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東方影響録  作者: ナツゴレソ
六章 罪の始まり、罰の終わり ~Only you can kill me~
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39.5 蓬莱の人の形

 火を纏った刀を突きつける外来人と藍色の翼を持つ妖怪……私は変な組み合わせの二人と対峙する。

 あの鳥の妖怪……前に見覚えがある。確か……竹林で倒れていた妖怪だ。


「以前助けた妖怪か……刀の中に居候とは面白いな」

「色々あってね」


 火依と名の付いた羽根つき妖怪……おそらく火喰い鳥が短く答える。

 つい数日前までボロボロぼ身体をしていたはずなのに、今は包帯一つ巻いていない。いや、そんなことより何処からか突然現れたように見えたけれど……


「ええ、とある事情で魂だけ刀に封印してあるんですよ」

「……で、どうしてそれで炎が吸収できるんだ?」


 場違いかもしれないが興味本位で聞いてみると、案の定というか北斗が刀を掲げながら律儀に答える。


「これは火依の『炎を吸収する程度の能力』です。けど、刀がその能力を使えるのは……俺の能力です」


 そこまで言われて合点がいく。なるほど……刀の中の火喰い鳥の能力を、『影響を与える程度の能力』で刀に付与したか。

 奴の能力は未知数だが、どんな能力でも乗せられる訳でもあるまい。あくまで刀の中の魂が持つ能力だからそれが出来るのだろう。便利のようで応用が効きにくい。

 使えるようでそうでもない。最初聞いたときは神の如き能力だと思ったが、買いかぶりすぎたかな。まあ、不死を殺せる可能性だけで十分魅力的だが。

 しかし、炎を吸収されるのは厄介だ。イメージ重視で火の呪術ばっかり扱っていたのが、こんな不利を被ることになるとはな。だがこれくらいのハンデがあっても負ける気はしない。場数が違うんだよ。


「なら火を使わない弾幕ならどうだ? 『滅罪「正直者の死」』!」


 壁のような弾幕を左右に展開し、規則的な弾幕を放っていく。これで当たったら話にならないが、北斗は細やかな移動で回避していく。

 そうだ、避け方はそれで正しい。しかし、この弾幕はこれで終わりじゃない。私は隙を見計らって北斗に向けて光線を放つ。


「くっ!?」


 案の定北斗は馬鹿正直に大きく動いて躱そうとするが、目の前に弾幕が迫る。あれは素人の北斗では避けれないだろう。


「……だりゃあ!」


 そう確信していたのだが……北斗は躱すわけでも防ぐわけでもなく、叫びと同時に刀を振り下ろす。瞬間、切っ先から爆炎が広がり、弾幕が掻き消された。

 その爆発は私の元まで届き軽く肌を焼くが、すぐ傷は掻き消える。

 あいつの攻撃なら傷の治りは遅くなるだろうが……それはない。ということは、これは吸収された私の炎になるのだろうか。炎を吸収するだけではなく、それを逆に放つこともできるのか。しかも、弾幕を掻き消すほど増大されている。


「思ったよりやるじゃないか」

「そりゃどうも……妹紅さんも意外と冷静じゃないですか」

「冷静、か。感情なんてとうに枯れてしまったよ」


 何気なく呟いたその言葉に、北斗は目を鋭くさせた。

 怒りも、悲しみも、喜びも、きっと最後まで信じていた憎しみまでも……私の中にはもうない。『老いる事も死ぬ事も無い程度の能力』を得た私は生命としての人間を辞めた。そして感情を失った私は人の魂を止めた。

 私は蓬莱の人の形……ただの異形だ。


「……本当にそうでしょうかね?」


 北斗はポツリとそう漏らすと宙を蹴って飛びかかってくる。私が得物を持っていないからと言っても、あまりに無謀じゃないか?


「吹き飛びな! 『焔符「自傷火焔大旋風」』」


 私は自らの身を発火させ、炎の竜巻になり北斗に突っ込む。熱風が全身を焼くがどうでもいい。

 弾幕ではない攻撃ならば刀の吸収能力だけでは防ぎきれないだろう。旋風に巻き込まれ後方に吹き飛ばされた北斗の様子をじっくりと観察するが次の瞬間、私は目を疑った。


「ぐぅぅ……滅茶苦茶痛い。けど、まだ身体は動くな。ならいいか」


 多少は吸収能力で軽減はしているが、身体は過剰に火傷だらけになっていた。

 これは迂闊に近付かない様にするための牽制攻撃のつもりだったのに……途中で抜け出す、もしくは刀以外の防御をすればそこまでの深手は負わなかったはずだ。

 防御に失敗した? 本当にそれだけか? 私が疑問を抱いていると、北斗は刀を軽く振ってから息を吐いた。


「……もういっちょ!」


 驚いたことに北斗はまた愚直に突っ込んでくる。さながら特攻だ。内心で呆れるが、もう一度同じ攻撃をして焼死されても困る。手加減はしないとな。


「『呪符「無差別発火の符」』」


 私は後退しながら空中に触れれば爆発する呪符を撒く。これほど露骨な牽制なら、足を止めるだろう……と思っていた。だが、そんなこともお構いなしに呪符を切り裂きながらこちらへ向かって飛び続ける。


「な、馬鹿な、止めろ!」


 思わず心配する言葉が口を突く。しかし、それよりも早く触れた呪符が爆発し、北斗を吹き飛ばした。


「北斗っ!?」


 下のギャラリーの誰かからも声が飛ぶが、北斗は吹き飛んだ状態でこちらにお札を投げて来る。思わぬ体勢からの攻撃につい反応が遅れ、右足にお札がくっ付き、空中に固定される。

 しかし、攻撃はそれだけしか来なかった。ハイリスクローリターン。捨て身の攻撃にしては実入りが少なすぎる! 私は口を挟まずにいられなかった。


「……気でも狂ったか? こんな呪縛、足ごと札を焼けばすぐ無効化できる。ボロボロになりながらそんな攻撃しかできないのか?」

「はぁはぁ……あぁ、そうだ。気でも、狂った、のかもな。こんな、攻撃しか……できないんだ、多少のリスクは、追わないと……攻撃が通せないんだ」


 北斗は息も絶え絶えといった様子でも笑っていた。おかしい。どうしてそんな顔が出来る? どうしてそんな死にそうになってまで……特攻し続ける?

 その時、嫌な想像が頭を過る。もしかしてこいつは……!


「自分の身を人質にするつもりか?」

「……さあ、どうでしょうね?」


 私の言葉に、北斗以外の全員が驚く。対して北斗はニヒルな笑みを浮かべている。そんな彼に外野の野次が飛ぶ。


「ちょっと北斗!? 馬鹿な真似はよしなさい!」

「またセンパイはそうやって……この前叱ったことを何にも理解してないじゃないですか!」

「優曇華! 氷水と火傷の薬を用意しておきなさい! あと担架の用意も!」

「は、はい!」


 永琳達も慌ただしく治療の準備を始めている。永遠亭近くでよかった。多少の火傷なら何とか一命は取り留められる。だが、それは生きてこの勝負が終わればの話だ。私はつい歯軋りしてしまう。


「死んでもいいと思っているのか……?」

「そうですね、自殺は怒られそうですけど殺されたのなら……多少溜飲が下りるんじゃないですか?」

「本気で言っているのか!? 立派な自殺行為じゃないか! お前に死なれたらどうやって私は……」

「そう思うなら降参してください……動くな、俺の命が惜しくないのか!? なんてね」


 ふざけたことをぬかしてくれる。だが……腹立たしいが有効な方法ではある。北斗の能力は自身の意識に依存しているもの、腕が動けば私を殺せるようなものではない。

 戦いで私への憎しみが募ればあるいはと思ったが……そうか、北斗の勝算はこれか。


「……なら、死なない程度に痛めつけるだけだ。本来スペルカードルールはそういうものだよ」

「みたいですけど、当たり所が悪かったら死ぬらしいですよ。つい移動をミスって頭から炎の中へ飛び込だりしたらどうなるでしょうね?」

「……こいつ」


 本当に、舐めた真似をしてくれる。つい、ポケットに突っ込んだ手を握りしめる。

 腹が立つ。本気で殺してしまいそうだ……! 殺意を込めた北斗を睨むが、むしろ笑みをより深める形になってしまう。


「ほら怒ってる。感情が枯れてなんかないじゃないですか」

「……あぁ、そうだな。私も驚いた。だが、これだけコケにされたら怒り方くらい思い出すさ」

「それはよかった……ならすぐに他の感情も思い出せますね !『波及「スロー・ザ・ストーン」』!」


 北斗は不敵な笑みを浮かべたままスペカを宣言し、左手で何かを投げつけてくる。

 それは小さな弾丸だった。私を追尾してくるが、一発では当たるはずもない。余裕をもって引き付けて避けようとするが、それは突然花火玉のように弾け、円状に弾幕を打ち放つ。


「ぐっ……!」


 ついムキになって躱してしまう。自分は不老不死なのだ。避ける必要はないのに……!


「ほらほら、どんどん行きますよ!」


 北斗が立て続けに小さな弾丸を投じてくる。それは私に近付いてから波紋を描くように広がっていく。

 たまに宴会に誘われた時、花火代わりに弾幕ごっこをしたりする奴がいるが、まさにこれはそんな弾幕だ。

 色とりどりの弾幕が目の前で花咲く。私は最前の特等席で花火を見ていた。

 いや、何を私は浮かれている? 今は私の死を掛けた勝負だというのに!


「『蓬莱「凱風快晴-フジヤマヴォルケイノ-」』」


 とにかくやられっ放しは癪だったので私はスペカを放った。赤の弾幕とカラフルな弾幕が混ざり合う。

 北斗はまた捨て身の攻撃をするかと思ったら、空中を大きく旋回しながら躱し、炎の弾幕は刀での吸収で凌ぎ、追い詰められれば炎を放って防いだ。先程の様子とは打って変わって必死の形相だ。


「こんの……まだまだ!」

 

 まるで子供みたいに声を上げながら飛んでいる。まったく意味が解らない。今のさっきまで自分を人質にしてたのに今度は必死に回避をしている。

 ……それは私も同じか。ムキになって弾幕を避けている。滑稽な光景だろうさ。お互いほとんど躱す意味のない攻撃を、必死になって防いでいるのだから。

 だが、それが面白く思えて……つい顔が緩んでしまう。


「はははっ! どうした!? かすりもしてないぞ!?」


 私も楽しそうな声を上げてしまっている。あぁ、北斗はこれを狙っていたのか。

 言葉通り、彼は、私に感情を思い出させたかったのだろう。そんなことをしようと思うなんてどうかしている。まさに狙い通りそうなっている私もどうかしているが。

 いや、これが北斗の能力の本質なのかもしれない。人に影響を与えて、変えてしまう能力に完全にやられてるわけだ。そのうち、死にたくないという感情すら湧き起こされそうで恐ろしくなる。だが……


「さあ、私を……殺してみろ!」


 だからこそ、今殺してほしい。感情が戻って、私が少しでも人に戻っている内に殺してほしい。

 これ以上生きていても人から離れていくばかりだ。人の形として死にたくない。人で逝きたい。もう、誰の死も見たくない……!


「私を殺せ、北斗!」


 私はたったひとつの願いを叫んだ。

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