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東方影響録  作者: ナツゴレソ
第十二章 七日戦争(上) 〜Obtain morning of the eighth day〜
158/202

95.0 外の少女と物騒な目覚まし時計

 俺は妹紅さんの問いに答えることができなかった。怖かった。また拒まれるんじゃないかと、そう思ってしまう。死を望んだ輝夜さんは永遠を望んだ。裏切りだなんて一方的な押し付けはしないけれど……悔しくはあった。俺の削り出した答えでは満足できなかったのかと、結局自己満足だったんじゃないかと自問の言葉が残響していく。だが、そうだとしても俺は……とてもこんな仮初の永遠を望めはしなかった。


「解決します」


 言葉は意外と素直に出た。自分の思った以上に真っ直ぐな言葉に目の前の妹紅さんからも、隣の霊夢からも息を呑む声が聞こえる。妹紅さんはしばらく俺をマジマジと見つめると……微かに笑った。妹紅さんはあまり笑わない人だと思っていただけに、不意打ちの笑みだった。


「そうか……お前ならそういうって思っていたよ」

「……妹紅さん、輝夜さんのことは」

「知っている。あくまで噂で、だけどな。蓬莱の薬は元々あいつ等が作ったものだって、ずっと前に聞いたことがある。だからあいつらがどんな形であろうと永遠を望むことに……何ら不自然さは感じない。納得はしていないがな」


 妹紅さんは笑みを引っ込めると、数歩歩いて慧音さんの家の壁に寄り掛かる。そしてどこか遠い目をしながら真っ赤に染まった空を見上げた。


「輝夜とは何度も殺し合いをした仲だ。不老不死同士の殺し合い、不毛な戦いさ。でもな……それのお陰で私は自分が不老不死であることを忘れずに済んだ」

「……忘れた方がラクなんじゃないかしら?」


 腕を組んで俺達の様子を見ていた唐突に霊夢が横槍を入れる。だが妹紅さんはあっけらかんと笑って一蹴してしまう。


「忘れた生き方をしてもいつか必ず現実は牙を向く。不意打ちより身構えていた方が傷は浅くなるものさ」

「……痛いのには変わらないじゃない」

「そうだな。身体の傷は嫌でも勝手に治っていくのに心の傷だけは幾らでも残ってしまう。だから私達蓬莱人は心が傷付かないような生き方だけは得意なのかもな」

「……そう」


 霊夢は相変わらずつっけんどんな返事をしているが、その表情は暗い。そんな霊夢を見て……俺はつい歯軋りしてしまう。例え死んでしまっても一週間経てば元通り。しかも霊夢だけはそれを覚えている。ただ一人だけ同じ時間を何度も何度も見せられる時の牢獄……まるで蓬莱人だ。鉛の様に重い沈黙が流れる。そんな空気を読んでか……はたまた無視してか、女の子が路地裏から聞こえてくる。


「まるでお通夜会場みたいね。久しぶりにこっちに来てみたら空は赤いし暗い雰囲気だし……いつから幻想郷はシリアスな場所になったのかしら?」


 声のする方を振り向くと……そこには学生服にマントを羽織った眼鏡の女の子がいた。鈴仙さんのように外の世界のそれに似た服装の人も幻想郷にもいるが……マントはともかく、眼鏡のフレームも服装のデザインも現代っぽい。一体誰だろうか?俺が首を傾げていると、妹紅さんが声を上げる。


「菫子じゃないか!久しぶりだな!どうやって幻想郷に来たんだ?」

「こんにちわ妹紅さん。まあ色々あって自由に行き来できるようになってるわ」


 珍しい、妹紅さんが人に会って嬉しそうにしている。それに幻想郷に来たって言っていたが、もしかして彼女は折れて同じ外来人なのだろうか?二人のやり取りを物珍しく眺めていると、菫子と呼ばれた女の子が俺の方に視線を向ける。おそらく初対面だというのに値踏みするように俺を眺めると……ニヤリと笑った。


「……貴方が噂の外来人ね?噂は聞いてますよ。前から是非会ってみたかったんだけれど、どうも間が悪いみたいで会えなかったのよねぇ……意外とフツメンですね」

「ご期待に副えなかったようで」


 俺は菫子さんの歯に衣着せぬ物言いに苦笑を返す。口振りやファッションセンスまで幻想郷の住民のそれに似ている。むしろ俺より幻想郷に適合しやすい性格かもしれない。ま、外の世界ではさぞかし生きづらいと思うが。そんな感想を抱いていると、菫子さんは眼鏡を直しながら不敵な笑みを深める。


「なるほど、確かにこっちの人が気に入りそうな性格ですね……私は宇佐見菫子。向こうでは学生をやってます。貴方は……」

「輝星北斗だ。博麗神社で居候してる」

「あー、やっぱり霊夢さんとデキてるって話は本当だったん……霊夢さん、首元にお祓い棒を沿えないでください。怖い。むず痒い」

「そう思うなら次からは自分の発言に気をつけることね……はぁ、まったくどいつもこいつも」


 霊夢はお祓い棒を下しながら面倒臭さそうに溜息を吐く。いつもの感じが少し戻ってきて内心安堵していると、菫子さんが空を指差しながら問いかけてくる。


「で、この空……というか霧?どうしたの?幻想郷の終わり?魔王でも復活した?」

「幻想郷を滅ぼしかけたのはアンタじゃない。この空はどっかの吸血鬼が雰囲気出したいがために赤くしてるだけよ。霧自体はあまり身体に良くないらしいけど。そんなことよりもっと面倒なことになってるわ」

「面倒なこと?それって……」


 霊夢の言葉を聞いて菫子さんが興味津々な様子で俺達に向かって聞こうとするが……俺達の間に再び重苦しい空気が漂っていることに気付いて、誤魔化すような苦笑いを浮かべながら自分の帽子を押さえた。


「あれ……もしかして本当にシリアスな状況ですか?」

「まあ、そうだね……多分菫子さんが思ってるよりも事態は深刻かもしれない」






 外の人間である菫子さんを幻想郷の問題に巻き込んでいいものか迷ったが……状況を知らない方が危険だと思った俺は菫子さんに現在起こっている異変について詳しく話した。霊夢のことについては伏せて、だが。一通り話し終えると菫子さんは右手の甲を口元に当てて、何やら独り言を呟き始める。


「なるほど、道理で私達の世界と季節が違うわけね。もう何周もリセットが行われて、幻想郷と外の世界で時間のズレが生じてるんだ。それにしても気候まで遡らせるなんて……魔理沙さんって実は凄い人だったんですね」

「………………」


 俺はそれを聞いて、とある疑問が頭に浮かんだ。今までどうして考えなかったか不思議なほどの、単純な謎。魔理沙は一体どうやって時のリセットを行っているんだろうか?

 俺も曲がりなりにも魔法を習っている身だ。人形一つ動かすのにもそれなりの魔力がいることは知っている。もちろん手足の様に人形を操るアリスさんの様に慣れや創意工夫でより効率的な魔力運用は行えるだろうが……それでも大きな事象を起こすには相応な魔力が必要になる。幻想郷全体の時を逆流させるとなると一体どれくらいの魔力が必要になってくるのかは、魔法ビギナーの俺には皆目見当が付かない。

 いや、そもそも魔法によって巻き戻しているかどうかすら明確になっていない状況だ。もしかしたらもう止め方が存在しないかもしれない可能性も、なんてネガティヴな思考がよぎってしまう。まったく最悪な状況だ。霊夢も紫さんも解決を諦めてしまった気持ちもわかるな。それでも……諦めるつもりはさらさらないが。


「まあ、そういうことだから。菫子さんがどうやって幻想郷を行き来してるかはわからないけど、この時間のループに巻き込まれたらどんな悪影響が出るかわからない。しばらくはこっちに来ない方がいいかもね」

「うーん、確かにあまり良さそうな感じはしないですね。せっかく霖之助さんが気に入りそうな、こっちでは珍しいだろうものを集めたのに……」


 骨折り損だと言わんばかりに肩を竦める菫子さんには悪いが、俺は霖之助さんの名前を聞いて心配を募らせていた。霖之助さんは魔理沙と実の兄妹のように仲が良かった。魔理沙がこんな大規模な異変を起こしたとなると……霖之助さんはどう思っているのだろうか?どうも気になるし近くに寄ったら様子を見に行こう。


「ま、仕方ないですね。貴方達が異変を解決するまで待つことにします。ああ、そうだ北斗さん」

「ん……?」

「お近付きの印です。持って行ってください」


 そういうが早いか、菫子さんはポケットから黒い何かを取り出し、両手で放り投げてくる。反射的にキャッチすると、それは思った以上の重さがあって取りこぼしかけてしまう。冷たい鉄の感触、手の中には銃身の分厚い回転式の拳銃が一丁入っていた。血の気が引いていく。なんてものを投げてくるんだ!?


「大丈夫ですよ。弾は調達できなかったんで、アクシデントはありません。まあ、正真正銘の銃ですよ」

「……みたいだけど、なんでこんなものを学生が持ってるんだ?」

「まー、色々ありまして。私には3Dプリンターの銃がありますし、差し上げますよ。枕元にでも飾ってください」

「こんなの枕元に置かれたら眠れなくなるから……」


 どっから突っ込めばいいかわからないんだが……まあ、暴発しないならもらっておくか。俺は怖々と拳銃をポケットに入れていると妹紅さんが咳払いをしてから口を開く。


「で、これからお前達はどうするつもりだ?」

「……まずは阿求さんのところに行こうかと。伝えておかないといけないことがたくさんありますから」

「そうか……私はここで慧音を待ってるよ。私がこれからどうするか慧音に伝えないといけないからな」

「………………」


 異変解決を手伝ってくれ、と言おうとするがその声は音にならなかった。妹紅さんが、慧音さんが何を望んでいるか俺にわかりようがない。もしかしたら妹紅さんも迷っているのかもしれない。今手伝ってくれと頼んだら応じてくれていたかもしれない。だが、妹紅さんと慧音さんには二人で選んだ道を歩んでほしかった。そうしないと俺が妹紅さんに渡した選択肢が死んでしまうように思えたから。例え敵になろうとも……俺は二人の時間の中で生きて欲しいから。


「わかりました。慧音さんにはよろしく言っておいてください。それじゃあ……菫子さんも逢えたら、また」


 そう言って俺は小走りで二人の前から去った。ふと、霊夢が付いて来ているか気になって振り向くと、霊夢と視線が重なる。特に意図もなく見つめていると……おもむろに霊夢が笑った。笑顔、というにはあまりには哀愁のある表情だったが……不思議とそれを見ていても悲しい気持ちにはならなかった。


「……アンタは、本当に自分のためにならないことばかりするわよね。何しにここに来たのかしら?」

「……さあね、ね。それに自分のためにならないことをしてるのは霊夢もじゃないか。俺がこうしてるのは、きっと霊夢の影響さ」

「そうかしら?」

「そうだよ」


 まるで短い距離のキャッチボールのようなやり取り。けどそれだけで霊夢が俺の事を判ってくれているのが通じてきて……嬉しかった。流石に見つめ合うのは気恥ずかしくなった俺は、顔を逸らして稗田邸に向かって速足で歩いて行った。






 稗田邸に着くと、俺達はあっさり中へ通された。ずいぶん忙しそうに女中達が動いている。無理もない、里は大混乱しているしな。それでもスムーズに阿求さんに会えたのは、事前に俺達が来たらすぐ通すよう言われていたからみたいだ。流石阿求さん、気が利いている。

 雪の残る庭を一望できる廊下を歩いて行くと、すぐに阿求さんの部屋に辿り着く。声を掛けて入ろうとするが、それより先に障子越しに何やら声が聞こえてくる。若い男性と幼い女性の声だ。


「……本気なのですね」

「はい。覚悟はとっくにしました。霧雨店の方には話をつけています」


 この声は阿求さんと霖之助さん、だろうか?霖之助さんがこっちに来ているのか、やはり彼も里の事が気になったのだろう。入るタイミングを失った俺と霊夢は図らずも二人の話を盗み聞きする形になってしまう。


「……貴方じゃなくても、他の方が行うのでは駄目なのでしょうか?」

「僕がやります。霊夢にも北斗君にもさせたくない。そうするくらいなら……」


 俺達の名前を呼ばれ身体が固まってしまう。それは初めて聞く、霖之助さんの覚悟の言葉だった。


「僕が魔理沙を殺します」

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