特別短編 箱庭から望む願い
こちらの時間軸は第六章以降のお話です。
永夜抄組との日常回になっております。
七夕のお話を思いついたので徒然なるままに書いただけですが、よかったらどうぞ。
満天の星が頭上に広がっている。俺はそれを寝間着姿で見上げていた。
幻想郷に来てから、天気のいい夜は星を眺めるが日課になっていた。星座に詳しい訳でもないのでただ眺めるだけだが、季節と共に移りゆく星の輝きは見ていて飽きることがない。
今夜は星空に光り輝く帯が掛かっている。微かな明かりでも見えなくなる天の川だが、幻想郷ではくっきりと見える。
外の世界の星は街の明かりに掻き消され見えなくなりつつある。いつか夜空の星も幻想入りする時が来るのだろうか?
そんな他愛もない想像をぼんやりと考えながら、スマホを開く。日付が変わり七月七日、今日は七夕だった。
翌朝いつも通り朝食を作っていると、諏訪子様がやってきた。こんな早朝に、しかも早苗ではなく諏訪子様が来ることにいささか違和感を覚えながら要件を尋ねたところ……
「七夕祭、ですか?」
「うん、守矢主催でやることになったんだけど、うっかり竹の用意を忘れちゃってたんだよ。急ピッチでやってもらってはいるんだけど間に合いそうにないから、助っ人を呼びに来たわけ」
「それが俺ですか」
「そういうこと。私達も仕切りやら野暮用やらで手が回らなくてね、君に頼みに来たんだよ〜……うむ、味噌汁ひとつ取っても美味いね。早苗にも見習って貰わないと」
諏訪子様は味噌汁を摘み食いしながら言う。頼み事してるはずなのに摘み食いしてることや、そもそも神様が摘み食いって許されるのか、などツッコミたいとこは諸々あったが……
俺は布巾で手を拭きながら、頷く。
「まあ、用事もないですしいいですよ。竹は迷いの竹林で取るとして、どこに運べばいいですか?」
「人里真ん中に積んであるからそこに届ければいいよ。あ、ただ祭が終わるまで博麗神社に帰ってきたらダメだからね。あと守矢神社にも近寄らないように」
「えっ……?」
いや、手伝うのは構わないけどどうして行動を制限されないといけないのかわからない。何か思惑があるように思えて、露骨に不審な顔を浮かべてみせるが……諏訪子様はそれを気にするような神様ではなかった。
「ほらほら、午前中にやらないと飾り付け間に合わないよ、さっさと行く!朝食は私が代わりに作っておくから〜」
「あ、ちょ……味噌汁は沸騰させちゃダメですからね!あと御飯は炊いたら少し空気にさらして」
「わかったわかった、いってらっしゃい〜」
半ば強引に博麗神社から叩き出された俺は憮然たる思いで迷いの竹林に向かって飛んだ。
祖父から竹の切り方は教わっていたので、作業自体は日が中天に登りきる前に終わった。
俺は汗だくの額を拭って一息つく。今日は快晴だ。きっと星がよく見えるだろうな。
ちなみに刀は使わず、鉈を使って切った。俺の腕では綺麗に切れる自信がないし、折ったりすれば妖夢に何て言われるかわからない。
さて、後は里入り口に持っていくだけだが……その後の時間の潰し方をどうするか悩んでいた。
諏訪子様の言いつけもあって神社には戻れない。祭の手伝いをする手もあったが、里の住民から避けられている俺が竹を用意する以上にしゃしゃり出られても困るだけだ。
夕方になれば出店も始まるだろうが、それまでを何をするかアイデアが全くなかった。
「困ったなぁ……」
迷いの竹林の中で腕を組み途方に暮れていると、竹の枝を踏む音が鳴る。振り向くと銀髪の女性が立っていた。
「……またお前か。なんで定期的に迷子になりに来るんだ?」
「今回は迷子じゃないですよ、妹紅さん。ちょっと竹を取りに来ました」
「竹……? あぁ、七夕か」
妹紅さんは傍らに積まれた竹を見ながら呟いた。
彼女は竹林の道案内を生業の一つにしている。竹林全域に呪術をかけているらしく、どこに誰がいるのか把握しているらしい。
なので竹林に用があるときは十中八九妹紅さんと顔を合わせることになるんだが……いい加減、面倒にならないのだろうか?俺は竹を麻の紐で括りながら言葉を返す。
「里で七夕祭をやるんで、その飾り付け用ですね。妹紅さんも祭には参加するんでしょう?」
「い、いや、しないぞ? 言っているだろう、俗世への興味はとうに失せたとな」
まるで言い訳するように呟くと、妹紅さんは頬を赤く染めながら顔を逸らす。
妹紅さんは千年もの時を生きた不老不死の存在だ。そんな彼女の、世界に飽きたという言葉に重々しい意味を感じずにはいられないが……
ここ最近寺子屋で慧音さんの手伝いをしたり、たまに博麗神社に来たりするあたり、今はそうでもないのかもしれない。
そうだ、祭を一人で回るのも味気ないしせっかく会ったんだ、妹紅さんと慧音さんを誘って祭を見てみようか。
そう思い立った俺は身体の埃を軽く叩いて妹紅さんに向き直る。
……いざ女性を誘うとなったら緊張するなぁ。と女性免疫の無さを痛感しながら、俺は意を決して口を開こうとする。
その時視界の端に、微かに火の粉が落ちていくが見える。嫌な予感がして咄嗟に真上に九字切りの結界を張った。
「『難題「火鼠の皮衣-焦がれぬ心-」!』
スペルカードの宣言と同時に炎と弾幕が降り注ぐ。あまりに突然のことに妹紅さんにまで結界が届かなかったが、妹紅さんはまるで弾幕の軌道を知っているかのような軽快な動きで躱していく。
そして弾幕を放った当人……輝夜さんを睨みつけながら声を荒げた。
「不意打ちなんて無駄なことをする! 北斗に当たったらどうするつもりだ!」
「北斗君があの程度で死ぬわけないじゃない。気になる相手と話ができて浮かれているどっかの誰かさんと違ってね」
「なっ、こ……今日こそ泣いて謝らせてやる! 『不死「火の鳥 -鳳翼天翔-」』!」
何やら言われた妹紅さんは顔を赤らめながら怒りを詰めた弾幕を放つ。輝夜さんは笑みを浮かべながら、それを優雅に華麗に避けていく。
不死の人間同士の弾幕の躱し合い。まさに無意味な遊びだ。俺は唐突に始まった弾幕ごっこに戸惑っていると、上空からやれやれといったようなため息が聞こえる。
「ごめんなさいねぇ、あの子達、基本的に顔を合わせたらあんなだから」
気付くと永琳さんが隣に並ぶように降り立っていた。腕を組み、頬に手を当てるいつものポーズで辟易とした表情を浮かべている。
日々気苦労が絶えなさそうだ、同情します。俺は憐憫の眼差しを向けながら竹を担いで立ち上がる。
「しかし、どうしたんですかお二人揃って。お出かけですか?」
「ええ、今日は七夕。折角だから浴衣を着ようと思ったのだけれど、姫様の帯が切れちゃっていてねぇ……里まで行って選びに行くことにしたの。そういう貴方も……七夕の準備かしら」
「まあ、そんなところです。鈴仙さん達は元気ですか?」
などと弾幕ごっこを背景に、しばらく永琳さんと世間話に花を咲かせる。30分ほどそうやって過ごしていると、不毛な戦いに飽きた輝夜さんと妹紅さんが降りてきた。
二人とも疲れた顔をしている。輝夜さんに至っては普段の凜とした美しさはどこへやら、背中を丸めている。
「あー、疲れたわ。里まで行くのが面倒になったわねぇ……永琳と北斗で選んできてー」
「はぁ……わかりましたわ。優曇華に昼食の準備をさせておいてください」
永琳さんは呆れを溜息として吐き出しながら、輝夜さんの我儘に頷いた。ってしれっと俺も巻き込まれているんだが……どのみち里には行くからいいんだけどさ。
輝夜さんにひらひらと袖を振られ、妹紅さんにじっと見つめられながら俺と永琳さんは里に向かって飛んだ。
それからなんやかんやあって、俺は永遠亭の人達と七夕を過ごすことになった。鈴仙さんやてゐさんは妖怪なので、祭には参加できないので、代わりに永遠亭でちょっとした酒盛りを行うことになったのだ。
夕方、永遠亭の縁側で風に当たっていると永遠亭のみんな、そして妹紅さんと慧音さんがやってくる。
全員が艶やかな浴衣姿をしている。それに合わせて髪も纏めてあって見た目も涼やかだ。
そして何より普段とは違った装いについ見惚れてしまう。
「どう、私達の浴衣姿は? 幸せでしょう?」
「あら、反応がないのは流石に悲しいわねぇ……それともこれほどの華に囲まれて声も出ないかしら?」
薄桃色に時計草の描かれた浴衣を身につけた輝夜さんと菫色の落ち着いた柄の浴衣を着た永琳さんが俺をからかってくる。
慌てて褒め言葉を探そうとあたふたしていると、妹紅さんが慧音さんに背を押されながら俺の前に立つ。黒をベースに炎の柄がいかにも妹紅さんらしい。後ろの慧音さんも淡い青色に紫陽花があしらわれた浴衣も大人っぽい。
「ほら、ちゃんと北斗君に見てもらうんだ」
「わ、私はいいって! あ、ちょっと、お前もそんなマジマジと見るんじゃない!」
妹紅さんは顔を真っ赤にしながら俯いてしまう。普段はスマートな立ち振る舞いの彼女が狼狽える姿にこっちも顔が熱くなるのがわかる。これがギャップ萌えってやつか……
「ほら、鈴仙もちゃんと見て貰えば? 髪型を決めるのに時間をかけた分、たっぷりと褒めてもらわないとね 」
「ちょ、ちょっと待っててゐ! まだ心の準備が……!」
鈴仙さんも同じようにてゐさんに押されて前に出てくる。二人ともピンク色の浴衣だが、鈴仙さんは白色の生地に淡い花柄、てゐさんはピンク色に手毬が描かれている。
どちらとも、らしい色合いでよく似合っている。
無理やり前に立たされた鈴仙さんと妹紅さんはしばらく顔を伏せていたが……図ったように同じタイミングで上目遣いをこちらに向ける。
ちょ、反則だろそれ。あまりに可愛らしくて、俺は庭に向けて顔を逸らしてしまう。
するとこれまたタイミングよく浴衣姿の三人組が降りてくる。紅白のシンプルな柄、水色に蛙と蓮の葉の柄、そして翼の色に合わせたような青色の花柄……顔を見なくてもなんとなく誰かわかった。
「……ちょっと、センパイ! こんなとこにいたんですね! 毎回毎回女の子に囲まれてて……モテ期ですか!? そんな恵まれたセンパイはセンパイじゃありません!」
「ちょっ、酷くないかそれ!?」
早苗の乱暴な言葉に俺は抗議せずにいられない。どうやら俺が博麗神社から追い出されたのはサプライズで浴衣を見せるためだったらしい。しかし、人里を探してもいないから色んなところを探したらしい。
そんな苦労を知らず、両手に華状態の俺を見た早苗は怒りに火がついたようで……
隣の霊夢と火依も呆れ気味だ。結局俺は終ぞ誰の浴衣も褒められず、早苗の説教を受け続けた。
酒盛りもそこそこに、俺達は短冊に願いを書くことになった。元々七夕では機織りや縫製の上達を願うものらしいが、せっかくだから自分の素直な願いを書くことになった。
しかし、困ったことに願いが特に浮かばなかった。まったく無欲というか、欲がないというか……我ながら自分の無気力さが笑えてくる。
縁側に腰を下ろし、ウンウン唸っていると火依が目の前にふわふわと浮かびながらやってくる。
「北斗、書かないの?」
「うーん、ちょっと思いつかなくて。火依はなんて書いたの?」
「えっとね……『みんなで仲良く暮らせるように』って書いたよ」
「火依らしいな」
俺は優しい願いに暖かい気持ちになる。思わず頭を撫でると、火依は目を細めながらパタパタ翼を羽ばたかせた。
他の人達の願いも気になった俺は、縁側に座り筆を振るうみんなの後ろから覗き見る。
どれどれ……まず霊夢が『御賽銭箱がいっぱいになりますように』か。うん、知ってた。
慧音さんが『寺子屋の皆が健やかに育つように』か……教師の鏡のような願いだ。
そしててゐさんが『鈴仙が落とし穴に落ちますように』、って酷いな。この願いは叶わないように、頑張れ鈴仙さん!
ちなみに早苗と鈴仙さんの願いだけは見せてくれなかった。俺には絶対見せられない内容らしい。まあ、女性ならではの悩みなのかもしれないし、無理に見ることは止めようか。
一通り内容を参考にさせてもらい、ようやく短冊に願いを書くことができた。俺は庭に降りてそれを飾ろうとする……その前に夜空に広がる笹を見上げた。
そこには不老不死三人の願いが書かれた短冊が、笹の一番高い位置に飾られていた。
内容は夜の暗闇に潰れて見えない。さっき盗み見をしていた時には三人だけさっさと書いて飾ってしまったのでどんなことが書いているかは全くわからなかった。
……以前、俺は彼女達の願いに利用されかけた。それは悪意でも善意でもなく、紛れもなく彼女達の欲望だった。
死という欲望。以前、俺にもあった終わりたいという、生物として相反した衝動。それを知っていたからこそ、彼女達の願いを見ることは怖かった。
「……私の願い、気になる?」
そんな心情を見てきたかのように、輝夜さんが俺の顔を覗き込んで尋ねてくる。しかし、すぐに身体を起こして天上に流れる天の川を見上げた。
昨日と変わらない星空。箱庭から望む無限の世界。
「叶わないけれど、願わずにはいられない。『永遠と須臾を操る程度の能力』を持ってしても、いつか終わりは来る……」
不老不死の彼女が願う永遠、いくら時間をかき集めても訪れる終わり。この星空も時が変化をもたらす。いつか終わる日がやってくる。
それでも、だからこそ、願わずにいられない。変わらない日々を。
二人は戦い続ける。飽きるまで終わりのない戦いを、いつか終わるその時まで。
「また来年もやりましょうね、七夕」
輝夜さんはポツリとそう漏らすと、再開した宴会に戻っていってしまう。俺はその後ろ姿を見届けてから、笑う。
「被っちゃったかな……」
俺は独りごちながら、自分の短冊を飾り付ける。
『来年の七夕も晴れますように』




