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東方影響録  作者: ナツゴレソ
六章 罪の始まり、罰の終わり ~Only you can kill me~
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37.0 鱗雲とアスファルト

 雨に打たれ続けるというのはよくない。服が水を吸ったせいか、はたまた疲労からか、全身が鉛のように重くなっていた。それでも俺は無我夢中で曇天の中を飛び続けた。


「とにかく、神社に……」


 ……いや、まずは人里で向かうんだったか。あれ、なんで向かってるんだったか……? 頭が回らない。これは……もしかすると低体温症ってやつかもしれない。

 気温は常温だが、弱った状態で雨の中を飛んだのが不味かったか。身体が震えている内はいいが、それさえ止まったら……いよいよマズイ。


「北斗……」

「大丈夫だ……ほら、里も見えてきた、し……」


 心配する火依に出来るだけ明るく答えようとするが、その声が寒さに震えていた。

 視界がだんだん霞み始める。これはまた墜落してしまうかもしれない。そんな懸念が過った俺はゆっくりとだが出来るだけ急いで高度を落としていく。そして幸運にも里の入口に降り立ったところで、俺の記憶は途絶えた。






 鱗雲が淡く夕日の色に染まっていく。木枯らしが背中を僅かに押してくる。寒いが心地よくもある、そんな変わり目の季節。

 昨今学校の屋上は封鎖されていることが多いが、田舎なのもあってこの学校は珍しく屋上は出入り自由だった。そのため天気のいい日はカップルやらグループやらがここを占拠してワイワイやっているのだが……


「寒いな……」


 流石に冬一歩手前の、木枯らし吹きすさぶ季節だ。学生達の溜まり場である屋上も閑散としていた。

 俺は誰もいないのをいいことに、フェンスの外側にある給水塔を置くための空間、そこの隅に座り外縁から足を放り出していた。当然ながら、入っていい場所じゃない。


「……これが誰かに見つかったら大騒動だろうな。自殺未遂だ、とか言われたりして」


 まあ、どうせこんな季節に屋上に来るやつもいないだろうし、見られてもどうも思わない。そんな気分だった。

 別に嫌なことがあったわけでも、何かに触発されたわけでもない。例えるならば、一時的な感情の起伏がそうさせていた。飛び降りる踏ん切りがつかないからここにいるってことでもない。けれど今なら……突然誰かに背中を押されてもその人を恨んだりはしないと思う。

 結局はその場だけのアンニュイな気持ちに浸っている自分に酔っているだけなのかもしれない。


「ふう……」


 俺は息を一つ吐いておもむろに目を瞑る。耳元では風切り音がずっと鳴り続けていた。それなりに危険な状況だと言うのに恐怖はない。飛び降りたらもっと風を感じられるだろうか? そんな思考が頭を過る。それもいいかもしれない。少し重心を前に倒すだけできっと……


「だめええええぇぇぇぇっっっっ!!!!」


 突然、背後から抱きすくめられてアスファルトに叩きつけられた。痛みに驚いて目を開けると、横たわった視界に緑の長い髪が端々に映る。こんな不思議な髪色をした知り合いは一人しか知らない。


「……東風谷?」


 俺は腕ごと包むように抱き着いている後輩に声を掛けるが、返事はない。ただ、震える腕で力一杯抱きしめられていた。少し痛いくらいだ。


「ちょ、離せって。別に自殺しようとしていた訳じゃないんだから。大丈夫だから!」


 俺は宥めるように身体の前に回された腕をタップするが、まったく離れようとする気配がない。仕方なく俺は東風谷が落ち着くまで待つことにした。傾いた視界に映るアスファルトに、段々と夕日が落ちていく。


「……そろそろ落ち着いたか?」


 しばらくして尋ねるが返事はない。代わりに聞こえてきたのはすすり泣く声だった。何も泣くほどじゃないだろうに……俺は息を一つ吐き再度言い訳を考えながら口を開く。


「東風谷、本当に違うんだ。飛び降りたりするつもりはなかったんだ。だから……」

「……嘘。センパイ、あと一歩遅かったら飛び降りそうだったもの」


 違う、と発したつもりなのだが、それは言葉になっていなかった。背中から震えと熱い熱が伝わってくる。

 人の体温か、それとも彼女の涙か、もしくは……強い感情か。それは冷え切った身体に温度を与えると同時に、心を強く包み込み鼓動を速めた。


「……死んだ人はそれで満足かもしれない。けど残された人の気持ちは、どうなるの……?」


 東風谷は俺の背中に顔を埋める。身体に回された手で服を強く握りしめられていた。遠くで下校時間を告げる鐘が遠く残響する。それでも俺達は動けなかった。


「私は……嫌だよ……! センパイに……死んでほしくない……!」

「………………」


 東風谷の心からの願い。初めてぶつけられた感情。

 それはあまりにも熱く、切なくて、俺は……アスファルトに頬を預けて、込み上げてきた思いを少しでも冷まそうとした。






「……早苗さーん、御粥作ってきましたよ、って何してるんですか?」

「えっ!? いや、ちょっと欲望に負けたというか、魔が差したというか……とにかく見なかったことにしてください!」


 後ろから声が聞こえる。それと同時に背中のぬくもりが離れた。

 ……ん? あれは夢だったのか? それとも現実か?

 まだ脳は寝ぼけているようで、頭の中が混乱している。とりあえず目を開けると、畳の部屋と自分が寝かされている布団と枕が見える。そして土鍋を持って冷ややかな視線を向ける妖夢と必死に何か説得する早苗の姿もあった。二人とも普段の衣装と違った、寝間着のような着物を身に纏っていた。


「ここは……」

「北斗、起きた?」


 枕元から火依がニョキっと顔を出す。そうだ、俺は倒れたはずだけど……布団から起き上がると、早苗と妖夢がすぐさまこちらを向いた。


「あぁ、センパイ! 気が付きましたか!? 人里の入口で倒れてて心配しましたよ!?」

「しかも、私並に身体が冷たいんで驚きましたよ。大丈夫ですか? 食欲はありますか?」

「ちょ、ちょっと待った! 早苗に、妖夢……どうして二人が? それにここは?」

「……とにかく全員落ち着け」


 状況を飲み込めず混乱していると、そこに薄着の慧音さんが現れる。風呂あがりなのか頬がほんのり上気している。雨が降っていたからずぶ濡れになったのだろう。着崩れかけた寝巻きを着ていて若干目のやり場に困る状況だ。

 俺は出来るだけ視界に入れないようにしながら話を続ける。


「えっと……まず、助けていただきありがとうございました。早苗と妖夢もありがとう」

「流石にあの状態の人を無視出来ないからな。ここは私の家だ。狭いが我慢してくれ」


 俺が礼を言うと、慧音さんが困ったように笑いながら畳に座る。早苗と妖夢も、それに習って腰を落とした。慧音さんは艶っぽい仕草で髪を拭きながら、俺に向かって言う。


「それに元々私達はお前を探して動いていたんだよ」

「俺を探す……? 早苗はなんとなくわかるけど、どうして慧音さんと妖夢も一緒に?」


 俺が尋ねると、慧音さんは不意に表情を曇らす。話しにくいことなのだろうか? その様子を訝しんでいると、おもむろに妖夢が口を開いた。


「私は、まあただの成り行きよ。けど慧音さんは……」

「……私は、私の友人が君の能力を狙っていることを危惧していてな。ちょうど君を探していた二人に協力することにしたんだよ」


 能力を狙った……その言葉で、頭に輝夜さん、永琳さん、そして妹紅さんが次々と浮かぶ。おそらく……いや確実にそれらの誰かだろう。そして可能性として一番ありそうなのは……あの人だろうか?


「友人……と言うと?」

「……藤原妹紅。君を襲った者に他ならない」

「そう、ですか」


 俺の予想通りの回答が返ってきた。妹紅さんが俺のことを襲ったのを知っている事自体には少し驚いたが、よく考えれば俺が気を失っている間に火依が説明してくれていたのだろうな。などと考えていると、唐突に慧音さんが大袈裟に頭を下げた。


「すまない。私の友人が迷惑を掛けて……」

「慧音さんが謝る必要はないですよ」

「だが……アイツはお前に……」

「大丈夫ですから!本当に、大したことないですから……」


 俺は額が付くほど頭を下げようとする慧音さんを必死に止める。ふと視線を感じ当たりの様子を伺う。すると一連の様子を早苗は神妙な顔つきで、俺を見ていた。






 とりあえず今日のところは絶対安静ということで、俺は慧音さんの家に泊めてもらうことになった。しかし俺は眠らずに一人真っ暗な天井を眺めながら、ボーっと時間が流れるのを待っていた。

 流石に妹紅さんへの回答を考える気にはなれなかったので、代わりに目覚めるまで見ていた夢の続きを考えてみる。

 あの夢は……過去の懐かしい思い出だ。ずっと忘れていた、記憶の残滓だ。あの時、俺は早苗になんて言ったんだろうか。自殺しないと約束をしたのはあの時に違いないと思うのだが……しかし、思い出すことはできない。


「はぁ……また、早苗に怒られるな」

「ええ、怒りますよ」


 独り言のつもりで呟いた言葉に返事が返ってきて俺は驚いて飛び起きる。すると、早苗が枕元でしゃがみ込んでいた。慧音さんに借りたのか、寝間着の姿だ。

 俺は慌てて布団から起き上がろうとするが、早苗にのしかかられるように手で押し留められてしまう。


「さ、早苗!?」

「しーっ。先生と妖夢さんが起きちゃいますよ」

「……お前は寝なくていいのか?」


 俺は声のトーンを下げて尋ねると、早苗さんは少し不機嫌げな顔で枕を指差して言う。


「病人が寝てるか監視に来たんです。案の定起きてましたね。ほら、早く寝てください」

「は、はぁ……」


 俺は渋々言われた通り横になる。正直こんな早い時間に眠れる気がしないのだが……まあ、狸寝入りでもして誤魔化すか。

 俺は仰向け……は流石に恥ずかしいと思ったので、横向きになって寝てみせる。


「……これでいいか?」

「ええ、そのまま動かないでくださいよ……」

「………………?」


 何やら早苗が暗い部屋の中でゴソゴソしている。先程の言動とは真逆の安眠妨害行為に呆れていると、しばらくして早苗が俺の背中の方から布団に入ってきた。石鹸の仄かな匂いが近くて、つい声が上擦ってしまう。


「ちょっ、早苗、それはマズイだろ!?」

「静かに! 振り向いちゃ駄目ですからね、あと極力動かないこと」

「ええ……?」


 病人扱いするなら放っておいてほしいのだが……と抗議する暇もない。背中にぴったりと寄り添われて、俺の動きは完全に封じられてしまった。何故か追い詰めらたような気持ちになってとまどっていると、後ろから小さいながらやや怒りの含んだ声が飛んでくる。


「さて、北斗さん。私は怒ってますよ」


 早苗はそう言うと俺の衣服を掴み、そして背中をグーで叩く。痛い。


「これから説教をしますから、謹んで受けてください」

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