起点に左から霊夢、さとり、レミリア、フラン、早苗の順に座っていた。
とりあえず目の前の紅茶に砂糖とミルクをたっぷり入れる。甘党ってわけじゃないけど、ストレートは苦手だから仕方ない。
「私は招かれた側だからどうでもいいけど、随分気合が入ってるわねぇ。何かあったの?」
霊夢が砂糖を溶かしこみながら、誰となく尋ねる。すると、小皿にマフィンを分けていた早苗が目をパチクリさせながら言う。
「……霊夢さんは本気で言ってるからなぁ。まあ、霊夢さんからしたら何でもない女子会かもしれませんけど、少なくとも私にとって、ここは戦場です……!」
「は、はぁ……? まあ、私は足を伸ばして温泉に入れればそれでいいわ」
二人の巫女の温度差が激しい。これが冗談ではなくお互い本気で言ってるんだから、私も苦笑いすることしか出来ない。
そもそも今回の集まりを企画したのは早苗だ。吸血鬼姉妹が地霊殿に泊まりに行くという話を聞いて早苗がそれに便乗し、私と霊夢を誘った形らしい。
元々早苗は博麗神社にしょっちゅうお泊りに来る。それに私や霊夢、魔理沙を誘って里に買い物も行ったりするから、最初は同じようなものかと思ったのだけれど……今回は敵情視察が目的みたい。恋愛脳だなぁ。
それに対して霊夢は普段の感の鋭さからは考えつかないほどそういうことに関しては鈍い。そもそも色恋沙汰に熱中しなさそうだけど……早苗の恋愛脳とどっちがいいんだろうね。
なんて真剣に悩む……わけもなく、我関せずと甘い紅茶をちょくちょくと飲んでいると、反対側に座るレミリアが背もたれに寄っ掛かりながら肩を竦める。
「まったく無粋ね。もう少しこのマトモな味のお茶を楽しめないのかしら?」
「普段から咲夜さんはよくわからないお茶を入れますからね……しかも、本人すら何かわからないのを」
「あのお茶すごい変な味だったねぇ! すごくマズかった!」
レミリアのぼやきの入った言葉にさとりとこいしが反応する。二人共あれから何度か紅魔館に遊びに行ってるみたい。姉妹ぐるみで仲がいいなぁ……
って、いつの間にかこいしがフランと早苗の間に座っていた。フランも気付いていないようで、二人一緒にマフィンを突っついている。
私が気付けたのはきっと北斗のおかげでしょうね。北斗、三日に一回ぐらいこいしとかくれんぼをしているから……私も気付けるようになってしまったわ。ちなみに霊夢も私と同様に気付いたようで、ジト目でこいしを見つめていた。
そんな中、何気なく話を聞いていた早苗が三人の会話に口を挟む。
「咲夜さんって完璧人間って感じですけど、以外と悪戯っぽいんですねぇ……まあ、神奈子様も諏訪子様も信者の方がいない時は緩いですし、そんなものかもしれませんね」
「早苗、それを大っぴらにするのは巫女的にどうなのよ……」
「この中に信者の方はいませんからいいんじゃないですかね。それよりセンパイはどうなんですか? 普段の生活で抜けてるところなんて想像出来ませんけど……」
「あぁ、アレは……ねぇ?」
霊夢はニヤけ顏で腕を組み、私に視線を向ける。それに私は背中の羽を僅かに動かして反応を返す。そんなやり取りを見て、フランとこいしも興味を持ったようで机に前のめりになりながら尋ねてくる。
「何々? 北斗がどーしたの?」
「ホクトっていつもちゃんとしてるんじゃないの? 教えてよ霊夢!」
「まー、基本的には細かいほどしっかりしてるわよ。けどそれは他人が関わってる事だけで、アイツ自分のことになると何でも後回しにしちゃうのよ」
「「ああ……」」
霊夢の呆れの篭った言葉に、早苗とさとりが納得の声を上げた。二人とも心当たりがあるみたい。結構わかりやすいからなぁ……
普段はそんな素振りをまったく見せないけれど……たまに自分の分の食事を作らなかったり、怪我しても全然気にしなかったりする。人のために平気で自分を蔑ろにする。北斗のそれは良くない感じの無頓着さで、私は嫌いだ。
「何となくですけどわかります。センパイ、絶対一人暮らし向いてませんよねぇ……はむ」
「そうですね、誰かが世話をしないといけませんね……むぐ」
早苗とさとりはなぜか神妙な顔つきでマフィンを食べている。二人の視線の間に見えない弾幕が飛び交っているのは……きっと気のせいじゃない。
穏やかじゃないなぁ……と思いながら甘い紅茶を飲み干していると、レミリアが不適な笑みを浮かべながらフォークをマフィンに突き刺す。
「北斗は世話されるのを一番嫌うぞ。それなら私とフランの元で死ぬまで尽くさせた方があいつも本望だろうさ」
「ちょっとレミリアさん!それはただセンパイを独占したいだけなんじゃないですか!?」
「そうとも言うな。アレはトラブルメーカーだ、一緒に居て飽きない面白い男だからな。まったくいつになったら紅魔館に住むようになるのかしら?」
「センパイは悪魔の館になんて居着きません! センパイは神聖な神社に住むべきです! 出来ればちゃんと神様のいる、立派な神社に!」
「ちょっと早苗、今しれっと博麗神社をバカにしたわよね?」
レミリアの相変わらずの我儘に、早苗が嚙みつき、霊夢がすかさず横槍を入れる。そんな三人を完全無視で、フランがほんのりと赤くなった頬を隠すように頰杖をつき、吐息を漏らした。
「ホクト、紅魔館に住んでくれないかなぁ……もしホクトと咲夜の料理を毎日食べられたら幸せ過ぎるよー! それにホクト、いろんな事を教えてくれるし、優しいし……ずっと一緒にいたいなぁ……」
「私も北斗と一緒がいいなぁ……いつも私に気付いてくれるし、それに……」
「……それに?」
「んー、何でもない。これを言ったらズルになりそうだから……秘密」
こいしは不思議そうに覗き込むフランから視線を逸らし、自分の唇に指をつけて……微かに笑った。大人っぽいというか……艶やか、っていうのかな? そんな感じがする仕草だ。
フランも、横目で様子を見ていたさとりも見惚れるようにこいしを眺めている。こいしの秘密……気になる……
「もう勘弁なりません! レミリアさん、私と勝負です! センパイがどちらのものか白黒はっきりしましょう!」
「はっ、いいぞ! お前に勝って主人が誰かはっきりするというなら、喜んでやってやろう! さあ来い!」
「アンタ達、本人がいないのにそんなこと決めても無意味でしょうに……」
……どうやらレミリアと早苗の口論は弾幕ごっこに発展してしまったようだ。霊夢も呆れのため息を吐いている。まあ、二人とも楽しそうな顔してるから止めないけど……みんな本当に弾幕ごっこ好きだよねぇ……
弾幕ごっこかぁ……本気でない遊びの勝負だけれど、賭ける願いまで本気じゃないことはない、と思うのは変だろうか?
ううん、思いの強さなんて誰にもわからない。たとえ心を読めたとしても、だ。誰もがそれを測る物差しをもっていないのだから、精々自分の中で勝手に順序をつけることしかできないんだ。自分の思いの大きさだって曖昧だ。
だから、私は北斗のことをどれくらいに好きなんだろう、なんて考えても答えは出ないんだと思う。
少なくとも 私は北斗のことが好きだ。自分の中でそれがはっきりしたら、きっと十分だろう。そう無理やり自分を納得させて、紅茶片手に地底の空に咲く弾幕の花を観賞することにした。