23.5 タイムリミット24:00
「一体どうしてこうなったんだ……」
「私が聞きたいわよ……」
私と霊夢は博麗神社の屋根の上に座り込みながら、同時に溜息を吐く。
現在、私達は有象無象の妖怪に囲まれていた。一匹一匹は取るに足らない雑魚だが、流石の私達でも面倒臭くなる
数だ。
今のところは霊夢の結界で侵入を防いではいるが、これじゃあ博麗神社から出ることすらままならない。私は妖怪の恨みったらしい視線を無視して、胡座を掻く。
「天狗のやつらといい、こいつらといい、戦いは数って思想が流行り過ぎじゃないか?」
「そうしないと勝てないからでしょ。それにしても目障りねぇ……やっぱり全員退治してやろうかしら」
「攻撃しない方がいいって言ったのは霊夢じゃねーか! 何か裏がありそうだって!」
「そうだけど、目の前に妖怪が敵を向けているのに何もしないのは、博麗の巫女としての『あいでんてぃてぃー』に関わるのよ……」
霊夢は座った目で妖怪を睨みつけながら静かに呟く。
ああ、イライラしている。火を見るよりも明らかだ。本気の天狗共相手に敗走してしまったのと北斗が行方不明になっているのが重なって、かなり不機嫌になってるみたいだ。
私はそんな霊夢を横目に、頭上に広がる蒼天に向けてため息を吐いた。
「北斗のやつ……大丈夫か?」
天狗共が発行した新聞には、北斗がこの異変の首謀者だと決めつける内容が書かれていた。そして、それに煽動された宗教家の妖怪達が北斗の命を狙っていた。
博麗神社に来ているこいつらも、北斗がここに隠れていると踏んでやって来た殊勝な宗教家の妖怪だろう。どうにか運良く逃げ果せていればいいんだが……
「魔理沙」
「ん? どうした、霊夢?」
突然霊夢が起き上がりながら声を掛けてくる。私もつられて立ち上がると、神社の鳥居の前に珍しい組み合わせの二人がいた。
聖白蓮と豊聡耳神子だ。二人並んで立っている。珍しい……というより今まで見たことない組み合わせだ。
それを見たショックか、私は頭で考えたことをそのまま口に出してしまう。
「……お前らって仲が悪いんじゃなかったっけ」
「別にそんなことはないさ……少し恨みがあるだけで」
「ええ、そうですよ。宗教がお互いいがみ合っていると考えるのは素人の発想ですよ」
「そーかい」
阿求が宗教家集めて色々話させた時は、ちょくちょく火花散らしてたじゃねーか、と言ってやりたかったが……シリアスな雰囲気がそうさせてくれない。
まったく、本格的に面倒くさいのが来ちまったな。私は辟易とした思いを抱きながら境内に降りて白蓮に尋ねる。
「狙いは北斗か」
「彼からお話を聞いた際には異変解決に熱心な方だと感じました。なので是非直接本人に会って真相を問いたいのです」
「悪いが、北斗はここにはいないぜ。どっかに隠れてるかお前らのお仲間にやられたかのどっちかだろうぜ」
「神奈子様達や道教の信者ならいざ知らず、仏教では不殺生戒、生きとし生けるものを殺めてはならないのですよ」
はっ、どーだか。それを守ってる妖怪がどれだけいることやら。
内心で毒を吐きながらも、注視だけは止めないよう心掛ける。命蓮寺の奴らが来るのは正直想定の範囲内だったんだが……まさか道教の方まで動くとはな。私は神子の方を睨む。
「どうしてお前まで来るんだよ。お前はそんな布教に積極的じゃなかったじゃねぇか」
「その通りだが、今回は輝星北斗の能力に興味があってね」
「興味って……北斗を利用するつもりか!?」
「それは彼次第だ。もし改心の気持ちがあるというなら、彼の力は世の平定に大いに活かせるだろう。しかし、そうでなければ滅しなければならない。それほどまでに強大な力だよ」
神子の演説じみた言葉に、思わず舌打ちをしてしまう。
そうか、宗教云々以外にも北斗の能力目当て、もしくは危険な能力だと危惧しているやつもここにきている可能性があるのか。
とりあえず、二人とも今すぐ北斗をどうこうしようと思っていないのはいいんだが……もし本当に北斗が原因だとしたら、こいつらは容赦しないだろう。
「まったくややこしいことになったぜ……」
この状況、一体どうするか頭を悩ましていると、屋根の上の霊夢がワザとらしく溜息を吐いた。私と同じく境内に降りて、白蓮達に向けてゆっくりと歩を進めていく。
「まったくこれだから妖怪は自分の都合でしか物を考えない……」
その数歩目、突然霊夢は大きく足を上げて地面を踏みつける。瞬間、結界が広がり周囲にいた妖怪が吹き飛んだ。何とか踏みとどまったのは白蓮と神子も衝撃に顔をしかめていた。
「……随分手荒い歓迎だな。これが博麗の巫女流の挨拶か?」
「うるさいわ。私の前に立つ妖怪は悉く退治する。それが博麗の巫女よ」
神子の挑発的な皮肉もはね退け、霊夢は剣呑な表情で前に進んでいく。そしてお祓い棒を振りかざしながら、高らかに言ってのける。
「勝手に犯人を決めつける天狗共も、それを鵜呑みにしている宗教家共も、ついでにどっかにほっつき歩いている北斗も! 私が全員やっつけてこの異変を終わらしてやるわ!」
「いや、俺をやっつける必要はないから」
乱暴な霊夢の言葉に、上空から聞いたことのある声がツッコむ。咄嗟に見上げると北斗と……早苗と神奈子と諏訪子が結界の外を飛んでいた。驚きのあまり、私は思わず声を張り上げた。
「北斗! 生きていたのか!?」
「あぁ、ちなみにこの通り賭けは俺の勝ちだぜ。結界の中に入れてくれ」
私達の心配を他所に、北斗は随分余裕そうだ。
霊夢が結界を解除すると四人がぞろぞろと下りてくる。著しい状況の変化に戸惑いながらも、私は頭を掻きながら北斗に尋ねる。
「えっと……色々聞きたいことがあるんだが、まず聞きたいんだがどうしてこいつらが付いて来ているんだ?」
「うーん……成り行き?で協力してくれるって」
「なんじゃそりゃ……心配して損したぜ。な、霊夢?」
そう霊夢に振るが、霊夢は何故か早苗に睨まれてたじろいでいた。一体何があったのか、早苗は凄まじい形相で霊夢に詰め寄っていく。
「ちょ、早苗一体何なのよ!?」
「霊夢さん、後でお話があります……ええ、とても大事な話が」
……何やってんだか、と呆れ顔でそれを見ている内に、北斗と神様二柱が白蓮と神子の前へ歩み寄っていた。まさに一触即発といった空気が漂ってくる。そんな中一番最初に口を開いたのは……意外にも北斗だった。
「こんにちは白蓮さん、そして……貴女は人里で出会いましたね」
「ああ、豊聡耳神子だ。そうだな……外の人間に説明するなら、聖徳太子の生まれ変わりとでも言おうか」
「聖徳太子の生まれ変わり、ですか。女性に生まれ変わるところは流石幻想郷ですね」
随分能天気に北斗が笑う。そんな様子を見て、流石の白蓮と神子も毒気を抜かれたような表情をしている。
状況を理解してるのかと問いただしてやりたいとこだったが……白蓮も同じことを思っていたようで、珍しく声を荒げた。
「北斗さん! 今貴方の置かれている状況を理解しているんですか!?」
「ええ、人里での信仰心の減少、その元凶が俺だと言いたいんですよね」
北斗は至って冷静に事態を受け止めているようだ。平然と自分が疑われていることを簡単に口に出してしまった。呆気からんとした態度に、白蓮の顔が険しくなっていく。と、北斗の言葉をフォローするように神奈子が横から口を出す。
「私達は輝星北斗の擁護のためにここに来ているわ。彼が守矢神社へ来た時から、確かに彼から信仰を得られている。この異変の元凶ではないはずだ」
「ま、そのなけなしの信仰も妖怪の包囲網を抜け出すとき使っちゃったけどねー、力を貰ったのは間違いないよー」
諏訪子も続けて北斗を擁護する。まさか被害を被っている奴らからの証明してもらえるなんて!
これで北斗の身の潔白は証明できる。そう思ったんだが……白蓮も神子も納得していないようだ。毅然とした様子で白蓮が首を振る。
「神奈子様、諏訪子様には失礼に当たりますが、この異変を解決しない限り、北斗さんを疑うことを止めることはできません」
「それに君の能力は本当のものなんだろう? ならば、こんな異変を起こせるのは君しかいない。そうは考えられないかい?」
神子の言うことは最もだが……こいつの力は目には見えないもんだから、結局状況証拠しか出てこない。それなのに北斗ばっかり疑われてしまうのは……不公平に思えてならなかった。
我慢ならなくなって文句を言おうとするが、それより先に北斗が重々しく頷きながら喋り出す。
「……ええ、確かに俺の能力は『影響を与える程度の能力』です。この能力は俺の関係なく事情を引き起こすようで、博麗大結界にも影響が出ています」
「ッ!?北斗!?」
後ろで聞いていた霊夢が声を上げる。能力のことは隠しきれないかもしれないが、結界の事まで素直に言う必要ないと言いたいんだろう。私も同感だ。どうして言っちまったんだ!?
白蓮と神子の北斗を見る目が明らかに変わる。先に口を開いたのは神子だ。
「……なるほど、霊夢が君を居候させているのは『監視』のためか」
「ええ、紫さんの指示で。あの人は俺がこのまま結界に悪影響を与え続けるなら俺を殺すことも考えているでしょう」
「だろうな。私も同感だ」
神子はおもむろに手に持った笏を北斗の顔に突きつける。その目は先ほどの余裕ぶったようなものではなく、冷たく、鋭い。
「君は間違いなく幻想郷を揺るがす。平定の世には必要ない存在だ」
「かもしれませんね」
「それに本当に意志と関係ないかなんてわかりません。もしそうだとしても、今回の異変も貴方の個人的な信仰と関係なく異変が起きている可能性だって出てきます」
白蓮も痛いところを突いてくる。ぐうの音も出ないのか、北斗はしばらく目を瞑って聞いていたが……突然、意を決したように目を見開いた。
「……ええ、俺の能力は自分でも分からないことが多すぎて、何も否定することはできません。ですから、俺ができることは一つしかありません」
北斗は息を一つ吐くと、地面に正座をして目の前に刀を放り投げた。そして、まっすぐに、視線を反らすことなく呟く。
「俺は逃げも隠れもしません。どうやっても異変を解決できないならば、俺を殺してください」
「北斗!?」
「センパイ!?」
「何馬鹿なこといってんだ!?」
私達は悲鳴に似た叫びを上げるが、北斗は振り向きもしない。ただ、白蓮と神子を見つめるだけだ。神様二人も固唾を飲んで見守っている。白蓮も流石に驚いたようで、言葉を失っていた。
その中で……神子だけが、声を上げて笑っていた。
「ははは! 自らの命を担保するか!? だがそれは本気ではあるまい!」
神子は膝を突き、北斗に目線を合わせた。まるでその者の本性を化けの皮を暴こうとするように、ジッと顔を覗き込む。
「以前会った時と違い、死の渇望に引き摺られていない。もっとも強い欲には変わりないが」
「……それが貴方の能力ですか」
「そうだ。『十人の話を同時に聞くことが出来る程度の能力』、その者の欲望を聞き本質を知る力だ」
そう説明しながら神子は少し歩いて北斗が投げた刀を拾う。前に持たせてもらったことがあるからわかるんだが、あれはかなり重いはずだ。しかし、神子は小枝を拾うように簡単に持ち上げていた。
「君からは死の渇望以外の欲望はほぼ感じられない。君が故意にこの異変を起こしていることはないだろう。ならば、可能性としては深層心裏で宗教を疎んでいるか、君じゃない誰かが異変を起こしているかのどちらか」
神子は刀を北斗に手渡すと、半ば無理やり立ち上がらせる。そして脛の土を払い終わるのを待ってから、目の前の北斗に向かって不敵な笑みを浮かべながら言い放つ。
「そこで一つ提案がある。輝星北斗、君に一日だけ時間を与えよう。その内に自らの信仰心を高めて見せよ!それで異変が収まればよし、そうでなくとも君の影響の力で里の人々を改善できるやもしれん」
北斗が息を呑んだ。私も同じようなリアクションをしてしまう。たった一日で信仰心を高めろっていうのか!? 無茶が過ぎるぜ!?
私は文句を言おうとするが、その前に北斗があっさり頷いてしまう。
「わかりました。明日の正午、場所は里の入口でやりましょう」
「ふ、いい顔だ。『君が異変を解決する』ことを期待しているよ。白蓮、異存はないな!?」
「え、ええ……それで異変を解決できるのであれば試す価値はあると思いますが……何なら私自ら北斗さんに説法を!って、ちょっと引っ張らないでください! 小一時間ほどで済みますから説法させてください!」
「今回はその役は守矢に任せるべきだろう。行くぞ」
神子は白蓮を説法したくてうずうずしている白蓮を引き摺って行ってしまった。
……なんだかほとんど置いてけぼりだが、大変なことになってしまったんじゃないか!? 北斗を除いた全員で顔を見合わせる。
……タイムリミットはあと一日こっきりだ。




