6.5 弾幕シンドローム
「この幻想郷を支配するのよ!」
図書館の中央でレミリアが高らかに宣言したその瞬間、私は本棚の影から踊り出る! 帽子の唾を指で弾き、顔を上げる。
「話は聞かせてもらったぜ! その野望、私が阻止してやる!」
私はレミリアに指を突きつけ宣言する! よっしゃ、決まったぜ……! 我ながら自分の主人公ぶりに惚れ惚れしていると、目の前からため息が飛んでくる。レミリアとパチュリーは何故か白けたように黙りこくっていた。まったくノリが悪いなー、もう少し狼狽するとかしろよ……
「はぁ……何でこのタイミングで出るのよ魔理沙。手段とか詳しく聞けたかもしれないじゃない」
一緒に隠れていた霊夢も呆れながら本棚の影から出てくる。妙に私以外の空気が冷めている。あれっ!? わ、私のせいなのか!?
「何だよ何だよ!? まるで私が空気呼んでないみたいな感じはよー!?」
「まさに空気を読んでないんだよ。まったく……」
レミリアのやつも気がそがれたようで、いつの間にか呑気に椅子に座って紅茶を飲んでいた。そもそも霊夢やレミリアが空気を読めだなんて良く言えるぜ! どいつもこいつもマイペースなくせに。
「もうちょっといつからそこに居た!?みたいな犯人っぽいセリフはないのかよー!?」
「最初からいただろ……人間は匂いでわかるんだよ」
レミリアはカップを乱暴にコースターに置くと、ポキポキと首を鳴らす。匂いって……吸血鬼って言う割に犬みたいな奴だ。なんて思いながら私は頭を掻きながら誤魔化す。
「……あー、バレてたのか。なあ、パチュリー。今ならお前も驚いていいんだぜ?」
「ここは私のテリトリーなんだから誰がいるかくらいわかるわよ」
「……マジで?」
まさかパチュリーにまで気付かれていたのかよ!? これじゃあ私だけ馬鹿みたいじゃないか!? 私が項垂れていると、霊夢がお祓い棒を手の中で回しながら口を開く。
「ま、正直手段とか動機とかどうでもいいんだけど。異変を起こそうというなら、退治して止めるだけよ」
「相変わらず短気ねぇ。貴女達にとっても有益な話だと思うんだが……どうだ、話してやろうか?」
「そんなの叩きのめした後にゆっくり聞くわよ!」
そう言うや否や、霊夢は合図もなく袖からお札を早撃ちする!が、突然現れた土の魔法障壁に阻まれる。パチュリーお得意の精霊魔術だ。
「ちょ、霊夢! やるなら言ってから始めろよな!」
私は慌てて隠しておいた箒を蹴り上げ手に掴む。その瞬間、頭の上に紅の魔法陣が浮かんだ。
「さあ、開演よ! 『天罰「スターオブダビデ」』!」
いつの間にか真上に移動していたレミリアのスペルカード宣言と共に幾条ものレーザーが迸り、数えきれないほどの弾幕が迫ってきていた!
「うおっと、危ねえ!」
私は命中寸前のところで低空飛行で躱す。急発進のせいで本棚に当たりそうになりながらも、ギリギリで床を蹴って方向転換、高度を上げる。すると偶然目の前にパチェリーが躍り出るかたちになってしまう。
「正直巻き込まれただけなのだけど……本の取り立てと思うことにするわ。『水符「プリンセスウンディーネ」』」
「死んだら返すっていってるだろー!」
私の言い訳も耳に届いていないのか、泡のような遅い弾幕が広がり、細いレーザー群が迫ってくる。直撃スレスレのとこを避けていくが、段々逃げ場がなくなっていく。それなら……!
「ブチ抜くだけだぜ! 撃つと動く! 『彗星「ブレイジングスター」』!」
箒に全力の魔力を集中させて全力で撃ち放つ。弾幕すら吹っ飛ばす光の奔流ともにパチュリーに突っ込む!
「くっ! 後先考えない無鉄砲な魔法ね!」
結構命中を確信していたんだが、ギリギリで避けられる。けどな、この魔法はマスタースパークみたいに一発ネタじゃないぜ? 私は弾幕をまき散らしながら空中を高速で駆け回る! このスピード、引きこもりに捉えられるかな……って。
「ちょ、霊夢! 危ねぇ!」
「は!?」
何とか紙一重のところで向きを変え、レミリアとやりあってた霊夢の目の前を通る形で通り過ぎる。冷や汗を拭っていると、後ろから霊夢の怒声が飛んでくる。
「ちょっと危ないじゃない!」
「目の前の弾幕打ち消してやったんだから結果オーライだぜ」
「おーらいじゃないわよ!後で覚えていなさいよ……!」
霊夢はレミリアの弾幕を弾幕を回避しながら、鬼の形相で言い放つ。避けずに轢いときゃよかったかな……なんてことを考えながら私は大回りに旋回して、目の前に映ったレミリアに突撃する! と、鋭く細められた目がこちらに向けられる。
「私と霊夢の時間に割り込むなよ。撃ち落としてやるから大人しくしてるんだな、『紅符「不夜城レッド」』!」
そんな呟きが耳に届いた瞬間、レミリアを中心に十字に紅い閃光が迸る。相手は迎い撃とうしている、なら逃げるなんてカッコ悪い。私も対抗してありったけの魔力を注ぎ込む。
次の瞬間、激しい光の奔流がぶつかり合った。身体を震わす衝撃、鼓膜が破れそうなほどの轟音、このスリルは他では味わえない、弾幕ごっこは最高だぜ! 力の拮抗は一瞬、相殺されて軌道を変えられてしまう。
「クソ、ブチ抜けなかった!」
「力負けした!? 吸血鬼である私が!」
お互いに舌打ちして向き合うといつの間にかレミリアの後ろに霊夢が回り込んでいた。視線が交わすだけで、意図が分かる。
「魔理沙!」
「レミィ!」
私は合図と共に急降下してするが、レミリアも同時に高度を下げて着地していた。図書館の床に足を付けるや否や、二つの声が降ってくる。
「考えることは! 『霊符「夢想封印」』!」
「大体一緒ね。『火符「アグニシャイン」』」
頭の上で弾幕がぶつかり合う。後ろにパチュリーがいたのかよ、油断も隙もねぇ!油断ならない状況に自然と口角が上がっていくのを抑えられずにいると、目の前のレミリアが突っ込んできていた。
「私の前でよそ見なんて油断が過ぎるな」
まるで狼のような機敏さでレミリアが襲い掛かってくる。咄嗟にスカートから落とした爆弾を足で蹴り上げるが、流石は吸血鬼といった反射神経で防がれてしまう。それを確認して帽子の鍔で目を隠すと、爆弾は強烈な光を放つ。いわゆる閃光弾ってやつだ!
「く、眩し……!」
「太陽の光じゃなくても眩しいのは苦手だろ!そして取って置きに眩しいの……!」
今度は帽子の中からミニ八卦炉を取り出して、相手に突きつける。さっきので魔力使いすぎてガス欠寸前だが、これで沈めれりゃあ関係ない!
「恋も魔法も全力! いくぜ、『恋符「マスタースパーク」』!」
極大の砲撃で目の前が覆われる。至近距離からのマスパだ、吸血鬼が頑丈といえども耐えられない! 私が勝利を確信した瞬間……
「『禁忌「レーヴァテイン」』!」
上空から紅蓮の大剣が振るわれた。それはマスタースパークを掻き消し、行き場なくしたエネルギーを周囲にまき散らした。余波に当てられた私も吹っ飛ばされて、背中から本棚に突っ込んでしまう。
冷静に状況を把握しているように見えるだろうが背中滅茶苦茶痛いし、本が降ってきて惨めな気分にさせられた。しかし、あれのスペカ……というか、手加減知らずの攻撃は……
「あはははっ! みんなで弾幕ごっこしてるの!? 私も混ぜてよ!」
帽子に乗った本をどけて上を見ると、フランが紅い大剣をブンブン振り回していた。あー、やっぱりアイツか。敵が増えた……というより敵味方無差別に攻撃するお邪魔キャラが登場したみたいだ。どうにか相手を後回しにできないか説得しようとしたところで……
「邪魔よ、部屋に戻りなさい」
レミリアが普段より低い声で言い放つ。見た目はアレでも流石は吸血鬼、その姿は中々の存在感を放っている。威圧的な言葉にフランはビクッと反応するが、すぐに駄々をこね始める。
「お姉様……け、けど……みんなだけ遊んで私だけ仲間外れなんて嫌だよ!」
「フラン、これは弾幕ごっこだけど遊びじゃないの。それに勝手に部屋から出ていいとは一言もいっていないわ」
「やだヤダ嫌だ! 私も弾幕ごっこしたいわ!」
「フラン!!」
レミリアが叱りつけるように声を荒げると、フランは竦んで俯いてしまう。図書室に重苦しい空気が流れる。私が一番嫌いな空気だ。霊夢もパチュリーもどうすればいいか困惑した様子で事の顛末を見守っていた。
「お、おい、そんな叱らなくても……」
見かねた私は横から口を出そうとするが、突然フランから抜き身の刃のように張りつめた空気が漂ってきて、私は固まってしまう。
「……お姉様はいつもそうだ。いつも……いつもいつもいつもいつもいつも! 私だけ仲間外れにする! どうしてずっとお部屋にいないといけないの、つまんないよ! どうして誰にも会わせてくれないの、寂しいよ! 私に何もしてくれないお姉様なんて……お姉様なんて……」
ブツブツとうわ言の様にフランが呟く。あ、この感じは……マズイ! 嫌な予感がした私は箒を拾って全力で駆け出す。
「お姉様なんて大ッ嫌いだッッ!!!!」
背中越しにフランが叫んだ瞬間、広い大図書館を埋め尽くすほどの弾幕が放たれた。




