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東方影響録  作者: ナツゴレソ
第十二章 七日戦争(上) 〜Obtain morning of the eighth day〜
157/202

94.5 永遠の難題

「……お師匠様、本当にこれでよかったのでしょうか?」


 赤一色の悪趣味な部屋の中、カーペットの上に風呂敷を広げそこに座るお師匠様に私は恐る恐る話しかける。するとお師匠様は薬草を薬研ですり潰す手を一瞬だけ止める。けれどそれは1秒にも満たない。すぐに作業に戻ってしまう。


「随分唐突に聞くのね、ウドンゲ。私に付いて来たのはそれを聞きたかったからかしら?」

「まあ、それもありますが……」


 あんな気まずい空間にずっと居たら息が詰まってしまうもの。まだお師匠様の手伝いをしていた方がマシだわ。

 姫様と吸血鬼は何だか不穏な空気を醸し出しながらお茶を嗜んでるし、あの年中祭の最中のようにうるさい魔理沙も人を寄せ付けないような雰囲気を放っていた。しかし、魔理沙は特に準備も何もしていなかったけれど……大丈夫なのだろうか?


「そもそも時間を巻き戻すなんてこと、本当に出来るんでしょうか?魔法使いとはいえたった一人の人間ですよ?」

「私も気になって大図書館の魔女に聞いたけれど……ま、少なくとも実は不可能でした、ってことはなさそうね。けれど……分不相応の力を扱うにはそれなりの代償がいる。それは魔術だろうが科学だろうが自然だろうが変わらないわ」

「……だとしたら魔理沙は何を代償にしているのでしょうか?」

「さあね……私達には関係ない事よ」


 そう……なのだろうか?私はお師匠様の言葉に内心で首を傾げる。この幻想郷の異様な状況の根源を知らないままに事を運んで、本当にいいのだろうか?ううん、それを言い出したら吸血鬼とその従者が手を貸した理由も、姫様とお師匠様が永遠を望む理由も……私はまったく知らなかった。


「流されてばっかだ、私」


 私はお師匠様に聞こえないよう小さな声で呟いた。吸血鬼共はともかく、従者の身としては、せめて姫様とお師匠様がそう決めた経緯程度は知っておきたいのだけれど……それを聞く度胸があったら私は月から逃げ出してない。

 私のモヤモヤした気持ちを推し量ったのか独り言が聞こえたのか、お師匠様はすり潰した薬草を丁寧に掬い取りながら語り続ける。


「関係あるのは結末だけよ。望む結果かそうでないか……後悔するのは姫様の役割よ。私達には北斗から貰った永遠の時間を拒む手段がある。それでも姫様は永遠の時間を選んだのだから……従者である私達がとやかく言えないじゃあない」

「そんなことはわかってます。けど……それじゃあ彼があまりにも報われないじゃないですか……」


 かつて姫様は北斗に自身の死を望んだ。私は北斗に姫様の死なせないで欲しいと願った。そして……北斗は自分の命を賭けてまでその二つの願いを叶える方法を示し、与えてくれた。なのにこんな……北斗の目の前でそれを台無しにするなんて……


「北斗……」


 あの時、紅魔館の門の前で私達を見上げる北斗の表情が忘れられない。裏切られたような目……いつか私にも向けられた怨嗟の眼差しとは似ても似付かない悲愴なものだったけれど、それでもその時のことを思い出してしまう。裏切り者と罵られたあの月の……


「だからこそ、じゃないかしら?」

「……えっ?」


 私が一人過去のトラウマに震えていると、まるでうわ言のようにお師匠様が呟く。私はマジマジとお師匠様を見つめた。薬を作る手はまったく滞っていない。ただ、その横顔は……嬉しそうなようであって、どこか哀愁の漂うものだった。


「私ね、姫様は……輝夜は、永遠を否定してもらいたいんじゃないかと思ってるの」

「否定、ですか?」

「そう、否定。永遠の生は大罪であると月の民に突きつけられるだけじゃなくて、輝夜自身が心から思えるようになるために……誰かがこの異変を解決してほしいと思ってるんじゃないかしら?」

「もしそうなら……それであえて魔理沙を守る側に付くあたりが姫様らしいですね。まるで難題ですよ」


 私がそう言うとお師匠様はクスッと僅かに笑った。今度は純粋な笑顔、子供の姿を見るような優しい笑い声だ。


「難題、ね。あの子は何故だか期待している相手を試したがるのよねぇ。まあ、何時ぞやの天狗のように本気の嫌がらせをすることもあるけれど……あら?」

「どうしました、お師匠様?」

「薬草の残りが少ないわね……ウドンゲ、外の森で探してきてくれないかしら?」

「わかりました」


 私が頷くとお師匠様は削りかけの宝石のような藍色の石を投げて寄越す。一見ただの石ころだけれど……これがないと紅魔館全体に張り巡らされた結界を超えることができない仕組みになっている。

 精製が難しいからという理由で大図書館の魔女から一つしかもらっていないけれど……これは裏切り防止のための対策に思えてならない。たとえ私達の誰かが裏切って他の者に石を渡しても、通れるのは一人ずつだけ……それなら門番でも対処できるってことでしょうね。さすが悪魔の友人、抜け目がない。


「それじゃあ、行ってきます」


 私は一応持ってきていた草刈り籠を背負って部屋から出る。そして……ため息を一つ吐く。裏切りたいわけではない。私は二人を裏切れないし裏切る気もない。けれど、私も見てみたいと思った。永遠を覆すところを……






 館内を出ると紅魔館の門前は随分騒がしいことになっていた。見たことも聞いたこともないのから、どっかで見たことのあるようなのまで多種多様な妖怪が結界の前で立ち往生している。赤い空を埋め尽くさんとばかりだ。扉の前で外に出るに出れない状況に困惑していると、紅魔館の門番が話しかけてくる。


「あぁ、ちょうどよかった!レミリアお嬢様とパチュリー様を呼んで来てもらえませんか!?このままで収拾がつかなくって……」

「いいけれど……そもそも何の集団なの、こいつら?まさか全員魔理沙狙い?」

「……逆ですよ。みんな私達の行動に賛同して集まったみたいなんです。まさか貴方達以外にこんなにもいるなんてね……」

「……ふん」


 私は羽虫のように群がる妖怪共を鼻で笑ってしまう。どうせどいつもこいつも永遠の命がほしいとかそんな理由だろう。確かにどいつもこいつも巫女に退治されそうな弱っちい妖怪だらけだ。


「浅ましいわ」


 あぁ、本当に浅ましい。どうせこいつらすぐに時間のループに飽きて裏切るに決まっている。全員まとめて撃ち墜としたい衝動に駆られるけれど……もっと面倒くさいことになりそうだしやめておくか。

 渋々門番の言う通りに大図書館まで戻ろうとするが……ふと門扉の真正面に立っている一団に気付く。私がその前まで歩いて行くと、向こうも気付いたようで話しかけてくる。


「鈴仙さん……噂では聞いていましたが、貴方達もいるんですね」

「ま、成り行きでね。けれどまさか貴女がこっち側に来るなんて思いもよらなかったわ……その、一番北斗に……」

「愛されてる人ですか!?」

「ち、近い人よ!博麗の巫女の次に!」

「ぐ……心に刺さるようなことをいいますね……!とにかく入れてくださいよ。ずっと立ちっぱなしで風邪引きそうです!」

「わかったわよ……けれど、本当にいいのかしら?鞍替えはできないし、スパイのつもりなら止めたほうがいいわよ?」


 私は老婆心で忠告する。自分でもお節介なのはわかってるけれど、それでもあまりにも意外だったので聞かざるえなかった。私の中では博麗の巫女と幽霊妖怪の次に、北斗の味方をしているイメージが強いんだけど……目の前の彼女は北風に緑の髪を靡かせながら首を振る。


「……センパイは関係ないことです。私が、決めたことですから」

「そう。なら入るといいわ……早苗」


 私は洩矢の神二柱に挟まれるように立つ早苗に、結界を超える鍵の石を投げて渡す。それを片手で受け取った早苗は……まるで身体の中の迷いを吐き出すかのように白い息を宙に放った。

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