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東方影響録  作者: ナツゴレソ
番外編集
6/202

番外その四 幸せ運ぶ迷い猫

 霊夢と火依との間には会話が少ない。決して険悪な間柄、というわけではないのだが……どうもお互い距離感を掴めてないみたいだった。

 まあ、霊夢の方はどちらかというといつも通りに振る舞ってはいるだけではあるが。霊夢はドライな性格に見えるけど、アレはアレで結構話好きだ。魔理沙との雑談で一日潰すなんてしょっちゅうだし、俺との食事中もそれなりに会話をする。こういうところは普通の女の子だとは思う。

 で、問題は火依の方だ。博麗の巫女は妖怪の天敵というイメージと、居候させてもらっている申し訳なさが強いのか、霊夢に対して萎縮してしまっていた。

 ……もしかしたら、ここに自分が居ていいのか迷っているのかもしれない。


「そんなことを気にしなくてもいいのに」


 俺は閉じた雨戸の向こうから聞こえる雨音に独り言を混ぜ込んだ。

 火依には幻想郷の住人らしい勝手気儘さが足りていない。最近こっちに来たばかりらしいし、無理もないだが……って、そもそも幻想郷で変人扱いの俺が偉そうに言えないのだが。

 ……話が逸れたが、二人の関係をなんとかしたい気持ちは山々なのだ。だが……キッカケを掴めずにいた。

 梅雨という季節も間が悪かった。来客も乏しく、出掛けることもしにくい。神社にはジメジメとした気まずい空気が漂っている。どうにかしないと……






 そう考えていた矢先のことだった。意外な人物によって転機がもたらされることになる。


「………………」


 俺と霊夢は裏勝手口の前で雨に濡れながら俯く火依を見て、絶句した。

 いや、正確には火依の手の中でか細く鳴く子猫に、だが。

 茶色に黒の縞模様……キジ猫だ。手に乗りそうなほど小さい。目が開いてるし、生まれて数週間は経っていそうだ。つい茫然と立ち尽くしてしまっていたが、俺は慌てて火依に声を掛けた。


「話は後から聞こう!火依、とりあえず体を拭いて着替えておいで。霊夢、子猫を拭いてから抱いて温めてあげて」

「あ、え、ちょ、北斗!?」


 俺はしどろもどろになる霊夢を無視し、風呂場からタオルと持ってくる。そして、未だ勝手口手前で立ち尽くしている二人に向かって投げつけた。


「ほら、動いた動いた!」


 手を叩いて急かすと、霊夢はぎこちない手付きで小猫を受け取り、火依も羽をばたつかせながら居間へ向かった。

 近付いて子猫の様子を伺うとずっと雨に打たれていたのか、ぐったりしている。呼吸も弱々しい。まずは身体を温めないと……


「霊夢、しっかり抱いてて。人の体温で温めるのが一番効率いいから」

「う、うん……」


 俺は霊夢と火依が居間に行ったのを横目で確認しながら、お湯を沸かし始める。そして、非常用に買っておいたミネラルウォーターを取り出し、さらに注ぐ。

 確か祖父が拾った子猫に薄い砂糖水を与えていたのを思い出したのだ。猫用のミルクは勿論、人が飲む用の牛乳も置いてないが、砂糖ならある。分量はわからないが……何とかなるだろう。

 本来なら獣医に診せて点滴を射ってもらうのが一番なのだが、おそらく幻想郷に獣医はいない。

 永琳さんの所なら用意できなくもないだろうが……流石に雨の中竹林に行く時間なんてない。俺達で救ってやらないと……






 その後俺たち三人は交代交代で一晩中温めながら、薄い砂糖水をほんの少しずつ与え続けた。

 その甲斐もあってか翌朝には昨日までの衰弱っぷりは何処へやら、子猫はすっかり元気になって火依の羽で戯れていた。だが、それとは対照的に火依は畳へ正座させられすっかり縮こまっていた。それも無理もない。俺も若干引き気味だった。


「で、どういうことかしら?」


 何たって霊夢がお祓い棒を持って火依の前に仁王立ちしているのだから。しかし、頭に血が上っているという訳ではなく、霊夢は腕を組んでジッと火依の言葉を待っていた。

 しばらくしてから、火依は何とか口を開く。


「だって、雨に濡れて、震えてたから……」

「子猫の事はいいわ。見殺しにしろって言いたいわけじゃないもの。私が聞きたいのはこの雨の中、傘も差さずに何してか、ってことよ」

「………………」

「言えないことでもしてたかしら?」


 霊夢の問いに、火依は答えない。確かに俺も不思議に思っていた。火依は物をすり抜けられるから傘を持たなくていいのはわかる。子猫を抱いて帰るには物質化しないといけないのも理解している。だが、こんな日に何処かへ出かけて……一体何をしていたのだろうか?

 ……もしかして、ここを去ろうとしたなんてことないよな?そう信じたかったが……真相は火依にしかわからない。

 ただ霊夢の疑問は最もなのだが、もう少し聞き方ってものがあるだろうに……

 二人の間に重苦しい空気が流れる。雨音がやけに大きく聞こえる。堪えられなくなった俺は二人の仲を取り持とうとするが……


「みゃー」


 子猫が鳴きながら霊夢の足にスリスリと頭を擦りつけていた。まるで話を聞いていたかのような絶妙なタイミングだ。完全に虚を突かれた霊夢はそれ以上火依を咎めることが出来ず、ため息を吐いた。


「……まあ、いいわ。世話はアンタがしなさい。いいわね?」

「うん……」


 火依は短く頷きながら、子猫を背を撫でた。そんな二人の様子を見て、俺はホッと胸をなでおろす。何とかこの場は丸く収まったが……二人の間の溝がついに露わになってしまい、俺はこれからの生活に胃痛を覚えてしまった。




 ところがどっこい、その後二人との間にそれらしい仲違いは見られなくなった。

 子猫というのは色々やらかすもので、目を離していられない。二人とも子猫の面倒を見るので精一杯でそれどころじゃなくなったのだ。

 火依に世話をしろと言った霊夢も、結局は見て見ぬふりも出来ず手伝ってしまっていた。本人はお茶する時間が減ってご立腹だとぼやいていたが、俺の目には生き生きしているように思えてならない。

 かく言う俺も子猫と暮らす日々をそれなりに楽しんでいた。障子を破かれたりして、やる家事は増えたが、それすら微笑ましく思っていた。


「……霊夢、ご飯はさっきあげたばっか」

「だってコイツがじゃれてくるから……ちょっと!この袖は猫じゃらしじゃないんだってば!」


 もっぱら猫の話題だが、二人の会話も目に見えて増えた。

 ……一時はどうなるかと思ったが、火依が拾ってきた子猫が幸運を運んできてくれたようだ。

 こうなったらいっそ飼ってしまおうかと思い立った俺は、藍さんに頼んでトイレやらキャットフードを用意してもらうことにした。いつもの食料品に加えて猫用品の羅列したメモを渡すと、藍さんは顎に手を当て首を傾げた。


「む、北斗殿、猫を飼うのか……?」

「ええ、火依が雨で濡れてたところを拾ってきたんですよ。親も飼い主もわからないんで、うちで面倒見ようかと思いまして……もしかして猫は御嫌いですか?」

「まさか!橙は眼に入れても痛くないぞ!いやな、ここ最近その橙がしょげているんだ」

「しょげている……というと?」


 俺は嫌な予感を覚えながらも、藍さんに尋ねる。霊夢の影響を受け過ぎているせいか、俺も勘が良くなってきているのかもしれない。


「実は橙が住んでいるマヨヒガは沢山の猫が住みついていてな……そのうちの一匹が子供を産んだんだ。だが、その子猫の一匹が行方不明になってしまって……」


 ……ああ、やっぱりこうなったか。藍さんが言いたいことも、この嫌な予感の元もわかった。


「親猫も毎日探し回っているようだがら、橙も放っておけないようでな……もしかしたらと思って、な」


 藍さんが言いづらそうに言葉を濁す。一瞬、しらを切ろうかと酷い提案が頭を浮かぶが、自分の掌に爪を立てて止める。

 お世話になっている藍さんに嘘を吐くようなことは出来ない。それに子猫を探している親猫と橙を騙して、子供を奪い取るなんてこと……していいはずもない。


「もしかして、その親猫はキジ柄ですか?」

「ああ、そう橙から聞いている」

「……なら、おそらく当たりですね」


 俺は複雑な気持ちで、藍さんに笑いかけた。きっととても固い笑顔だったろうと、内心で自嘲しながら。






 子猫の親が見つかったことを伝えると、二人は黙り込んでしまった。ちょうど名前を決めようかと、居間で話し合ったところに冷や水をぶっかける形になってしまった。

 だが、情が移り切らないうちに別れは済ました方がいい。

 二人……特に火依には説得が必要だろうと覚悟していたのだが、すんなりと受け入れていた。


「何と礼を言っていいやら……とにかく、ありがとう。また後日橙と一緒に礼をさせてくれ」


 子猫を抱き裏勝手口に立つ藍さんが丁寧に頭を下げる。霊夢と火依は腕の中で鳴く子猫を直視できずに俯いていた。

 藍さんは妖術で掻き消えるように何処かへ消えてしまった。別れも言う暇も与えなかったのは、藍さんなりの配慮だったのかもしれない。俺たち三人は見送り終えてからも……動けずにいた。


「……まあ、二度と会えなくなるわけじゃないから。偶に会いに行こう」

「そうね……」


 何とか捻りだしたフォローの言葉に、霊夢が同意する。

 立ち尽くしていても仕方ない。俺と霊夢が動き出そうとするが、火依だけは動けずにいた。

 背の翼も力なく垂れ下がっている。一番、子猫を可愛がっていたのは火依だ。無理もない。なんて話掛ければいいか頭を捻っていると、前触れもなく霊夢が火依の頭を撫でた。


「……アンタはいなくならないでよ」

「ッ!!」


 火依は顔を伏せたまま身体を振るわせた。霊夢のらしくない一言に俺も驚いてしまった。

 何事もなかったかのように台所に立ちお茶を用意し始めた霊夢に、俺は火依に聞こえないような声で問いかける。


「珍しいな。霊夢がデレるなんて」

「殴るわよ。別に、思ったことを言っただけよ」


 霊夢は茶葉を急須に落としながら、照れ隠しに顔を逸らしてしまう。そして……ややあってから、ほんの僅かに笑った。


「偉そうに言ったくせに、私も情にほだされちゃってるんだから……まったく誰のせいかしら?」


 諦めたような、少し楽しそうな表情で呟いた霊夢の言葉に俺は無言で肩を竦めてみせた。






 そんな事があって、霊夢と火依の仲は一緒にお風呂に入るくらいには仲良くなった。

 結局火依が雨の日に外に出かけた理由は分からず仕舞いだったが、もうどうでもいいことだろう。

 きっと火依はここにいていいんだと、心の底から思えているだろうから。

 そんなきっかけをくれた子猫はマヨヒガで元気に暮らしている……のだが、どうやってか、ちょくちょく神社までやってくるようになっていた。

 それどころか、親猫と子猫の兄弟も餌と遊び相手目当てに神社に来るようになり、妖怪神社が猫神社になってしまっていた。

 結局は藍さんに猫用品を仕入れてもらう事になるとは、流石に予想していなかった。そして、月に一回の障子の張り替えが習慣になったのは言うまでもない。

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