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東方影響録  作者: ナツゴレソ
番外編集
2/202

番外その二 現人神は人に戻りて恋をする

 子供の時から私は他の人には見えないものが見えた。

 神様だ。背が高くていつも偉そうにしているけど、優しくていろんなことを教えてくれる八坂神奈子様。小さくていい加減なところもあるけど、いつも遊び相手になってくれた洩矢諏訪子様。

 二柱とも有名な神様らしいけれど……力が弱まっていて、私が間に入らないと他の人に言葉を伝えられなかった。

 だから私はよく神奈子様や諏訪子様の言葉を村の人に伝える役をした。天災を予測し、祟りの沈め方を伝え、人々に神の教えを説いた。時には日照りで困っていた時は、神奈子様に習った雨乞いで雨を降らした。そうすれば色んな人を助けられるって信じていたから。こうすれば神奈子様と諏訪子様を信仰してくれると思ったから。

 けれど……そんなことをしている内に、私は周囲の人達から現人神と呼ばれ、信仰される立場になってしまった。村の人達は神奈子様と諏訪子様を信じるんじゃなくて、私を神だと信じた。




 私は神になったと同時に、人ではなくなった。






「私も、幻想郷へ行きます。連れて行ってください」

「早苗……」


 神奈子様が珍しく困った顔をしている。きっかけは神奈子様と諏訪子様の話を盗み聞いたことだった。二人はこちらの世界の信仰では自身の存在を保てなくなっていた。そこで密かに幻想郷なる場所へ行き、そこで信仰を集める計画を進めていたことを、私は知っていた。


「早苗……明日は高校の入学式なんだろう? 私達はお前を置いていきやしない。せめて高校くらい卒業したら……」

「必要ありません。勉学でしたら一人でも出来ます。私は……学校に通う理由を見出せないです」


 もう籠の鳥扱いは沢山だ。みんな遠巻きに私を見て……偶に話しかけたと思ったら、おべっかしか言わない。みんな私とまともなお話をしてくれなかった。

 生まれつき髪の色も違うから目立ってしまうせいもあって、本当に不快な中学三年間だった。そんな奴らの殆どが私と同じ高校に進学するだろう。中学の二の舞になるのは目に見えていた。


「……この土地で一生を暮らしたくはありません。だから、お願いします」


 私はお社の床に頭を付けて懇願する。神奈子様を困らせるのは本意じゃない。けれど、それでも……私はこの村を、この世界から去りたかった。神様だなんて信じてくれなくていい。私も神奈子様や諏訪子様の様に消えてしまいたかった。

 しばらく頭を下げていると目の前からため息が聞こえる。そして神奈子様は私の肩に手を乗せて諭すように囁いた。


「わかった、幻想郷へ行くときは必ずお前も連れて行くことを約束しよう。だが、この計画は多くの信仰の力が必要になる。急いでも一年は必要になるわ。時が来るまでは高校に通いなさい、いいわね?」

「……わかりました」


 一年の辛抱……たまらなく嫌だけれど……神奈子様の言葉なら仕方ない。それに例え神様になったとしても最低限の教養は学ばないといけないだろう。私はこれは神奈子様からの試練だと言い聞かせて、渋々頷いた。




 やはり私の予想した通り、高校生活は苦痛でしかなかった。この土地の人間は私を現人神としか見ない。他所の土地から来た人も排他的な空気を読み取って、私に近付いて来なかった。仲間はずれにされる訳でもなく、積極的に接せられる訳でもない。まるで美術館の展示品になったような気分だった。

 高校生活は青春の代名詞みたいに言われるけれど、そんな体験を出来た人が一方的に謳ってるだけだ。ただ毎日、時間を無為にしている感覚を私を苛む。だというのに時間が経つのは恐ろしく遅い。まさに拷問だった。


「はぁ……もう嫌だなぁ……」


 教室に一人残って宿題を終わらせた、私はため息交じりに独りごちる。これ以上こんな生活をしていたらノイローゼになってしまう。

 こんな無為な時間の中でも何とかささやかな楽しみを見つけないと耐えられそうにない。そう思った私は放課後の残り時間を使って学校の図書室へ向かうことにした。読書なら他人の目を無視して小説の世界に没頭できる。なんて安直な考えから出た行動だった。

 辿り着いたのは小さくて古い図書室だった。夕日が差し込んで本を日焼けさせている。管理方法はどうかと思うけど、部屋を漂う古書の匂いはたまらないわね。


「それにしても……あんまり本がないなぁ……」


 見渡す限り図書館には、一年間で読み切ろうと思えば出来そうなほどの蔵書しかなかった。ん? 一年で読み切る……? そうだ! いいアイディアかもしれない。少なくとも何の目標もなく生きるよりかはよっぽどマシだ!

 それにこの図書館人も全く出入りもあまりないし、一人になれそうなのも良い。私は何も考えず図書室の端にあった本棚の一番の左端から三冊取って、受付に持って行く。

 図書室の番をしていたのは、ごく普通の男子生徒だった。顔つきからして多分上級生だろう。大人っぽく見えるけど、次の日校内ですれ違ってもきっと私は気付けない、そんな没個性的な男子生徒だった。

 そんな彼は私のことなど目もくれず、読書に耽っていた。話しかけるのに一瞬躊躇してしまうほど集中してるようだった。


「あ、あの!本を借りたいんですけど……」

「……ん? ああ、ごめんね。君は……一年かな。図書カードを作るからここに名前とクラスを書いて。あとこの欄に借りる本の題名も」


 勇気を出して話しかけると、男子生徒は一枚のカードを出して、テキパキと説明する。

 想定していなかった反応だった。私の事を知らなくても、髪を見たら多少は驚くと思っていたのだけれど、案外冷静に対応されて拍子抜けだ。戸惑いながらも必要な事項を書いたカードを男子生徒に渡す。

 何はともあれ無事本は借りられた。さっさと家に帰ろうと本を鞄にしまおうとするが……


「待った」


 それを男子生徒が押し留めた。唐突な制止に、私は手を止めて固まってしまう。学校の人に話掛けられるなんて久しぶりだったせいもあり……第一声に困ってしまう。何とか私は言葉を絞り出す。


「えっと……何か不手際が?」

「いや、大丈夫だよ。けど、この借りてる本が気になってね……もしかして、ここの本を全部読むつもり?」


 私は唖然としてしまった。どうしてそんなことが分かるの? エスパー? そんな心の声が顔に出てしまったのか、男子生徒は人の良さそうな苦笑いを浮かべる。


「実は俺も一年生の時やったんだよ。高校ボッチでやることなかったから、思い付きでね」

「そ、そうなんです! 私も、同じで!」


 私はついシンパシーを感じて大きな声を上げてしまう。まさかこんな偶然があるとは思わなかった。ちょっとした興奮状態になっていると、男子生徒もはにかみながら私の書いた図書カードの、貸出本の一覧を指差した。


「けどこれは最初に読むのはお勧めしないよ。左から順に、面白くない、作品の雰囲気が重苦しくて憂鬱になる、英訳がぐちゃぐちゃで読みにくい、の三重苦」

「そ、そうなんですか……それはそれで逆に気になりますけど」

「ま、ここは掘り出し物の本も多いからやって損はないと思うよ。良かったら感想聞かせてくれ。引き止めて悪かったな」


 男子生徒はそれだけ言うと、あっさりと読書に戻ってしまう。何と言うか……実に普通の、人と人らしいやり取りに呆気にとられた私は鞄に入れかけの本と男子生徒を交互に見つめてしまった。






 その時借りた本は、彼の評価通りつまらなかった。けれど、そんなことは些細なことでしかない。私はその日を境に図書部に足繁く通うようになっていた。

 目標達成はいつの間にか建前になっていて、私はその時の男子生徒と読んだ本の感想を言い合うために図書室に……学校に来ていた。

 彼は私の事を知らないのか、ごくごく普通に接してくれる、彼と話しているときは、ただの人である私に戻れているようで嬉しかった。

 けれど、図書の当番はバラバラで、大抵が彼に会えることはほとんどなかった。その時は誰にも話しかけられない様にそそくさと本を借りていくようにするしかできず、落胆しながら家路につくことができなかった。

 そんな時、クラスで各委員を決める時間が設けられた。最初は私に関係ないことだと思っていたのだけれど、図書委員の文字を見たときあることを思いついた。

 私が図書委員に立候補すると、即決で決定した。その日ばかりは私がこの学校で特別な存在でよかったと思えた。




 そしてトントン拍子で事は進み……図書室のカウンターに座る先輩が、隣に座っていた私に対して畏まったように頭を掻く。


「えっと、東風谷だっけか。これから一年間一緒に図書当番をすることになったわけだが……まさか一年生から名指しでペアを決められるとは思ってなかったよ」

「あら、誰かお目当ての人がいたんですか?」

「いや、そういう意味じゃないんだが……ま、さっさとペアが決まって助かったけどさ」


 困ったように微笑む先輩に、つられて私も笑顔になる。本当に、この人は私を飾らない。一人の後輩とだけ見てくれる。それが嬉しくてたまらなかった。

 彼が私の事を知っているかどうかはわからないけれど……きっとそんなことは些細なことなのだ。

 これでつまらない事しかないと思っていた学校にも、ようやく一つ楽しみが出来た。それはただ、普通のお喋りが出来る人が一人で来ただけなのかもしれない。けれどそれだけで学校へ行きたい気持ちを抱かせてくれる。

 私は照れ隠しのつもりか自前の本を読みだした先輩に、お礼代わりの挨拶を送る。


「これからよろしくお願いしますね、センパイ!」






 ……懐かしい夢を見た。私は身体を起こして目を擦る。枕元には一冊の本。あの時から、寝る前にちょっとでもいいから本を読まないと眠れなくなってしまった。そしてあの日から私は……

 私大きく伸びをして布団から出る。そうだ、今日も朝食を食べたら、センパイのところに行こう。どうせ忘れてるだろうけど、最初に借りた本の題名でも聞いてみよう。そう考えただけで気持ちが弾む。


「さあ、今日も一日頑張るぞ!」


 今日も私は神様として、一人の女の子として生きていく。

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