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東方影響録  作者: ナツゴレソ
第十三章 七日戦争(下) 〜Obtain morning of the eighth day〜
171/202

103.0 問答と聖人の笑み

 命蓮寺、その本堂前は騒然としていた。無理もない、そこには白蓮さん達と……神子さん達が一堂に会しているのだから。

 宗教弾圧の際は共闘していたが、本来この二つの勢力の仲は良くないらしい。商売敵……もとい宗教敵であるのも不仲の一因なのだが、過去に色々といざこざがあったのが主な理由らしい。まぁ、これらは霊夢達から聞いた話なので真実味は怪しいところではあるが。

 白蓮さん達と神子さん達を囲むようにして出来た人垣を、上から野次馬よろしく見下ろしていると真横でストロボが光る。


「あやや、修羅場ね。私は是非取材したいところなのだけれど、北斗はどうするの?」

「……もちろん行くよ」


 文の投げかけに俺は短く答えてからゆっくりと降りていく。人垣の外から入っていっても良かったのだが……わざわざ手間をかける必要もない。二つの勢力の間に分け入るように降り立つと、先程まで騒がしかった人垣が明らかに静まり返った。

 あまり良く思えない視線が集中する。無理もない。里からしたら俺は要注意人物だ。重苦しい空気の中で、一番先に口を開いたのは白蓮さんだった。


「お待ちしていました、北斗さん……ここへいらっしゃると確信しておりました」

「先日はすみませんでした。何も言わずに出て行ってしまって……」

「あのようなことになったのです、無理はありません。ですが……貴方がこのような戦乱を起こそうとしていることにはいささか驚いてはいます」


 普段と変わらない礼儀正しい口調。平静を装った表情。だが白蓮さんが敵意を向けているのはありありとわかった。

 仏教では殺生を禁じているのはもちろん、他人を傷付ける行為自体を禁止している。が、それよりも『俺が他の人々まで巻き込んだ戦いをしようとしている』ことが許せないのだろう。神子さんもそれを危惧していた。だが……止まるつもりはなかった。


「戦わずに済むならそれが一番なのはわかってます。けどもう俺達の道はぶっかってしまった。もうどちらが正しいか、戦って決めるしかないんです」

「……例え誰かを傷つけようとも、ですか?」

「………………」

「例えば不治の病を患った人間がいたとして、その者が八日目に死ぬとしても、貴方はこの時間の輪廻を止めると?」


 ……詭弁だ。それは白蓮さんもわかっているはずだ。それはわざわざそれを突きつけてきたのは……俺を試しているってことか。これからの覚悟を。妖夢の時と同じだ。ならばこの試練に応えなければいけない。

 俺は息を吐いてから深く考えを巡らせる。そして、ゆっくりと首を振った。


「八日目に生まれる命だってあるかもしれません。異変を解決しなくても傷付く人はいます。俺はその人のために戦います」

「そのために犠牲なった方にはどう申し開きをするつもりなのですか?」

「恨むならば恨めばいい。殺したいなら……いくらでも相手になります。ただどれだけの命を背負うことになっても、俺はこの異変を解決します」


 我ながら大した啖呵だ。けど、齟齬にするつもりは微塵もなかった。例え幻想郷がどうなろうとも……俺は霊夢のためなら構わないと、今ははっきり思えた。

 まったく皮肉だ。もしかしたら俺はレミリアさんが見たという幻想郷が滅びるの運命に向かっているのかもしれない。だとしたら……きっとその結末は大団円にはならないんだろうが。

 誰かが息を呑む。全ての観衆が俺と白蓮さんのやり取りを黙って聞いていた。白蓮さんはしばらく真剣な面持ちで俺の瞳の奥を覗き込むと……小さく溜息を吐いた。


「まったく揺るがないのですね。貴方は貴方の欲望のまま動くことに躊躇いがない。いや、むしろ自らの使命とまで思っている。そんな貴方を私如きの未熟者が止められはしません」

「白蓮さん……」

「貴方が信じる事を行いなさい。それが善行であるか悪行であったか……答えは成し遂げた後の、貴方の心の中にあるでしょう」


 心の、中か……俺はこの異変を、己の欲望に依って解決しようとしていた。それでしか自分の行動を正当化できなかったから。魔理沙の願いを蔑ろにしてでも俺の望みを叶えたい。そうやって自分を蹴落としながらじゃなければ前に進めなかった。

 背中を押してもらった気がした。後悔なんて、懺悔なんて道の半ばでするものじゃない。辿り着いた場所ですればいいんだ。だから今は……迷わずに、前に進もう。


「あの、白蓮さん。ありが……」

「しかし、お前達は北斗を手伝うわけじゃないのだろう?そこまで言っておいて酷い奴だよなぁ……」

「失礼な!そんなことは一言も言っていません!私は貴方達に与しないと言ったのです!北斗さんの手助けをしないとは一言も言っていません!」


 白蓮さんにお礼を言おうとするが、それより先に神子さんと白蓮さんが口喧嘩を始めてしまった。なるほど、先程まで揉めていたのはこれが原因だったのか。違う宗教だから仕方がないのかもしれないが、もっと仲良く出来ないのだろうか……?いや、むしろ仲がいいのか……?

 なんとも言えない面持ちで二人の口舌を聞き流していると、俺人間の記者に変装した文が肩に寄りかかってくる。人垣から現れたあたりわざわざ人になりきるために、離れた場所に降りたようだ。天狗も大変だな。


「あやや、随分愉快なことになってるわねぇ……北斗からしたら嬉しい限りかしら?このすけこまし」

「人聞きの悪い。せめて人徳と言ってくれ。まあ、ありがたいことこの上ないけどさ」


 俺はしみじみと呟き、微かに笑いかける。最初は集められる自信はなかった。けれど、今まで出会った人達が次々と力を貸してくれる。俺を前に向かせてくれる。今までの繋がりが、俺を支えてくれている。だから……


「向き合う覚悟を決めないとな」

「……北斗?」


 独り言を聞いた文が尋ねてくるが、俺はそれに答えることなく数歩前に出で、未だ言い争っている二人の間に割って入った。


「えーっと、喧嘩はそこまでで。お二人に頼みたいことがあるのですが、いいですか?」

「む、なんだ?」

「はい、私に出来ることであれば是非お手伝いしますが……」


 俺は二人を交互に見遣ってから、ゆっくりと息を吐く。緊張している。が、大したそれじゃない。深い息を二度したら治る程度の震えだ。俺は心臓の鼓動が収まったのを確認してから、神子さんと白蓮さんに頭を下げた。


「紅魔館の方……そうですね、出来ればレミリアさんとの話し合いの場を作ってくれませんか?話がしたいんです」






 この人混みの中で立ち話をするのはどうか、ということで俺達は命蓮寺脇の客間に案内される。博麗神社の居間ほどじゃないが、さほど大きな客間ではない。そこで限られた人数で話をすることになったわけだが……

 俺、白蓮さん、神子さん、文、そして……マミゾウさんの五人で部屋の中央に置かれた火鉢を囲んでいた。


「いや、別に構わないんですけど……どうしてしれっと混ざってるんですか、マミゾウさん」

「なに、ただのご意見番じゃよ。居ないものとして話を進めればよい」

「は、はぁ……」


 まあ、さっきも言ったけど邪魔するわけじゃないなら構わないんだけどね。隣に座る文がマミゾウさんの吸う煙草の紫煙に顔をしかめているのを目の端で眺めていると、神子さんが姿勢を正しながら口を開いた。


「それで、先の続きだが……話をするのはスペルカードルールを守らせるためか?」


 火鉢を挟んだ反対側に座る神子さんが腕を組みながら問いかけてくる。そういえば神子さんには昨日の朝、話していたか。

 現状異変解決側と異変保守側が戦うとなると、解決側……俺達は苦戦を強いられることになる。勝てば生き返る保守側は自滅覚悟の戦いを挑んでくるだろう。例え刺し違えても、時間のループが完了しさえすれば勝ちになるのだから。

 だからこそスペルカードルールを用いた戦いをしてもらわなければならない。向こうが最後の最後に自爆して全滅しました、なんてことになったらある意味こっちの負けだ。

 俺は神子さんの言葉に頷いてみせる。


「それもあります。が、探りを入れたいんです。魔理沙がどうやって時間を戻しているのか、相手の戦力……とにかく、今の俺達は知らな過ぎると思うんです」

「情報収集か……それならそこの天狗の方が適任だと思うが?」


 神子さんの指摘と同時に文へと視線が集まる。が、文はキャスケット帽で太腿を軽く叩きながら苦笑いを返してくるだけだ。


「あやや、私達も情報は収集してますよ。ただあの結界を超えて諜報活動をする、となると……風の便りも千里眼も通用しない。お手上げなのですよ」


 胡座をかいて肩をすくめている文に対して、神子さんも頷き笏で口元を押さえる。その眉間は険しく寄せられていた。


「私達もあの結界をどうにかしようと調たのだが……なかなかに厄介な代物だった。ただ強固なだけじゃなく、魔力的な干渉も弾く上に、結界が綻べばすぐに術者……おそらく紅魔館の魔女に知らされるようになっている。少なくとも侵入して暗殺、は無理だろう」

「第一、今の紅魔館内は魔窟そのもの。月の者達から守矢の神々まで手を貸してると聞きます。少数精鋭で紅魔館を攻めるのは愚策でしょう」


 左隣の白蓮さんも綺麗な正座を保ったまま、冷静な意見を呟いた。状況把握が早くて頼もしい限りだ。むしろ俺の思考が追いついてないまである。俺はこめかみに人差し指を立てて頭の中を整理する。

 要は魔理沙達を結界外に引きずり出さなければ勝負どころか、情報収集すらままならないということか。最初はただ、戦力差を埋めるために『戦争出来るほどの仲間を集める』とうそぶいたのだが……こうなったら戦略的に正解だったのかもしれない。いや、そもそも魔理沙がこの戦争に応じてくれなかったら勝ち目すらなかったわけだが……


「 北斗、どうしたの?」

「いや……何でもない」


 文の呼びかけで、意識が浮上する。集中して考えたおかげか、俺の気持ちははっきりしていた。

 勝つための情報収集、それも大事だ。けど俺は……やはり魔理沙の目的を知りたかった。知らない方が迷わないかもしれないが、知らずに終わってしまえば後悔するような気がする。それに……まだ俺の頭の中には、萃香さんの言葉の残滓が残っていた。


「必要性は十分検証出来たようじゃのう。じゃが目先の問題はどうやって彼奴らを交渉のテーブルに着かせるかじゃろうて」


 話し合いを静観していたマミゾウさんが、火鉢に煙管の灰を落としながら言う。俺が一番懸念していたのはそれだった。いや、レミリアさん達の事だ。話自体は聞いてくれるかもしれない。だが……決して向こうの手の内は明かさないし、交渉にも応じないだろう。それほどまで、俺達は不利な状況に立たされていた。一体どうすれば……


「何、それはたやすい事さ」


 ふと声のした方を見る。そこには自信満々の表情で微笑む神子さんの姿があった。そうだ、こっちには聖徳太子こと神子さんがいるんだった。こういう謀略は俺なんかよりはるかに得意だろう。ただその含み笑いは聖人と呼ばれた彼女に似つかわしくない、邪悪なものだったが。

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