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東方影響録  作者: ナツゴレソ
終章 少女を救うのは 〜Paradise Lost〜
202/202

120.0 因果と私刑

 強風と氷雨の冬空を独りで翔けていると、つい気が滅入っていらないことを考えてしまう。先のループで学んだはずだろうに、厚着をしなかったせいだ。

 いや、自分の選択に後悔しているわけじゃない。数少ない手札から最良を選んだつもりだし、そうじゃなかったとしても、後退りはしていないはずだ。ままならないことは数知れずあったけれど、それでも前へ進めている自信があった。

 けれど、あと少し時間があればと悔やんでしまう。




 あと少し時間があれば、もっと良い手段を取れたかもしれない。


 あと少し時間があれば、悲しませる人を減らせたかもしれない。


 あと少し時間があれば、嘘を吐かなくてよかったかもしれない。




 たらればの、どうしようもない言い訳で頭が埋まっていく。幾重にも積み重なり凍り付き、思考を重くする。が、その募る後悔の氷層の奥に蠢くものを見つける。

 笑う顔だ。大事なものを取りこぼす姿を見て、こちらを嘲笑っている。軽薄な笑みと声。

 何がおかしい? 笑えることなど一つもありはしない。燻っていた感情が徐々に熱を放ち、無理やり身体を突き動かす。

 憎悪。それもとびっきりの、生きている中で感じたことのないほどのものが、暴走を促そうとしていた。

 お前さえ、お前さえいなければ。みんなは……俺は、霊夢は!

 笑うな。消えろ、消えろ消えろ消えろッ!




 ……何をしようとも今更覆しようもない。いくら喚いても何も変わりやしない。




 だが、償わせることは出来る。

 






 無縁塚の深部。大きな桜の木の下。幾つも似たような場所があったが、不思議と始まりの場所はわかった。

 粗大ゴミと墓石の合間に降りると、葉のひとつもつけていない木の下で雨宿りをしている影を見つける。

 やはり、ローブで顔は見えない。よっぽど顔に自信がないか、隠し事をしているのか。どうでもいいことであるが、必死に姿を隠そうとする姿は卑劣な性格を具現したかのようで面白い。

 が、俺の口からは嘲笑いも出てこなかった。必死に衝動を抑えながら男の前まで歩み寄るので精一杯だった。

 男は俺に気付くと、大きな溜息を吐いた。


「……お前はどうしても私の邪魔をしないと気が済まないのだな。それとも、私の前に立ち塞がる因果にあるのか?」

「因果、ねぇ」


 そんな影響の力並みに見えないもののせいにされるのは不本意だ。俺がここにいるのは自分の意思だ。たとえ龍神の復活がなかったとしても、ここにこの男がいたならば迷わず来ていただろう。

 だが、そうだな。あえて肯定するならば……


「なら、お前をこの幻想郷から消えることこそ因果だ。我儘を言って俺が役目を買っただけでな」

「何を馬鹿なことを……逆だよ。私の使命を邪魔するお前こそ消えるべきなのだよ」


 男は俺に指を突きつけながら言う。そして、まるで授業中の私語に堪り兼ねた教師が教壇で説教するかの様に、桜の木の前を行ったり来たりし始める。


「酷いミスキャストだよ。私の力の半分も使えない劣化コピーが宿敵なんてとんでもない。役割が釣り合ってないだろう? 結果が分かりきっていて驚きも緊張もない。この戦いだって助長な間幕さ」

「………………」

「いいか、教えてやる。お前は俺の影法師なんだ。仕草や輪郭は真似できてもただの投影でしかない。薄っぺらで中身がない! 所詮お前は俺から溢れた残りカスで……ッ!」


 両手を広げオペラのごとく饒舌に喋る男の顔に拳を叩き込む。血の混じった水飛沫が地面に飛び散る。

 ただ近寄って拳を出しただけだったのだが、受け身も取らず男が吹き飛んでしまう。拳に残る不快な感触。だが幾分気分は晴れた。あくまで幾分であって、全く足りないが。


「貴、様……!」

「話が、長い。要点だけ喋れよ。別に興味もないけどさ」


 俺はこの男と喋りに来たわけじゃない。改心してもらう気もないし、目的や動機も今となってはどうでも良かった。

 あるのは、こいつの罪を自らの拳で償わせたいという偽善にすら満たない黒い私刑衝動だ。俺は右手を振り払い、男を見下ろす。


「立て。この程度じゃ足りないんだよ。お前が傷続けた人達の痛みはこんなものじゃない」

「……そうだった。お前には言葉が通じなかった。猛獣の躾の様にしっかりと痛みで分からせないと行けないんだった!」


 男は地面に拳を数度打ち付けてから立ち上がる。そのロープの奥に血走った目が覗く。そして、目が合うや否や男が駆け出した。

 初撃は大振りの右フック。釣りだとわかるが、あえて愚直にカウンターの右拳を突き出す。感触はない。右手が男の顔半分に埋もれてフードの後ろから飛び出る。


「お前はッ! 俺のッ! 下位互換だッ!」

「……だからなんだ」


 一度やられたことだ。二度やられる気はない。俺は拳が当たる前に身体を屈めてフックを潜り抜ける。そして、そこから一回転してから後ろ蹴りを放つ。


「ガッ……調子に乗るなよ三下!」

「『波及「スロー・ザ・ストーン」』」


 横腹を抑えながら男が後退するの見て、俺は左手に光弾を生み出す。そして体勢を低く保ちながら男に追いかける。

 本来、これは手榴弾の様に弾幕を発生させるスペルだが、今は投げない。全力で地面を蹴り飛ばし、一気に肉薄する。

 男は苦し紛れの回し蹴りを放ってくるが、スライディングで躱す。そして滑りながら男の脚部をすり抜ける。


「この、地べたを這ずる虫ケラ風情がッ!」

「見下し過ぎだ」


 すぐさま上体を起こし、光弾を投げつける。が、光弾は男の背中をすり抜けてしまう。男が勝ち誇ったかの様に悠然と振り向く。

 油断、その瞬間を待っていた。光弾を起爆させて波紋の様に広がる弾幕を男の背後に生み出す。

 背中から弾幕をモロに受けた男は、地面を転がり墓石にぶつかって止まる。


「その様子を見る限り、虫ケラはそっちの方がお似合いみたいだな」

「クソッ……何故当たる!? よりにもよってお前の攻撃だけッ!?」

「……さあな」


 男が悪態を吐きながら立ち上がる。どうやら俺の攻撃が当たる仕組みはわかっていない様だ。

 かくいう俺も紅魔館で戦った時から不思議だった。最初の一撃は当たったのに、二発目は当たらなかったのは何故か。当たらなかった攻撃と当たった攻撃に何の違いがあるのか。

 ……それを確かめるために、先の接近戦でいくつか試させてもらった。そしてある程度の確証は得た。


「ただひとつだけ確かにわかったのは、お前を倒せるのは俺だけってことだ」

「図に乗るなよこの木偶の坊……! お前如きにやられる訳ねぇだろうがッ!」


 男が感情的に叫ぶ。口調の崩れから察して、一方的にやられて相当頭にきているみたいだ。この程度で頭に血が昇るなんて、安っぽい神経だ。おかげでこちらとしては御し易いが。

 それにしても、随分攻撃的な事ばかり言う。人を下に下にと見たがるというか、まるで自分の劣等感やコンプレックスを隠すために他人を責め立てている様に見える。

 まあ、これまで素行を鑑みれば単に性格が悪いだけだろう。何にしろ、どうでもいいことだ。


「お前が傷付けた者達の分、いや……その倍は傷付いてもらう。そして、二度と誰にも影響を与えられないようにしてやる」

「……イキるなよ劣化野郎。お前こそ塵以下の存在にして消し去ってやるよッ!」


 男が空中に飛び上がる。飛行能力、持っていたのか。おそらく霊夢の影響じゃなく影響の力の応用なのだろう。

 だが、空中戦なら望むところだ。天狗の黒翼を広げ男と同じ高度まで登りながら、周囲に七つの否定結界を浮かべる。

 魔理沙との戦いで使った矛盾結界の下位互換ではあるが、この男に対してはこちらしか使えない。俺には到底、こいつの存在を認められない。出来るのは、ただ否定することだけだ。


「スペルカード『現想「夢葬回帰」』」

「はっ、散々息巻いた癖に女子供がやるおままごとを持ち出してくるとはな! それとも、それしか戦い方を知らないかな?」

「どうだろうな。一応忠告しておくが、弾幕ごっこでも当たりどころが悪ければ死ぬ。特に、俺のは加減が出来なくて、ねッ!」


 言葉を切った瞬間、全速力で接近。懐に入り込み、加速を乗せたサマーソルトキックを放つ。手応えなし、だが身体をすり抜けた訳ではなく、男自体が目の前から消えていた。

 視界の天地がひっくり返ったまま辺りを見回すと、左やや前方に男の姿があった。視認から間髪入れず否定結界を蹴り放つ。が、これも当たる直前に男がいなくなる。

 高速移動、というには静か過ぎる。咲夜さんや小町さんの瞬間移動に近い。大方距離か時間の影響をなくしたのだろう。

 思わず口から舌打ちと悪態が漏れる。


「チッ、面倒な……」

「……それはこちらの台詞だよ」


 唐突に背後からの声。すぐさま振り向いて拳を振るおうとするが、その前に背中から腹部にかけて鈍い痛みと異物感で、全く動けなくなる。

 歯を食いしばりなんとか自分の身体を見下ろすと、腹から真っ赤な腕が生えていた。


「かっ、はっ……」

「喚かなくていい。これでもお前は死なないのだろう? 蓬莱の薬なんて欲望の塊をよく、恥ずかしげもなく飲んだものだ」

「うる……さい……!」


 精神力を振り絞り、否定結界を背後の男に放つ。だが、反応はない。いつのまにか腹部の腕ごと消えてしまっていた。

 そうか、すり抜けられないなら当たらなければいいって考えか。これなら一方的に攻撃も出来きるからな。攻守において厄介極まりない。が、やりようはある。

 腹部の穴が塞がったところで、真後ろの僅かな物音を拾う。それを頼りに振り向くと、腕を組んでこちらを見る男の姿を見つける。

 が、それだけではない。男の頭上には背の倍ほどあろうかという巨大な岩石が浮かんでいた。いや、岩石ではない。これは、辺りに転がる墓石をかき集めた岩塊だった。一瞬でこんなものを……!?


「……酷いことをする」

「ただの目印の石だろう? 多少場所が変わっても……誰も拝みに来やしない!」


 男が手を振り下ろすと岩塊がガラガラと瓦解しながらこちらに向かって落ちてくる。まるで黒雲から石の雨が落ちてきているかのような圧力に俺は僅かに怯んでしまう。


「どうだ!? これが弾幕ごっこというやつだろう!? ほらほら、当たりどころが悪ければ死ぬんだろ? 死ぬ気で避けるんだな!」

「下衆が……!」


 別に頭に当たって首の骨が折れようとも、蓬莱人になった俺には関係ない。だが、これだけ墓石に埋もれてしまったら無為な時間を生んでしまう。それに弾幕ごっこと称した、センスのかけらもない攻撃を食らうのは癪に触る。


「『禄存「三界幽鬼」』」


 吸血鬼化、キメラ化、無意識化を同時発動させながら、墓石の群れの中に飛び込む。大図書館で使用した時は身体への負荷が強く時間制限があったが、蓬莱人になった今それはない……はずだ。

 通り道にある墓石を押しのけながらまっすぐ突き抜ける。破壊して突破した方が容易なのだろうが、名も知らない故人へのせめてもの慰みだ。

 弾幕もどきを躱して男の前に躍り出るが、全く気付いた様子はない。無意識の影響をしっかり受けているようだ。


「はははっ、何が弾幕ごっこだ! 挽肉になれば回復も遅かろう! 無様に潰れて退場しろ!」


 というか、呑気に高笑いをしてる。これから殴られることも知らずに、滑稽この上ない。この様子なら瞬間移動で避けられる心配もなさそうだ。なら条件のひとつは満たした。

 影響を操るには対象を認識する必要がある。つまり不意打ち、奇襲を仕掛ければ男に当たる可能性は上がる。まあ、これはあくまで要因の一つだが。

 黒い甲殻に覆われた拳を握りしめ、吸血鬼の腕力で拳を打ち出す。狙いはロープの中の闇。


「ッラァ!!」


 甲殻で塞がった口から力んだ声が溢れる。硬いものを砕き折る感触と音。男は一瞬のうちに流星となって地面に墜落した。

 ふと自分の腕を見ると甲殻にヒビが入っていた。一向に構わないのだが、どうも加減が出来ない。力任せになってしまっている。

 感情的になっているせいもあるが……相手が男なのが、加減が効かない要因として大きかった。実力が上とわかっていても、女の子を攻撃するとなると後ろめたさが出てしまうのだ。そう考えると、弾幕ごっこという交渉術は俺には必要なものだったのかもしれない。


「……なんて、去る者には関係ない話か」


 自虐めいた笑いを浮かべながら独りごちる。声に出すつもりはなかったのだが、いつの間にか人間に戻っていたせいで口から音が漏れてしまった。どうやら蓬莱人はキメラ化等の影響による変化も勝手に巻き戻してしまうようだ。

 俺は地面に突っ伏す男の前に降り立ち、冷ややかな視線を向ける。


「さて、落とし前を付けた、というにはまだまだ足りないと思うんだが……お前はどう思う?」

「ガ……は、クソ……ミグダッ……かはっ」

「傷の影響は消せないか? だが、質問はさせてもらうぞ」


 鼻骨が折れて呼吸が難しいのか、まともな言葉を喋れていない。だが、それでもまだ男が怨嗟の言葉を吐き続けているのがわかる。

 一体何がそこまで男を突き動かすのか、理解に苦しむ。いや、そもそも何が目的で魔理沙達を誑かしたのか、わからなかった。だから、問う。


「何を企んでいる? 人の気持ちを弄んでまで得ようとしたものは何だ?」

「は、はッ……せ、いぎの、みかたの、つもりか?」

「ッ……!」

「ぅガッ!?」


 影響の力をありったけ乗せた蹴りで、笑う男の腹を蹴り上げ、無理矢理座らせる。フードで表情はわからないが、息も絶え絶えで満身創痍の様だ。

 こうやって、影響を与えるプラスの力で影響を消すマイナスの力を相殺しないと起き上がらせることも出来ないのだから面倒だ。


「もう一度だけ聞く。お前の目的はなんだ? ただ誰かを不幸にしたいだけなら……お前はこの世界に必要な……」

「は……ひ、よう、ないの、は……」

「………………?」

「ひつよう、ないのは……お前だッ!」


 唐突に男の姿が消える。不意打ち、意趣返しか! 直感で背後に振り向くと、すでに男が俺の顔目掛けて手を伸ばしていた。

 腕を取れば投げられる体勢だが、影響の力を込める間がない。反射的に身体を逸らして躱そうとする。が、不覚にもぬかるんだ地面に足を取られてバランスが崩れてしまう。

 肩口を抑えられながら背中から地面に叩きつけられる。衝撃が背骨から脳天まで駆け巡る。が、苦悶の声を上げる暇もない。すぐさま目に向けて指が迫る。


「ガ、ァァァッ!?」


 血が吹き出る音と共に視界が赤くなる。脳に直接響く様な痛みに絶叫してしまう。左の目が潰された。首をひねっていなかったら両目が潰されていたかもしれない。

 歯を食いしばりながら、せめてもの抵抗として遠近感のなくなった視界で俺は男を睨みつける。だが、一連の乱闘でフードが外れた男の顔を見て思考が止まる。


「何を驚いている。言っただろう? お前は俺の影法師に過ぎないとな」


 そこには醜い笑みを浮かべた、見慣れた平凡な顔の、血だらけの男がいた。右手を血糊で濡らしながら、眼球を手の上で転がす姿に俺は吐き気を覚えてしまう。


「なんで……なんで、お前は、俺と同じ、顔をしている……?」


 男は何も言わず、うすら笑みのまま手の中の眼球を握り潰した。

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