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東方影響録  作者: ナツゴレソ
第十三章 七日戦争(下) 〜Obtain morning of the eighth day〜
174/202

105.0 風花と呪い

 協議を終えた俺達は里の上空に集まっていた。

 時間は計ったかのように丑三つ時。先程までの騒動などなかったかのように、赤い夜に静けさが戻ってきていた。


「どうだい、自分の思い通りになった気分は」

「思い通りになんてなってませんよ」


 口頭一番神子さんに尋ねられた問いに、俺は首を振った。思い通りのことなんて何一つない。いつだって不本意の連続だ。

 追い込まれて苦肉の策を練って、綱渡りのような危うさに肝を冷やしながら、今日まで生きてきた。

 今日のやり方だってそうだ。こんなことやりたくはなかった。それでもやったのは……ひとえに自分の傲慢さと一人の少女のためだった。

 拳を握り締め俯いていると……目の前からため息が聞こえてくる。


「……そんな怖い顔をするな。皮肉を交えてはいるが、私は君の、理想から逃げないところを十分評価しているつもりだ。それを踏まえて私達は君に付いているのだ」

「ありがとうございます。すみません、迷惑掛けて……」

「謝ることは何もないさ。さて、私はもう行く。決戦への備えを怠らないようにな」


 神子さんはウィンクを飛ばすと、何処かへ飛んで行ってしまった。それを見送っているとポンポンと、誰かが肩を叩く。

 振り向くと『俺』がニヤけ顔で宙に浮かんでいた。それを無言で睨みつけていると痺れを切らしたのか、マミゾウさんが元の姿に戻って頭を掻いた。


「ノリが悪いのう……もう終わったことじゃろうに」

「そういう性分なんです。それより……影武者なんて損な役回りをさせてすみませんでした」

「仙人も言っておったろう、儂らはお主に賭けた。今更神輿を乗り換えたりはせんよ。のう、白蓮。天狗よ」


 そう言うとマミゾウさんが白蓮さん達を見遣る。すると白蓮さんは何も言わずに頷いてくれた。文は営業スマイルを、椛さんは無愛想を貼り付けたようなしかめっ面を浮かべている。

 有難いことだ。みんな俺の我儘に付き合ってくれて……いつか彼女達に恩を返すことができればいいんだが。


「ありがとうございます。何かあったら教えてください。それじゃあ」


 俺は挨拶もそこそこに、一礼してから四人に背を向け、神社に向かって飛んだ。その道中、俺はぼんやりと今後のことを考えていた。

 ……もしこの異変を解決したら魔理沙達は俺を恨むだろうか? 魔理沙と咲夜さん、二人のためにもこの異変を解決したい。だが彼女達はそうは思っていない。要は俺が一方的に善意を押し付けている形になっているわけだ。


「はぁ……」


 思わず真っ白なため息が、口から溢れる。

 微妙なところだ。疎遠になってしまう気もするし、あっけからんとしてるのも彼女達らしくも思える。まあ、不仲になってしまっても仕方がないことではあるんだが……

 まだ解決していないのに、そんなこと考えても何の意味もないことくらいわかっている。が……未来への不安が、俺を憂鬱にしていた。


「はぁ……本当に俺は、変えることしか出来ないな」


 シミジミとそう感じてしまう。俺は『影響を与える程度の能力』を持ちながら何より……変わらない日常が好きでたまらなかった。







 博麗神社に戻ると、鳥居の上に赤い巫女服姿の少女が待っていた。マフラー等の防寒着を着てはいるが、真冬の真夜中を過ごすには心許なく見える。

 なんでわざわざ外で、しかもこんな時間まで待つ必要ないだろうに……

 俺は鳥居の上に降りてから、羽織っていた外套を脱いで霊夢の肩に掛けようとする。が、それを制するように俺の手を霊夢が取った。


「おかえり。話は着いたみたいね」

「……一応な。寒いからから居間の方でお茶を飲みながら」


 今日のことを話そうか、と言おうとしたその時、唐突に霊夢が俺の手を引いた。外套が手を離れ、鳥居からヒラヒラと落ちていく。

 なすがまま、さながらダンスのように振り回される。転ばないようたたらを踏みながら踏ん張ると、図ったかのように霊夢を背後から抱きしめるような形になった。

 小さく華奢な身体は芯まで冷たい。俺はせめてもの外套代わりに霊夢を後ろから抱き締めた。


「わざわざ出迎えてくれたのは嬉しいけど……何かあった?」

「それはこっちの台詞よ。随分暴れてたみたいじゃない。それに……顔の硬さが取れてる。ちょっとは吹っ切れた?」


 そう問いかけながら、さながら猫のように頭のリボンを擦り付けてくる。微かな石鹸の香りが鼻腔をくすぐる。時間のリセットの影響か、今日の霊夢はらしくなく甘えてきていた。

 いや、正しくは霊夢が俺と火依に真実を打ち明けてあの夜……それより前の、数巡前のループの中で始まったのだろう。

 霊夢は博麗の巫女であり、俺の監視者でもある。だから少なくとも俺の前では気丈に振る舞おうとしていたのだろうが……もう、彼女にはそんな余裕も残っていないのかもしれない。

 俺は僅かな間だけ唇を噛んでから、頷いた。


「まあ、な。霊夢は知ってたんだろう? 魔理沙と咲夜さんも記憶が巻き戻ってないって」

「知らなかったわよ……大体察してはいたけれどね。堪えてたでしょ、二人とも?」


 霊夢ははにかみながらそう聞いてくる。だが俺はそんな霊夢に頷くことも、同調して笑うことはできなかった。

 ……それを霊夢が言うのはどうなのだろうか? 俺からしたら、霊夢が一番堪えていたと思うんだが。俺は返事の代わりに霊夢を抱きしめる腕に少しだけ力を込める。すると霊夢は髪を揺らしながら小さく笑った。


「不器用よね、アイツら。そんな辛い思いをしてまで『今』を繋ぎ止めても、何の意味もないのに、ね」

「……俺からしたら霊夢も不器用だけどな」

「はぁ? アンタに至っては進んで不器用な生き方してるじゃない。面倒事に首突っ込んで、苦痛も悲しみも勝手に持っていく……私のだって持っていくつもりの癖に」


 そう言うと霊夢は責めるかのように頭でこめかみ辺りを小突いてくる。冷たい頬が触れ合う。今度は、どちらからからともなく吹き出す。

 気恥ずかしくはあったが、今は離れたくはなかった。俺は小さく息を吐いて再び喋り出す。


「霊夢は、知ってるんだな。魔理沙達が時をループさせる、その理由を」

「……何でもない、馬鹿な話よ。人間でいる限り必ず訪れる理不尽な未来から、必死に逃げてるのよ。遅かれ早かれその時は来るのにね」

「魔理沙は、死にたくないのか?」

「違うわよ……死ぬのを見たくないだけ、よ」


 それだけ呟いて、霊夢はマフラーを口元まで引っ張り上げる。これ以上喋りたくないという意思表示か、はたまたただ寒いだけなのか……

 ふと手の甲に湿った感触が落ちる。雪だ。見上げると赤い夜空に雲は殆どない。にわか雨ならぬ、にわか雪か……


「夜の風花、ね」

「カザハナ?」

「そう、風の花。風が運んで来る雪の花……積もり残ることもなく、摘んで飾ることもできない幻の花よ」


 霊夢はまるで唄うように呟きながら、両手で風花をすくおうとする。が、手のひらに触れるとすぐに体温に溶けてしまった。

 儚い、幻。けれど俺の目には確かに映っていた。闇から降り、月に輝く白の花弁が。


「北斗、約束して」

「……なんだ?」

「何があってもこの異変を解決するって。必ず、最後までやり遂げて。何があっても、私の願いは本物だから……」

「霊夢……」


 温もりを求めているのか右手の甲に頬を添え、口から微かに白い息を漏らす。

 それは懇願だった。あの夜、どこにも行かないでと言われたあの時と同じようで少し違う。決意の篭った、声だった。

 霊夢が何でそんな約束を強いるのか。魔理沙が起こした異変の真意。どちらも霊夢に尋ねれば教えてくれるかもしれない。今こそ聞かなければいけないのかもしれない。

 だが、俺はそれをしなかった。理由ならもう霊夢から貰った。自分でも見つけることができた。ならもう十分だと思うから。


「わかった。必ず、霊夢を救ってみせるから」

「ええ……お願いね、北斗。破ったら、酷いんだから」

「守ってみせるって。何なら指切りでもしようか?」

「ううん、そんなのより……」


 霊夢はそう言い淀むと、俺の腕の中で身体を半身だけずらす。そして潤んだ瞳で見上げてくる。目尻に落ちた風花が、涙の様に流れていくのが見える。

 意図がわからず、ずっと見つめ合っていると急に霊夢が少しむくれた様な表情で、自分の唇に人差し指を当ててみせてくる。それでようやく意味がわかった。


「……いいのか、霊夢?」

「いいとかじゃないの。子供騙しで誤魔化さないで。刻み付けてよ、私の約束を。焼き付けさせてよ、私を……」


 袖を掴み、目を瞑る。長い睫毛に、薄っすらと赤らんだ頬、そして瑞々しい、小さな唇……

 ……そういえば誰かから聞いた話だが、結婚式で行われる誓いのキスは、直前に言った誓いの言葉を封印するためにするらしい。


「霊夢……」


 約束は必ず守る。だが俺は……どこか不安にもなっていた。今まで霊夢と保ってきた距離感に決定的な変化が起きる予感がして……霊夢が、霊夢じゃなくなる気がして、物怖じしてしまっていた。

 


「霊夢、俺は……ん」


 開こうとした口が、霊夢の唇によって無理やり塞がれてしまう。仄かな石鹸の香りと共に伝わってくる体温。燃えるように熱かった。

 まるで呪いだ。俺は瞳を閉じながら、そう思った。もう俺は霊夢との約束を破れない。この蠱惑的で、刹那的なこの一瞬が、永遠に俺を縛るだろう。

 どうでもいい、か。例え呪いでも何でも、霊夢が望むなら……

 俺と霊夢は冬の星座が見守る中……お互いの体温を確かめながら、延々と契約をし続けた。

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