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東方影響録  作者: ナツゴレソ
第十三章 七日戦争(下) 〜Obtain morning of the eighth day〜
188/202

112.5 取り憑かれる者

 それは秋半ば頃、幻想郷各地で奇怪な怪物達が暴れ回る異変……通称キメラ異変が起こるより前の話だ。

 その日の夕方、私は秋風に身体を凍えさせながら博麗神社へ晩飯を集りに行ったんだ。

 特段特別な行動じゃない。北斗も一人分余分に作る様になる程頻繁な、よくある日常だ。

 だがその日は先客が二名いた。文と天魔と名乗る天狗の長だ。しかも居間を覗くと、どうやら天魔と霊夢が内緒話をしている様だった。

 ……我ながら趣味が悪いとは思う。けれど、好奇心が勝ってしまった。

 軽率にも私は障子の陰に身を隠し、二人の会話に耳をそばだてた。






「龍神の封印……いいえ、博麗大結界が解けようとしているわ」

「そう、ですか」


 重苦しい声で幻想郷の住民……特に里出身者にとっては衝撃的な事実が告げられる。けれど、その返しは拍子抜けする程素っ気なかった。

 博麗の巫女は大結界を守るのが役目の筈なのに、その反応の薄さはどうかと思うぜ。まあ、逆に霊夢らしいけどな。

 天魔も私と同じことを思ったのか、笑い混じりの溜息が聞こえる。


「無感動ね。貴方の人柱になる日が早まったのよ? もう少し顔色を変えてもいいのに」


 ……不穏な単語を聞いてしまい一瞬思考が止まってしまう。いや、きっと聞き間違いだ。薄紙一枚挟んでるだけなのに案外音が篭るもんだ。


「どうも思いませんよ。元々決まっていたことですし、私は人柱になるのを承知して博麗の巫女やっていましたから。今更いつ死ぬかなんて気にしません」


 なんて自分を誤魔化し切ろうとするが、間髪入れず聞き間違いでないと証明されてしまう。よりにも霊夢本人の言葉によって。

 ……人柱、だって? 死ぬっていうのか、霊夢が。しかも、病や寿命でなく、誰かに作られた作為的な理由で。

 とてもじゃないが信じることが出来なかった。何かの間違いだって。寿命が一桁違う妖怪の早とちりな勘違いだって、自分に言い聞かせるけれど……動悸は止まらなかった。

 私は壁に背もたれ、帽子を握りこむ。もしかしたら、何も聞かなかったことにして、逃げ出せば良かったのかもしれない。けれど私は……その場から離れることは出来なかった。

 しばらくしてから、天魔が口を開く。


「それは過去の貴女が天涯孤独だから……孤独であろうとしたからでしょうね」

「………………」

「失う物がなければ死も怖くない。だから貴女は孤独であろうとした。貴女が北斗に親身になったのも道理だったのでしょう。貴女の在り方は北斗に……」

「そんなんじゃない!」


 突然霊夢が声を荒げる。それと同時に何か固いものを叩く音がして、私は思わず身体を強張らせてしまう。

 夕日のせいで障子に影は一切映らず、中で何が起こっているかはわからない。けれど……不自然な静寂が漂っているのは手に取るようにわかった。

 ややして、霊夢が口を開く。


「違う、本当に違う、んです。北斗は……関係、ない……!」


 さっきとは一変して、霊夢の声音は弱々しい。そんな様子が痛々しくて……たまらず私は拳を握った。

 心の底を見透かされたことが気に食わなかったのか、それとも北斗のことを言われたことが嫌だったのか……霊夢の表情すら見れない私には到底察することは出来なかった。

 だが……霊夢の反応で冗談や勘違いで済む様な話じゃないことは伝わってきていた。


「……余談だったわね、ごめんなさい」


 しばらくして天魔が謝るけれど、霊夢は黙り込んだままなにも返さない。

 障子の隙間から漏れ出す気まずい雰囲気に蚊帳の外の私も居心地が悪くなる。だが、それでも天魔は口を閉じることはなかった。


「第一、今の貴女は昔とは随分違うものね。霧雨魔理沙との出会い。異変を解決するたびに紡がれる縁……そして、輝星北斗との生活。今の貴女を孤独と思う人はいないでしょう」

「……何が言いたいんですか?」


 霊夢が苛立ちそうに急かす。けれど天魔は茶でも飲んでいるのか、なかなか喋らない。

 焦れったい。今すぐこの障子を蹴破って直接問いただしてやりたくなる。自然と身体が前のめりになったところで……


「人柱になりたくないなら、外の世界に逃げなさい。貴女にはその資格があるわ」


 不意打ちの一言を聞かされる。

 気が付けば私は夕焼けに照らされた床板をジッと凝視してしまっていた。

 ……何だって? 霊夢が幻想郷から居なくなる?

 想像もしたこともなかった。博麗神社にいればいつでも会えるもんだ、とずっと思っていた。本に書かれていた胡散臭い世界の真理なんかより、よっぽど信じていたのに。


「……逃げてもいいかどうかなんて、貴女が決めていいことじゃないでしょう?」

「ええ、そうね。けれど逃げちゃいけないなんて、紫も言わなかったでしょう? つまり、貴女が逃げ出しても誰も貴女を止められないのよ」

「………………」

「これは道理の話。本来妖怪達が生き残るために作られた仕組みに、神様一柱と人間十数人の生贄がいること自体間違っているのだから……少しくらい我儘を言ってもいいと思うわよ」


 半分も理解出来ない内容を、天魔は積み上げるかの様に淡々と話し続けていく。その度、私は首筋から背筋にかけて寒気を覚えていた。

 段々と霊夢が遠ざかっていく様な感覚。人柱になっても、幻想郷から去ったとしても、霊夢とは二度と会えなくなってしまう。そう思うと、凍えて仕方がなかった。

 必死に身体の震えを抑えていると、霊夢が静かな口調で尋ね始める。


「……もし私が逃げるって言ったら、人柱は誰がなるんですか?」

「候補は何人かいるはずよ。その中から選定してまた一から育て直し、になるでしょうね。あまり時間はないけれど」

「で、その子にも私と同じ質問をするつもりですか?」

「………………」


 一連の会話の中で、初めて天魔が答えに詰まる。痛いところを突かれたのだろうと、顔を見なくてもわかった。

 もしかしたら他の誰からなら言い返すことはできたのかもしれない。だが当事者である霊夢に言われたからこそ何も言えなかった。そんな気がしていた。

 何度目かの静寂。ここから距離のある台所の物音が聞こえるほどに、障子の向こうは無音だった。


「やっぱり私がなるしかない、ですね」


 だが、しばらくしてからあまりにも平然とした宣言が静寂を破った。

 絶望する。冗談や皮肉でこの単語を使ったことのあるが……私は初めて、本当の意味で絶望していた。奈落に突き落とされた様な気分だった。

 なのに霊夢は先程までの空気を忘れたかの様なスッキリとした口調で語り始める。


「勘違いしないでください。アイツと違って死にたいわけじゃないです。けれど……幻想郷がなくなるくらいなら死んだ方がマシと思えるくらいには、私はここが好きなんです」

「……だから自分を犠牲にできる、と?」

「犠牲じゃないです。私は、私に与えられた役割を果たすだけですから」


 やめろ。そんな清々しそうに言わないでくれ。幻想郷が好きならずっとここに居ればいいじゃないか。死ぬのが役割なんてあってたまるもんかよ。

 ……なんで泣かないんだよ、なんで悲しまないんだよ!


「それに生まれつき長く生きられない人は幻想郷だけ見てもごまんと居ます。阿求とかね。私も彼女らと同じ、少し寿命が短かっただけなんでしょう」


 愛想笑いで誤魔化すなよ。勝手に納得すんな。他人事の様に笑わないでくれ。なんでこんな時に限って諦めがいいんだよ。

 そんなもんなのか!? お前にとって私がいて、北斗がいて、火依がいて、いろんな奴らがいる今の時間は……頼むから未練の一つくらい言ってくれよ! 運命に取り憑かれて、なすがままなんて……お前らしくないじゃねぇか!

 そんなの、そんなの……


「それに、みんなの居場所を守れるなら……」




 覚えているのはここまでだった。

 最後まで聞いたのに思い出せないのか、それとも途中で逃げ出してしまったか……それすらも定かじゃなかった。

 ただ、胸に残ったものは確かにあった。だから私は、ずっと捨てようと思っていたこの本を手に取った。




 こんな虚しい結果なんていらない。クソッタレな未来なんて見ることもなく消え失せてしまえ。

 アイツが諦めたのだとしても私は絶対に諦めない。例え私が何者になろうと……何万回同じ時間に戻して、霊夢を生かす。

 そして絶対に……私の望んだ世界を手に入れてみせる。






 大図書館内、霧の晴れた向こうで香霖と火依、そして霊夢が私を見上げている。悔しさ、不安、真剣、それぞれの視線が私に集まっていて……少しむず痒かった。

 私は香霖との戦闘でヒートアップしていた脳を冷ますため、大きく深呼吸をしてから霊夢に話しかけた。


「もう言葉はいらないよな、霊夢。それとも、何か言いたいことがあるか?」

「今の貴女には何もないわ。どうせこの異変が終わったら時間はたっぷりあるんだし……その時話しましょう」

「……ないんだよ、そんな時間は! 『光撃「シュート・ザ・ムーン」』!」


 妙に落ち着いた姿が癇に障るんだよ! 私は上空から三人の足元目掛け魔法瓶を投げつけ、魔法陣を設置する。

 目ざとくそれに気付いた霊夢がすぐさま叫ぶ。


「ッ! 火依、霖之助さんを!」

「やってる!」


 瞬間、間欠泉の様に光線が吹き上がった。その中を二人が縫う様に後退していく。しかも火依は香霖の首根っこを引っ掴んで引きずりながらだ。

 長身の香霖を軽々と引っ張っている。幽霊が力持ちなんて変だとは思うが、そこは流石元妖怪と言うべきか。だが……


「逃さないぜ……!」


 上空から追撃の光弾と魔法瓶をばら撒きまくる。まずは足を止めさせ、力勝負に持ち込む。そうすればあの時の様に結界を破って勝てるはずだ。


「一方的に撃ってきて! 『神技「八方龍殺陣」』!」


 私は霊夢の宣言に、内心でほくそ笑む。ワンパターン。どうやらあの勝負のことはすっかり忘れてしまったらしい。

 残念だぜ霊夢……例え決別のための戦いだったとしても、私はあの時お前に勝てたことを生涯忘れるつもりはなかったのにな。

 私は箒の上に乗って、ホルスターから本を抜き目の前に掲げる。

 アーカイブに記録された過去の事象を遡り、検索。この三十周近く繰り返した時間の中で、今霊夢がいる位置に撃った過去のマスタースパークをこの場に復元する。つまりは……


「お前の負けだ。一周後に出直してこい! 『恋心「マスタースパーク・クロスファイア」』!」


 一瞬のタイムラグもなく十数発のマスタースパークが霊夢の結界に降り注ぐ、って訳だ。

 目の前が光の柱で埋め尽くされ、破壊の音が大気を激しく震わす。同時に吐き気が襲ってきて、思わず口を押さえた。

 ……一気に魔力を使い過ぎたみたいだ。まだ底をついてはいないけど、この後北斗と戦うことを考えるとキツいか。最悪アリスとパチュリーに北斗の相手をしてもらわないといけないかもしれない。出来ればあの姿を霊夢や北斗に見せたくないし。

 しばらく衝撃と吐き気が収まるまで浅い呼吸をしながら目を閉じていると……突然鼓膜を震わし続けていた音がパタリと止む。


「な……んだ……?」


 目を開けると、大図書館に無数の火の粉が舞っていた。マスタースパークの痕跡は焦げた床と壁、あと本棚ぐらいしか残ってない。


「まだ始まったばっかじゃない。まだまだ終わらせないわよ」


 ただ舞い散る熱の残滓の中に紅白の巫女が浮かんでいた。腕を組んで得意げな顔を向けているが……先の攻撃で倒せなかったのがショックで、まったく反応することができなかった。

 一体どうやって……目を凝らして観察するとその赤色の部分が陽炎の様に揺らめいていることに気付く。

 炎といえば火依だが、アイツが何かしたのか? それにしても姿が見えないんだが……

 私か口を押さえたまま火依を探していると、霊夢が自分の身体を見下ろしながら感慨深そうに一息吐いた。


「……ぶっつけ本番だったけれど、案外上手くいくものね」

「けど危なかった。特に霖之助とか」


 が、意外とすんなり見つかる。声の聞こえたのは霊夢の方。そして霊夢の背中から透き通った藍色の翼が飛び出ていたのだ。

 ……いや、違う。よく見ると、霊夢の背後には誰もいなかった。それに霊夢の服も陽炎で視界が歪んでいた訳でもないみたいだ。

 ただ、目の前に浮かぶ霊夢は確実に火依と話をしていた。


「さ、しっかり呼吸を合わせなさいよ、火依」

「霊夢こそ、私に祟られ過ぎて死なない様にね」


 ……そういえば何時ぞや月に行った時、依姫……だったか?との戦いで神降ろしをしていたな。自分の体を依り代に神様を呼び出して力を使っていた。

 そして……タイムループを始める前日、火依に取り憑かれたことを思い出す。月での一件、あの時初めてアイツを巫女っぽいと思ったが……今回は逆だった。


「……幽霊を払う側が取り憑かれてどーすんだよ、霊夢」


 思わず愚痴っぽい言葉が口から漏れる。

 ……硝子の様な青い翼は霊夢の背から生えていた。それに紅白の衣装は炎を帯びており、火の粉を撒き散らしている。そして瞳光は青い炎を宿しながら揺らめいている。

 間違いないな。霊夢は、火依を身体に憑依させていた。

 巫女服に翼と大分色物になった霊夢は、これまた炎を纏ったお祓い棒を手で回しながら不敵に笑う。


「たまには妖怪幽霊だって降ろすわよ。なんたって私は楽園の素敵な巫女だもの」

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