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東方影響録  作者: ナツゴレソ
三章 死の渇望  ~Sword to bind the soul~
30/202

9.0 暢気と剣呑

 魔法陣が出来て以降、俺はよく紅魔館に通うようになっていた。というのも、博麗神社では家事以外やることがないのだ。

 一度だけ霊夢に博麗神社での暇つぶしついて相談してみたんだが『縁側で昼寝でもしてなさい』とにべない答えしか返ってこなかった。もしかしてまだちゃんと寝ていないと思われているのだろうか?これでも外の世界にいる時より寝ている方なのだが……

 閑話休題、そんな訳で午後の暇を持て余したとき、実質一番近くなった紅魔館にお邪魔するようになっていた。




 魔法陣に入り数秒目を瞑ると、一瞬で大図書館に着く。最初は怖がっていた魔法陣での移動も、もうすっかり慣れてしまった。目を閉じてないと酔ってしまうが。

 俺は魔法陣のすぐ近く、定位置の椅子に座わって本を読むパチュリーさんに挨拶する。


「こんにちは、パチュリーさん」

「……ここ最近毎日来てるわね。よっぽど博麗神社は暇なのかしら?」

「ええ、魔理沙がお茶菓子を集りに来るぐらいしかイベントがないですから。もっとも、こうやって紅魔館に来てる間に来客は何回かあったらしいですけど」

「イベントを逃してるじゃない……」


 パチュリーさんが本に目を落としたまま呆れ口調で言う。ま、まあ、めぐりあわせが悪かったということで。

 俺が苦笑いを浮かべていると……ふと、パチュリーさんが本から顔を上げ、俺に視線を向ける。


「フランのことが気になるのはわかるけど、気にかけ過ぎじゃないかしら?」

「ただフランちゃんを心配して来てるだけじゃないですよ。咲夜さんの仕事手伝って食材のお裾分けしてもらったり、美鈴さんと立ち話したりしに来てるんですよ」

「……まるでご近所さんみたいな関わりね」


 が、すぐに興味をなくしたようで再び本に向き直った。確かに彼女の言う通り、魔法陣のお陰でほぼお隣さんみたいな関わりかもしれない。お隣が吸血鬼やら魔女っていうのもどうかと思うが。

 ああそうだ、忘れないうちに……


「これ、ありがとうございました。分かりやすくて面白かったです」


 俺は三冊の本を散らかった机に置いてお礼を言う。すると、パチュリーさんは本から目を逸らさずに別の本の塊を指す。


「帰りにそこに積んである本、持っていきなさい。貴方の能力に多少なりとも関係あるかもしれないし、なくてもそれなりに面白いわよ」

「わかりました。お言葉に甘えて……それにしても、俺に対しては簡単に本を貸してくれるんですね。魔理沙は借りに行くと毎回邪魔されるって、辟易してましたよ?」

「あれは死ぬまで返さないつもりだからよ。あなたはすぐ読んですぐ返すから貸してもいい気になるの」


 ああ、なるほど、どうして魔理沙がたまに泥棒と言われるか察した。身から出た錆か……

 俺は内心で呆れながら、パチュリーさんが貸してくれる本をパラパラと流し読みしてみる。

 カオス理論に集団心理、そして……宗教学まである。理解できるか今から不安になっていると、唐突に本棚の奥から小悪魔さんがひょっこり顔を出す。


「それにパチュリー様、北斗様に読んでもらう本選びが楽しくなっちゃって、読んでほしい本のストックが凄いことに……ギャンッ!!」


 にやけ顔で喋る小悪魔さんだったが、パチュリーさんが辞書並みに重そうな本をぶつけられ強引に黙らされる。いいコントロールと球威だ。

 パチュリーさんは投げた勢いそのままに鋭い目つきで俺を睨んでくる。


「北斗、さっきの聞こえた?」

「え、まあだいたいは……」

「き こ え た ?」

「いや、まったく」


 鈍器のような本をオーバースローで構えるパチュリーさんを見て、俺は両手を上げて素直に従う。あんなに本が大好きなのに雑な扱いを……いや、話によれば数百年本を読んで暮らしているらしいし、逆に扱いが悪いのかもしれない。


「じゃ、じゃあ、後で本は借りていきます。それじゃまた」


 俺は半ば逃げるように大図書館を後にした。後ろではまだパチュリーさんと小悪魔さんが騒いでいるみたいだが……無視だ無視。




 入れば迷うこと必須と言われた紅魔館も、今では一人で歩けるようになった。大図書館と庭と厨房への道のりだけではあるが。

 紅魔館の庭に出ると、パラソルテーブルの所にレミリアさんが座っているのが目に入る。給仕をする咲夜さんの姿もだ。

 吸血鬼だから夜型の生活をしているかと思っていたのだが、そんなことはないらしい。レミリアさん曰く、夜更かしは当然のことながら、昼更かしもするとのこと。昼更かしとは一体何なんだろうか……


「こんにちわ、レミリアさん、咲夜さんも」

「やっぱり今日も来たわね。さ、座りなさい。そして北斗もこのお茶飲んでみなさい」


 レミリアさんに勧められるまま席に付き、何気なく注がれたお茶に口を付ける。瞬間、舌に電撃が走る。


「にっが!!うぇ……また咲夜さん変なお茶仕入れましたね?」


 なんというか……口の中に延々と残る苦さだ。後に残る感じ、うへぇ、苦い。俺が渋い顔で涙まで浮かべていると、咲夜さんが口を押さえ静かかつ上品に笑う。


「お二人とも反応が見事なんで仕込み甲斐がありますよ」

「なんて言ってますよレミリアさん。主人なんですからビシッと言ってやってくださいよ」

「嫌よ。断ったら今度は甘いものにも細工してきそうじゃない。お茶だけ覚悟してればいいんだから我慢するしかないじゃない」


 俺とレミリアさんでヒソヒソ話をしていると、それを聞いた咲夜さんが何かに閃いたようにポン、と手を叩いた。


「あぁ、甘いものに手を加えるのは考えつきませんでしたわ。隙をみて検討しましょう」

「………………」

「………………」


 俺とレミリアさんはお互いにげんなりした顔で見合った。




 すこぶる苦いお茶で午後のティータイムを過ごす。お茶の味はともかくとしてこんな優雅な生活を俺が体験できるとは思わなかった。

 そもそも幻想郷の住人自体が、基本的呑気な性格な気がする。まあ、外の世界が忙し過ぎるだけかもしれないが。


「そうだ、レミリアさん。前から聞きたかったことがあるんですけど」

「お嬢様のスリーサイズなら秘密です」

「言うか! いや、なぜ知っている咲夜!? 時を止めて私に何をしている!?」


 いや、レミリアさんがそうやっていちいち過剰反応するから、弄られるんじゃないかな……そもそも従者に弄られるというのがおかしな話ではあるが。

 俺は咳払いをして、話を続けようとする。


「いえ、それはどうでもいいんですけど」

「おい! どうでもいいってことはないだろ! 気になれよ!」


 最初に会った時の威厳は何処へやら、ただの子供みたいだ。咲夜さんはそのギャップが魅力だと言っていたが……わかるようなわからないような。


「えーっと、本当に収拾つかなくなるんで話を戻しますよ。レミリアさんと会った日……フランちゃんと俺が来る前に弾幕ごっこしてましたよね?その理由って……」

「霊夢から聞いてないの?」


 レミリアさんは唇を尖らせながら、首を傾げる。そんな気を悪くしたのだろうか?まあ、後でフォローしよう。

 それはさておきレミリアさんの言う通り霊夢には一度聞いたんだが……


「忘れたらしいです」

「暢気という病ね。移されないように気をつけなさい」


 レミリアさんが鼻を鳴らしながら呆れたように言ってくる。病気扱いとは酷い。まあ、あれは病気は病気でも不治の病だろうけど。

 飲み終わりかけのティーカップにお茶を注がれ絶望に浸っていると、レミリアさんがニヤけ顔で口を開いた。


「それで理由を知りたいんだったわね? あれも半分冗談で言ったのだけれど……北斗の能力を利用すれば、幻想郷を支配できるんじゃないかってね」

「幻想郷を支配、ですか」


 俺はつい自分の眉間に皺が寄るのを感じる。あまり聞こえのいい話ではない。そんなことに加担したらまた紫さんに首を絞められそうだ。

 しかし、レミリアさんは特に気に掛けた様子もなく、ティーカップの縁をなぞりながら話を続けていく。


「前に言ったけれど、お前の能力は直接何かをするわけじゃない。自身の感情や願いが、様々な物、人に影響するだけ。例えば、北斗が私のことを心から恐れ、崇敬したとしたら……」

「幻想郷の住人がみんなレミリアさんを恐れ、敬うようになる、と?」

「確証はないわ。確かめようにも後日やった勝負で霊夢達に負けて、実行しないように約束させられたからねぇ」


 なんてアンニュイな口調で言っているが……レミリアさんから悔しそうな仕草は一切見られない。優雅に肩を竦めていた。

 ヒントは得られた。だが安易に試すわけにもいかない方法だな……

 そうなると俺の能力を把握するためには人里を注視するしかなくなるが……如何せん新参者の自分にはその変化が分からない。

 そもそも人里に行くのも一苦労なのも問題だ。やはり足の確保も考えないといけないな……

 俺が腕を組んで悩んでいると、レミリアさんが両手を目の前に組んで顎を乗せた。


「どうやら目的がなくなったようね。それなら私が導いてあげましょうか?」

「導くって……未来視ですか?」

「ええ、あくまで可能性の一つ、だけれど。選ぶのは貴方、どうなるかも貴方次第。そうね……ん、妖怪の山を目指しなさい。きっと面白い出会いがあるわ」

「妖怪の……山?」


 俺は初めて聞く地名を聞き返す。名前だけでも危険な予感しかしない場所だ。できれば近寄りたくないんだが……


「主に天狗が牛耳っている所よ。ただの人間だと生きて帰れないかもね」

「俺に死ねって言ってるんですか?」


 皮肉を飛ばすがレミリアさんは全く気にした様子もなく、真っ直ぐ俺を見つめながら口角を吊り上らせる。変わらず笑みを浮かべているが、声音は本気のそれだった。


「死なない様になればいいじゃない」

「死なないように、って……どういう意味ですかね?」


 その口振りに嫌な予感がして、俺は恐る恐る尋ねる。が、そんな俺の様子を愉しむかのような薄笑いを浮かべながら、レミリアさんははっきりと言ってのける。


「北斗、弾幕ごっこ出来るようになりなさい」


 レミリアさんの無茶振りに、俺の頭は一瞬真っ白になった。






「無理ね」


 博麗神社に戻り夕食の際にその話をしてみたのだが……霊夢に一言で切り捨てられてしまった。まあ、予想はしていたが、ここまで取り付く暇もないとは思わなかった。

 だが俺は大根の味噌汁をすすり飲み込んでから、霊夢に尋ねてみる。


「それは妖怪の山に行くことが?それとも弾幕ごっこをすることが?」

「どっちも、よ。まず妖怪の山けど……天狗が厄介なのよねぇ」


 天狗、というと鼻が長く山伏の恰好をしたようなのが思い浮かぶ。確かに妖怪の中でも強そうだが……霊夢が厄介というほどの実力か。

 俺は箸を置き、腕を組んだ。


「けどレミリアさんの時でも話は通じたし、何とかならないのか?」

「あれはともかく山にいる天狗は縄張り意識が強いのよ。前登ったときは状況が状況でちょっと邪魔するだけで黙認して通してくれたけど……」

「霊夢でも厳しいのか」

「私や魔理沙一人なら後先考えず強行突破できるけど、北斗を庇いながらは無理ね」


 霊夢はあくまで冷静に、現実的な考えを突きつけてくる。つまり俺はお荷物というわけだ。まあ、気持ちはわかるが……

 こうなったら納得させる方法は一つしかない。


「そこで俺がある程度弾幕ごっこできるようになれば……」

「それこそ無理な話よ。そもそも貴方は飛べないじゃない」


 霊夢は川魚の中骨を丁寧に抜きながら、バッサリと言ってのける。冷たい、冷徹なまでのド正論、ごもっともな意見だ。けど……


「それは考えがあるから、いずれ解消できる……と思う」

「……へぇ、それはよかったわね。けれどね……ただ空が飛べたから妖怪と渡り合えると思ったら大間違いよ」


 霊夢が厳しい目つきで、釘を刺しにくる。博麗の巫女からしたら甘い考えに見えるのかもしれない。実際、俺は妖怪と対峙したことがないから仕方ないとも言える。

 それでも俺は引き下がらない。引き下がれない理由があった。


「これから先必要になってくると思う。だから、俺はやるよ」

「……アンタ、レミリアに何吹き込まれたの?」


 勘のいい霊夢は食事の手を止めて、こちらを睨む。吹き込まれた……か。ある意味そうかもしれない。けどそれだけが動機じゃなかった。

 押し黙る俺の様子に何を思ったか、霊夢は箸を置いて俺を睨みつける。


「わかったわ。そこまで言うなら私が諦めさせてあげる」

「………?」

「食後に、少し腹ごなしをしましょうか」


 霊夢に初めて向けられる剣呑な雰囲気に、思わず息を呑む。その時俺は初めて、霊夢を怖いと感じた。

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