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東方影響録  作者: ナツゴレソ
第十二章 七日戦争(上) 〜Obtain morning of the eighth day〜
167/202

100.5 常世の幻想郷

 赤い月、赤い星。

 前の私なら趣味が悪いとしか思わなかったそれが、今では意外と乙なものに見える。

 こうやって人は変化に順応していくのだろう。そして、いつしか赤くない月の方が珍しくなる日も来るのかもしれない。まあ、そう感じられるのはごく一部の奴だけなんだけどな。


「慣れれば悪くないもんだぜ、霊夢……」


 届かない一方的な問いかけ。なんの意味もない。ただの独り言だ。

 『常世の幻想郷』……私はこの終わりのない時間を、そう呼んでいる。生まれることも、死ぬこともない、変わらない世界……もしかしたら今の幻想郷こそが、誰かが夢見た理想郷なのかもしれない。


「ま、そんな良いものでもないけどな……」


 紅魔館の上階、そこのベランダの手すりに座って赤い霧に染まった夜空を眺めていると……背後に足音が聞こえてくる。

 昨日から何故だか私の周りをうろちょろしている小悪魔だろうか?いい加減文句の一つでも言ってやろうかと振り向くと……緑の髪が視界に入る。


「なんだ早苗か……」

「なんだとはご挨拶ですね。挨拶した人はみんな意外だって言ってくれましたよ?」

「そりゃそうだ」


 早苗の性格を知っているやつなら誰だって北斗の味方をすると思うだろうからな。何せ早苗の北斗びいきは目に余るからな。まあ、他のやつも結構北斗をえこひいきしているが……主にレミリアとかさとりとか。

 ……北斗が色んな奴らに好かれる要因は多くある。私だって良いやつだとは思う。

 だがアイツへの興味の取っ掛かりになるのは、大抵『影響を操る程度の能力』への興味だ。普通に生活しているだけで異変を起こせるトンデモ能力だ。面白がられても無理はないんだが……毎度のこと過大評価されているのには、同情してしまう。

 きっと最初から北斗自身を見ていた奴は私と早苗……もしかしたら香霖ぐらいだろう。

 ……だからこそ、最初から北斗自身を見つめ続けている早苗が、北斗のそばにいるべきだと思っていた。なのに、早苗は……ここにいた。


「あいつは……必ず私を止めに来る。必ずな。そのとき、お前は……」

「戦いますよ」


 私の次の台詞を押し込むように早苗が呟く。淡々とした短い言葉のはずなのに、有無を言わせないほどの迫力があった。どうやら北斗と喧嘩した……なんてピンク色な動機じゃないようだ。

 早苗は私の隣まで歩いて来ると、手すりに肘を置いて冷たい夜風に身体を晒す。艶やかな新緑の長髪が靡いているのを羨ましく思いながら眺めていると……早苗が横目で視線を送ってきた。


「センパイは、きっと霊夢さんのことを知らない。霊夢さん自身知って欲しくないって願っているでしょうから。魔理沙さんもそう思うでしょう?」


 寂しげだが揺るがない強い視線と意味深な言葉に、私は釘付けになってしまう。なんとか帽子で顔を隠しながら、それから逃れようとする。


「……なんのことだ?」

「私達が、明日を望まない理由です」

「……ッ!」


 つい帽子を握る手に力が入ってしまう。寒さではない震えが走る。が、すぐに握り拳を緩めて……宙に白いと息を吐く。

 そう、か……早苗は知っているのか、霊夢の秘密を。この終わらない時間……『常世の幻想郷』の、本当の願いを。そう遠くない未来に起こる、残虐な犠牲を。


「その口振りだと、霊夢が直接伝えたのか?」

「はい、色々と任されちゃいました」


 早苗は微かに笑いながらカツンとつま先でベランダの床を蹴った。脈を刻むように何度も、床を叩く。

 そこには微かな苛立ちが込められているように思えた。そう気付けたのは……私もそれを聞いた時、早苗と同じ気持ちになったからだ。


「もしセンパイがこのことを知ったら……何をしでかすかわからない。だから……たとえ、嫌われても、私はセンパイを止めます」

「早苗……」


 早苗は、きっと誰よりも北斗のことを思っている。けれど……本当にそれで幸せなのか?

 そう尋ねようとしたその時、突然気色の悪い含み笑いが聞こえてくる。男の声、当然北斗や香霖じゃない。二人はこの結界を通ることができない。出来るのは……

 私は声のした方にミニ八卦炉を突き出し、弾幕を打ち出す。が、手応えはない。仕方なく、舌打ちしながら……見えない野郎に向けて吐き捨てる。


「盗み聞きなんて最低な趣味だな。顔を出せよクソヤロー」

「クク、随分口が悪いじゃないか。少しでも顔を見せたから撃ち抜かれそうだ」

「だから顔を出せって言ったんだよ」


 私はミニ八卦炉を向けたまま手すりから降り立つ。突然聞こえた馴れ馴れしい声に動揺していた早苗も、警戒してお祓い棒を構えている。そんな私達をコケにしているのか、男の笑い声が赤い夜に響いた。

 我慢できない。つい声を荒げてしまう。


「何の用だ!?からかいに来たなんてぬかすなら……塵も残さねえぞ」

「出来ない虚勢を張るのは惨めだよ」


 神経を逆撫でされ、怒りのまま弾幕を放つが……結界にぶつかり爆ぜるだけだった。

 それでも無駄な行為とわかっていても止められなかった。影でコソコソ動いて他人を扇動、いざとなったらそいつを矢面に立たせる。もっとも嫌いなタイプだった。


「魔理沙さん、これは一体……」

「悪いが……説明できるほど、私もコイツのことを知らないんだよ」


 早苗の問いに首を振りながら……私は、腰のホルスターに吊るされた魔導書の表紙を指でなぞる。事実、私はコイツの名前すら知らなかった。

 この透明人間が初めて接触してきたのは梅雨明け頃の時だ。永遠亭の一件で不老不死について色々考えていた時期に、こいつは突然話しかけてきた。


『永遠を求めるなら、鈴奈庵に向かえ』


 まるで天の声だとのたまいたげな不遜な口調だったのは今でも覚えている。最初は無視しようと思ったんだが……どうも気になって眠れなくなってしまった私は、騙されるのを覚悟で鈴奈庵の蔵書を漁った。そして……見つけてしまった。




 目の前にいる見えない男に唆され、鈴奈庵で北斗に買ってもらったこの魔導書……これこそが、『常世の幻想郷』を成すための鍵だった。




 何の意図、企みがあって私にこの本のことを教えたのかはわからない。その後もちょっかいをかけてくる理由も不明だ。そもそもこいつがどんな姿をしているかも私は知ることができない。

 こんな、どう考えても怪しいやつに貸しがあるという事実が、腹立たしくて仕方がなかった。


「……もう一度言う。消え失せろ」


 腹の底に苛立ちと自己嫌悪が膿のように溜まっていく。けれど、吐き出す術は持ち合わせていなかった。せめてもの抵抗で宙を睨んでいると……空中から溜息が零れた。


「強情だねぇ……私はただ、有益な情報を伝えようとしているだけだよ」

「情報……?」

「君を止めようとする勢力が集結し始めている……あの外来人を旗本にしてね」


 あの外来人?北斗のことか?嘘だと疑うほどじゃないが、アイツがそこまでやろうとするなんて、意外だった。

 私の知っている北斗の性格なら……誰かを巻き込もうとしない。たとえ自分が破滅しても一人で抱え込もうとする。私達が何度尻拭いをさせられたか……

 だが、そんな北斗がどういう心変わりで仲間を集め始めたのだろうか?心変わり?

 ……いや、少し違うか。吹っ切れたのかもしれない。自分を曲げてでも私を止めるつもりなのだろう。本気で私を、私のこの世界を、拒むつもりだ。なら、私は……


「潰すなら今のうちだ。芽が出る前に確実に……」

「嫌だぜ」

「……なに?」

「耳が悪いな、嫌だって言ったんだぜ。北斗が攻め入ってくるまでは私達から手出しはしない」


 信じられないといったように聞き直してくる透明人間に、私はハッキリと言ってやる。

 北斗の行動は脅威ではある。だけど、むしろ私は……嬉しかった。ずっと胸に刺さっていた棘を、ようやく抜くことができる、と。




 ずっと迷っていた。

 レミリアや輝夜……この『常世の幻想郷』を肯定してくれる奴らは沢山いた。だが、北斗だけは絶対に味方にならなかった。

 北斗は、必ずこの紅魔館まで辿り着き死ぬまで……死んでもなお、私を否定し続ける。幾ら体験しても、あの、蝋燭の炎のような輝きが網膜を焼き続ける。


「これで北斗を、諦めさせられる」




 理解されたくなかった。今でも火依の眼差しが忘れられない。

 恨めばいいのに、憎めばいいのに、どんなことがあっても友達として私を見続けた火依が……怖かった。ほだされてしまうんじゃないかと、自分が信じられなくなっていた。


「やっと火依を、思い出さなくて済む」




 ずっと独りよがりに感じていた。

 北斗の亡骸を目の前にただ泣き続ける霊夢を初めて見たときは、信じられなくて、隠れて一緒に泣いた。霊夢がこの時間を望んでいないのはわかっている。

 これは、全て私のエゴだ。私が、霊夢のあんな姿を望んでしまった。


「私は……霊夢を救ってみせる」




 常世になろうと、ここは幻想郷だ。お互いに譲れないものがあるのなら、弾幕ごっこで決める。多少戦争程度に規模が大きくなっても、本質は変わらない。北斗が戦争をすると言うのなら真っ向から受けて立つだけだ。


「『常世の幻想郷』は決して終わらせやしない。この一週間で、全ての迷いをぶっちぎって……その上で、アイツらに認めさせてやる!」


 叫びが北風と共にベランダを吹き抜ける。私は興奮で上気した頰を隠すように帽子を被り直すと、空中から鼻で笑ったような音がする。


「……馬鹿な女だ。本当に、この状況を維持したいなら手段を選ぶべきじゃない。感情で異変を起こしただけあって、感情で異変を終わらせるつもりか?」


 慇懃無礼な口調が崩れている。私の言動がよっぽど気に入らなかったみたいだ。

 他人をゲームのコマのように操れるなんて思い上がった奴は、ちょっと思い通りにならないとすぐにキレる。まさに目の前にいるだろうこいつみたいにな。


「終わらせないってさっきも言ったぜ。第一、テメーの指図は受けたくない」

「御し難い……やっぱり半端者だよ。魔法使い崩れ」

「はっ!『随分口が悪いじゃないか』!じゃあ言わせてもらうけどな……お前は何者なんだよ?」

「………………」


 さっきの言葉をそっくりそのまま返しながら、逆に問いかけてやる。が……いつまで経っても、返事は返ってこない。まさか逃げたのかよ……?煽りがいのないやつだぜ、北斗ですら笑って受け流せるのによ。

 まあ、今までの鬱憤を晴らせてスカッとしたけどな。ミニ八卦炉をしまいながら優越感を覚えていると、何故か早苗が私の前に回り込んでくる。


「魔理沙さん……ひとつ、聞いていいですか?」

「は?なんだ?」


 私が眉をハの字に歪めながら聞き返すが……早苗はすぐには口を開かずに、視線逸らしながら言い淀んだ。ふと視線がお祓い棒を握る右手に映る。随分力が入っていた。

 ヒラリ、と目の前に粉雪が舞い降りてくる。少し長く外に居過ぎたようだ。身体もめっきり冷えてしまっていた。


「何もないなら私は行くけど……」

「魔理沙さんは、今日を何回迎えたんですか?」


 室内に戻ろうと歩き出していた足が止まる。

 ……まさか、さっきの会話だけで勘付いたのかよ。まったく察しが良くて嫌になるぜ。巫女になると勘が良くなる加護でも付くのだろうか?まあ、早苗は風祝ってやつらしいが。


「……さあな。数えきれないぜ」


 私はそれだけ返して、館内へと戻る。この一言だけで、答え合わせをするには十分だろうから。

 あぁ、そういえば……明日は年越しだったな。毎日パーティみたいな食事しか出ないからまったくわからなくなってたぜ。


「北斗の作る年越し蕎麦、食いたいなぁ……」


 割り当てられた自分の部屋に戻る途中、私はつい弱音を吐いてしまう。けれど、私は……こんな些細な願いを犠牲してでも、願いを叶えたかった。






 霊夢に……死んで欲しくなかった。

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