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東方影響録  作者: ナツゴレソ
第十三章 七日戦争(下) 〜Obtain morning of the eighth day〜
172/202

103.5 紅魔の除夜

『レミリア・スカーレット様へ。お話ししたい事があります。今日の夜十二時に紅魔館門前で待っています。輝星北斗』


 夕方、美鈴が拾ってきた手紙を読んだ私は、ベッドの上で思わず吹き出してしまう。協定を結びたいならそれなりに書き方があるだろうに、封印すらされていない簡素な封筒にたった一文しか書かれていない手紙を入れて寄越してくるのだから、笑わずにはいられない。けれど、それが北斗らしくはあったが。

 微笑ましい気持ちで手紙を眺めていると、目覚めのティーセットと共に手紙を持ってきた咲夜が目を細めながら尋ねてくる。


「嬉しそうですね、お嬢様」

「当然よ。辛気臭い年越しに辟易してたところに、腑抜けていた友人からの素敵なパーティのお誘い。こんな時、盆と正月が一緒に来たようって言うんだったかしら?ま、正月はもうすぐ来るのだけれど……ふふ、愉快だわ」


 取るに足らない戯言ですら笑えてしまう。私は浮わついていた。その時が待ち遠しくて仕方がない。私は、北斗が私達と本気で対峙しようとしていることに歓喜していた。


「他の奴にも伝えておきなさい。ただ魔理沙には大図書館にいるように言っておいて」

「畏まりました」


 さて、一頻り喋って舌の根が乾いてきたわね。私がティーカップを差し出すと、咲夜は何も言わずお茶を注いだ。舐めるように口を付けてみるが、随分普通の紅茶だ。咲夜にしては、面白味がない。ここ最近ずっとそうだ。仕事自体は変わらず完璧にこなしているけれど、どこか浮かない表情をしている。


「ねえ、咲夜」

「はい、何でしょうかお嬢様」

「貴女は、この時間を望んでいないかしら?」


 まるで時を止めたかのように、咲夜の動きが止まる。けれどそれはほんの僅かな時でしかない。咲夜はうやうやしく首を横に振った。


「……お嬢様の望みこそ、私の望みです」

「そんな模範解答を聞きたいから聞いたわけじゃないんだけどな。まあいい、下がりなさい。せっかくの年越しだ、パーティでも開こうじゃない」

「畏まりました。失礼します」


 咲夜は最小限の礼だけ返して、目の前から消えてしまう。未だ咲夜は退屈な人間のままだった。この計画……幻想郷の常世化を魔理沙から聞いたその日から、明らかに咲夜の様子がおかしい。本当の気持ちを押し殺して、生きているのが誰の目に見てもわかる。


「もどかしいなぁ……」


 私はさとりじゃないから、人の心を伺うことくらいしかできない。だからさっきのように真意を問いかけたのだけれど……はぐらかされるようじゃあ、私の人望も高が知れているわね。フランに家出されたのも、そこが原因かしら。


「咲夜、私はねぇ……どちらでもいいのよ」


 このまま永遠に暮らそうとも、咲夜の一生を見届けることになっても……咲夜がどちらを選んでも私はそれなりに楽しめる。フランならいざ知らず、私はいつか来る結末を恐れやしない。けれど、それに抗おうとするものを嘲笑うつもりもなかった。

 私は運命に抗うものが好きだ。だから私は魔理沙の味方をしながらも北斗に期待する。そして何も選ばない咲夜に何も言わないように……霊夢をただ見放すのだ。






 紅の寒月に薄雲が掛かる。灯がいらないほどに月明かりが強い。紅魔館がよく映えるいい夜だ。周りの有象無象がいなければ尚良かったのだけれど、仕方がない。此奴らは望んで駒になるといったのだから、少しくらい多めに見てやろう。それに……いざとなったら多少の壁にくらいなるだろうさ。

 庭には美鈴、咲夜、月の兎も控えているし私の隣にはパチェと輝夜もいる。奇襲の類にも十二分に対応出来る盤石な戦力だ。負ける気がしない。

 ふと耳を澄ますと遠くで除夜の鐘が鳴っている。新たな年がやってきた。それと同時に……結界の外、門前に三人の影が降り立つ。命蓮寺の住職、道教の教祖に……外来人の男だ。

 私達は結界を挟んで並び立つ。向こう側の一団の中心に立つ男……北斗は私の顔を見るや否や、軽く会釈をした。


「えっと、あけましておめでとうございます……レミリアさん」

「随分呑気な挨拶だなぁ……交渉に来たんだろう?いくら友人とはいえ、もう少し礼節を弁えたらどうだ?」

「それはそれ、これはこれです。国同士の戦ならともかく、これは一つの土地の内紛みたいなもの。そんな大したことない戦いでうやうやしく物事を運んでいたら、七日なんてすぐ過ぎちゃいますよ」


 ふん、らしくない物言いだ。北斗は意外と皮肉好きな節があるのだが、いつの間に歯に衣着せぬ性格になったのだろうか?

 いや……これから戦争をする相手と交渉するのだ。これくらい強気じゃなければ話にならないかもしれない。だとしたらこれは虚栄か。

 そもそも向こうの軍勢を束ねているであろう北斗が平然と私達の前に立っていること自体、あり得ない。私達ですら、魔理沙は地下室で待たせているのに……剛毅と呼ぶにはいささか不用心が過ぎるわ。

 なんて内心で評論を付けていると、隣の輝夜が口を開く。


「随分余裕がないのね、北斗。待てば勝てる私達と違って動かないといけないのはわかってるみたいだけれど……そんな私達に何をお願いするつもりなのかしら?それに見合う対価は用意しているのかしら?」

「……それは私が話そう」


 そう言いながら割り込んできたのはマント姿の道士……確か、神子だったか?あからさまに北斗を庇うように立つと、筒状に巻かれた書面を懐から取り出した。


「私達が要求するのは今後起こりうる戦い……七日戦争におけるルールにおいて、『スペルカードルール』を採用することだ」

「『スペルカードルール』ですって?何で今更……」


 輝夜は意味がわからないようで、首を傾げている。蓬莱人、だったか?死なない者じゃあ気付けないかもな。

 そもそも『スペルカードルール』を戦争に当てはめるとなると、色々と無理がある。ならこいつらが言う『スペルカードルール』とは……


「要は北斗達は死者が出るほどの攻撃をお互いに禁じたい、ということだろう?」

「その通りです。俺は……この戦争で誰も殺したくないですし、誰も殺らせるつもりはないです。第一幻想郷の戦争で、誰かが死んでしまうことなんて、あっちゃいけないんです」


 なるほど、北斗が言い出しそうな理想論だ。誰一人欠けることない未来を、本気で目指そうとしているのか。

 私達が押し黙っていると、神子が書面を投げ渡してくる。この結界は意思のあるものか、一定の攻撃性のあるものでなければ反応しない……らしい。結界に関してはパチェに一任してるから詳しく知らないけれど、少なくとも物を投げ入れる程度では反応しないようだ。

 空中でキャッチして広げてみると、どうやら契約書のようなもののようで長ったらしく文字が羅列していた。


「無条件で呑めとは言わない。呑んでもらえるなら、開戦日の決める権利と、それまで攻撃しないことを誓おう。無論、最終日になればこちらから仕掛けるし、奇襲への報復はさせてもらうが……」


 流し読みしたところ、だいたい神子が説明したものと相違なかった。なるほど、こちらにも多少のメリットはある。万が一負けた場合のことを考えたら悪い話ではないし、不確定な敗北要素も取り除ける。

 けどな、北斗。お前の言っていることは……あべこべなんだよ。


「話にならない。犠牲の出ない戦争は戦争じゃない。ただのごっこ遊びだ」


 私の一言で北斗は仏頂面で閉口してしまう。そう、黙らずにいられないでだろう。北斗の望みは、私達の望みに他ならないのだから。

 常世の幻想郷の真の目的は不老不死なんてチンケな欲望ではない。失いたくない、無くしたくない。これはいずれ必ず来る運命から抗うための、抵抗なんだよ。


「失うのが怖いというなら私達に与するか、何もせずのうのうと生きればいい。この『常世の幻想郷』では何も失うことはないのだから」


 私は親指を突きつけながら、北斗を睨みつける。浅はかだと罵るつもりで。が、その視線を遮るかのように命蓮寺の僧侶……白蓮が前に進み出てくる。


「いいえ、失うものはあります。未来です」

「………………」

「これから生まれるはずだった命も、今傷付いている者への希望を、貴方達は奪っている。北斗は……いいえ、今、北斗に並び立っている者誰もが!この時間にはないものを……未来を目指しているのです」


 青臭い台詞だ。けれど、私はそれを笑い飛ばすことができなかった。永遠の時間を望む想いは、本心に違いない。けれど……未来を見てみたいと思う気持ちも、また本物だった。咲夜、北斗、霊夢、魔理沙、そしてフランの変わっていく姿を見守りたい。これも間違いなく私の欲望なんなろう。やれやれ、薄々気付いていたけれど私は相当我儘なのでしょうね。どちらも欲しくてたまらない。


「お前達が未来を生きたいのはわかった。だが……私達が『スペルカードルール』を呑む理由にはならないのはわかるよな?」


 今の私には未来を捨ててでも見続けたい今があった。だから私は魔理沙に手を貸すと約束した。妖怪として一度交わした約束を破るわけにはいかない。私は翼を見せつけるように広げた。


「去れよ北斗。私達に交渉の余地などない。未来が欲しかったら力尽くで奪い取れ」


 もう道は違えた。そして道がぶつかったなら後は淘汰するしかない。周りの有象無象も歓声を上げている。いい、いいぞ、わかってるじゃないか。隣のパチェと輝夜が冷めた顔をしているが、それが気にならないほど気が高ぶっていた。

 そうだ、私はもう一つ欲しいものがあった。闘争だ。本来妖怪は人を襲う存在なのに、おおっぴらに襲えば巫女に退治される。妖怪の楽園と呼ぶにはいささか肩身が狭いじゃないか。

 幻想郷で失われて久しい殺し合い。人間でありながら友でもある北斗と出来るというなら、これほどの悦びはない。私は胸元に左手を置き、北斗に右手を差し出す。さながら、ダンスに誘うかのように。


「何なら今からやってもいいぞ?特別に一騎打ちで相手してやっても……」

「いや、その必要はないぞ」


 私の言葉を遮るように北斗の口の端を吊り上げながら言う。それは北斗の声にして高過ぎる音をしていた。違和感に気付いた瞬間、背後で爆音が轟く。振り向くと紅魔館の左側上階が崩壊していた。

 攻撃!?あり得ない!外からの攻撃は結界によって防がれるはずなのに!なら内部から?裏切り者がいたのか?いずれにしろ先手を打たれたなら……


「覚悟はしてるよな、北斗!!」


 咄嗟に踵を返し、飛ぶ。僅かな肌の痺れを伴いながら、私は結界の外に出た。爪を立てて襲いかかるが、手応えはない。まるで雲を切り裂いたような感触と共に北斗の輪郭がボヤける。

 そこでようやく気付く。さっきまでの北斗の匂いと違う。このヤニ臭い獣臭は……


「この私を化かすか古狸!?」

「ほっほっほっ……化かされたのは儂だけじゃないぞ」


 嘲笑うかのように後ろに跳び退いていたのは……マミゾウだった。北斗に化けていたのか!?何で匂いでわからなかったんだ!?いや、それより本物の北斗は……


「レミィ!下がりなさい!さっきのは、結界外からの攻撃よ!」

「なっ!?」


 パチェの言葉が耳に届いた瞬間、目の前が眩く爆ぜる。咄嗟に腕で防ぐが……灼けるような痛みに、私は思わず後退ってしまう。太陽に焼かれた時のそれに似ているが違う。これは存在否定の結界か!ということは……


「本物の北斗か!?らしくないことを!」

「しかも霧の湖上空からの遠距離から撃ってきてるわ。白狼天狗の眼と烏天狗の耳を使った狙撃よ!」


 どうやら遠見の魔法を使ったらしいパチェが魔導書片手に叫ぶ。吸血鬼の視力で私も探してみるが、赤い霧のせいで見えない。一方的に攻撃されるのは癪だ。仕方なく私は結界の中に戻ろうとするが、その時結界に通った時の感触がないことに気付いた。


「パチェ!まさかこの攻撃は……」

「レミィの想像通りよ。結界に綻びが生じている。まるで霊夢の結界破りのような強引さよ!」

「そういう……こと!」


 私は思わず爪を噛んでしまう。この攻撃は結界自体を狙ったものか!?このままでは結界が修復できないほどに破壊されてしまう。


「咲夜、美鈴!」

「はい!」

「止めてきます!」


 私の呼びかけに応じて、二人が結界の穴から外に飛び出る。と、援護するつもりか月の兎も二人を追いかけていくのも見える。いい判断だ。三人掛かりなら少なくとも北斗の遠距離攻撃を止められるはすだろう。

 いや、時間は掛かるかもしれないが結界ならパチェが組み直す事自体は出来る。問題は……向こうの陣営がいつでも結界を破壊できるとわざわざ見せつけてきたことだ。

 北斗は私に択を迫っているのか。スペカルール内で行われる戦争と、奇襲工作諸々なんでもありの対ゲリラ戦……どちらを相手にしたいか、と。いや、北斗が互いに被害の出る後者を望んでいるとは思えない。なら、これを仕掛けたのは……


「貴様か、道教の仙人!」

「そうだ。多少謀には覚えがあるからな。この策を考えついた時一番懸念していたのは、北斗の反対だったんだが……意外とすんなり受け入れてくれたよ」


 神子は背中越しに語りながら襲い掛かってくる有象無象を次々と斬り捨てていく。その一撃一撃に容赦は一切ない。こちらも本気で殺し合うつもりがある、という意思表示か。


「さて、こんな状況にしておいて悪いが、君の回答を聞こう。私達の要求を呑むか、拒むか!?」

「調子に乗るな!ここで貴様等を倒せばそれで片が付く!お前も戦えよ、永遠亭の姫!」

「嫌って言いたいところだけれど仕方がないわね……きゃっ!?」

「くっ!」


 私達が踏み出そうとしたところを狙ったかのように、足元が爆ぜる。一瞬、亜音速で足元に弾幕が飛んできたのは見えたが……パチェを庇うので精一杯だ。

 遠距離弾が何度も地面に打ち込まれ続け、土埃が舞い上がる。私達を釘付けにするつもりか!北斗は本気で私達とこんな戦いをするつもりなのか。

 嫌だ……私はこんな戦いをしたいのではない。もっとこの夜に映えるような優雅かつ凄惨な命の奪い合いだ。それも拒んで、永遠の世界も否定して、最後は自ら望んだ願いまで捻じ曲げて、それでもお前は未来を望むのか!


「北斗!お前は間違っている!こんなの……お前じゃない!」

「そうか?私はそうは思わないぜ」


 掻き乱された感情のまま空に向かって吠えたその時、誰かがそう呟きながら私の横をすり抜けていく。大きな帽子、白黒のエプロンドレスの少女。


「どんなにその手段が歪んでいても、不格好でも、矛盾に満ちていても自分の望んだ未来を叶える。それが北斗だ。アレは誰よりも利他的だが……その実、とことん自己中でもあるんだよ」


 箒を右手に、左手は腰に当てつつ魔理沙が仁王立ちで立つ。私は絶句してしまう。今、この瞬間だけは魔理沙がここにいたらいけないのに……

 終わる。北斗が魔理沙を撃てば……その瞬間にこの無限の時間が終わりを告げる。


「魔理沙、下がりなさい!外に出たら貴方が撃たれるわ!」

「撃たないよ。北斗は私を撃たない……アイツは本気で誰も殺すことなく、私を止めようとしている。だよな、神子」

「……まさか、よりにもよって貴女に見破られるなんて思いもしなかった。私達のカマかけをな」


 魔理沙の問いかけに、一通り敵を蹴散らした神子が宝剣を鞘に戻しながら返す。有象無象の妖怪共はすっかり大人しくさせられていた。

 つまり北斗はスペルカードルールを呑ませるために、ブラフを仕掛けていたのか?確かにこうやって魔理沙が現れているというのに北斗からの狙撃は途絶えている。三人が北斗を止めた可能性もなくはないが……そうじゃなくても、彼が魔理沙を撃てるとは確かに考え辛い。

 何にしても私はまんまとブラフに踊らされかけたわけだ。情けない、夜の王の名が泣くな。だが、過程はこれで奴らの目的は……


「ま、こんなことしなくても私はスペカルールには賛成なんだけどな」

「魔理沙!?」


 頓挫したと思ったら、魔理沙が世間話をしてるかのような気軽さで呟く。あのパチェが素っ頓狂な声を上げるほど唐突さだ。かく言う私だって意外だった。今の魔理沙は、手段なんて選ばないと思っていた。

 私達、そして神子達三人も意図が理解出来ずに困惑していると……魔理沙は困った頭を掻きながら、口を開いた。


「あー、なんだ?色々と言いたいのはわかるぜ。けど私は対等な条件で勝ちたいんだよ。そうしないと、霊夢も北斗も受け入れてくれない。何より私が納得できない」


 嬉々とした表情で魔理沙が熱弁を振るう。最近はどうも辛気臭い顔ばかりしていたが、今はそれを感じさせないほどに活き活きとして見えた。


「最終日、私達は夜明けと共に時間のリセットを始める。だから明々後日の日没と共に始めようぜ。タイムリミットは夜明けまで。何時ぞやの時よりわかりやすいだろう。なぁ、北斗!」


 魔理沙は遠くにいる北斗に向かって叫ぶ。するとややあってから上空に大きな球型の弾幕の花が咲く。月光よりも眩しい輝き……答えのつもりか。

 結局一人の人間の我儘で仕掛けられたこの騒動は、一人の人間の我儘によって収められたことになるのか。まったく、どこかの寺では煩悩を払おうと鐘を突いているのに、この二人は欲望まみれだ。ま、私も言えた口ではないのだが。

 何度も言うが、私は運命に抗うものが好きだ。定められた結末を力尽くでも変えようとするものが大好きだ。

 二人のおかげで、三日後の運命は未だ見えてなかった。

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