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東方影響録  作者: ナツゴレソ
三章 死の渇望  ~Sword to bind the soul~
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15.0 白玉楼と赤の叫び

 幻想郷は様々な体験をさせてくれる。生きている内にあの世に行く機会があるとは思っていなかった。

 あの世こと冥界はとても自然が綺麗で、何より鳥の羽ばたきも虫の鳴き声さえも聞こえない静かな場所だった。

 こんな滅多にない機会を与えてくれたのは西行寺幽々子さんという女性だった。霊夢から聞いた話では妖夢が仕えている亡霊で冥界の管理者らしいが、今回彼女から白玉楼に招待されていた。


「しかし冥界って、遠いんだな……飛び疲れたよ」

「ええ、遠いわよ……だからめんどくさいって言ったのに」

「悪いとは思ってるけど、付いて来るって言ったのは霊夢じゃないか」

「そうだけど……また一昨日みたいなことになった方が面倒だもの。仕方なくよ仕方なく」


 霊夢は不機嫌そうに言いながら口を尖らせる。冥界には幽霊や亡霊がうようよいるため、本来精神が弱っているらしい俺が行くことは大変危険らしい。

 ……神社に帰った後、霊夢から記憶のない間の出来事は聞いた。刀に自らの魂を封印し永遠の時間を生きおうと計画した男の話を、そして精神が弱った俺が狙われ身体を奪われたことを。こんな出来事があったのだ、心配されて当然だろう。

 まあ、霊夢も最初は行かない方がいいと忠告してくれたのだが……『わざわざ誘ってくれたのに断るのも失礼だから行く』と返したら、一発頭を殴って渋々付いて来てくれた。ありがたい限りだ。

 長い階段に沿うように飛んでいくと巨大な門の前に辿り着く。随分広い屋敷だ。そもそもこんな名家しか入れないような場所に入ること自体初めてではあるが。


「すみませーん! 輝星北斗ですけど、どなたかいらっしゃいますか!?」


 無断で入るのもはばかられたので、俺は脇腹に気を付けながら声を張り上げる。するとしばらくしてゆっくりと重厚な門が開けられて、銀髪のおかっぱと黒いリボンが覗いた。


「こんにちわ妖夢、お呼ばれされました」

「お待たせしました北斗さん。怪我をしているのにお呼び立てしてすみません」


 出迎えてくれた妖夢さんは丁寧に頭を下げてくれる。そんな彼女に気にしないで下さい、と言おうとするがそれより先に霊夢がイラつき混じりに口を開いた。


「本当にね。用があるなら向こうから来ればいいのに」

「……本当は霊夢は呼んでないのだけど、博麗の巫女は暇なのね。どうぞ上がってください」


 霊夢の対してにべない一言に皮肉を返しながら、妖夢は白玉楼の敷地を案内してくれる。

 周囲の庭には花を咲かし終え、一息吐いている葉桜が多く植えてあった。これだけ植えてあったら満開の時はさぞかし絶景だろう。など思っていたが、本殿に入ってすぐ目の前の中庭を見てさらに茫然としてしまう。

 枯山水、というのだっけか。敷き詰めらた砂利が水の流れを幻視させる見事なそれに、松や岩が映えている。廊下のどこから見ても美しい、完成された芸術品がそこにあった。


「ちょっと、見とれてないで行くわよ」

「あぁ、ごめん。今すぐ行くよ」


 よっぽどボーっとしていたのか、霊夢に小突かれて我に返り庭をコの字に囲っている屋敷の廊下を歩いて行く。

 しかし通された広間からの庭も見事なもので、座ってもついつい見入ってしまう。こんな広い枯山水をよく維持してるなぁとか感心していると、突然柔和な声音が掛けられる。


「あら、そんなにこの庭が気に入ったかしら?」


 いつの間にか桜色の髪の女性が部屋に入って来ていて、目の前に座っていた。水色の服に帽子を身に着けた、やや淡い印象を受ける女性だ。まるで目を離した

 扇を片手に笑っている女性に、俺は慌てて向き直る。


「す、すみません!本当に綺麗でつい……」

「あらそう~?妖夢も庭師冥利に尽きるでしょうね~!よかったわね、妖夢」

「ゆ、幽々子様!子供扱いしないでください!」


 まるで赤子をあやすような言い草に妖夢は声を上げて抗議するが、幽々子様と呼ばれた女性はますます笑みを深めるだけだった。

 なるほど、妖夢は庭師だったのか。刀を持ってるので剣客みたいなもんだと思っていた。


「いや、本当にすごい。この庭を一人で?」

「ま、まあ……外の桜も含めた庭の管理が私の仕事ですから! 少し席を外しますね!」


 そう言うと妖夢は色白の顔を真っ赤にして何処かへ行ってしまう。女性はその姿を見送ると、俺に視線を戻した。


「うふふ……ごめんなさいねぇあの子照れ屋で。改めまして白玉楼主人の西行寺幽々子です。怪我は大丈夫かしら?」

「ええ、大騒ぎになるほど酷くはなかったですよ。それで、俺に何かご用でしょうか?」

「あら、何かないと呼んじゃダメかしら?」

「え、いや、そういう訳じゃ……」


 幽々子さんに上目使いで見つめられ、しどろもどろになってしまう。見た目は俺より若く見えるが、精神的な年齢では大分負けていそうだ。幻想郷での見た目の宛のならなさには慣れてきていると思いたいが……

 俺がしどろもどろになっていると、幽々子さんは先程の妖夢に対して向けたような笑みをこちらにも投げかけてくる。


「ふふ、冗談よ。少し聞きたいことがあってね」

「聞きたいこと、ですか」

「ええ、人里のことなのだけれど……貴方はここ最近の里の人間をどう思うかしら?」


 唐突で意味深な問いに眉をひそめる。どう、とは随分曖昧な質問だ。答えに困ってしまう。俺は腕を組んで考えるが……すぐに諦めた。


「正直言えばわからないですね。里に住んでいるわけでもありませんし、よそ者の俺には変化なんて分かりませんよ」

「そうかもしれないわね~、それじゃあ、霊夢。貴女はどう思うかしら?」


 すっかり話に入る気のなかったようで霊夢は聞かれてから顎に手を当てて考える。だがそれも数秒、すぐに肩を竦めて首を振る。


「さあ? 相変わらずお賽銭は入れに来ないし、変化なんてわからないわ」

「霊夢にしては意外ね~、まあ、私も冥界の管理をしてなかったら気付かなかったけれどね~」


 幽々子さんは扇を唇にそえると……少し黙り込んでから口を開く。その目からは先程までの柔和な雰囲気は消えていた。


「人里で自殺するものが急に増えてるわ」

「………………」


 ……ああ、そういうことか。どうしてわざわざ俺が呼ばれたのかなんとなく合点がいった。おそらくこの人は……西行寺幽々子さんは俺の能力を知っている。霊夢も気付いたようで露骨に眉間に皺を寄せている。

 しかし、自殺者が増えているなんて、里ではまったく聞かなかった。ただそんな話をよそ者の俺に話すようなことはまずないだろうが。


「そもそも幻想郷は自殺なんてほとんどないのよ。長閑な場所だもの。なのにそれが突然増加した。死神達も大慌てで、困った閻魔様が私に何か知らないか聞いてくる程よ」

「そうなんですか。それで、その話と俺が呼ばれたのは何の関係が?」


 敢えてわざとらしく聞いてみると、幽々子さんは能面のような無機質な笑みを顔に張り付けながら首を振る。


「さあね、関わりがあるかどうかは分からないわ。けれど……貴方の能力は紫から聞いているわ」


 ……喋ったのは紫さんか。それも驚かない。この事を恣意的以外に話すとしたら、あの人しかいないだろう。


「それと妖夢から貴方が死を望んでいるということも聞きました。その事実と貴方の能力が結びつけば……」

「俺の影響のせいで自殺は増える、と言いたいんですね」


 この理路整然とした言い草に逃げ場を塞ぐようなやり口……紫さんのそれと似ている。

 すぐに否定したい所だが……今回は死人が出ている状況だ。簡単にそれをすればただの言い逃れになってしまうだろう。本当に推理小説の犯人役みたいな心境だ。本当に……我ながら厄介な力だ。

 俺は一つ息を吐いてから……真っ直ぐ幽々子さんの瞳を覗き込む。


「俺から言えるのはそうかもしれないというだけです。確かに俺が関係しているかもしれませんが……俺自身それを作為的に出来るわけではないですから」

「それも紫からは聞いているわ。能力を操っているわけではないと、本人は言っているってね」


 俺はつい舌打ちしそうになる。なるほど、紫さんなら言い出しそうだ。つくづく俺は疑われているな。いや、警戒されて当然の能力ではあると理解しているし、仕方がないとも思っているのだが……それでもいい気はしなかった。


「なら、紫さんはこうも言っていませんでしたか? やはり彼は殺すべきだ、って」

「北斗!」


 我ながら自暴自棄にも取れる言葉に霊夢が焦りの篭った声を上げる。それをよそに幽々子さんはジッと俺を見つめてから……気の抜けるような溜息を吐いた。


「はぁぁ~……なるほど、死にたがっているっていうのは本当っぽいわねぇ……」


 何処か残念そうに呟きながら、幽々子さんは流麗な仕草で人差し指をこちらに向ける。すると、どこからともなく黒い蝶が一匹飛んでくる。

 冥界にも蝶がいるとは知らなかった。それはまるで花に吸い寄せられるかのようにこちらへ羽ばたいてくる。俺は何気なくそれに手を伸ばし触れようとするが……


「北斗ッ!!」


 呼びかけと共に視界が回転する。霊夢に押し退けられたのだ。霊夢は大幣で蝶を叩き落とし、袖からお札を抜き、幽々子さんに放つ。幽々子さんは身動きせず座ったままそれを……


「はっ!」


 受けることはない。部屋に飛び込んできた妖夢が空中でそれを切り裂いて防いでいた。机の上に片膝をつきながら身の丈以上の刀を構えると、妖夢は殺気の籠った表情で霊夢を睨みつける。


「一体どういう了見かしら? 場合によっては切るわよ」

「それはこっちの台詞よ! 幽々子! どういうこと!? あ あの蝶は触れれば死ぬんでしょう!? それを北斗にけしかけるなんて!」


 霊夢はお札、左手に大幣を持ち臨戦態勢で叫ぶ。霊夢は基本他人に無関心な気があるが、感情は豊かだ。それでも俺は霊夢が本気で怒っている姿を見たことはなかった。

 ……今、この瞬間までは。怒りの言葉をぶつけられた幽々子さんだったが動揺は全く見られない。変わらず座ったままだ。


「さっきの話を聞いていれば、言わずと分かるでしょう?」

「ふざけるな! 紫もアンタもどうして北斗のせいだって断言できるのよ!? どいつもこいつも全部北斗に押し付けて!」


 霊夢はお札を握り締めたまま声を荒げる。間違いない、霊夢は怒っていた。

 怒る? 霊夢は怒っているのか、俺のために。なんで?


「そもそも自分で勝手に死んだのを他人のせいにしないでよ! 何でそれで北斗が殺したみたいな言い方されないといけないのよ!? 結界のことだってそうよ! 幻想郷が滅びても全部北斗のせいにするつもり!? そんなのおかしいわ。そんな幻想郷なんて……」

「霊夢!」

「そんな幻想郷なんてなくなってしまえば……」


 感情任せに吐こうとした霊夢の台詞を遮るため、俺は咄嗟にその頬を叩いてしまう。手のひらが痛くなるほど強く叩いてしまい、慌てて手を引っ込めてしまうが……霊夢は頬を押えながら、茫然と目を見開いていた。

 俺は息を吐いてから、努めて静かに霊夢を諭す。


「ごめん霊夢……だけど、その言葉は……霊夢が口にしたらダメだ。博麗の巫女が、それを言っちゃだめだ!」


 数十日霊夢と暮らした中で、霊夢が幻想郷が本当に好きなんだと思った。そして、修行の中で博麗の巫女として生きる覚悟にも気付いた。だから、だからこそ霊夢がそれを言ってはいけないと思ったのだ。

 霊夢はしばらく血が滲みそうなほど歯をくいしばり、両手の武器を手放して俺の胸倉に掴みかかる。


「……アンタもアンタよ。こんな好き勝手言われてるのに全部鵜呑みにして! 人が好過ぎなのよ! 抵抗しなさいよ! 文句の一つでも言えよ!」


 服を引きちぎりそうなほど強く襟元を掴んで、拳を叩きつける。目を真っ赤にして、感情をぶつけてくる。こんなにも感情に身を任せる霊夢を見たことがなかった。


「何とか……言いなさいよ……!」


 掠れた声で囁くと、霊夢は掴んだ手に顔を埋める。それは剥き出した感情を見られたくないよう顔を伏せているようにも、まるで縋りつき祈るようにも見えて……


「ごめん」


 と、呟くしかなかった。そして俺は再度息を吐き……意を決して幽々子さんの方へ向く。霊夢の想いはありありと伝わった。なら応えないといけない。


「……すみませんが、俺は死ぬつもりはありません。もしそれでも俺の命を狙うなら、戦うしかありません」


 正直、俺では幽々子さん、妖夢には勝てないだろう。だけど……霊夢にこんなことを言わせておいて何もしないなんてこと出来なかった。妖夢は刀を構えたまま動かない。幽々子さんは……


「そう、それ! その言葉が聞きたかったのよ~」


 と、ぽわっとした笑顔を浮かべて手を叩いた。まるでさっきまでの態度は夢だったと疑わせるような態度の変わりっぷりに、俺は肩透かしを食らってしまう。


「え……」

「あの、幽々子様……状況が飲み込めないんですが」


 俺と同じく気が削がれた様子の妖夢は刀を収めながら幽々子さんに尋ねる。すると幽々子さんはしばらく真剣な表情で考えてから……


「うーん、とりあえずお腹空いたわぁ~! 妖夢、昼餉の準備を」

「え、えぇ~……そりゃ、もう料理は出来てますからすぐできますけど……」


 完全に置いてけぼりな様子の妖夢は納得いかないような表情で首を傾げながら、また出ていく。片や俺は……それよりも困った状態になっていた。


「霊夢、首苦しいからもう放してくれない」

「……やだ」

「えぇ……?」


 何故か顔を伏せたまま離れない霊夢に困惑していた。結局料理が持って来られるまで、ニヤニヤとした幽々子さんの視線を浴びながら突っ立ているしかなかった。

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