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東方影響録  作者: ナツゴレソ
第十三章 七日戦争(下) 〜Obtain morning of the eighth day〜
180/202

108.5 シークレットハート

「ッ……死ぬかと思ったわ」


 私は妹様から離れたところで、額を拭う。地上に目を向けると、大きなクレーターが出来ていた。もしかしなくても何匹か妖怪が犠牲になってるわね。ご愁傷様。

 ……なんて呑気に他人事の様に思っていられるようなじゃなかったのだけれどね。時を止めていなかったら今頃幻想郷の端まで吹き飛ばされていたか、挽肉になっていたわ。

 けれどいくら時を止められる私でも、流石に今回はお嬢様や北斗を気にかけることは出来なかった。今のところ姿は見えないけれど、お嬢様はきっと無事でしょう。けれど、北斗は……

 恐々と私は遠巻きに妹様の様子を伺う。


「お、お姉様、ホクト……わ、私……」


 先程から妹様は情緒不安定になっているようで、今も動揺を抑えきれていなかった。どうやら激情のまま北斗を巻き込むほどの攻撃をしたことを後悔しているようだった。

 無理もない。北斗に出会ってから『自分を変えるために』と力の制御を練習してきた妹様からすれば、今までの努力を無駄にするような失敗に思えるのだろう。


「どうしたものかしら……」


 メイド長としては恥ずかしい限りだけれど、私は妹様になんて言って慰めればいいかわからなかった。いや、私が何を言おうとあんまり意味はないかも……

 などとと、不意に妹様が空中でよろけながら落下していく。すぐさま時を止めて助けようとするけれど……それより颯爽と、黒い影が妹様を抱き留めた。


「大丈夫だよ、フランちゃん」

「ほ、ホクト……」

 

 そこには先程までの黒い化け物から人の姿に戻った北斗の姿があった。まったく、キザな現れ方するじゃない。流石女たらしのヒモね。

 ……それにしても、お嬢様でも避けられず私でも逃げるのが精一杯だったのに、あれをどうやって凌いだのかしら?

 見当は付かないけれど……さっきから道化師よろしく色々隠し球を披露しているし、何か切り札がありそうね。

 北斗は妹様を空中に戻すと、そっと頭を撫でた。


「人間の俺が無事だったんだ。レミリアさんもきっと、無事だよ」

「う、うん」

「いや、きっとじゃなくて絶対無事よ。この通り無事だもの」


 二人の会話に割って入る様に、レミリアお嬢様が口を挟む。ドレスの方は端々が破れているけれど、ダメージは然程ないようだ。ただ微かに肩で息をしているところから、大分遠くに飛ばされていたみたいね。

 そんなレミリアお嬢様の姿を見て北斗は少しホッとしたような笑みを見せるが……妹様は対照的に居心地の悪そうな顔をしていた。

 そんな妹様に、レミリアお嬢様が呼びかける。


「フラン、聞きなさい。貴女が納得できない気持ちもわかるわ。けれど……貴女達には教えられないことなの」

「ッ……お姉様、私……」

「意地悪でも、貴女を認めていないわけでもない。何も言えないのにはちゃんと訳があるの。だから、お願い……」


 お嬢様はそこまで言いかけると、尻しぼみに黙り込んでしまう。先程までの威勢は妹様によって吹き飛ばされてしまった様だ。

 けれど、それも仕方がない。私だって、言えなかった。北斗にも妹様にも……

 私を含めた四人はしばらく何も言えず空中で、言葉を探していた。喧騒が遠雷の様に鼓膜を揺らす。真下の方で大輪の桜の様な弾幕が広がっていくのが、よく見えた。


「信じます」


 その遠い喧騒の中、誰かハッキリとした声が耳に届く。顔を上げると、真剣な表情の北斗と目が合う。全ての色を混ぜ合わせた純真の黒色の瞳だ。


「俺は……レミリアさんが言うことを信じます。きっと、このまま進めばきっと、レミリアの言う通り後悔することになるんでしょう。でも、それでも俺は止まりません。必ず……魔理沙を止めます」


 北斗は私とレミリアお嬢様を交互に見遣りながら語り終えると、大きく息を吐いた。

 ……溜息を吐きたのはこっちの方よ。後悔しても構わない、なんてと言われたら私達は何も言えないじゃない。

 別に北斗を説得しようという気は、私達にない。けれど止めるつもりではいた。そう、最後の最後には……殺すことになっても。

 それでも北斗は絶対に止まらなかった。理由はいつも同じだ。馬鹿馬鹿しいほどに一途に。


「……私も! お姉様と咲夜を信じるよ!」


 妹様も前へ出ながら叫ぶ。頬を上気させ、白い吐息を口から漏らしながら力一杯に。


「お姉様も咲夜も魔理沙も……北斗も間違ってないって信じる! だから、お姉様が言う通り後悔するのかもだけれど前に進むよ。きっと最後にはみんな笑えると思うから!」


 妹様……フランお嬢様の、底抜けに前向きな言葉。暗く漠然とした不安を物ともせず歩こうとするその姿は……かつて暗がりに幽閉されていた少女の面影を感じさせなかった。

 二人は、お嬢様と私を無視して紅魔館に向かおうとするが……その行く手を蝙蝠の翼が遮る。 


「自分から後悔しに行く妹と友を私が放っておくとも? これでも私は面倒見がいいんだ」

「知ってますよ。レミリアさんにはよく目を掛けてもらいましたから」

「……それでも止まらないんだから、お前は始末に負えない!」


 お嬢様は呆れ混じりにそう叫ぶと、北斗に向かって急襲を仕掛ける。が、北斗に爪が届くその前に妹様が割り込み、両手を掴んだ。


「ホクト! 先に行って!」

「させない!」


 お互いに爪を振るい、突き立てる。激しい取っ組み合い、姉妹喧嘩と呼ぶには壮絶過ぎた。

 頬、首元、腕……身体全体から鮮血が飛び散る。お互いの血で両の手と髪が紅く染まっていく。


「フランッ!!」

「お姉様ぁ!!」

 

 二人の咆哮で私は我に返る。いけない、私が北斗を止めないと! 私は太もものホルダーからナイフを抜き、時を止めて北斗の目の前に回り込む。


「『傷符「インスクライブレッドソウル」』!」

「なっ……」


 時間を小刻みに止めながらのナイフによる連続攻撃。無闇矢鱈に振り回しているだけだけれど、相手には一撃一撃が高速の斬撃に見えるだろう。

 けれどナイフから伝わる感触は硬い。北斗は右手に大刀を、左には小太刀を持って斬撃を防いでいた。

 やるじゃない。つい軽口が溢れる。


「二刀流なんてどこかの庭師に似て器用なことを!」

「弟子ですからね!」


 北斗は余裕ぶった表情でそう叫ぶと、一瞬の隙を見計らって私の斬撃の射程範囲から逃れてしまう。

 かすり傷は幾つも負わせたが、致命傷になる一撃は与えられてない。先程からずっと最低限のダメージで凌がれていた。

 片や私は無傷ではあるけれど……内心焦燥していた。

 時を止め、ナイフを回収して戻ると、北斗は小太刀を鞘に戻し大刀を両手に構えていた。一分の迷いも感じられない立ち姿を目の当たりにして、私は歯がゆくて仕方がなかった。思わずらしくない言葉が口から出る。


「北斗! 考え直しなさい! 貴方がそこまでするのは、霊夢のためでしょう?」

「ッ……霊夢のためだけじゃない! 俺は沢山の人を巻き込んで……」

「そういうことじゃない! そういうことじゃ……ないの」


 私はつい首を振って俯いてしまう。ナイフを握る手に力が入る。やはり霊夢から何も聞かされていない様ね。

 同然だわ。霊夢と魔理沙……この繰り返しの時間の中ずっと仲違いしたままだけれど、この件に関しては二人とも頑なに同じ対応を取っていた。

 そう、この異変の真相は……北斗にだけは知られる訳にはいかなかった。


「咲夜……さん?」

「『時計「ルナダイアル」』」


 私は放物線を描くみたいにゆっくりと銀時計を北斗に投げ渡す。

 緊張感が僅かに緩んだ瞬間を狙った。北斗は何気なく受け取ろうとしかけるが、寸前で罠だと気付いたのか刀で銀時計を弾く。

 流石に勘が鋭い。けれど……残念ながら触れただけでアウトなのよ。後悔の声を上げる暇もなく北斗の時が止まり、空間に釘付けになる。

 我ながら卑怯な手だとは思う。けれど……手段を選んでいられなかった。


「腕の筋を切れば流石に何もできなくなるでしょう……弾幕ごっことしてはルール違反だけれど、悪く思わないでよ」


 止めていられる時間はもう幾ばくもない。私は薄ら闇に落ちていく銀時計を拾ってから、急ぎ北斗に近付こうとする。


「咲夜! 上!」


 お嬢様の声を聞いた私は、反射的に背後へと飛ぶ。同時に左のローファーが飛んだ。私が先まで居た場所には、全身血だらけの妹様が爪をかざしながら浮かんでいた。


「ホクトはやらせないよ!」

「妹様! 私に刃を向けさせないでください!」

「だっあら……ホクトの邪魔しないでよ!」


 突然背後からの声。思わず背後へ向かってナイフを振るうけれど、逆に手首を掴まれてしまう。顔をしかめながら振り向くと、そこには妹様がもう一人いた。

 見上げるとレミリアお嬢様も、妹様二人相手に苦戦している様だった。私ははしたなくも歯軋りしてしまう。


「『フォーオブアカインド』……私達を一人で止めるつもりですか!?」

「だから四人になってるの!」

「レミリアお嬢様に悪いとこが似て屁理屈を! 『時符「プライベートスクウェア」』!」


 私は周囲の時間の流れを遅らせる空間を作り出し、握られた手首を振り払う。

 ニ対一であろうと四対一であろうと時を操ることのできる私には関係ない。私は上空に上がって射角を確保し、止まっている北斗に向かってナイフを乱れ投げる。

 もう数秒も止めていられない。けれど……今度は流石の北斗も避けられないだろう。もしかしたら死んでしまうかもしれない。それでも、お嬢様が望むなら……


「……いえ、私がそう願うから!」


 たとえこの手を友人の血に染めても……妹様に恨まれることになっても!

 私は指を鳴らし、時間の流れを元に戻す。瞬間妹様と北斗、同時に動き出した。


「はっ……駄目、逃げてホクト!」


 私の手を掴んでいた妹様がすぐさま叫ぶけれど、その時には既にナイフの雨が降り注いでいた。刺さらなかったナイフと、刺さったナイフから流れた血が地上に落ちていく。


「く……ぅ……」

「嘘……」


 確かにナイフは北斗に当たった。けれど、北斗は身体を胎児の様に縮こめて、頭部と胸部をそれぞれ腕で防いだ状態で空中に浮かんでいた。

 身体中にナイフが刺さって凄惨な姿をしているが、腕の合間から覗く瞳は爛々と輝いていた。まるで、蝋燭の最後の灯火だ。

 その姿が、何十回も見てきた北斗の最後の姿と重なる。北斗は最後の日には必ず紅魔館を襲撃してきた。そして、追いかけてきた霊夢の前で殺される。

 何を言っても止まらない。止まれないのだ彼は。




 だって北斗は、霊夢のために戦っているのだから。




「咲夜ぁぁぁぁっ!!」


 背後に凄まじい存在感が迫る。すぐさま私は高度を落としながらしゃがんだ。

 頭のすぐ上を妹様のレーヴァテインが掠める。ボロボロになったホワイトプリムが吹っ飛んでいくのが視界に映った。

 避けられたが、体勢は崩れてしまった。私は、背中から斬られる、と覚悟する。けれど背中を斬られるより先に柔らかく温かい感触が触った。同時に燃える様な波濤が首筋を撫でる。

 振り向かなくても、背中を預けているのが誰だかわかった。


「お嬢様!?」

「振り向くな、前を見ろ!」


 背後からお嬢様の叱咤を受け、私は前を向く。なんと、ナイフだらけの姿のまま北斗が刀を構えて突進してきていた。

 しまった。北斗に気を取られたせいで、ナイフ回収が間に合わなかった。もう手元にあるナイフは予備の二本しかない。

 連続で時を止めたせいで、疲労もピークだ。時を止められる回数もあと一回、しかも一瞬が限界でしょう。ここは本来逃げるべきなのだろう。

 ……けれど、私もお嬢様もそれを望んでいない。


「……お嬢様、お任せしても?」

「まったく世話がかかるメイドだよ、お前は!」


 私とお嬢様は背中合わせのまま、まるで円舞曲を踊るかの様な軽やかさで半回転する。流石お嬢様、タイミングは完璧だ。


「はぁぁぁぁっっ!!」

「馬鹿の一つ覚えだ!!」


 背後で紅い閃光と甲高い金属音が鳴る。強い力で背中を押されるが、私は背を向けたままその小さな背中を支え続けた。

 不意に背中からの圧力が僅かに緩んだ瞬間、北斗が私達を通り越して離れていく。紅い夜空に、光の残滓と金属片がばら撒かれる。花びらのように落ちてくそれらを見て、直感的にまだ終わってないと思った。

 案の定、北斗が身体中から血を流しながら必死の形相で踵を返した。見ると、右手に持った大刀は根元から折れていた。あるのは腰元の小太刀一本のみ。

 お嬢様の槍が、刀を折った様だ。それなら……二本で十分よ。


「『奇術「ミスディレクション」』」


 私はナイフを一本投げたと同時に時を止め、間髪入れずに最後の一本を投げる。

 二本のナイフは空中で互い違いに並んで止まる。一本は胸元、もう一本は……額に当たる位置。これなら短い小太刀では防げないはずだ。


「……自分の手際の良さにウンザリするわね」


 誰も聞けない私だけの世界で、私はポツリと弱音を吐く。

 何十回と繰り返した時間の中、北斗とは何度も戦った。そして……何度も殺した。誰に頼まれた訳じゃない。ただ、適任だから私がやった。ただ、それだけ。

 ……ねえ、北斗。私は貴方に期待していたのよ?

 私が救われるかどうかなんて、どうでもいいの。ただ、妹様……フランドールお嬢様の運命を変えた様に、私が貴方を殺さない運命にたどり着いてくれるって、ほんの少し、淡い、淡い……期待を。




 呟きと共に目の前のナイフと北斗が動き出す。胸元への一本目は左の小太刀で防がれる。想定内。そして間髪入れず迫った二本目は……




 紅い大剣が跡形もなく搔き消した。

 私は眼を見張る。北斗は、妹様が握っていたレーヴァテインを奪ってナイフを切り落としていた。右手から嫌な音と煙が上がっている。レーヴァテインが掌を焼いていた。


「『巨門「二閃紫桜」』」


 もう、脱帽するしかない。そこまでの意地と覚悟で戦う貴方を……私はもう止められる気がしない。敗北、まさに心身ともに打ちのめされた感覚だ。

 けれど、清々しい気分だ。ちょっぴり悔しくもあるけれど、何より……


「……貴方が、期待に応えてくれる人間で、良かったわ」


 私は笑みを隠しきれないまま、目を閉じてトドメの一撃を待った。

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