38.5 弾幕と喧嘩を肴に
星も月も見えない夜の弾幕ごっこは気分が乗らない。ましてや相手が弾幕ごっこのノリも分からない奴じゃどうしようもない。ついに根負けした私は高度を下げ、箒から降りて叫んだ。
「……あーもう止めだ止めだ! 不老不死で体力無限回復するし、諦める気もない奴に幾ら弾幕ぶち込んでも意味がねえ!!」
「……ようやく諦めたのね。普通の人間のくせに夜になるまでやるなんてねぇ。私も精神的に疲れたわ」
雨降りで泥度になった地面に構わず胡座をかいて座り込むと、目の前にゆっくりと永琳が下りてくる。衣服は汚れているが、傷は一つもない。そりゃ無敵なんだから当然だ。まったく卑怯な奴だぜ……
私は水を吸って随分重くなった帽子を取って首を傾げる。
「えーっと、どうして戦ってたんだっけな? 霊夢に先に行かせるため、だったか?」
「どうだったかしら。私も何で貴方を止めていたかど忘れしちゃったわ」
「それは痴呆なんじゃ……ってわあぁぁ!? 帽子に矢が刺さってるじゃねぇか!?」
私は帽子に刺さった矢を抜きながら抗議するが、永琳に物凄い形相で睨まれたので黙っていることにした。それにしても霊夢と咲夜はどうなったんだろうか? 屋敷の方を見ると、まだ弾幕ごっこの光と音が続いているようだった。
「うわぁ……まだやってるよ。霊夢、一度ムキになったら頑固だからなぁ……」
「あの子も一度何か始めたら没頭するタイプだし……止めに行かないと朝までやってそうだわ」
永琳は困ったように頬に手を当てながらゆっくり飛んでいく。ま、私も心配だし様子を見に行くか。疲れで重くなった身体をなんとか起こすと、緩慢な速度の飛行で永琳の背を追いかけていった。
「大体どうして北斗を君付けなんかで呼んだりするのよ!? おぼこぶってるつもり!?」
「私がどう呼ぼうと勝手でしょ!? どうせ私が絶世の美女だって褒められたから嫉妬してるんでしょうけどねー!」
「またその話に戻す! ずっと引き籠ってるから話のネタも貧相ね!?」
「……あったまきた! 絶対泣かして跪かせて足舐めさせてやる!」
霊夢と輝夜の戦場は、弾幕と悪口が飛び交う危険地帯だった。ちょっとだけ心配していたんだが、そんな思いも吹き飛んでしまうような状況になっていた。永琳も苦笑いでそれを眺めている。私も笑うことしか出来ないぜ……
ふと、永遠亭の廊下に一組の影の姿を見つける。弾幕に巻き込まれない様に降りていくと、咲夜とてゐが廊下に座って暢気に酒を酌み交わしていた。
「……お前ら、何してんだ?」
「あら、ようやく終わったみたいね。それじゃあ、兎鍋の準備をしましょうか」
「だから止めろって……お前も一杯どうだ?」
「貰うぜ……いや、だから何やってんだ?」
私は盃を飲み干してから尋ねると、咲夜が溜息を吐いてから首を振る。その頬はほんのりと赤くなっている。どうやら結構前から飲んでみたいで、すっかり出来上がってしまっていた。
「貴方達がいつまで経ってもやり合ってるから、私達も暇でねぇ。仕方ないから一献傾けてたの」
「お前ら……私達の弾幕を酒の肴にしてたのかよ。いい趣味してるぜ」
「仕方ないじゃない。お嬢様に手伝えとは言われたけれど、結局私は外部者だもの。これくらいの役得があってもいいと思わない?」
「……ま、ぶっちゃけ私もそうだから何も言えないんだけどな。もう一杯くれ!」
私は盃を突き出し酒を注いでもらいながら霊夢達の弾幕ごっこを眺める。そう、こいつらがどういう経緯で北斗を誘拐したのか分からない。永琳から聞き出せたらよかったのかもしれないが、結局喋らなかったしなぁ……
「って、そこの兎は事情は知らないのか?」
「んー? まあね。私はただの手下じゃなくてビジネスで力を貸してるんだ。だから、最低限しか情報が入ってこないんだよ。鈴仙には色々話してはいるんだろうけどねぇ……」
「ふーん……って、そういえばその鈴仙の方が見えないな」
今までまったく眼中になかったぜ。今更だが辺りを探していると、永琳もこっちへ降りてくる。酒が欲しくなったのだろうか?と思ったのだが、どうやらなかなかの地獄耳のようで私達の話を聞いていたようだ。
「優曇華なら北斗を連れ戻しに行かせたんだけど……この時間になっても帰ってこないってことは失敗したみたいねぇ。まあ、こんな状況で連れて帰られてもややこしくなるだけだし、構わないのだけれど」
「それなんだが……どうして北斗を狙うんだよ? いい加減聞かせてくれてもいいんじゃないか?」
ダメ元で説得を試みると、永琳は少し腕を組んで考え始める。そしてしばらく私達の視線を集めてから……ふう、と吐息を漏らした。
「こうなったら、隠す必要はないでしょうね。私達はね、北斗君に蓬莱の薬を打ち消してほしいのよ」
「打ち消しって言うと……あー、不老不死をやめたいと?」
「察しがいいわね。今まで生きていた中で、それが出来そうな能力は彼にしか出会ったことがない。これからも出会わないかもしれない。だから……」
「こんな強硬手段を取ったってわけか」
私は頬杖を付きながら頷く。なるほど道理で、納得ができたぜ。そりゃ霊夢がキレるわけだ。
霊夢本人は普段からドライを気取っているが、あれはあれで結構情に厚い。特に北斗はなんていうか……手先は器用なくせに生き方は不器用だから、見ていられないんだと思う。そんな二人を見ている分には面白いが。
かく言う私もあまり納得できていなかった。自分のやったことの後始末を他人にやらせていいのは……酒の場ぐらいなもんだぜ。
「でも、強行手段もこれで終わりよ。これ以上やっても貴方達に妨害されるだろうし、私達も荒事は避けたいもの。後は根気よく彼を説得するわ」
「……絶対最初からそうした方がよかったと思うわよ」
咲夜が横から澄ました顔で噛み付く。私も同感だ。あれは頼みこんだら割と簡単に折れる。基本お人良しだからな。しかし不老不死になっておいて、死ぬ方法を探すなんて矛盾したことをしてるなぁ……
私は生きられるならずっと生きてたいけどなぁ……ま、霊夢のいない幻想郷は考えられないけどな。あー、嫌な想像をした。飲も飲も。
苦虫を噛み砕いた様な感情を飲み干すように盃を煽った。しばらく酒盛りしていると、流石の霊夢と輝夜も疲れたのか、弾幕勝負を止めて降りてきた。だが、酒を飲んでも罵り合いだけは終わらず、結局は全員眠り込むまで舌戦が続くことになった。
翌日、私達は輝夜と永琳から『これ以上北斗に対して手荒な真似をしない』と約束取り付けた。輝夜の方は不満そうだったが……意外とあっさり引き下がった。逆に裏があるんじゃないかと勘繰ってしまいそうだぜ。
何はともあれ、これで今回の一件は収束するだろう。後は北斗が見つかれば一段落なんだが……アイツどこにいるんだ? 行く宛を考えながら俺達が永遠亭を後にしようとしたとき……
「……あれ、魔理沙? それに霊夢に咲夜さんまで! どうしてここにいるだ?」
唐突に曇天の空から聞いたことのある男の声が降ってくる。見上げると、屋根の上近くに北斗と……早苗と妖夢と慧音と鈴仙が浮かんでいた。何だこの組み合わせ……どういう状況だよこれ。
「……いや、百歩譲って早苗と妖夢は一緒に居るのは分かる。だが、どうして寺子屋の教師と耳が長い方の兎がいるんだよ!?」
「えーっと、成り行き?」
「前にも聞いたぞそれ!?」
これが噂の既視感って奴か。いや、ただ北斗がワンパターンなだけか。私が眉間を押えている間に、その一団は竹林へと降りてきていた。そして意を決したように北斗が輝夜と永琳の前に進み出る。
「北斗君……」
「輝夜さん、永琳さん、答えを伝えに来ました」
「えっ!?」
その言葉に二人は目を見開く。私も意外な言葉に驚きを隠せない。ずっと逃げ回って時効狙いだと思ってたんだが……まさか、北斗の奴本当に……
「北斗、早まったりしないでしょうね?」
私と同じ懸念を抱いたのだろう、霊夢が割って入って問いかける。その瞳は鋭く細められていた。しかし、北斗はしっかりとした表情で首を振って否定した。
「大丈夫だよ。ちゃんと考えた答えだ。だけど……これを伝えるには一人役者が足りないんだ」
「役者? 一体何を言って……」
霊夢が訝しんだ表情で首を傾げる。私も誰だか分からなかった。何か知っているのかと早苗達の方へ向くが、私達と同じような顔をしている。北斗は誰にも伝えなかったのか? 思わず私は北斗に説明するように求めようとする。そのとき……
「……やけに早いな。昨日の今日だぞ?」
突然、目の前に炎が湧き出てその中から人影が降り立つ。銀髪の髪と共に舞い散る火の粉を見た私は思わず身構えるが、それを北斗が手で制する。
「大丈夫だ! 待たせるよりいいでしょうからね。それとも何か問題ありましたか?」
「いいや、構わないさ……ギャラリーが多いのは気になるが、その気概に免じて許してやるさ」
小雨を蒸発させながら炎の中から現れた妹紅は銀髪の髪を振り払いながらニヤリと笑った。ああ、そうか、そういえば蓬莱人は輝夜と永琳だけじゃなかったな。まさか妹紅も北斗の能力を狙っていたとはな……随分モテモテじゃないか。
「それで、返答は……こいつらと纏めて、か?」
妹紅は顎で輝夜達を指す。移ろう視線が一瞬だけ慧音のところで止まった気がするが、すぐ北斗へ戻ってしまう。それに北斗は簡単に頷いてしまう。
「はい。そもそも俺の提案は永琳さんの力を借りないと出来ませんから」
永琳の力? 確か……『あらゆる薬を作る程度の能力』だっけ、それでいったい何をしようというんだろうか。だが、永琳は察したようで目を細めて北斗に近付いていく。
「……蓬莱の薬を無効化する薬の制作に、手伝ってくれるのかしら?」
「はい、そうです」
「……北斗さん!?」
「おい、話が違うぞ!?」
今まで黙っていた鈴仙と慧音が突然声を上げる。私も耳を疑ってしまう。北斗が自殺を手伝うのか!? いや、北斗の性格を考えれば……手伝うと言い出してもおかしくはないかもしれないが……それでもアイツらしくない。そう思えるような行動だった。
「そうか、自分の手で行うのが嫌だから薬を作るのを手伝うか。私はそれでもいいぞ」
「………………」
嬉しそうに言う妹紅に対して、輝夜はジッと黙っている。あれの性格からして喜びのあまり北斗に抱き着きそうなもんだが……輝夜は何とも言えない苦々しい顔をしていた。
「センパイ……」
北斗の後ろに立つ早苗が不安げに名前を呼ぶ。息のつまるような空気だ。正直、ここに居合わせたことを後悔した。北斗のこんな……ただ流されるような姿なんて見たくなかった。勝手ながら幻滅にも似た感情を抱いていると、北斗がおもむろに指を立てる。
「ただし、条件があります」
「……条件?」
その言葉に妹紅が眉をひそめる。瞬間、場の空気が変わったような気がした。北斗は鈴仙と慧音の方に優しい視線をやってから、永琳に向き合う。
「出来た薬は、輝夜さんと妹紅には渡さないでください」
「………………」
誰もがその言葉……北斗の意図が分からず言葉を失った。




