19.0 命蓮寺と潔白の証明
慧音さんからは敵意を向けられるかもしれないと聞いていたが、わざわざご丁寧に出迎えてくれるとは夢にも思っていなかった。おかげで虚を突かれ、呆然としてしまっていた。
目の前のロングウェーブの大人っぽい女性は片手に金剛杵を構えている。どうやって戦うのかはわからないが、あれが得物だろう。まあ、霊夢も大幣で刀を防いだりしているし、幻想郷の武器は何でもありなんだろうが。
向こうはやる気満々のようだが、今回俺は戦いに来たわけではない。俺は左腰に差した刀を鞘ごと抜き取って、そっと地面に置く。
「戦う気はありません、少しお話を聞かせてもらいたいだけです」
「………………」
彼女が人間か妖怪かはわからないが……本来、敵意むき出しの相手に得物を捨てるなんて自殺行為にも等しい。だがそれでも話をするためには、誠意を見せて信用を勝ち取るしかないと思った。
目の前の女性はしばらく俺を観察していたが、緊張の糸が切れたようにポワっとした笑顔を浮かべた。
「あら、そうでしたか。ごめんなさい、最近里での風当たりが強くてつい警戒していたのです」
「え、あ……はい、実はそのことが気になって調査しているんです」
「そうなのですか!? それは失礼な事をしました! でしたら法堂へご案内しましょう」
拍子抜けするほどの態度の変わりように俺は一瞬、拍子抜けしてしまう。随分あっさり信じてもらえた。これほど見事な手のひら返しだと、逆に何か裏があるんじゃないかと警戒したくなるが……いや、流石に回りくど過ぎるか。
俺は深く考えないことにして、刀を拾ってから女性の背を追いかけていく。
しばらく歩くと畳の敷かれた大部屋に通された。
「どうぞ、お座り下さい」
「あ、はい」
長居をするつもりはなかったのだが、言われるがまま俺は座布団に正座する。お互い対面して座っていると、お見合いしてるような気分になってくる。いや、寺だし説法の方がらしいか。
「申し遅れました、まずは自己紹介を。この命蓮寺で住職をしております、聖白蓮と申します」
俺は静々と礼をする聖さんの恰好を改めて観察する。住職って……こんなお洒落な恰好とかしていいのか? ある意味外の世界より進んでいるかもしれない。
さて、ジロジロ見ても失礼だ。俺は咳払いを一つして姿勢をピンと正す。
「輝星北斗です。外来人で博麗神社で居候をしています」
「外来人……その貴方がどうして調査を?」
ごもっともな質問に俺は、一瞬言葉が詰まってしまう。
俺の能力のことを言えば、最悪この場で殺されてしまうだろう。こんな善良そうな人を騙したくはないが……話をややこしくする理由もない。何とか誤魔化さないと……
「その、ですね……霊夢に頼まれたというか……」
「霊夢さん……? なるほど、彼女が異変の予感を感じて北斗さんに調査を任せたのですね!」
「え、ええ、だろうと思います! あまり詳しいことを聞かされずここに来たので、推測ですが……」
どうやら勝手に勘違いしてくれたようだ。勘繰ってくれたおかげで助かった。
だがしかし、霊夢の小間使いか……まあ、普段もそんなもんだから特に傷つくプライドもない。ボロが出る前に、話題を変えよう。俺は先んじて喋り始める。
「それでお聞きしたいんですが、人里の変化はいつ頃から始まりました?」
「そうですね……私の記憶では半月前ぐらいでしょうか? 何の前触れもなく突然避けられるようになりまして……」
「良くない噂が広がっていった、っていうわけではないんですか?」
白蓮さんは浮かない顔で重々しく頷く。
彼女が気付いていないだけの可能性もあるが……今のところ人為的な噂で貶められたという可能性はなさそうだ。さらに可能性をしらみ潰しにしていくため、質問を重ねていく。
「一応聞きたいんですが、寺を襲撃されたり、信者の方が襲われたなどの被害はありましたか?」
「いいえ。私達を敵回したくないのか、はたまたそこまで嫌ってはいないのかのどちらかも分かりませんが、避けられていること以外実害はありませんでした」
「そうですか……」
今のところは里の雰囲気が悪くなっているぐらいの被害しかないのは何よりだが……ますます手掛かりがないな。何でもいい、とりあえずの取っ掛かりがあればいいんだが……
内心困りながら白蓮さんの言葉に頷いていると、ふと頭に一つの疑問が過る。
「ん、信者の方には影響がなかったのですか?」
「ええ、ここで仏門に入ったものだけですが……それと里の妖怪にも影響がないようです。里に住んでいた人の入信者は姿すら見なくなってしまいました。ご健在であればいいのですが……」
「………………」
白蓮さんの心配そうな表情に、俺は思わず顔を伏せてしまう。どうやらこの人は自殺者の増加を知らないようだ。
本来は寺の人間が供養するのだろうが、里の状態がそれでは命蓮寺に依頼が来ていないのかもしれない。
もし俺が引き起こしているならかなりの大罪人だな……紫さんに殺されても仕方ないぞ。
何はともあれ、白蓮さんのおかげで重要な情報を手に入れることができた。
この異変は里の人間にしか影響していない。これはかなりのヒントだ。何故限定的な影響なのか、それを突き止めることができれば……
考えを纏めていると、突然白蓮さんが思い出したように声を上げる。
「あぁ、ご健在といえば神奈子さんや諏訪子さんも悪影響を受けるかもしれませんね……」
「えっと……その二人は里の信者さんで?」
「いえ、妖怪の山の頂上にある守矢神社にいらっしゃる二柱の神様です。今の状況では信仰が得られないので力を落とされていると思いますが……」
神様! 霖之助さんから聞いて存在自体は知っていたが……話に出るとは思わなかった。本当に幻想郷は何でもアリだな。しかし、神様か……気になるな。
「無知なようですみませんが、神様はその信仰というものがないと駄目なんですか?」
「ええ、神奈子さん曰くただの妖怪になってしまうらしいですが……」
そういえば妖怪は人間に恐れられていないと、存在を維持できないと聞いたことがあるが……神様も同じようなことなのかもしれない。
守矢神社。実存する神様がいる場所……行ってみる必要がありそうだ。白蓮さんもそう思ったのか、遠慮がちに頼んでくる。
「……北斗さん、もし調査で守矢神社に行くようなら、ご様子を伺っていただけませんか?」
「ええ、わかりました。それではこれで……」
情報もしっかり手に入れられたのでお暇しようとするが、何故か白蓮さんに手でそれを制してくる。
「お待ちください。もしよかったら仏法を聞いていかれませんか?」
「……へ?」
「貴方が忙しい身であることは承知しております。しかし、貴方の危険を顧みず他者のために動く姿はまさに釈迦尊の説いた自捨の姿! 貴方ならば精進を重ねれば悟りを開き得るかもしれません」
突然宗教勧誘が始まってしまった。唐突な展開に俺は困惑してしまう。
最近里で出来なかったせいでフラストレーションが溜まっていたのだろうか。白蓮さんは目をキラキラと輝かせていた。しかし、それに付き合わされる側は堪ったものではない!
「ご、ごめんなさい! 今日は忙しいので、また時間があれば聞きに行きますんで!」
「……わかりました。必ず、必ずですよ!?」
まるで今生の別れの際の約束みたいな言い方をしないでもらいたい。俺は白蓮さんに見送られながらそそくさと命蓮寺を後にする。
危なかった……長々と説法をくらったら、街の信仰弾圧が拡大しかねないところだったな。
博麗神社に戻ると、霊夢が賽銭箱を覗いて唸り声を上げていた。霊夢は毎日のようにああやってるが……幾ら見ても参拝客が来ないんだから中身が入ってるわけがない。そんな虚しいこと止めればいいのに。
「うーん、どうしてお賽銭が入らないのかしら?」
「それよりどうしてここに参拝客が来ると思えるのかを考えないと駄目だと思うよ」
後ろから皮肉を飛ばすと、霊夢はジト目でこちらを睨みつける。実に恨めしそうな視線だが、俺は悪くないぞ?
「……随分遅かったじゃない。妖怪にでも襲われた?」
「いや、ちょっと気になることがあって……」
俺は不機嫌そうな霊夢に里の信仰敬遠のこと、そして聞き調べたことを包み隠さず話した。霊夢は腕を組んでしずかに聞いていたが……全て話し終えると、石畳を蹴った。
「そうか……通りでお賽銭が入らないと思ったら、そういうことだったのね!」
……えっと、突っ込み待ちだろうか? なんて返そうか迷っていると、霊夢は腕を組んで神社の柱にドッカリ背を預けた。
「しかし、元凶が分からないんじゃあ動きようがないわね」
「まあ、俺を倒せば異変解決って可能性もあるけど」
俺は苦笑いを浮かべながら自虐的に言葉を洩らす。
色々話をきて、俺が犯人だという可能性はかなり濃厚になったと感じている。そもそも容疑者は俺しか浮かんでいない状況なのだが。
「うーん……それはないと思うけど」
「え?」
だが、あっけからんと言われた霊夢の一言に俺は呆けてしまう。対して霊夢は平然とした表情で話を続ける。
「大体適当に襲ってくるやつらを叩き潰してたら異変は解決するんだけど、アンタからはそんな気がしないわ。かといって無関係というわけでもなさそうなんだけど……」
そこまで言うと霊夢はさながら探偵のように手を顎に当てながらブツブツと呟き始める。
……そういえば、最初結界の異変で俺が殺されかけたときも最後まで庇ってくれたのは霊夢と魔理沙だった。それが彼女のいつもの勘だったのか、霊夢本来の優しさなのかは分からないが……あのおかげで俺は今でも幻想郷で生きられている。それは感謝しないとな。実際に口に出すと照れて怒りそうだから言わないけど。
「そうだ霊夢、今後の話なんだけど……俺は守矢神社へ向かおうと思ってるんだ」
「あの商売仇のところへ? けどあそこは……」
「妖怪の山の頂上にあるんだろ? 危険は承知だよ」
「それはレミリアに言われたから? それとも命蓮寺の住職にお見舞いに行けと言われたから?」
霊夢はジッとこちらの目を見つめて問いかけてくる。また何か文句を言われそうな予感を覚えた俺は、言葉を慎重に選びながら釈明をする。
「……それもあるけど、守矢神社で話を聞きたいからだ」
「それなら私が行って聞いてきてあげるわよ?」
基本的に面倒くさがりな霊夢から意外な言葉が出る。異変の予感がして積極的なのか、はたまた俺を心配しているのか。しかし、それでも俺は首を振った。
「自分で行きたいんだ。霊夢が俺が元凶じゃないと信じてくれるなら、俺だって自分の身の潔白を証明したい。他の誰じゃなくて、俺の手で」
何より、これ以上霊夢や魔理沙におんぶに抱っこの状態なのは男として格好悪いし。なんて格好悪い本音を内心で転がしていると、俺の言葉を聞いてキョトンとしていた霊夢が……フッと、小さく微笑んだ。
「珍しく前向きな発言が出たじゃない。今夜は季節外れの雪が降るかもね」
「うっせ」
「ふふっ……さて、それじゃあ異変を片付けるために動き始めようかしらね」
俺と霊夢は見合って、強く頷き合う。霊夢に出会えてよかった。そう思えた一瞬だった。




