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東方影響録  作者: ナツゴレソ
第十一章 決別の冬 ~Trigger of war~
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86.0 弱さの証明と迷い

 フランちゃんに見送られた後、俺は戦闘準備してから納屋に向かう。積もりかけの雪を踏みしめながら歩くと、すぐに目的地に着いた。恐る恐る足を踏み入れると、暗い納屋の中では魔法陣が微かな光を張っている。


「……よかった、まだ使えるみたいだ」


 博麗神社と紅魔館を繋ぐ魔法の抜け道。数えきれないほど通ったこの道を作ってくれたのは……魔理沙だった。

 紅魔館のみんなのおかげで、俺は変わり始めることが出来た。空を飛べるようになったのも、妖怪と渡り合える程度に戦えるようになったのも、元を辿ればレミリアさんのアドバイスからだ。


「本当に、嫌な相手だ……」


 息が詰まりそうなほど緊張している。友人だと心から思っていた二人と相対しなければならないと思うと、足が震えた。でも、もう逃げない。逃げれば無意識の異変の時と同じだ。たとえ二人と戦うことになろうとも、二人の真意を聞きだしてみせる。

 俺はお札とスペカと二本の刀を持っていることを確認して、魔法陣に足を踏み入れようと……


「申し訳ありませんが、貴方を紅魔館に立ち入らせる訳にはいきませんわ」


 背後からの声に背筋が凍る。咄嗟の勘で背後にお札を飛ばし結界を張った。

 すると、霊夢に比べたらコピー用紙並に薄い結界に幾つものナイフが突き刺さる。この銀製のナイフ、見覚えがあるな……


「咲夜さん……」


 俺は納屋の入口に立つ咲夜さんを見つめる。彼女は先程ぬえと話していた時のように鋭い目つきをしていた。明らかな殺気を俺に向けている。そのことが何より恐ろしかった。

 俺は息を吐きながら結界を解くと、そこに刺さっていたナイフが重力に引かれ落ちていく。だが、地面には落ちる音はない。気付けば咲夜さんの手の中にナイフが戻ってた。時間を止めて回収したのか。

 『時間を操る程度の能力』。俺の知っている能力の中でももっとも戦闘向きな能力だ。咲夜さんはナイフを構えたまま俺に向けて頭を下げる。


「今すぐお帰り下さい。ここの魔方陣も処分させてもらいます」

「……それはレミリアさんの指示ですか?」

「お答えできません」


 いつもより受け答えが固い。まるで機械と話しているようだ。普段の口調に比べたら慇懃無礼に聞こえてならない。それに返答としても納得いかなかった。


「もし俺がこのまま貴女の制止を無視したらどうなりますか?」

「……止めます。このナイフは刃引きしてありますが、刺さらない訳じゃない。私には生殺をコントロールできるほどの腕前はありません」

「そうですか」


 俺は息を吐いてから、右の腰に刺した封魂刀を握りしめる。狭い納屋では大刀は取扱い辛い。リーチで牽制は出来なくなるが、ナイフを捌くならこっちの方がいいはずだ。

 咲夜さんも臨戦態勢に入ったのを察して、ナイフの刃を持っていつでもスローイングできる状態になる。一触即発の空気の中、お互いに睨み合っていたが……不意に咲夜さんの抜き身の刃のような表情が崩れる。それは懇願するような悲しい顔だった。


「……北斗、お願いだから引いて頂戴。貴方を傷付けることはお嬢様も私も本意ではない」

「だったらせめて話をさせてください。何も説明せずに一方的に拒絶されたら……ッ!?」


 突然肩に刺さる冷たい感触と熱い痛みに、言葉を中断させられてしまう。

 いつの間にか肩にナイフが刺さっていた。時を止める能力によるノーモーション、至近距離からのナイフ投げ。そして一瞬の気の緩みを狙われた。


「申し訳ありませんがそれはできません」

「くっ……」


 この刺さったナイフは俺の甘さを突きつけられたように思えてならない。俺は咲夜さんが優しさを見せてくれたことに安堵してしまった。戦わずに済むかもしれないと思ってしまった。さすが紅魔館の従者だ。彼女の動きには私情による迷いはない。覚悟の差を見せつけられた。

 咲夜さんは鉄面皮を張り付けたような無表情で俺を見据える。だが、そこからにじみ出ていたのは……本気の殺意だった。


「お嬢様には殺すなと申しつけられていますが……まだ抵抗するなら出血多量で殺してしまうかもしれません」

「………………」


 俺は黙って片膝を突くことしか出来なかった。完全なる敗北。俺はレミリアさんの指示に生かされていた。このナイフが肩ではなく心臓か眉間に刺さっていたら、間違いなく死んでいる。今この瞬間だってそうされるかもしれないのだ。圧倒的な実力差の前に、俺は何もできず歯軋りするしかなかった。


「……それでいいわ」


 咲夜さんは俺を見下ろしながらそう呟く。そして、瞬きする一瞬のうちに消えてしまった。背後で光っていた魔法陣も消え、僅かに壁の隙間から差し込む月光以外の光源を失った納屋は闇に包まれた。どうやら魔法陣は咲夜さんによって消されてしまったようだ。あとは直接紅魔館に行くしかないが……

 現状の俺では咲夜さんには勝てない。いや、冷静に考えれば俺は門番の美鈴さんにも、パチュリーさん、小悪魔さん、そして……レミリアさん、魔理沙にも勝てる算段がなかった。


「ッ……!」


 俺は悔しさのあまり拳を地面に叩きつける。思い上がっていた。言葉では謙遜していたが、どこか心の奥でみんなと対等に戦えていたと自惚れていた。


「……どこがだ!?」


 反撃することすらできなかったじゃないか!スペルカードルールに守られたお遊びの中でしか戦えない俺が、説教垂れようだなんて馬鹿げていた。

 なんて無力なんだ。どの面下げてフランちゃんに会えばいい。俺は、どうすればいいんだ……!

 混濁した感情が渦巻いてドロドロとした何かを形成していく。けれど今の俺にはそれを処理する手段を持ち合わせていない。肩にナイフが刺さってるのにも構わず、精々何度も拳を地面に叩きつける。俺にはそうやって無意味な八つ当たりをすることしかできなかった。






 肩の止血をし、やさぐれた気持ちで本殿に戻るとフランちゃんは縁側で眠っていた。どうせ明日知られてしまうが、今は話さなくていいと思うとホッとしてしまう。

 俺はフランちゃんを元々用意していた布団に運び寝かしつけると、再び縁側に出る。すると月明かりの中、先程の俺のように誰かが柱に寄り掛かっていた。闇に溶けるような髪とワンピース、暗がりに浮かび上がるような赤と青の奇怪な翼。


「ぬえ……いたのか」

「……まあね」


 ぬえは短く答えると、腕を組んでジッと俺を見つめてきた。そこまで付き合いが長いわけではないが、いつものぬえとは違う気がする。違っていてほしいが、もしかしたら……


「見てたか?」

「………………」


 露骨に視線を逸らされる。それだけで俺は理解した。俺は人生で一番大きな溜息を吐いてしまう。白い息が目の前にフワリと目の前に広がる。

 ただ不幸中の幸いというか、ぬえでよかったかもしれない。これでぬえは俺の弱さを認め、挑んでこなくなるだろう。前回の異変を起こした理由は分からず仕舞いになるが……仕方ないだろう。


「なあ、これからどうするのさ?」

「ん……?」

「紅魔館に行くのか?それとも諦めるのか?」


 ぬえは庭に降り立ちながら、背中越しに聞いてくる。正直今聞かれたくない質問だった。むしろ誰かに教えてもらいたいほどだ。俺はどうすればいい?そもそも俺に何ができるんだ?

 ……なんて何時ぞや同じように悩んだことがあったな。その時はレミリアさんがアドバイスをくれ、俺を導いてくれた。

 それが彼女の『運命を操る程度の能力』によるものなのか、経験則によるものかは俺には分かり得ないが……ここまで俺が来れたのはレミリアさんのお陰だということは間違いなかった。しかし、今はその運命にも経験則にも頼ることができない。


「俺は……」


 答えを必死に探そうと、無い頭を回転させ考えるが何も出てこない。ぬえは静かに答えを待っていてくれたが……待ちきれなくなったのか、唐突に俺の目の前に立つ。そして……無理やり俺の右手を掴んだ。


「えっ……?」

「答えが出ないなら、答えを出せる場所に連れて行ってやるよ」


 そう言ってぬえは俺の手を取ったまま正体不明の翼をはためかせ、縁側から飛び立つ。俺は手を引き千切られないように、ぬえに付いて飛ぶことで精一杯だった。

 それからしばらく……体感で30分ほど飛行していると、里外れにポツリと立つ建物が見える。何度か行っているからわかる。ここは……


「命蓮寺……」


 俺とぬえの眼下には雪化粧を纏った大きな寺があった。

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